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神保町のミニシアター「岩波ホール」7月に閉館 54年の歴史に幕

神保町のミニシアター「岩波ホール」7月に閉館 54年の歴史に幕

岩波ホール/画像は公式サイトより

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  • 岩波ホールが2022年7月29日で閉館
  • 神保町にあるミニシアターの草分け的存在
  • 映画好きに愛された54年の歴史に幕
ミニシアターの草分け的存在である東京・神保町の岩波ホールが、7月29日(金)をもって閉館。1968年2月の開館から54年間にわたる歴史に幕を閉じる。

理由については、「新型コロナの影響による急激な経営環境の変化を受け、劇場の運営が困難と判断いたしました」と説明。

公式サイトの発表では54年間の長きにわたり、ご愛顧、ご支援を賜りました映画ファンの皆様、関係者の皆様に心より御礼申し上げます」と感謝を述べている。

閉館までの上映予定や会員制度などの商材は決まり次第公式サイトでアナウンスされる。

多数の名作を上映するミニシアターの草分け

岩波ホールは1968年2月9日に開館した、岩波神保町ビル内にある映画館。靖国通りと白山通りに面しており、神保町のランドマークのひとつとしても知られている。

当初は多目的ホールとして開館し、故・川喜多かしこさんと、ホール総支配人である故・高野悦子さんが名作映画上映運動「エキプ・ド・シネマ」を発足。

フランス語で"映画の仲間"を意味するこの運動は、商業ベースにはなりづらいと考えられている名作を上映することを目的としていた。

1974年にインド映画『大樹のうた』を上映したのを皮切りに、単館映画館の道を進み、これまで65カ国・271作品の名作を上映。多くの映画通・映画好きに親しまれた。

1980年代にはミニシアターブーム到来。大手興行会社が、繁華街に岩波ホールに似た200席前後の小劇場を次々につくり、岩波ホールはミニシアターの先駆けと呼ばれるようになった。

「良いものはきっと受け入れられる」総支配人の思い

映画興行を一生の仕事として、「良いものはきっと受け入れられる」という信念のもとに映画芸術を育ててきた総支配人・高野悦子さんの思いは、著書『岩波ホールと〈映画の仲間〉』でも綴られている。

同書ではこぼれ話とともに、映画のつくり手たちとの温かい交遊や、ホール裏でのスタッフの奮闘ぶり、女性映画人たちに力を与える活動の数々が記されている。

ここ数年はコロナ禍における休業要請を受けて休館・再開などを経て営業を継続していたが、最終的にはそうした環境の変化によって劇場の運営が困難になった。

なお閉館に伴い、「エキプ・ド・シネマの会」会員制度も終了する。

文化への大きな貢献

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