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「電子書籍の購入は作家の応援にならない」は本当? 現役編集者に聞いた

(C)カズキヒロ

年頭、漫画『トリマニア』の作者、久世岳さんのあるツイートが話題になりました。

【拡散希望】探している漫画が書店で見つからない。でも重版はかからない。何故?というお話。」というコメントと、それを解説する漫画を投稿。7万RTという驚異的な広がりを見せました。

大まかに言えば「欲しいと思った漫画が書店になかった場合、店頭で注文してください」という提案でしたが、そこで描かれた図式には漫画家と出版社、書店から読者まで出版界全体を取り巻く問題が内包されており、様々な視点での議論が巻き起こりました。

そこで浮き彫りになったのが、「発売直後の売り上げを重視しなければならない理由」に留まらず、「電子書籍の購入は作者の応援にはならない(だから紙媒体で購入してほしい)」という、驚きの事実と作家側からの要請だったからです。

この記事では、複数の出版社で漫画やライトノベルを手がけるフリー編集者のAさんに取材を行い、匿名でのご協力を条件に現場の立場からの意見と感想を語っていただきました。

以下は、その語り下ろしとなる。

取材・文:雑賀洋平 編集:新見直

年明けに巻き起こった紙媒体・電子書籍論争

正直、SNSが一般的になって以来、漫画家さんやライトノベルの作家さんからも今回の久世岳さんのような「作家を応援する一番の方法は書店で注文すること」といった発言は定期的にあがるので、その発言内容自体が特に目新しいものとは感じませんでした。

もちろん定期的にくり返されるということは、それだけ多くの漫画家さんや作家さんが切実に悩んでいることの証明でもありますが、要は「作品が継続できるかどうかは、単行本の発売直後の売上げにかかっています。なので出来るだけ早く買ってください」ということです。

ただ今回このツイートから様々な視点での議論が発展していく様は、興味深かった。

私が目にした限りですが、久世さんのツイートに対する意見は、以下の3種類に大別できると思います。

1.なぜ、発売直後の売上げを、そこまで重視するのか
2.なぜ、作家が自作をそこまで宣伝しなければいけないのか(買えと言われると、逆に買う気が損なわれる)
3.なぜ、紙媒体の単行本を買わなくてはいけないのか。電子書籍は人気や売上げの目安にならないのか

これらの疑問は、確かに出版業界の実情を知らなければ理解できない問題点を炙り出しています。

そこで、一つずつ整理してお答えします。

疑問1.なぜ、発売直後の売上げを重視するのか?

「電子書籍の購入は作家の応援にならない」問題

(C)エリー

1の「なぜ、発売直後の売上げをそこまで重視するのか」については、書籍の刊行点数が近年過剰に増加していることが根本的な原因です。

『出版年鑑』によれば2001年に71,073種だった書籍新刊点数は、2014年には80,954種と、1万種近く増えました。仮に8万種の新刊が1年間365日発売されるとして、1日あたりおよそ220種の新刊が発行されます

それだけの本を、書店は限られた店頭のスペースで毎日さばかなければいけない。当然、それなりの売れ行きが見込めない本を何日も置いておくスペースはないんです。

出版社の営業部や編集部も同じです。営業部なら数十冊、編集部なら十数冊の新刊を年間で担当しているわけですから、いつまでも大事に既刊をみているわけにはいかない。

そこで発売5日後や一週間後の新刊の実売数を、同じ作者の既刊や内容が似た別の単行本といった類書の同時期(発売○日後)の実売数と比較して、今後の売れ行きを計算します。

たとえば初版1万部、発売1週間で6000冊売れた新刊があったとします。比較する類書が初版1万部同時期4000部、発売1年後には何回か重版をかけて15000部になっていた場合、この新刊は1年後に15000×1.5=22500部売るポテンシャルがあると見込むことができる。そこで、類書より早めに重版をかけるといった対応をしていきます。

逆に類書と比較して、発売直後の売れ行きから、採算分岐点となる部数まで実売の見込みが立たないと判断された場合は、シリーズ終了を視野に入れた対応をするようになります。

もちろん書評で取り上げられたり、口コミで人気が出る場合もありますから、発売してしばらくは様子を見ますが、初動の芳しくない本は、よほど編集や営業に思い入れがない限り、特にフォローされることなく、次々と出る新刊の山に埋もれていきます。

だから、書店・出版社に「この本は売れる可能性がある」と思ってもらうためには、「発売直後の売れ行きが大事」ということになるわけです。

疑問2.なぜ、作家自らが宣伝しなければいけないのか?

2の「なぜ、作家が自作をそこまで宣伝しなければいけないのか」という疑問ですが、もちろん本来は営業や編集が担当すべき業務です。

ただ1の項で書いたように、現状マンパワーが圧倒的に足りていない上に、マニア受けする漫画家さんや作家さんの中には、出版社の公式アナウンスより影響力の大きな媒体、たとえばTwitterやpixivなどでコアなファンとダイレクトにつながっている人も少なくありません。

恥ずかしい話ですが、そういう意味では漫画家さんや作家さんによるダイレクトマーケティングを頼りにしている部分もあります。

あまり露骨にやると逆に購買意欲が削がれるというご意見もありますが、個人的にはそういった方は宣伝があってもなくても買わないのではないかと思っています

以上、2つの点はこれまで何度も持ち上がった議論ですが、今回の起こった論点のなかで一番興味深かったのが3の「なぜ、紙媒体の単行本を買わなくてはいけないのか? 電子書籍ではダメなのか?」という指摘でした。

疑問3.なぜ、電子書籍では作家の応援にならないのか?

「電子書籍の購入は作家の応援にならない」2

(C)すしぱく

日本の出版界は、ここ数年来、毎年「今年こそ電子書籍元年」と謳いながら、現場の意識改革は牛歩のごとく遅々としたものでした。

それがこうした形とはいえ、読者側から電子書籍に対しての期待があったこと自体に、まず驚きました。

特に電子書籍のヘビーユーザーと思われる方の、「なぜ電子書籍ではいけないのか(なぜ出版社側の都合で紙媒体を買わなくてはいけないのか)?」という意見は、いささか極論と感じましたが、貴重な受け手側からの肌感覚での意見として拝読しました。

そこで、まがりなりにも出版界に身を置いている者として、現場での紙媒体と電子書籍の関係について記していきたいと思います。

結論から言うと、「新刊を電子書籍で買うことで、作者を応援できるかどうか」については、残念ながら現状ではほとんど効果はありません

正直、電子書籍の売上げは、営業や編集といった現場サイドの眼中に入ってないのです。

電子書籍が重視されていない理由1:市場規模

理由としては、まず電子書籍のパイ自体が大勢に影響を与えるほど大きくないということがあります。

年々急成長を遂げているといわれている電子出版の市場規模ですが、出版科学研究所の発表(外部リンク)によると2016年の電子出版の販売額は1,909億円。対して、同年の紙媒体の出版物の推定販売額は1兆4,709億円です。

近年、電子は増加傾向に、紙は減少傾向にあるのは事実ですが、今のところ紙の市場と比べると電子書籍の市場規模は大体8分の1なんですね。

電子書籍が重視されていない理由2:出版社側の意識

ただ、実際の市場規模より大きな問題は、電子書籍に対する出版社側の意識の問題です。

現行の電子書籍、中でも漫画やライトノベルのそれは、紙媒体の出版物のテキストや画稿を流用して電子化しただけのものがほとんどで、編集や営業にとっては、極論すれば「電子書籍は紙媒体の出版物の副産物にすぎない」という感覚なんです。

つまり、出版界では電子書籍が導入される以前のビジネスモデルの意識がずっと続いているんですね。

実際、新刊の初版部数や価格を決める際、実売見込みを立てますが、そこに電子書籍の部数も加えられているのは少数派で、その部数も誤差の範囲内程度です。

出版社としては各単行本、ひいては作品全体の成功/失敗の判断は、あくまで紙媒体での収益で計っているのです。

だから、あなたが紙媒体の代わりとして電子書籍で漫画やライトノベルの新刊を購入しても、出版社側からすれば、紙媒体の購買者がひとり減ったようにしか見えないんですね。

「ラノベ作家事務所T澤」(@editors_plus)さんが、本件に関して「電子書籍の売り上げって続刊にまったく寄与しないどころかマイナス」とつぶやいていたのは、そういうことだと思います。

電子書籍の場合、制作費や管理費が少なくて済むというのも、逆に営業や編集があまり真摯に取り組まない要因になっているかもしれません。コストがかからないということは、大きな失敗がないということですから。

また大手出版社の場合、電子書籍版の制作や管理は、紙媒体の編集部と別の部署が行なうことが多いのも、電子書籍が軽んじられていることの一因でしょう。

こうした背景から、現場の意見としては、「電子書籍が勝手に売れてくれる分には構わないけれど、そこにマンパワーを割くよりも、ひしめいている新刊に注力したい」というのが本音だと思います。

著者にとっての電子書籍の売上げは?

やや話がそれますが、漫画家さんや作家さんにとっての電子書籍の状況についても触れておきましょう。

通常、紙媒体の単行本の場合、価格に刷り部数をかけて、既定の印税率で割った金額が著者の収益となります。印税率は、出版社や作品によって異なりますが、10%がひとつの基準になっています。

価格が600円で初版部数が10,000部の本の場合、600円x10,000部x0.1となるため、初版の印税は60万円です。

対して電子書籍の場合、制作費や流通の経費が抑えられることもあり、10%から20%の印税率を著者に提示する出版社が多いです。

ただしマスターデータをDLによってコピーしていく電子書籍には、印刷物のように初版部数という考えがありませんので、価格にDLされた実売数をかけて印税率で割った額が、著者の収益になります。

ここで重要なのは、紙媒体の場合、実は一冊も本が売れなくても刷り部数(10,000部分)のお金が入って来るのに対して、電子書籍は実売数の分しか入ってこない、という点です。

仮に価格600円、印税率20%の電子書籍のみで60万円分の収益を得るには、5000部分のDLが必要になります。市場が紙媒体の8分の1と考えれば、普通の単行本に換算すれば4万部に匹敵するヒット作です。

単行本で出版社から初版の印税が入金されるのは、発売から1~2か月後。その期間でこれだけ電子書籍がDLされる作品は、稀だと言っていいでしょう。

結論として、著者にとっても、まだまだ電子書籍は紙媒体の副産物という地位を抜け出せていないのが現状です。

電子書籍が市場拡大していくなら、出版社との契約を見直すのも手

「電子書籍の購入は作家の応援にならない」3

(C)すしぱく

さて、ここまで、かなり厳しい内容をあげてきましたが、先に紙媒体の8分の1と記した電子出版物の市場規模も、2020年には紙媒体の売上げと拮抗するようになるという説もあります

実際、2016年の1,909億円という数字は前年比27.1%増で、その成長度はさらに加速するだろうという推測も可能です。

紙媒体がなくなるようなことはないと思いますが、もし個人で電子出版物を手軽に流通できる時代が来ると確信しているクリエイターの方がいたら、今までセットで考えられていた紙媒体の出版権と電子書籍版の出版権の契約を見直したほうがよいかもしれません

出版社との関係にもよりますが、たとえばコストのかかる紙媒体の出版権は出版社に渡しても、電子書籍の権利は自分で保持する。それが無理なら独占でなく、あくまで優先権を与える契約にするとか。

ちなみに著者が自費出版という形で電子書籍を刊行するAamazonのKDP(Kindle ダイレクト・パブリッシング)では、35%から最高で70%の印税率になります。

1970年代までは、漫画業界のビジネスモデルの主軸は、雑誌掲載時の原稿料でしたが、作品をまとめた単行本という形式が生まれたことで、作家は収入面で原稿料と印税の二本柱を手に入れました。

実は当時も、「一度雑誌に載ったものを単行本で買う読者はいないだろう」と大手出版社は見下しており、参入が遅れた過去があるのです。

あまり出版社の方の前では言えませんが、私自身フリーの編集者としては、著者と読者がダイレクトにつながるシステムとして、電子書籍にはかなり期待しているのです。

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