ビョークが語るテクノロジーと人の関係性  VRイベント「Björk Digital」レポ

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ビョークが語るテクノロジーの本質

そして、ビョークが日本で初めてトークショーに登壇する第2部。これは真鍋大度氏、菅野薫氏ら本プロジェクトの制作メンバーとともに制作秘話や「テクノロジーとクリエイティブの可能性」をテーマに会話が繰り広げられるという触れ込みでした。

ですが、蓋を開けてみれば全編通してほぼビョークが喋り倒し、キュートが炸裂しまくるという内容。余談ですが、通訳を担当していた女性の活躍は、万の言葉を費やして賛辞を送るべきであると思います。

昨今「テクノロジー」と聞くと、今回のVRのように最先端の技術、未来の技術を想像しがち。ですが、過去を振り返れば車輪や火薬、活版印刷などなど、今は当たり前に存在するものだって、すべて「当時は」最新のテクノロジーです。そして、テクノロジーを使い続け、長い歴史を経ることで、人はさまざまな活用法を見出し、発展させ、身近なものにしていきます。

菅野薫氏(Dentsu LabTokyo)の「新しいテクノロジーを利用しながら、エモーショナルな部分や人とのコネクションを築くことに対して、どういう意識を持っているか?」という質問に対して、ビョークはヴァイオリンや電話という発明を引き合いに出しながらこう答えます。

「たとえばヴァイオリンという楽器がありますよね。300年以上前に発明されています。感情表現をするにあたっては、ヴァイオリンをこう弾けば感情を表現できるという演奏方法や表現は、長い歴史の中で培われてきました、言ってみれば、ヴァイオリンとは昔のコンピューターみたいなものだと思うんですね。

ヴァイオリンと同じように今のテクノロジーも、「この感情を伝えるにはこう使う」という風に、アーカイブが蓄積されていくものだと思っています。

電話だって100年前に発明されたとき、人々はパニックに陥りました。直接会って話さないなんて、人間らしさが失われると。でも今、電話を使って人々はたくさんの人間らしいことをしています。愛する人に電話をしたり、Skypeで話したり、メールを送ったり。

VRも将来的にこういった感情を伝える使い方が増えていくと思います。おそらくこれから、どういったツールを使ったとしても、どうやって感情を伝えるかということを私たちは模索し続け、見つけていくのだと思います」 そして、自身のアーティストとしての役割には、こう答えています。

「ミュージシャンである以上、自分に与えられた役割というのは人間らしさ、人間臭さ、そしてソウル、それをいかに伝えるかということだと思うんです。それは私の音楽活動を通じて、ずっと揺るぎないものでした」

これ、すごくいい言葉だと思います。Björk Digital公式サイトでも「彼女は、テクノロジーに心を入れるのがアーティストの仕事であると語ります」と書かれています。

ここでの「テクノロジー」とは、おそらく科学的な知識を用いて開発された機械や道具と捉えて良いでしょう。つまり「もの」です。

料理人は包丁に心を入れます。美容師も鋏に心を入れます。ギタリストはギターに心を入れます。そしてビョークはきっと、自身が表現をするために使うもののすべてに心を入れているのでしょう。

何かを使って仕事をしたり、何かを伝えたりするならば皆そうです。彼女だけでなく、登壇していた菅野薫氏、真鍋大度氏、TAKCOM氏、内田まほろ氏だってそうでしょう。もちろん観覧していたすべての人もです。

何らかのテクノロジーを使って、今日の感想を誰かに話して聞かせるでしょう。それらにはすべて、賞賛にしろ悪態にしろ心が入っているはずです。

テクノロジーとは、使う人あってのもので、使い方によって毒にも薬にもなります。包丁は人を刺し殺せますし、車だって轢き殺せますよね。でも、美味しい料理をつくって誰かを喜ばせたり、どうしても見せたい素敵な場所に大切な人を連れて行くことだってできます。 また、トークの中で、ビョークは、単に「テクノロジーを使う」のではなく、「テクノロジーを人と使う」ということをとても大事にしているように感じました。

真鍋大度氏(ライゾマティクスリサーチ)の「有名無名、年齢・国籍関係なく、すごく幅広くコラボされていますが、コラボレーションするときの考えについて教えてください」との質問に、彼女はこう答えます。

どうしてコラボレーションをするかについては、直感で決めています。やるにあたって双方がそれをすることによって成長しているのか? ということも非常に大切にしています(中略)なぜこの人とやりたいのか、意味や意義を感じなければいけないと思いますし、双方がやりがいがなければいけないと思います」

テクノロジーはあくまでツール」だと語るビョークらしい返答です。結局、テクノロジーとは「人が使う」ものですから、使う人を選ぶことは、そのままクオリティ/結果にも直結します。

その相手を直感で選ぶというのもまたビョークらしいですよね。この直感、感覚と一本筋の通ったわかりやすい主張。

ちょっと古い言い草になりますがデジタルとアナログの感覚、この綱渡り的なバランスが本当に秀逸ですし、ビョークが唯一無二の存在だという証左であるとも、私は思います。

『Vulnicura』が示唆するテクノロジーの未来

『Vulnicura』/画像はAmazon.co.jpより

さて、アルバム『Vulnicura』はビョークの作品としては、はじめて時系列を持ち、物語性を帯びたアルバムだそうです。

今まで物語を持たなかったビョークが、このタイミングで彼女が言うところの「ギリシア悲劇」のような原初と言っても良いほどのルーツ、または王道に近い構造を持った作品を生み出し、VR技術とかけ合わせたことは、まさしくテクノロジーに命を吹き込み、心を入れるのにぴったりの容れ物であるし、また挑戦だったと感じます。

私、今回「ギリシア神話」と聞いて、個人的にはビョークが生まれたアイスランドの文学、北欧神話の「古エッダ」の一節である「巫女の予言」を思い出しました。

「巫女の予言」では、ヴォルバ(巫女)が、オーディンに対して世界の創造に関する物語を語り、自身がいかにして知識を手に入れたかを話します。そして彼女がオーディンや他の神々の秘密をも知っているということを説明します。

彼女は現在と未来に起こることを論じ、多くの北欧神話のエピソードに言及します。そして、最後には世界の終末(ラグナロク)について語り、目前に迫っていることを伝えるという物語です。

これが、ビョークがヴァイオリンや電話など、昔のテクノロジーを語ったり、時系列順になった物語性を持つ作品を生み出したこと。そして後述しますが、最後の質問への回答と、まるでビョークがヴォルバとして、世界の秘密を解き明かすかのごとく話しているように見えてしまい、妙にリンクしてしまいました。

ときに、ギリシア悲劇を意味する「トラゴーイディアー」は、「トラゴス」と「オーイデー」の造語で、オーイデーは「歌」を意味し、トラゴスは「山羊」を意味します。このトラゴスは英語の「tragedy(悲劇)」の由来だともいわれています。組み合わせを変えてみれば「悲劇の歌」ですね。

イベントでの最後の質問は「現在は社会や個人、地球もいろいろと問題がいっぱいあります。いろいろなバランスがある時代だと思うのですが、自分のこれからの活動や、今の社会の中でどうしていきたいですか」という、少々悲観的な意味も含んだ問いかけだったのですが、彼女の返答は、決して悲劇的なものではありませんでした。 「これは私だけの使命ではなく、未来に対して感じていることは皆さん同じだと思います。なんとかしなければという危機感をみんな持っていると思います。

長い目で地球環境に対して私たちがやってきたことを、しっかり見つめなおさなければいけませんし、政治家だけのせいにはできないと思います。我々自体も、罪の意識が麻痺した感覚になってしまっているということもあるのではないでしょうか。自分だけではどうしようもできない、だからしょうがないよね。という考えになっているように感じます。

最近の映画は、『地球がだめになったから他の惑星に移住しよう』というような作品が非常に多いですが、私は捨てるのではなく、一度駄目になってしまった地球でも、きっかけさえあれば、きっと元に戻せると信じています。

(中略)ほうきや雑巾だけでは地球を綺麗にできません。でも、最先端のテクノロジーを使って、頭の良い人を集めて、皆で力を集めて向き合えば、絶対に地球を元に戻すことが可能だと思っています。クリエイティブな考えであるテクノロジーというものが大きなきっかけをつくるものだと私は感じていて、テクノロジーが自然と人間、芸術や音楽と一緒に共存できる、地球と共存できる。将来はそんな繋がりになるんじゃないかと思っています」

ビョークが語ったテクノロジーと人の関係性

今回のトークショーで、ビョークはパフォーマンス、そして彼女の「語り」を通して、「テクノロジーは使い方と、考え方次第なのよ」と強くは言わずとも、改めて教えてくれていたように思えます。

また、「あなた、今世の中で起こっていることは他人ごとじゃないのよ」とも言われたような気がします。なんだか非常に身につまされますが、テクノロジーを通して普遍的なことを教えられたという、なんとも不思議な感覚に包まれる1日でした。

これからテクノロジーはどう変化していくのか? どのように使われていくのか? 予測は可能でしょうが、結果はその時になってみなければ、実のところ誰もわかりません。

ただ、最後、ビョークが歌を歌う時とまったく同じトーンで語ったように、テクノロジーが自然と人間、芸術や音楽と一緒に共存し、地球が元の姿に戻った世界を私は見てみたいと思います。そして、その世界はどうやったら実現できるのか、ビョークから小さな「マザーアース」によく似たボールを、そっと渡された気がしています。
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イベント情報

Björk Digital ― 音楽のVR・18日間の実験

開催日時
2016年6月29日(水)~7月18日(月・祝)
午前10時~午後5時
休館日
2016年7月5日(火)、12日(火)
会場
7階 イノベーションホールほか
料金
2,500円(税込)
主催
スマッシュコーポレーション
共催
日本科学未来館
協力
ソニー・ミュージックジャパンインターナショナル

※ただし金土日祝(7月1日(金)~3日(日)、8日(金)~10日(日)、15日(金)~18日(月・祝))は午後10時まで開催
※入場日時指定制、整理番号付(VRコンテンツ以外は当日に限り終日鑑賞可)
※入場券はチケットぴあ(http://w.pia.jp/t/bjork/)にて販売
※展示の中心となるVRコンテンツは13歳以上が対象です
※未就学児の入場はできません
※小学生以上は入場券が必要となります
※企画展、常設展、ドームシアター(いずれも午後5時まで)の鑑賞には別途料金がかかります
※アーティストの出演はありません

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