兵庫県から上京し、東京で音楽活動を続けてきたラッパー・kegøn(ケゴン)さん。
19歳でたどり着いた見知らぬ街。外国人との共同生活や金のない生活の中で見つけた荒川の風景は、後に自身の代表曲となる「Arakawa」に、そして現在の創作活動にもつながっている。
足立区・西新井で過ごした上京初期の日々から、代表曲「Arakawa」の誕生、そしてクリエイティブチーム「20XX」を率いる現在までを振り返る。
外国人との共同生活、西新井で始まった東京生活
kegønさんは兵庫県出身。10代で上京し、西新井周辺で暮らし始めたという。
当時は外国人との共同生活を送りながら、アルバイトと音楽制作を続ける日々だった。
「19とかで来たし、何もわかんないし、家もめっちゃ薄い壁で隣の音とか聞こえるし、外国人とかと共同生活してたんで怖かったっすね、最初はずっと」
西新井は「思い出深い場所」と語るkegønさん
一方で、西新井という街自体には親しみを感じていたようだ。
治安が悪いというイメージを耳にしながらも、自身が暮らしていた場所は穏やかで「めっちゃ住みやすい」と振り返る。
渋谷のような繁華街よりも、どこか下町らしい空気が残る街並みを好んでいたとも懐かしげに語る。
地元・加古川と重なった荒川 「Arakawa」が開いた次の章
動画の中心となるのは、kegønさんの代表曲のひとつ「Arakawa」と、そのタイトルにもなった荒川だ。
兵庫県の地元には加古川が流れており、10代の頃は友人たちと川辺に集まり、音楽を流して遊んでいたという。
東京へ移り住んだ後、荒川を訪れたときに感じたのは、懐かしさと未来感が入り混じる不思議な感覚だった。
「加古川が地元の川だとしたら、荒川は東京タワーとかビルとかがいっぱいあって、近未来化したというか、地元の川の50年後みたいな」
「音楽で食えても楽しくなかったら意味ない」
当時は決して裕福な暮らしではなかった。狭い部屋でアルバイトをしながら曲をつくり、音楽ファイル共有サービス・SoundCloudで作品を発表し続けた。その積み重ねの中で生まれたのが「Arakawa」だった。
「『Arakawa』がすごい伸びて、それのおかげで引っ越せるようになった。結構、“Broke Boy”というか貧乏だったんすけど、それのおかげで『第1章の終わり』みたいな、次に行ったみたいな」
「Arakawa」は単なるヒット曲ではなく、kegønさんにとって次のステージへ進む転機となった作品だった。
「遊びでビジネスできたら面白い」20XXとCEOとしての現在地
現在のkegønさんは、ラッパーとして活動する一方で、クリエイティブチーム「20XX」のCEOもつとめている。
「20XX」設立の背景には、表舞台に立つアーティストだけでなく、ディレクターやデザイナーなど裏方の存在にも光を当てたいという思いがある。
「前に出る人が全てじゃないと思ってるんで。その人たちとみんなで企んだりして、めっちゃいいものが生まれたりするんで」
「20XX」はよろず屋系
ラッパーとしての表現と、CEOとしての活動。
一見すると別の道に見える両者は、kegønさんにとっては「好きなものを自由につくる」という一本の線でつながっているのかもしれない。
最後に、自身の現在地について聞くと、kegønさんはこう答えた。
「全然レベル25とかじゃないですかね。もっと上行けんなみたいな。レベル100? 国とかつくってんじゃないですかね。学校とか」
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