supercellの一員としても知られ、楽曲『ワールドイズマイン』の初音ミクイラストで広く知られるように。テレビアニメ『ギルティクラウン』や劇場版アニメ『ハーモニー<harmony/>』はじめ、ゲーム『Fate/Grand Order』や『アークナイツ』、さらには「HololiveEN」のIRyS(アイリス)といったVTuberのキャラクターデザインも手がけている。
先端テクノロジーを取り入れる作風に加えてSF好きなredjuiceさん。redjuiceさんが立ち上げた新会社「REDBOX」は、SF小説家・長谷敏司さんの『BEATLESS』という小説に登場する言葉が由来である。
redjuiceは『BEATLESS』ではイラストやキャラクターデザインをつとめ、長谷敏司さんとはもう10年以上の付き合いとなる。
新会社設立を記念し、AIについて、SFについて、フィクションの持つ機能について──人間と想像力の未来について、2人のクリエイターが意見を交える。
目次
取材・執筆:かつとんたろう 撮影:小野奈那子 編集:新見直
なぜ「REDBOX」なのか? redjuice × 長谷敏司再び
──このたびredjuiceさんが「REDBOX」という会社を立ち上げられ、あわせて同名の個展を開催するとのこと、おめでとうございます。この「REDBOX」という社名というのはどこからきたものなんでしょうか?redjuice ありがとうございます。まず「REDBOX」という名前は、今日お越しいただいているSF作家の長谷敏司さんの『BEATLESS』という小説に出てくるキーワード、「人類未到産物=レッドボックス」に由来しています。 2014年に出した個人画集のタイトルにも使わせていただき、今回会社を立ち上げる際にもぴったりの名前だな、ということで長谷さんにもご許可をいただいてこの名前になりました。
長谷敏司 とてもありがたいお話で、光栄に思っています(笑)。それとなにより、会社の立ち上げと個展の開催、おめでとうございます。
redjuice ありがとうございます。めぐりめぐって、もう10年以上が経ちましたね。 ──『BEATLESS』は長谷さんが著者、redjuiceさんがキャラクターデザインや装画などを手掛けられた小説で、ここ数年のホットトピックでもあるAIについての作品でもありますよね。
長谷敏司 『BEATLESS』という作品は2010年から企画が始まって、2012年に単行本が出たんですけれど、実はその時期って、現在まで続いているAIの急速な進歩の、ちょうど始まりの頃なんです。
作品のテーマのひとつは超高度AIと人間との関係ですが、現在のAIの状況は当時からは想像もできないほど進歩しています。ですので技術的な点では古くなってしまった部分もあるんですけれど、人間らしく振る舞うAIに人間が振り回される、あるいはAIによって社会が変容していく──そういった人間が関わる部分というのは意外と今も変わってないな、と思っています。
──AIに人間が振り回されてしまう、というのは?
長谷敏司 AIや他のマシンから、人間が普段使いしているコミュニケーション手段にのっとった情報が提示されると、この情報に人間側の感情や判断が振り回されてしまうという現象です。現在の状況になって、作品の解像度が上がった部分もありますね。
『BEATLESS』は小説版でもアニメになったときも、「人間の形をしたものに対して人間がこんなに残酷になるはずがない」という批判があったんですけど、現在のAIへの反応を見ると、声や言語、絵だけの出力でもこれだけの反発なので、ロボットが来たらそりゃものすごいことになるでしょうね。 redjuice やっぱりなんでも出始めってすごい反発がありますよ。イラストの生成AIについても拒絶反応が出てる人も多いじゃないですか。
ただ今は、ChatGPTとかLLM(大規模言語モデル)とかがいろいろ登場してきたことで、まさにパラダイムシフトが起きている最中ですよね。みんなのAIに対する解像度もすごく上がってます。たぶん長谷さんが今の状況で『BEATLESS』を書いたら、またぜんぜん違う形になるんでしょうね。
長谷敏司 まったくその通りだと思います。刊行してからも、技術の進歩というものが、一気に隆盛になったトレンドが主流から外れたり、中心から一度外れたように見えたものがもう一度戻ってきたりしている。なので、初出から10年以上経った今は、もういろんな技術の発展に振り回されながら、人間に関わるところだけ残ってる、というのが正直な実感ですね。
──イラスト表現は、当時と今とで変化していますか?
redjuice どうなんでしょうね。僕のスタイルは、その時々のテクノロジーのトレンドを追いかけて自分なりに少しずつ取り入れて組み立てるというものです。
以前だったらその先端は欧米でしたが、今はアジア圏に移ろった印象ではありますね。むしろ中国はじめアジア圏のクリエイターは日本の影響を受けている方も多いので、それを逆輸入しつつミックスされて、イラスト業界全体のレベルは上がっていると感じています。
長谷敏司 その時々のトレンドという話ですが、今『BEATLESS』を見ても、redjuiceさんのイラストやデザインは全く古くなっていない感じはします。 redjuice 特定の時代を感じさせる記号的な表現を使っていないというのもあるのかもしれません。例えばまつげが上向いて伸びているとか、髪型が特徴的に尖っているとか(笑)。そういう記号性を入れすぎないように、というのは気をつけていますね。
絵としての個性を強く押し通すほどのエゴが弱いので、中途半端な記号性を固定化してしまうと、個性が歪んでしまうので。
AIにできないこととは? 調和の精度を巡って
──AIに関連して言うと、人間は常に自分の行為を道具にアウトソーシングして進歩してきました。AIもそのひとつです。そうやって人間の営為を外部に委託していく中で、人間を人間たらしめるようなもの、たとえば創作の根源になる情念であったり、もっと何か他の感情であったり、そういったものに影響はあるとお考えでしょうか?redjuice 長谷さんも繰り返し作品のテーマにされている、ヒューマニティですね。AIに人間性はあるのかと考えた時、確かに“それらしいもの”はあるとは思うんですよ。けれど、それはデータの入力に対する単純な出力というだけで、まだ人間的ではない。
ただ、人間はいろんなものをアウトソーシングして効率化していくことで生活を豊かにしてきたわけだから、AIによってそうなってくれたらいいなというのはあるし、実際ある程度そういうふうになってくると思っています。
──「人間的でない」というのは、例えばどういう部分なんでしょうか?
redjuice これについて最近論文が出たんですけど……なんだっけな。
長谷敏司 ディープマインドとマイクロソフト、スタンフォード大学とかが発表した論文※ですよね。AIにおけるクリエイティブが成立しているかはどうかは、チューリングテストみたいに、クリエイティブな人の作品に似せて出力をさせたもの見て、見分けがつかないと感じたらそれは創造性ということでいいんじゃないか、みたいな内容でしたね。
redjuice そうです、それそれ!
※「Can AI Be as Creative as Humans?」
長谷敏司 そうは言っても、確かにアーティストの方がもやっとするのもわかるんですよ。
redjuice 僕も、自分のワークフローにAIを取り入れようと試みたこともありましたが、実務的レベルで取り入れるには様々な壁があると感じました。
『ChatGPTの頭の中』という本に書かれていたのですが、実はなぜこんなにうまく文章ができるのか、本当のところは研究者もよくわかってないそうです。中でどういう計算が行われれてるかの方程式はあっても、何千万という計算の中で、具体的にどういうパラメータがどこでどうなっているのか、全然わからないと。
イラストの生成においても同じです。結局、今あるAIのベースになっている学習モデルもブラックボックスです。批判的に言えば、そのAIに頼りすぎるのは、単なるドーピングにすぎません。 長谷敏司 今の生成AIって“調和の精度”がまだまだ甘いんですよ。全体を考えたときに、「この部分になぜこれを置いたのか」という問いに、生成AIは答えられないんです。
全体のラフを描いてパースを選択していくとか、細部と全体との間のデザイン性、つまり意図を込めて選択する意志がないんですよね。たとえば、俳句や短い詩を書かせても、人間のちゃんと考えてる書き手には「なぜこの単語を選ぶのか」という厳しい詰めがあるはずなんですけれど、それがない。
redjuice デザインって、例えばジッパーやボタンのパーツ一つとっても、「なぜここにオスメスの合わせがあるのか」という理由を考えてつくられていますよね。けれどAIは全くそういうことを考えてくれない。
長谷敏司 そういうものを、AIは何となくつくっちゃう。クリエイターは“何となく”がほしいわけじゃないんですよ。これはなぜこういう形をしているのか、なぜこういうデザインなのか。それを突き詰めることで新しいものができたりするんですよ。
例えば『BEATLESS』に、ヒロインのレイシアというキャラクターがいるんですけれど、彼女がどんな装置を持つか、かなり議論があったんですね。最終的にredjuiceさんにお任せして、箱型に変形するようにしてもらいました。
redjuice 「BLACK MONOLITH」ですね。 長谷敏司 あの装置のハッタリ感は、小説家からは出ないものだと思います。レイシアは最初からフィギュアとして発売するという話があって、特徴的でデカいものを持たせたい、ということまでは決まってたんですね。
はじめは大砲みたいなものを持たせようという案もあったんですけど、大砲を持たせると、物語のキメでどうしても撃たせなきゃいけない。でも、舞台は未来っていっても日本社会だから、大砲を打てる場所なんてない(笑)。
他に何かないかというときに、redjuiceさんが「BLACK MONOLITH」をつくってくれて、それからやっと『BEATLESS』の企画が動き出したと記憶しています。最終的には、その「BLACK MONOLITH」が作品を象徴するようなものにまでなりましたから。
──まさに「なぜそれがそこに必要なのか」を考え抜いた先にできたものが、作品を象徴するまでになった、と。
redjuice 自分にとって「BLACK MONOLITH」はアイデアの突然変異で生まれてきたような感じもあるんですけれど、僕だけではもちろんつくれなかったし、長谷さんとのやり取りの中で生まれたデバイスです。そういう意味では、まさにお互いの交感の中から生まれたものですね。
長谷敏司 デザインとかって、1人でやるよりも専門家が集まってチームになった方が面白いものができることもよくありますよね。これは、生成AIが得意なアイデアの壁打ちとは、似ているようでやっぱり違う。
redjuice そうですね。もちろん1人でつくるのも面白いですけどね。少し前に仕事で「HololiveEN」所属のVTuber・IRySというキャラクターをデザインをしたんですけれど、そこから派生して、非公式の完全オリジナル同人誌をつくっちゃったんですよ。
最初の導入部分とかは公式の設定と全然関係ない、現代の物理学を大いに詰め込んで、さらにウソ科学を創作して・・・と色々遊んでいたら、すげえ楽しかったんですよね(笑)。
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