そんな暗い世の中に少しでも希望のある話を皆様に届けられたらという想いで、私はAmazonにて販売中のショートショート作品『お母さんの煮しめ』を誰にでも読めるように無料公開した。 本作は2017年に短編映画の脚本として執筆していたが、2019年にショートショートとして改訂し、2020年にデザインエッグ社から初出版したものだ。
今回はその執筆の経緯を紹介していきたい。
※この記事は、上記の『お母さんの煮しめ』本文を読む前に読んでいただいてもいいし、読み終わった後にでも読んでいただいても構いません。
『お母さんの煮しめ』あらすじ
小学生のれいちゃんの大好きなもの、それはお母さんがつくる煮しめ。
お母さんの作る煮しめは、他の煮しめとは違う。全体的に色が茶色く、決して華やかではない。でも、味がよく染みていてとっても美味しい。
そんなある日、れいちゃんは好物の煮しめをお弁当に入れて学校に持っていくのだが……。
1.二度の打撃
2016年、熊本を二度襲った大地震。私は地元熊本にいて大地震を経験した。その頃はまだ大学生で、私はあることに熱中していた。それは映画脚本の執筆。私はいつから映画という世界にのめり込み、好きが高じて自分でオリジナル脚本の執筆に動いていた。
学校から帰宅後やバイトが終わった後の深夜など、寝る間も惜しみ毎日様々な物語の脚本を執筆した。
できた脚本はプロに見てもらいたいと、地元の有力な映画評論家まで見せにしつこく通った。
ようやく自信の持てる長編脚本が完成したところで、今度は映画業界人へと積極的に売り込んだ。
一例をあげると、行定勲さん(監督)『世界の中心で愛を叫ぶ』、松居大悟さん(監督)『アズミハルコは行方不明』、宇賀那健一さん(監督)「サラバ静寂』、高良健吾さん(俳優)『シン・ゴジラ』など。
時には俳優のオーディションまで乗り込んで、業界人に直接売り込んだこともあった。いつしか脚本家が私の夢となっていた。
だが、現実はそう甘くはなかった。プロは一瞬でその才能を見抜く。結果、全部がダメで全部上手くいかなかった。執筆に何十時間も費やした脚本も、読んでもらえなかったり読んでもらってもあっさりと突っ返されたりと、伝えたい事は全く伝えられなかった。
周りの学生友達も、私が脚本を執筆していることやその行動・結果に対して「あいつ本当変わっているよな」「あいつ何バカなことやっているんだろうね」と裏で言っていた。
そういう現実を知ると、今まで自分がやってきたことは何て無意味で、バカな事だったんだろうという羞恥心と、そもそも私に脚本を執筆する才能はこれっぽっちもなかったのだという絶望感が胸に一気に込み上げてた。
今まででこんなにも心が痛むことはなかった。私はそれからしばらく筆を置いた。 2019年、結局夢を諦め、私は福岡で建設関係の仕事に就いた。環境を変えても現実は辛く厳しい毎日だった。
そんな時、私は9歳上の彼女と出会った。
私は彼女のことが本当に好きで、彼女は私のことを本当に理解してくれる人だった。私の唯一の救いだった。
けれど、側から見たらそんな歳の離れた私たちの関係は、周りの友達や会社の人間、ましてや親からも判ってはもらえなかった。みんなそんな私のことを変な目で見ていたり、変わっている奴だと思われたり、からかわれたり、反対もされた。
好きなのに誰からも判ってもらえない。私は再び心を痛めることとなったのだ。こんなに心を痛めつけられたのは、好きだった脚本家の道を諦めたとき以来であった。
私の心に襲った二度の打撃、まるであの時熊本を襲った二度の大地震のようだった……。
2.故郷・熊本
上手くいかない辛く厳しい現実から逃げたくて、私は一度熊本に帰った。行く宛もなく、気づけば私は熊本城まで来ていた。2016年の2月に見に行った以来。4月の震災時、ニュースで見た熊本城のあまりにも悲惨な姿を今でも覚えている。
実に3年ぶりの熊本城、今どんな姿をしているのか見るのが怖かったが見に行った。 熊本城の姿は、3年前と比べてだいぶ変わっていた。二度の大地震を受けても耐えて耐えて立ち続け、被災した熊本の復興の希望として元に戻ろうと懸命に頑張っている姿を見て私は思った。
“もう一度描こう”
この時、私の頭に、ある一つの物語が浮かんでいた。
それが『お母さんの煮しめ』だ。
今作は私のいとこの親子の実話を元に描いた物語である。当初は短編脚本として執筆していたのだが、自分でもどこか納得のいかない出来、物足りなさの末、ずっと心の奥底にしまっていたままの物語。
あの日、熊本城を目の前にし立ち止まった時、この物語のことが自分の心の奥底から蘇ってきたのだ。
自分で描いた物語の主人公の気持ちと今の自分の気持ちが、不思議と繋がった気がした。おかしな話だが“共感”をしたのだ。脚本執筆当初、ただただ見たまま、聞いたままに描いていた主人公の気持ち──その後様々な経験を通してようやく判ったのだ。
“そうだ、これを描くんだ”
“今のこの気持ちを、もう一度この物語に、もっと素直な形で描き直してみよう。この物語は私にしか描けない、個人的な、いや普遍的な物語なんだ”
“描かねば”
私は今まで置きっぱなしだった筆を再びとった。
今度は脚本という固い枠を外し、誰にでも読めるようなシンプルでわかりやすい“ショートショート”という本という形で出版し、皆さんに伝えようと決意した。
だが、一つ問題が生じた。本の出版にはお金がかかる。
一瞬沸いた気持ちは徐々に冷めていった。頭では思い描いていても現実的には厳しい話。
諦めかけていたその時、再び心の奥底で忘れていた記憶が蘇った。
3.友人Amaterasの言葉
私は友人の言葉を思い出した。昔、東京・梅ヶ丘の焼肉屋で、友人のAmateras(ラッパー・映画監督)とクリエイティブな話をしていた時のことだ。
自分に自信をなくし、何かと理由をつけてすぐ諦めようと悲観的な私に彼はこう言った。
「何かをやろうとすると必ずお金がかかる。でもお金を理由にやめていてはこの先何もできないよ。」
彼はイタリア生まれ、東京都港区白金台育ちの生粋のお金持ちだったので、ただの金持ちの道楽にしか聞こえなかった。
だが、彼は今成功を収めている。みんなは勘違いをしているが、彼は決してお金だけでのし上がってはいない。彼には、彼にしかない独創的な芸術センスとカリスマ性があった。
彼はお金持ちキャラを演じているだけ。曲もそういったリッチな演出をしている曲が当初は多かったが、ラッパー・Amaterasの1stアルバム『
M0N0LITH』の最後を飾る曲に、彼の本質を表すような曲がある。
彼自身が本当に伝えたい、シンプルで真っ直ぐな歌詞。「THE PROFFESiONAL」歌詞から一部抜粋
「言い訳に注ぎ込んだエナジー、それじゃいつまで経っても芽は出ない」
「荒れる時代、負けず嫌い、自分で次の扉開ける期待」
「目の前の光が届く方にガムシャラになって猪突猛進、月は登るし日は沈む、努力は必ず身を結ぶ」
「信じ続ければその先に何かが、今しかできない仲間たちと共に!」
私にとっては凄く大切な応援メッセージだった。励まされ、背中を押してくれた。
4.物語の二重構造、そして希望の発進
私は福岡へ戻ると、早速自作の本の執筆に取り掛かるべく、短編脚本『お母さんの煮しめ』を紐解いた。元の物語に、さらに自分自身の物語を合わせた二重構造を活用。プロットや台詞、主人公の心情や行動を見直し、何度も描き直した。
お金という言い訳、これはもう赤字でもいいと覚悟を決め、妥協はしないようにした。
執筆を重ね、自分を信じてテーマを伝える。そして作品を完成させ、出版する。最後までやり通すことに意味があるのだ。
また周りから色々言われたりもするのかなという怖さもあった。でも、私はもうそんなことなんて気にしないことにした。だって、好きで描いているのだから。
半年後、ついに念願叶い自分にとっての初めて本を完成させ出版した。
この物語に登場する主人公は、好きなものに対して誰からも判ってもらえない気持ちを抱えている。
けれど、それは私にだって、いや、もしかしたら誰しもが心の中に、好きなのに誰からも判ってもらえない気持ちを一つや二つ抱えているものかもしれない。
この物語を通して、私が一番伝えたいテーマは、“でも、判ってくれる人はきっとあなたの側に、意外なところにいるよ”ということだ。
この本を出版してからは少しずつだが私自身変わることができたし、周りにも少しずつ変化が起きた。今まで判ってもらえなかった友達、会社の人間、これら一部の人たちではあるが、私の本を読んでくれて感想をくれたのだ。
「いい話だったよ」「お前凄いな」「あのシーン好きだった」「感動した」と言ってくれたのだ。親も読んでくれていたみたいで、「よかったよ」と言ってくれたし、今では私たちの歳の離れた付き合いを認めてくれている。
判ってくれる人は全くいないわけではなかった。私は、今ではこの本を執筆し、出版して本当によかったと思っている。
最後になるが、この物語は私の個人的なことでもあるが、誰しもがあるかもしれない普遍的なことでもある。
例え誰からも判ってもらえなくても、それでも判ってくれる人はあなたの側に、意外なところにきっといる。
希望はきっとあるということをこの物語を通して皆様に伝えることができたら幸いだ。
今作は、現在、noteにて無料公開中ですので是非読んでみてください。
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江川知弘
江川知弘(えがわともひろ)
1996年、熊本県八代市生まれ。東海大学卒。
作家。短編小説・短編集『お母さんの煮しめ』(2023)で、幻冬舎グループ主催の第4回短編小説コンテスト 大賞を受賞。続く第2回ラジオドラマシナリオコンテスト 大賞を受賞。2024年、合同会社MKz Squareの企画・製作にてラジオドラマ化が決定した。
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