連載 | #1 LGBT表現が生まれ、送り出される現場

ゲイ・エロティック・アートの巨匠 田亀源五郎と担当編集に聞く『弟の夫』の現場 「無自覚の差別」とは何か?

一番興味があるのは「ゲイが社会とどうやって関わっていくのか」

──(KAI-YOU.net編集・新見)僕にとって、『弟の夫』という作品は、LGBTというよりも家族のお話だと思いました。

田亀 最初の段階で、ファミリー漫画という方向性はありましたね。ただ、LGBTと家族を分ける必要はないんじゃないでしょうか。

映画『ムーンライト』が公開された時に、「これは黒人映画なのか、ゲイ映画なのか」という話が出てきましたが、私は「要するに人間ドラマだから、どっちも入ってるでしょ」と思いました。『弟の夫』では、そういうところを目指しています。人間ドラマの中にさまざまな要素が入っていて、そのひとつが“ゲイ”であり“家族”であり、どちらも大事な要素です。

私が一般誌で連載をするのであれば、社会とゲイの関係性をドラマとして描いてみたいなと思ったんです。ゲイ雑誌やBL雑誌、あるいはこれまでのノンケ向け漫画にあった“ゲイもの”というのは、ゲイ同士であったりゲイの内面の悩みを掘り下げたりしたものが多かったような気がしています。でも、私が一番興味があるのは「ゲイが社会とどうやって関わっていくのか」。それをフィクションとして、自分で描きたいと思っていました。

──(新見)先生ご自身の中で、作品執筆にあたって「家族」についての定義を考え直したということはありますか?

田亀 私は別にこの作品を通して、何かを主張したいというわけではないのです。だから、『弟の夫』で描かれている「家族」の定義と、私の中の「家族」の定義がイコールであるかを意識したことはないです。

ただ、家族の問題に限らず、すべてに関して「これが当たり前だ」とは思わずに「一度とどまって考えてみましょう」ということは提案したいんです。そこから、誰が何を考えるかについては、読者さんそれぞれの問題です。私は考える材料を提供はしますけど、「こう考えなさい」ということは一切やっていないつもりです。

南部 私は、3巻の夏樹の「(それぞれに縁があって)それで一緒に温泉旅行に来たんだから だったら家族でいいじゃない」っていうセリフはすごく良いなぁと思いました。それまであまり(家族について)深く考えてこなかったので、そう言われて納得しました。

──(新見)僕も自分の中で「離婚したら家族じゃない」と思っていたんですけど、「家族でいいじゃない」というセリフは腑に落ちました。

田亀 例えば離婚に関しても、ユキちゃんのセリフみたいに「愛し合った人たちが結婚できるのは素敵なことだと思います!」と言うのに異議はないんですよ。ただ、結婚の全てが素晴らしいとか、結婚で何かが保障されるとも思ってない。

『弟の夫』を始める段階で、同性婚を含めて結婚制度の一方的な礼賛にはしたくないなと思っていました。だから、弥一と夏樹の関係については、「結婚はうまくいかなかったけど離婚したらうまくいった例を出しておきたい」ということなんです。

先ほどの家族の話にしても、ユキちゃんが“母親に対して抱くモヤモヤしている思い”やカズヤくんの“家族だから言えない悩み”だったり、墓参りの時に弥一が家族と家制度に対する疑問を感じるような描写を入れたりと、バランスは取りました。そういった描写から、読者が一緒に考えてくれればいいと思います。

──僕はゲイに関する描写、編集の新見は家族の描写に着目したように、『弟の夫』は読むことで自身の抱える問題意識が浮き彫りになる作品だったように思いました。

田亀 作品を描いた作者としては、自分に引き寄せて考えてもらえるのはありがたいことだと思います。

(自身のホームページの)メールフォームで、かなりプライベートな悩みと一緒に「『弟の夫』に救われました」という感想が届いたりします。ただ、内容があまりにも個人情報なので編集さんに見せるのもやばいなって。そうやって、真剣に読んでくださる方が多いのは嬉しいですね。

担当編集の、作品との向き合い方

──別のインタビュー(外部リンク)では、「いくら説明しても、それが100%伝わるということがないというのが前提」で描いているとおっしゃっていました。担当編集として「ここはもっとわかりやすく描いたほうがいいんじゃないですか」というシーンはありましたか?

田亀 逆はあったよね。ちゃんと伝えなきゃいけないから、ネームで心の声を全部書いたら「これはないほうがいいんじゃないですか」というのはありました。

──具体的には、どのシーンですか?

田亀 一番印象深かったのは、「シルエット」(第5話)ですね。マイクのことを聞かれた弥一が「弟の友人です」と言ってしまった後、「夫だと言えなかった」という心の声が入っていたんです。これは、ちゃんと描かないと伝わらないかなぁ、と思って。でも、「このモノローグはなくてもわかるから大丈夫ですよ」と。

──田亀先生としては、モノローグを含めて読者に伝わるように腐心された?

田亀 雑誌というメディアの特性もあると思うんですが、読者層のアバウトな特徴は多少なりとも意識します。

例えば、ゲイ雑誌やBL雑誌だったらかなり事前の知識があるので、説明しなくてもいいことがある。一方で、不特定多数の一般男性向け雑誌の場合、ゲイのゲの字にも縁がないような人に対して、基礎的な知識のレベルをどこまで見積もればいいのかと慎重になっていた部分はあります。

1巻のときは初めてのことが多くて手探りでしたし、そういった説明も多く出てきました。

──今のお話を聞くと、担当編集者としては、あまり説明が多くならないよう、読者を信頼して読み取ってもらおうという態度をとっていた?

平田 長年の経験によるものですが、その信頼はかなりありました。読者は意外に読み取ってくれますし、やっぱり田亀さんは行間を読み取らせる描写がうまいです。

南部 ネームを拝見する度に、本当にすごいと思ってましたね。

──担当編集者として、『弟の夫』を通じてゲイ、LGBTについて何か新たに発見したことはありましたか?

平田 連載が始まる時は、LGBTが注目される動きはまったくなかったです。僕もそもそも「LGBT」という言葉自体、知らなかったです。単行本の1巻が出たくらいで初めて知って、いろいろなインタビューを田亀先生が受けられる中で、僕が知らない部分ももちろんたくさんあって…。そこを一緒に経験できたのはすごく勉強になったなと思います。

ただ、議論になったり、いろいろなメディアでLGBTに関する話題が多くなったのは良いことだと思いますが、「LGBTを扱うとニュースになりやすい」とか、LGBTが乗っかりやすいブームのようになっている状況には妙な違和感を覚えます。

──仮に『弟の夫』を担当されてなかったら、そういったニュースに対して違和感を覚えることはなかったでしょうか?

平田 う〜ん…わからないですね。

僕、若い頃は新宿二丁目の気に入った店に通ってたんです。年長のママさんがいるお店で、心が病んで疲れてた時はお店が開いてから終わるまでずっといたこともありました(笑)。

田亀 二丁目に行ってたのは知っていたけど、それは知らなかった(笑)。

平田 お店にいるゲイの人とはけっこう仲良くしてました。でも、お店で知り合った以外のゲイの方と接するのは田亀さんが初めてだったので、知らない部分も色々ありましたね。お店に通っていた頃から、ぼんやりと「漫画で扱いたいなぁ」というのはありました。

──二代目担当編集の南部さんはいかがですか?

南部 私はゲイやレズビアンの知人がいることもあって、(LGBTに関連する)ニュースがあった時は意識して見るようにしていました。

田亀 あとね、南部さんは腐女子だから。

『弟の夫』二代目担当編集・南部恵理香氏

南部 そう、しかも私、BLもつくっているので、常に考え続けなきゃいけない部分があります。【注:南部氏は双葉社のBLマンガ部門を兼任している】周りからは「BLをつくりながら、田亀先生の『弟の夫』を担当するのはどういう気持ちなの?」と聞かれることもあります。

一同 (笑)。

南部 ただ、一つひとつ面白いものをつくるというのは変わらないので、「漫画として面白いかどうか」としてつくっているつもりです。

田亀 ジャンルを気にするのって、大体外側の人だけなんだよね。

『弟の夫』を描き終えて

──『弟の夫』は無事完結をしたわけですが、読者からの反響の中で印象に残っている感想や意見はありましたか?

南部 「寂しい」という声はすごく多いですね。連載が続いていく中で、たぶん読者もマイクと出会って、一緒に日常を過ごして家族になっていたんだと思います。そんな家族となったマイクが帰ってしまう話なので、寂しいということで続きを期待する声も多いです。番外編とかカナダ編とか。あとは、「夏菜ちゃんがどうやって成長していくのかを見てみたい」という声も聞きました。

田亀 ほかにも、カズヤくんの成長だったり、弥一と夏菜がカナダに行く話、マイクと涼二の馴れ初めを見たいっていう声もありますね。

──実際、続編の可能性はあるのでしょうか?

田亀 私は長編漫画を描き終えると、それはもう箱に入れて…という感じで、もう一度その作品に手をつけようとは思わないんです。だけど、『弟の夫』に関しては、珍しく「番外編を描いてみたい」という話をしたことはあります。

そうしたら、南部さんからは「単行本一冊分、描いていただけるなら」と言われて、そこまでのネタはないかなって(笑)。だから、可能性がまったくないわけでもないですが、今の時点では積極的にやろうという感じでもないです。

──田亀先生ご自身が、他の作品とは違って、もう一度この作品に手を付けようと思った理由はなんでしょう?

田亀 …なんなんでしょうね。どんな長編でも描き終わる時には「この人たちを描くことはもうないんだな」と少し感傷的にはなりますが、『弟の夫』は「もう1回こいつらを描いてみたいな」という気持ちがあります。

今までの自分の長編のつくり方は、世界を閉じてきっちりパッケージをして終わりという形が多かったんです。だから、描くべきことは全部やったという感じがある。でも、今回は一般誌ということもあって、キャラクター優先でドラマを組み立てていた部分がある。その分、キャラが動いてしまった。なので、ストーリーとしては終わっていますが、(『弟の夫』のキャラクターは)また動かそうと思えば、ふとした拍子に動き出しそうだというのが、番外編を描いてみたいと思った理由なのかもしれません。 ──最後に、一般誌で長編漫画を描ききった田亀先生ですが、この経験は今後の田亀先生の作品にどのような影響を与えると思いますか?

田亀 『弟の夫』を描きつつ同時にゲイ雑誌「Badi」でゲイエロ漫画を描いてたんですけど、自分にとって両方を描いてる状態が心地良かったんです。どちらもどちらでフル稼働みたいな。だから、実際にできるかどうかは別の問題として、希望としては(ゲイ漫画と一般的な漫画を共に手がける)この形で続けていけたらと思っています。

──それはもしかしたら、『弟の夫』の番外編かもしれない?

田亀 やってみたら面白いなと思うことは、いろいろあります。ただ私が面白いと思っても、編集者や雑誌が面白いと思ってくれないと世には出ない。だから、そこをどう上手くやるかです。

でも、『弟の夫』ですごくハードルが上がっちゃって(笑)。(文化庁メディア芸術祭マンガ部門での優秀賞はじめ、好評を博したことから、世間からの評価は)海のものとも山のものとも何が出来るかわからない状況じゃなくなってしまった。一般誌初挑戦で話題をつくったので、我ながら偉いなと思います(笑)。

──読者としても楽しみにしています。本日はありがとうございました。

LGBTについて、より深く考える

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LGBT表現が生まれ、送り出される現場

“LGBTブーム”の中で、数多く輩出されるLGBT表現の数々。そこで“描かれなかったもの”、あるいはエンターテインメントだからこそ“描かれたもの”とは? 作者と送り手へのインタビューを通じて、LGBTと社会との距離を推し測る。

関連キーフレーズ

田亀源五郎

ゲイ・エロティック・アーティスト

ゲイ・エロティック・アーティストとして、漫画やイラストレーションなどの分野で活躍。1982年の商業活動開始以来から、30年以上にわたって国内外の第一線で活動を続けている。

1件のコメント

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匿名ハッコウくん

匿名ハッコウくん(ID:1495)

このインタビュアー酷すぎる。ゲイ=エイズとの強引な結び付け、そしてそれを同性愛者である作者に言うとか、作中の言葉で言うと「ノンケ」である私からしても差別的な表現かつエイズ問題と同性愛は同列に語る事柄では全く無いと判断できる。(エイズが同性愛者に多いのは、あくまでもセックスの仕方によるものではなかったか)
只、それに対する作者の丁寧な受け答えは好印象。ドラマ化されるとの事だが、是非とも成功、話題作になってほしい。

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