コミュニケーションをデザインする難しさ──知らない人の頭をなでても大丈夫?

──コミュニケーションに対して制約を設けることは、コミュニティからの反発を受けやすいようにも思います。

真辺 Meta社のメタバース「Horizon」がセクハラ対策で導入した、アバター同士が30cm以内に接近することを不可能にする「パーソナルバブル」という機能がありました。

メタバース空間の制約を考える上で大事な論点だと思いましたね。

ねむ 身体的な接触はコミュニケーションの中でも重要ですし、実際に「Horizon」ではユーザーの大反対がありバブルの強制は撤回されました。

もちろん、身体的な接触が可能になればセクハラなどの問題は出てきますし、そういった問題ほどやり玉に上げられやすいのはわかります。

でも、だからと言って突然禁止にされるのは違いますよね。現実世界で神様が「人間はセクハラするから今日から接触禁止だ」と突然言い出したと考えたらこの深刻さがわかるかと思います。

バーチャル世界を設計するプラットフォーマーには神としての倫理観が求められますね。

Metaの「Horizon Worlds」に導入されたパーソナルバブルのイメージ/画像はMeta公式ブログから

真辺 実は「IRIAM」では、手を振る「バイバイ」というギフトが一部のコミュニティでとても人気です。

といっても、そこでみんなが挨拶をしまくっているというわけではなくて、リスナーさんがライバーさんの近くに「動く手」を出現させられるということで、「頭をなでる」といった身体接触のような遊びが生まれています。

そうした遊びは、リアルな肉体を伴わないバーチャル空間ならではの魅力でもある一方で、コミュニケーションの合意形成をどうつくるかが非常に重要になってきます。

リスナー同士の交流が、良い距離感のコミュニケーションを生む

──配信におけるコミュニケーションでは、各事務所が誹謗中傷対策の窓口を設置したりと、攻撃的なリスナーの存在が取りざたされることも多いように思います。

真辺 「IRIAM」の配信って、信頼関係のある密なコミュニティが基盤にあるんです。

リスナーさん同士も仲が良くて、誕生日を祝いあったりするくらいなんですが、そうした顔の見える人の目が意識されることで、SNSに比べて誹謗中傷などの先鋭化はしにくくなっています

それは閉じすぎた1対1でも、多すぎる1対多でもない、ちょうどいい規模のコミュニティだからこそ実現できていることだと思います。

身体などの情報がはぎ取られるSNSでは、実在感がないのでトラブルが生まれやすいと語る真辺さん

ねむ 制約のデザインってコミュニケーションの創造でもある、とても大事な分野ですよね。

現実でも身体の距離感や接触はものすごい情報量を持っているし、我々はそれを意識して合意を形成したり、空気を読んでいる

真辺 VRSNSや「IRIAM」では、身体に加えて、リアルタイムでコミュニケーションを行っているということが実在感を与えてくれます。

その実在感があることで、節度のあるコミュニケーションが生まれやすくなっているんだと思います。やっぱり人って面と向かってだと、ひどいことを言いにくいんですよね。

複数のリアリティをアカウントで切り替える

──サービスの設計として、メタバース以外に注目しているサービスはありますか?

真辺 チャットツールのDiscordって、現代のコミュニティ感覚をうまく落とし込んだサービスだなぁと思っています。

ねむ Discordってサーバーによって名前とアイコンを使い分けられるのが良いですよね。この場所で見せたい自分と別のところで見せたい自分は違いますし。

真辺 そうですね。ほどほどにクローズドで、アカウントを使い分けて気軽に自分を切り替えられる

ねむ FacebookとInstagramとXの自分が混ざったら大変じゃないですか。特に私は会社の人に「バーチャル美少女ねむ」としての自分が知られたら切腹ものです!

友人にも家族にも活動を伏せていますし、 PCも仕事用とVR用で分けるくらい、身バレに気を遣っています。私は極端ですけど、普通の人でもパブリックな自分とプライベートな自分が混ざったら困る部分があると思うんですよ。

いろいろな社会活動、経済活動をしていくのに、場面に応じた自分を使い分けられるというのが、これからの社会の基準になると思います。

真辺 わかります。僕自身も「IRIAM」で聞いてきた中で印象的だったのは、北海道に住んでいる高校生の恋バナや、徳島の大学生がバイト先をバックレた話、コロナ禍で働く看護師さんの生々しい日々の話とか、そういう日常の雑談なんです。

でもふと冷静になって思い返すと、そんな風に、普段出会わない人が日常的に見ている世界を知ることって、「IRIAM」以外ではほとんどないんですよ。

僕には「IRIAM」がなければ出会えなかった人たちが、聞けなかった話が、本当にたくさんあるんです。

病院での夜勤の話などを語る「IRIAM」ライバーたち

真辺 でももしそれが、生身の身体での出会いだったとしたら、たぶん「こんなオジサンに恋バナしてもな〜」って思われて終わりなわけですよ(笑)。

人には、普段の自分から解き放たれた、切り替え可能な人格じゃないとできないコミュニケーションがあるんですよね。現実の自分を脱ぐからこそ、余計なノイズを取り払えて、ピュアな部分のみでコミュニケーションができる。それが「IRIAM」の最大の魅力です。

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プロフィール

真辺昂

真辺昂

株式会社IRIAM 取締役/事業部長

早稲田大学基幹理工学部数学科中退。しばらくのフリーター期間を経て、編集者としてwebメディアの編集やIPコンテンツのメディアミックス、ゲームベンチャーの立ち上げなどを経験。2018年には、立ち上げメンバーの一人として『IRIAM』に参画し、DeNAのグループ入り後も引き続きプロダクトオーナーを務める。

バーチャル美少女ねむ

バーチャル美少女ねむ

VTuber / 作家 / メタバース文化エバンジェリスト

メタバース原住民にしてメタバース文化エバンジェリスト。「バーチャルでなりたい自分になる」をテーマに2017年から美少女アイドルとして活動している自称・世界最古の個人系VTuber。VTuberを始める方法をいち早く公開し、その後のブームに貢献。2020年にはNHKのテレビ番組に出演し、お茶の間に「バ美肉(バーチャル美少女受肉)」の衝撃を届けた。ボイスチェンジャーの利用を公言しているにも関わらずオリジナル曲『ココロコスプレ』で歌手デビュー。作家としても活動し、自筆小説『仮想美少女シンギュラリティ』はAmazon売れ筋ランキング「小説・文芸」部門1位を達成。フランス日刊紙「リベラシオン」・朝日新聞・日本経済新聞など掲載歴多数。VRの未来を届けるHTC公式の初代「VIVEアンバサダー」にも任命されている。

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