“諦めること”には意味がある 『名無し』で山田太郎が手放したもの
──ここまでお話をうかがって『名無し』の大きなテーマの一つに「諦め」があるように感じました。山田太郎と山田花子は、まさにいろいろなことを「諦めて」しまったことが、その後の悲劇に繋がったように感じます。現実社会においても「諦め」という感情は数多くの凄惨な事件の理由として挙げられます。お二人は、実際に人生の何かを諦めてしまいそうになったことはありますか?
佐藤二朗 ……難しいな。ちょっと関係無い話かもしれないけれど、妻が大好きな『夢なし先生の進路指導』っていう漫画があるんです。僕も読んだらすごい面白くて。主人公は、夢を持った学生たちにすごいリアルなことを言う先生なんです。
その先生が言うには「諦める」という語源は「明らかにすること」なんだ、と。それがいつの間にか撤退みたいなネガティブな意味になったけど、もともとはそんなネガティブな意味じゃないんだぞ、と。
僕は役者になることを、38回くらい諦めていて(笑)。就職もしたり、色々あったうえで、今の活動がある。ちょっと諦めすぎかもしれないけれど、一方で、その経験がなければ、たぶん今の僕はいないんだよね。だから諦めることって、実はそんなに悪いことじゃないのかもしれない。
これまで様々なものを“諦めてきた”という二人
Novel Core 僕も二朗さんと同じで、何かを諦めたことは何度もあります。それは音楽家として、人として、いろんな面で諦めようとしたことがいっぱいあって。19歳くらいの時に、生きること自体も諦めようと本気で思っていた時期もありました。
それでも今、二朗さんがおっしゃっていたように、「諦める」というのは必ずしも全てがネガティブなことじゃないとも思っていて。もともと僕は中学の合唱コンクールがきっかけで、指揮者を目指したことがあったんです。それでも、当時の家庭環境では音楽大学に行くお金もなかったし、どう考えても状況的に無理だった。
でも、その時にラップという表現なら、楽譜が読めない、楽器ができない自分でも音楽ができると気づいて、今の道が拓けてきたんです。そういう様々な諦めのおかげで人生が分岐して、結果として今があると思っています。これからもたぶん諦めそうになった時に、その度に違うものを選択したり、たまに戻ってみたりを繰り返して、新しい自分をつくっていくんじゃないかな。
『名無し』ポスタービジュアル
佐藤二朗 そう思うと『名無し』の山田太郎は、いったい何を諦めてしまったんだろうね。今の話を聞いて僕がちょっと思ったのは、彼は結局、“人との繋がり”それ自体を諦めてしまったんだろうな。
それでも僕は、神様の気まぐれなカード配りに対して、人間の温もりや繋がりといった、こっぱずかしい綺麗事が負けてほしくないと思ってしまうんだよね。
そうした思いを、描写のリアリティにこだわりながらも、城定監督が言うように“類を見ない”表現、物語、演技で伝えたかったのが『名無し』という作品なのかもしれません。だから、ぜひ劇場で観てその意味を体感してほしいですね。
©︎佐藤二朗 永田諒 / ヒーローズ 2026 映画「名無し」製作委員会
この記事どう思う?
作品情報
映画『名無し』
- 公開
- 5月22日(金)全国ロードショー 82分 PG-12
- 原作・脚本
- 佐藤二朗
- 出演
- 佐藤二朗 / 丸山隆平 MEGUMI / 佐々木蔵之介
- 監督・共同脚本
- 城定秀夫
- 主題歌
- Novel Core「名前」
- 配給
- キノフィルムズ
関連リンク
0件のコメント