垣間見える、西尾維新のミステリーへの偏執

西尾 しかし坂本さんも小学生の頃から少年探偵団を読んでいたとは…。

坂本 このお話をいただくまで、すっかり忘れていたくらいですけどね(笑)。

西尾 僕は子供の頃は、プロ野球選手になりたかったですよ。ただ、とはいえ別にプロ野球選手になるための努力をしていたわけでもなく、ある日突然プロ野球選手になれないかな?って思った記憶があります。

その体験は宇宙飛行士になりたいと漠然と夢見ていた眉美に活きているかもしれないですね。 ──西尾さんは以前「どんなエンタメもミステリーとして楽しんでしまう」とインタビューでおっしゃっていました。

西尾 それだけは珍しく、昔から今までインタビューでの受け答えが変わっていないところです。漫画でもドラマでも映画でも、ミステリーの構造で読み解きたくなってしまう。書くときも同じで、基本的には何か事件が起きて、被害者と加害者がいて、それを解決するというミステリーの構図で書いてしまう。ミステリー的な思考というものが根付いているのはたぶん、僕が本を読むようになってから、ミステリーしか読んでいなかった期間がすごく長かったからでしょうね。だから、その構図が当たり前だと思ってしまっているんです。

でも、ミステリー以外のいろんな作品に触れていくと、そうではない作品に出会うことがありますよ。事件が起きないこともあるし、解決しないこともある。被害者がいない、加害者がいない、ということもある。〈物語〉シリーズの初期も、特に被害者と加害者という構図に重きを置いている。よく考えてみるとそれはあくまでも推理小説の構図であって、小説を書き進めていくと当然、被害者と加害者とに割り切れるものではない。しかし〈物語〉ではスタートがそうだったから、新作では更にそこを掘り下げてしまっていますね。

自分にとっては、ミステリーが一番おもしろいからでしょうね

「旅に出たくなる小説」と「旅先で読みたい小説」

──あまりミステリーは読まれないという坂本さんに、ミステリー好きの西尾さんが推薦したいミステリー小説があれば教えてください。

西尾 最近読んだなかでは、ポール・アダム著の『ヴァイオリン職人の探求と推理』のシリーズがオススメですね。これはヴァイオリン職人のおじいちゃんが主人公で。イタリアを舞台にした推理小説です。小説には「旅に行きたくなる小説」と「旅先で読む小説」がありますが、これは圧倒的に前者。旅先で読んだのに旅に行きたくなりました。 坂本 ありがとうございます。読みます。私、人に本をおすすめしてもらうのが大好きなんですよ

──坂本さんには36日間のヨーロッパ旅行についてのエッセイ『from everywhere』があって、その中にベネチア、ローマ訪問記もありますね。坂本さん初の自作曲「everywhere」が生まれた国がイタリアですから、さすがのセレクトですね。 坂本 西尾さんも旅がお好きですもんね。オーロラを観に行かれたこともあるとか?

西尾 いえ、オーロラはまだ観たことがないんですよ。「いつか観に行きたい」とずっと言っているうちにこういう事態に……。「世界でもっとも美しい」と言われているニュージーランドの星空も観たい、そこで読みたい小説があると思っていたのに、もうたぶん3年くらいはムリでしょう。

坂本 こんなときに旅に出たくなる本を読んでつらくなりませんか?(笑)

西尾 気持ちをストックしておくんですよ。今、念願の場所を増やしている最中なんです。逆に今しか読めない小説もたくさんあるから、旅先で読んでもらえる、あるいは旅に出たくなるような小説を書きたいなと、意識的にそう思うようにしています。

『美少年探偵団』は視聴者が本当の自分を出せるようになる作品

──最後に、アニメ視聴者に向けておふたりからひと言ずつお願いします。

西尾 原作小説は、美しさのビジュアル的な描写は抑えて書いています。でもアニメーションでは星空の形やキラキラした画面、オープニングやエンディングの演出をはじめ、文字では読めない美しさをぜひ観ていただきたい。

原作通りの場面はもちろん、原作では描かれていない部分やキャストのみなさんのアドリブなど、アニメならではの場面こそを見ていただければと思っています

坂本 「美少年がたくさん出てくる、きらびやかな世界を描いたものなんでしょ?」と思っている方には、そういう前提なしで観てもらいたいですね。もちろん美少年はそれぞれに素敵なんですが、眉美が1話で「わたし、美形って嫌いなの」と語るように、そういう気持ちの方もいらっしゃると思うんです。だけど「美形だからできる話やってるだけでしょ?」と冷ややかに見るような視点を代弁する眉美が、その先入観をどんどん解きほぐしていくんです。

そして彼らが大事にしている「美」の概念は世間のそれとは全然違うものであること、お互いにお互いを必要としてそばにいることを見せていってくれる。そうやって知れば知るほど、私たちも彼らをただの美少年たちとは思わなくなっていく。眉美に対して(袋井)満が語る「お前の夢を一番小馬鹿にしてんのは、実はお前自身なんじゃねーのか?」という台詞が響いた人もいると思います。

お話が進むにつれて、私たちが当初美少年探偵団に対して抱いていた「自分とは違う生き方をしている人たち」という先入観が崩れて、眉美同様に、彼らの前で私たちも本当の自分を出せるようになっていける。そんなつくりになっている作品ですので、ぜひ観ていただければな、と。
TVアニメ「美少年探偵団」オープニングテーマsumika「Shake & Shake」
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プロフィール

飯田一史

飯田一史

ライター・批評家

マーケティング的視点と批評的観点からウェブ文化や出版産業、マンガなどについて取材・調査・執筆。単著『いま、子どもの本が売れる理由』『マンガ雑誌は死んだ』『ウェブ小説の衝撃』等。Yahoo!ニュース個人(年間486万PV)、現代ビジネス、新文化、日刊サイゾー等に寄稿。

1件のコメント

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匿名ハッコウくん

匿名ハッコウくん(ID:4472)

西尾先生と真綾さんの対談とても素敵でした。長年の付き合いのあるお二人ならではの空気感が読んでいて伝わるようです。私自身もお二人のようにもっと色々な作品に触れていこうと思います!