譲れない信念を持つがゆえに反発しながら、それぞれの個性が見事に融合したときに生まれるクリエイティブ。作中に登場するバンド・スーパーパーティの楽曲として制作された「スパイのスパイス」は、まさにそんなクリエイター同士のハーモニーによって生まれた楽曲であり、2月23日(水)発売のCDに収録される。 作曲は多くのVTuberやアニメ、ゲームへの楽曲提供で活躍する烏屋茶房さん。編曲を、楽曲提供のみならずバンドやシンガーソングライターなど幅広く活動するゆよゆっぺさん。そしてアニソンシーンにおける天才クリエイターのひとり・ヒゲドライバーさんが作詞を担当。
そんな布陣で制作された楽曲は、曲調こそ現代バンドサウンドめいたオシャレな雰囲気だが、ダジャレを中心に歌詞が構成されるという劇中の設定を見事に反映させた名曲に仕上がっている。
と、前のめりで座談会の取材に赴いたのだが、終始賑やかな3人から明かされた「スパイのスパイス」誕生の秘密は意外なものだった。 取材・文:オグマフミヤ 編集:恩田雄多 撮影:寺内暁
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2人がかっこよくすると確信した「スパイのスパイス」
──「スパイのスパイス」は作中に登場するスーパーパーティというバンドの楽曲です。劇中では、「曲調はオシャレなのに歌詞がダジャレっぽくて不思議」といった紹介をされながら、ファーストライブから会場を満員にする大人気バンドの楽曲でもあります。制作されるにあたってどのようにイメージをふくらませていったのでしょう?烏屋茶房 「今っぽいオシャレな曲を」というオーダーだったので、そういう曲をたくさん聞いて鼻歌でこんな感じかなって歌いながらつくっていきました。
あとからダジャレとか言葉遊びができるように、あまり歌詞を制限しないメロにしようとも意識していたんですが、最近の曲って上下に動きが激しいので、それを再現しつつのバランスを取るのは苦労した記憶があります。
とはいえ、あとの2人にかっこよくしてもらえるのが明らかだったので、僕としてはもう安心して投げちゃったって感じですね(笑)。 ヒゲドライバー 確かに鼻歌感を感じるメロだったよね。ラフというかアドリブ感があるというか。一番と二番の同じ箇所のメロが少し違ったから、ここはそういうラフなイメージなのかなと感じたし、そこをズラすことで味が出ているとも思った。
烏屋茶房 まさしくそういう意図を全部汲み取ってくれるという確信がありました。
ゆよゆっぺ そこから僕がアレンジしたわけですが……何やったっけ?
烏屋茶房 格段にかっこよくなって返ってきたから僕はビックリしていたんですが、どういうイメージだったんですか?
ゆよゆっぺ 僕は作詞しない限り発注書は読まないんで、あんまり何かを決め込んでってことはなかったな。
世界観を大事にしてくださいって一文が添えられていたら目を通すけど、そうじゃない場合は作品のビジュアルや文脈を汲み取ってしまうことで、むしろ音楽に縛りが生まれてしまうことを恐れるタイプだから。
烏屋くんからもらった時点で完成形の雰囲気がわかりやすい曲だったから、それに合わせてとりあえず「オシャレにすっか!」って感じだったんだけど、合っててよかった(笑)! ヒゲドライバー・烏屋茶房 (笑)。
ゆよゆっぺ こだわった点だと、そのときちょうど新しいギターを買ったから、使ってみたいなって欲が正直に出てしまっているくらい……なんだけど、確かメロをいじりたくて烏屋くんに電話したよね。
烏屋茶房 サビが2回終わったあとに転調するところですよね、あそこを変えていただいたことでもう一段階オシャレになりましたし、本当に天才だなと思いましたよ。
ヒゲドライバー あの転調ってもともとはなかったんだ?!
ゆよゆっぺ 鍵盤で弾いてたら「ここでオシャレに転調できちゃうな♪」って思いついちゃって、片手は鍵盤に置いたままスマホ探して……
烏屋茶房 みたいなやり取りが本当にありました(笑)。ゆよゆっぺ「ここをこうするといい感じに転調できそうなんだけどいいかなぁ?!」
烏屋茶房「うわ! めっちゃいいと思います!」
ゆよゆっぺ「ありがとう! じゃ変えるわ!」
ゆよゆっぺ ダメだったらクライアントさんがダメって言ってくれるだろうから好きにやろうと思って出したんですが、「いいですね!」って言われちゃったもんだから、まだまだ僕も捨てたもんじゃないなと思いました。
「有名クラブでMake Love」は絶対入れたい
──そして作詞のヒゲドライバーさんに渡ってきたわけですが。ヒゲドライバー ゆっぺさんからオケをもらったときに、Heart's Cryってユニットで一緒にやっていた頃を思い出したというか、「これだよこれ!」みたいな感覚があったんだよね。オケがかっこいいからなんとかなるかって感じでやりやすかったよ。
「歌詞にダジャレを入れてください」って発注は初めてだったんですけど、作詞においてはやはりダジャレが大きなポイントです。韻を踏むのはいくらでもやってきたけど、韻を踏むのとダジャレって似てるようで違うんですよね。
ちょっとダサくないといけないというか、韻を踏むとは違う絶妙なニュアンスだったので、まずはダジャレをめっちゃ検索しました。そしたらダジャレまとめサイトがめちゃくちゃでてきて(笑)。
ゆよゆっぺ 謎に数ありますよね、ダジャレまとめサイト。
ヒゲドライバー そこからテーマであるスパイのストーリーに沿いそうなものを参考にしていったんです。「ふとんがふっとんだ」は流石に使えないなとか。
烏屋茶房 そうして生まれたのが「常時、隠された情事」「有名クラブでMake Love」といった名フレーズたちなんですね。 ゆよゆっぺ さっきも言った通り、僕は発注書を読んでいなかったので、ヒゲさんがどんないい曲に仕上げてくれたんだろうと思ってたんです。
だから初めて聞いたときのあの衝撃は凄かったです。「ダジャレ!? ヒゲさん忙しすぎておかしくなっちゃったのか!」と心配になったんですが、そのあとにようやく発注書を確認して安心しました。
烏屋茶房 ダジャレを入れて欲しいって発注なしに、この歌詞がヒゲさんから出てきたら事件ですよ!
ヒゲドライバー 「有名クラブでMake Love」は絶対に入れたかったんだよね(笑)。そういうのも含めて、いままでやったことのないことができて楽しかった。
Aメロ・Bメロでは、実際にあるような細かいいざこざをモチーフにしてチクリチクリとやっていき、サビでダジャレを言いまくるっていうかなり不思議な歌詞だけど、面白いものになったんじゃないかな。 烏屋茶房 各々が好き勝手やったものが、結果的に作品に沿っていいものに仕上がったんですね。
ゆよゆっぺ お互いの作品を長いこと聞き続けてるから、それぞれのテイストはわかってる。今まで一緒にやってきた信頼感もあって、自分が頑張らないとって力みがなく、いい意味で無責任にできたのがよかったのかもしれない。
神様視点のダジャレ曲…にはしたくない
──付き合いの長い3人だからこその安心感をそれぞれに感じてたということですね。ヒゲドライバー でも今まで通りかというとそうじゃなくて、新しい雰囲気の曲に仕上がってるよね。だから安心感がありつつも、2人ともこんな引き出しも持ってるんだって驚きもあった。あんなファンキーなタイプの曲って結構珍しくない?
烏屋茶房 言われてみれば、そんなにないですね。
ゆよゆっぺ 僕は最近そういう系の曲にハマって、死ぬほどつくってるんですよね。今まではメタルなギターばっかり買ってたんですけど、最近シングルコイルのオシャレでチャキチャキした音の鳴るギターを買ったので、めちゃくちゃコレを弾きたいって思いが出た結果、ああいう曲になってます(笑)。
ヒゲドライバー そうなんだ!
ゆよゆっぺ 今まではパソコンの中で音楽制作を完結させるのを美徳としていたんですけど、最近はギターのエフェクターみたいに外から入ってくるものも楽しめるようになったんですよ。
今回の楽曲だと「ファズ」っていうこの世の終わりみたいな音が出るエフェクターを使ってます。
そういう実験的な要素も、いい感じにオシャレな雰囲気を生み出すのに関係していて、結果的にニューレトロなニュアンスの楽曲に仕上がってるんだと思う。たぶんこの曲ブラインドで聴いたら、我々がつくったってわかんないんじゃないですか? ヒゲドライバー わかんないかもね。
ゆよゆっぺ 歌詞に関しては絶対そう!
烏屋茶房 確かに(笑)。
──加えて最後には、監視しているつもりが自分が監視されていたというどんでん返し的なオチがつくのも印象的です。
ヒゲドライバー ラストのフレーズがないと、一方的に神様からの目線みたいな歌詞になっちゃうんですよね。でも、そんな万能な人間いるかなと思って「見てるようで実は見られてるぞ」ってオチみたいなものをつけたかったんですよ。
ゆよゆっぺ そこは感心したなぁ。
ヒゲドライバー ずっと一本道の歌詞で最初から最後までいくのはあんまり好きじゃなくて、どこかで憂いや挫折、どんでん返しみたいなのを入れていきたいと思ってるんです。
烏屋茶房 あの一節があることで、ただダジャレを言うだけの曲じゃなくなってるじゃないですか。そういうフレーズってなかなかつくろうと思ってもできないものですよ。
ヒゲドライバー 全く別の作品でもスパイがテーマの楽曲をつくっていて、そんな僕がまたスパイをテーマにした楽曲をつくるのはどうかなって思ったんだけど……。
ゆよゆっぺ 逆にそこはヒゲさんじゃないと書けないですよ!
“秀和の言っていたコードの力”に納得
──確かにヒゲドライバーさん以外がつくるのは難しかったかもしれません。ヒゲドライバー だから恐れずできたっていうのもあるんだけど、そうやっていっぱい曲をつくってると「これ昔やったことあるから辞めておこうかな」って思って表現を狭めてしまうこともある。
ゆよゆっぺ 長く続けてるYouTuberと同じ悩みじゃないですか。
ヒゲドライバー でもファンはむしろその定番というか、同じものを望んでる場合もあるんだよね。
ゆよゆっぺ 音楽が素晴らしいのは、コード進行だったり展開がある程度同じでも、他の部分を調整すれば別のものに聞こえることだと思うんです。
だから「またあのメロ使ってるよ」とか、「前にも聞いたことあるコード進行だ」って思われても、「世界観が違うから大丈夫!」って言い張れるんじゃないでしょうか。
ヒゲドライバー コード進行については常々自問自答してるけどさぁ……正直もう選択肢がないじゃない(笑)。
烏屋茶房 自分が気持ちいいコードは、ある程度決まっちゃってますよね。「スパイのスパイス」にしても、つくってる自分だからわかるんですけど、最近こればっかりだなって感じることもあります。
ゆよゆっぺ 逆に僕は今コード進行に可能性を感じていて、いろいろ試してるんですよね。よくわかんない沼に足を突っ込んでるとも言えるけど。
でも、そうやっていろいろやってみると「秀和(※)の言ってたことはそういうことなのか!」と気づくことがあるんですよね。「コードは力を持ってるんだ」って聞いたときは何言ってんだと思いましたけど(笑)。
※田中秀和:アニソン界にその人ありと言われる名クリエイター。代名詞たる田中オーグメントなど独特のコード進行を駆使することでも有名。 ゆよゆっぺ なので、今回もコード進行だったり展開に、今までにないチャレンジを盛り込んだりしています。それはむしろ自分の作品じゃないから自由にやれたところもあるかもしれません。
ヒゲドライバー 進行とか展開にハマるのもわかるな。でも考えはじめるとキリがないんだよね。
烏屋茶房 そう、次々にこうした方がいいんじゃないかってのが出てくる。
ヒゲドライバー 選択肢が無限なんだけど、締め切りは有限だからね。 ゆよゆっぺ・烏屋茶房 おぉ〜!
烏屋茶房 締め切りというものがあってこそ作品は完成するとも言えますよね……。
ゆよゆっぺ 僕も今まで絶対寝たら起きれなかったんですけど、締め切りを思い出したらバッと起きれるようになっちゃいました。
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