「電子書籍の購入は作家の応援にならない」はずがない

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「電子書籍の購入は作家の応援にならない」はずがない
「電子書籍の購入は作家の応援にならない」はずがない

(C)カズキヒロ

KAI-YOU.net で1月31日に公開された記事“「電子書籍の購入は作家の応援にならない」は本当? 現役編集者に聞いた”(以下「元記事」)は、大きな反響を呼びました。 その多くは、元記事に対するネガティブな反応でした。ゲーム作家・米光一成さんが書かれた“「電子書籍の購入は作者の応援にはならない」の嘘”という反論記事外部リンク)にもあるように、出版社の編集者側が「ウチは違う」と反論している姿すら見かけました。

「電子書籍元年」と言われる2012年からITmedia eBook USERで「電子書店完全ガイド」(外部リンク)を執筆するなど電書の普及に努めてきた私、鷹野凌にとって、元記事に対するネガティブな反応、すなわち電書に対するポジティブな意見がこれほど多いというのは、ある意味で驚きでした。以前はこういうとき、電書に対するネガティブな意見のほうが圧倒的に多かったからです。

これも利用者が増えた証拠なんだろうなと感慨にふけっていたところに、KAI-YOU.netの編集長・新見直氏からメールが届きました。

曰く、元記事は確かにかなり限定的な体験談なので、さまざまな立場の人に意見をうかがっているところです、と。そして私には「日本独立作家同盟の理事長」という立場からの意見が欲しい、とのことでした。それが本稿です。

なお、日本独立作家同盟は、「インディーズ出版を盛り上げよう!」をミッションとして活動している特定非営利活動法人です(外部リンク)。たまに誤解されるのですが、出版社を敵に回そうとしているわけではありません。出版社が商売として行うには難しい領域を補う、相互補完関係でありたいと思っています。

文:鷹野凌 編集:新見直

まず、現状を正しく認識しよう

私が元記事を読んで最も気になったのは、以下の一節。

近年、電子は増加傾向に、紙は減少傾向にあるのは事実ですが、今のところ紙の市場と比べると電子書籍の市場規模は大体8分の1なんですね。「電子書籍の購入は作家の応援にならない」は本当? 現役編集者に聞いた

確かに、出版科学研究所の発表した、2016年の出版市場を示す数字としては、間違ってはいません。

しかし、この数字は出版市場全体を示すものです。元記事の発端になっているのはコミックの話ですから、数字もコミックのものを示すべきではないでしょうか。元記事で参照している『出版月報』2017年1月号には、ちゃんとコミックの数字が載っているのですから。

2016年の紙のコミックス(単行本)市場は、暫定で対前年比約8%減の1,940億円。電子コミックス市場は、同27.1%増の1,460億円。つまり、コミックス(単行本)だけで考えると、電子の構成比は42.9%です。

そして、紙のコミックスと電子コミックスの合計推移は、2014年が3,138億円、2015年が3,251億円、2016年は3,400億円となり、実は成長基調にあることもわかります。

紙のコミック誌や電子コミック誌の2016年の数字はまだ出ていませんが、2015年の市場はそれぞれ1,166億円と20億円(出典:『出版指標年報』2016年版)。2014年から2015年にかけての増減率で2016年の数字を推測すると、恐らくコミック市場の3分の1が電子です。

筆者作成:2016年のコミック市場のグラフ

さすがにこの状況下で「電子書籍のパイ自体が大勢に影響を与えるほど大きくない」と言ってしまうのは、少々乱暴でしょう。

なお、文字モノを中心とした「書籍」の市場は、紙の7,370億円に対し電子は258億円で、構成比はたったの3.4%です。ただし、電子書店での配信点数を紙の発行点数とジャンル別に比較をすると、ジャンルごとにかなり大きな差異があります。そのため「文字モノ電子市場はまだ小さい」とまとめて切って捨てるのも、やはり乱暴です。

つまり、少なくともこれだけ電子の市場が大きくなったコミックに関しては、作家や出版社も大きな恩恵を受けているはずだし、連載を継続するかどうかの判断に電子の売上が加味されないとしたら、それはやはり「おかしい」と言わざるを得ないでしょう。

なお、「発売直後の売上げを重視」という紙の増刷判断に電子の売上が加味されないのはむしろ当然のことなので、本稿では言及しません。

ただ、電子は紙と比べると、既刊の占める割合が高いかも

(C)すしぱく

ただ、数字を読み解く上で悩ましいのは、紙も電子も、新刊と既刊が存在するということ。そして、新刊と既刊を切り分けた市場データが存在しないことです。

少なくとも私は知りませんし、そもそも発売からどれだけ経ったら「既刊」扱いになるのかという定義の問題もあるでしょう。本の商品ライフサイクルは、これまたジャンルによって異なるからです。

紙の場合、書店の棚スペースに限りがあるのは事実です。書店は著作物再販売価格維持契約に縛られているため、出版社の許諾がない限り値引き販売ができません外部リンク)。

そのため書店におけるテコ入れは、ディスプレイ方法に限られます。平積みと棚差しでは、目立ち度に天と地ほどの差があります。棚に残る既刊は売れる見込みがそれなりに高い、ベストセラーが中心です。つまり、新刊売上の占める割合は、おのずと高くなることが予想できます。

しかし、電子書店の場合、基本的にはずっと棚に並び続けます。返本がないため、在庫切れが起きません(なんらかの事情で配信を止める場合もあるので、電子でも絶版は発生します。念のため)。

そのため、突然テレビで取り上げられたり、有名人が勧めたりして、予期せぬヒットが起きても、電子は商機を逃さないのです。紙とは異なり再販売価格維持契約に縛られないので、テコ入れしたい場合はセールという手もあります。

また、電子はいわゆる「ロングテール」理論によって、長く売り続ければ、長く売れ続けます。

日本独立作家同盟では、2014年1月から文字モノの投稿型電子雑誌『月刊群雛』(外部リンク)を発行していました(現在は休刊)。一番長く売り続けている創刊号は、最初の2カ月間の販売部数を次の20カ月間で超えました。他の号や、2015年11月から始めたレーベル群雛文庫(外部リンク)も、似たような傾向です。

つまり、電子は紙と比べると、既刊の占める割合が高い、かもしれないという予測ができます。ロングテール理論はおおむねパレートの法則(上位20%の売上が80%を占める)に従っているようなので、プロモーションに力を入れる新刊と、ただ並んでいるだけになりがちな既刊の売上比率も、80:20くらいでしょうか?

電子は本来ならめちゃくちゃ利益率が高い

さて、元記事の話に戻ります。ほんとうに「電子書籍の購入は作者の応援にはならない」のでしょうか? 「作品全体の成功/失敗の判断は、あくまで紙媒体での収益で計っている」「電子書籍の売り上げって続刊にまったく寄与しないどころかマイナス」なのでしょうか?

タイトルにも書きましたが、私は「そんなはずがない」と思っています。それは、電子は本来ならめちゃくちゃ利益率が高いからです。物理メディアに比べたら複製コストが極小なので、損益分岐点を超えるとびっくりするほど儲かるようになります。

「そんな馬鹿な」と思った関係者もいると思いますが、恐らくそれは短期間でしか考えていないから。もっとも、市場が小さいうちは、多くの商品が損益分岐点を超えるまでに長時間を要していたでしょう。しかし、市場の拡大とともに、損益分岐点を超えるまでの時間は徐々に短縮され、ちゃんと儲かる商品も増えてきているはずです。

ちょっと踏み込んだ話をします。

紙の出版物の場合、作家への印税は一般的に定価の10%前後です(以下、「前後」は省きます)。多くの場合、発行部数に対して支払われます。刷りすぎて返本が発生した場合の在庫リスクは、出版社がかぶります。プロモーション費用も、基本的に出版社の負担です。そのため作家への配分率が10%でも、多くの人が納得してきた歴史があります。

なお、紙でも実売印税を採用したり、印税率がもっと低かったりする出版社もありますので、あくまでこれは一般論です。

ところが電子の場合、基本は実売印税です。私の知る限りではどこも、電子書店からの入金額に基づいたレベニューシェア(収益按分)を採用しています。

紙の印刷コストにあたる電子書店の「サーバー代」や「回線代」は電子書店側が負担しているので、電子書店側の取り分は物理書店(一般的に定価の22%程度)に比べると高めです。

料率は電子書店によって異なると思いますが、たとえば昨年開始されたアマゾンの「Kindle Unlimited」では、収益の半分が出版社側へ支払われるという報道がありました(外部リンク)。

出版社と作家のレベニューシェア率は公開されている情報が少ないのですが、某大手出版社は25%に設定しているようです。紙の印税率10%よりずいぶん好条件に思えますが、これは電子書店から出版社への入金額がベースになっている点に注意する必要があります。

つまり、電子書店が販売額の50%を出版社にシェアし、出版社はそのうち25%を作家へシェアするので、電子書店での販売額から計算すると50%×25%=12.5%なのです。紙の印税率10%と比べると、実際には2.5%の差しかないのです。

原稿料、編集費、デザイン料、電書の制作コストなどはもちろん出版社が負担しているわけですが、返本のない電子には「在庫リスク」が存在しません。そのため、紙より利益率の高い電子は、本来なら、レベニューシェア率がもっと高く設定されていなければおかしいのではないでしょうか?

(C)エリー

その上、これは紙にも電子にも言えることですが、出版社の「マンパワーが圧倒的に足りていない」状況にあり「作家自らが宣伝をしなければいけない」のであれば、本来ならプロモーション費用ぶんを作家に還元しなければならないはずです。

元記事に書かれているように「作家さんによるダイレクトマーケティングを頼りにしている」なら、別途、作家にその対価を支払ってしかるべきでしょう。

だから、作家が出版社との契約に納得ができないなら、交渉してシェア率を高く設定してもらうとか、やる気のある別の出版社に電子だけ委ねるという方法もあります。

ただし、ある程度実績のある作家じゃないと、そういった交渉は難しいという話も聞きます。もしかしたら今後はそういったややこしい交渉を代行する「エージェント」が、日本でも広がっていくのかもしれません

また、どうせ「作家自らが宣伝をしなければいけない」なら、「自分で出す(セルフパブリッシング)」のも手です。

たとえば「Kindleダイレクト・パブリッシング」は通常なら35%、独占配信なら70%。「楽天Koboライティングライフ」は販売価格が299円以上なら70%、299円未満は45%。「BOOK☆WALKER」へ配信できる「BWインディーズ著者センター」は50%、などといった料率になっています。

出版社から打ち切りを宣告されても、物語を半端な形で終わらせたくないと、出版契約を解除し自らの手で出版を続けているような事例もあります。

なんと本稿も「紙媒体の出版権と電子書籍版の出版権の契約を見直したほうがよいかもしれません」と括られていた元記事と似たような結論になりました。

デジタル化とネットワーク化の進展により、いまは誰でも出版できる時代です。出版社や編集者の存在価値は、問い直されています。いままでのやり方のまま「できない理由」ばかりを並べる相手と我慢して付き合い続けるより、新しいパートナーを探したり、新しい方法にチャレンジするほうが健全ではないでしょうか。

というわけで、インディーズ出版を盛り上げる活動をしている日本独立作家同盟に興味がある方は、ぜひ公式サイトを訪問してみてください(外部リンク)。

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鷹野凌

NPO法人日本独立作家同盟理事長

フリーライター/ブロガー/NPO法人日本独立作家同盟理事長/某短大非常勤講師(デジタル出版論/デジタル出版演習)。小説/漫画/アニメ/電子出版/SNS/著作権などに興味。アイコンは樫津りんごさん作の本好き架空キャラ

個人サイト:http://www.wildhawkfield.com
NPO法人日本独立作家同盟サイト:http://www.allianceindependentauthors.jp/

4件のコメント

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匿名ハッコウくん

匿名ハッコウくん(ID:6593)

小説でも後書きや短編など、紙なら入っている本編以外の部分が削除されてたりしますね

匿名ハッコウくん

匿名ハッコウくん(ID:4717)

まぁ、特に考えなくても出版業界と印刷業界との事情でしょうね。むしろそれ以外なんかあります?

匿名ハッコウくん

匿名ハッコウくん(ID:1623)

最近は電子書籍ばかり買ってますが実本と違い電子書籍は印刷費、紙代、輸送費がゼロなので出版社が儲からないわけがない=著者にも還元が大きくなるのは在ることでしょう。
サーバー代がかかるという人もいるでしょうが1冊だろうが1万冊だろうがサーバー維持費としては変わらないので販売数(紹介冊数)が増えれば増えるだけ出版社はもうけが出ていくはずです。

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