民事事件の可能性は?
民事でも裁判手続きである以上、裁判所で双方が主張や立証を尽くすことが前提ですから、相手方を特定して訴える必要があります。ネット上から情報を消すだけなら、情報はサーバーにありますから、サービス提供会社を相手に訴訟を提起すればいいことになります。
しかし、書いた本人にたどり着こうと思うと、ネットの匿名性が壁になります。ネットの匿名性の壁については、後で少しお話ししますが時間との勝負になるところがあります。そのため、初動段階でゴールを明確に決めておかないと間に合わなくなる可能性があります。
また、本人までたどり着こうとする請求は、訴えた側が救われないことも少なくありません。その場合、費用だけ持ちだして経済的にも精神的にも救われないという泣き面に蜂になる可能性もあります。
今回は省略しますが、そもそも法的に権利侵害があると言えるかどうかも、法的手続きに乗せるためには整理が必要ですから、弁護士に相談した上で、ゴールを定めることが大切です。
IPアドレスと住所のつながりを開示させる方法
書き込んだ本人に対する責任追及を考えるのであれば、まず、本人の特定をしなければなりません。ご承知のようにインターネット上では、個々の通信機器に対して「IPアドレス」が割り当てられ、生の個人情報そのものがデータとして記録されているわけではありません。そして、IPアドレスは、プロバイダが個々人に割り当てていることになります。
ですから、IPアドレスから本人に紐付けするためには、プロバイダに対し、情報の開示を求める必要があることになります。ちなみにIPアドレスがわかれば、Whois(※1)を検索することで、そのIPアドレスがどのプロバイダに割り当てられているものかがわかります。
(※1:IPアドレスやドメイン名の登録者などに関する情報を、インターネット経由で誰もが参照できるサービス)
ここまでをまとめると、まずはIPアドレスを把握すること。次に、プロバイダに対して本人の情報を請求することが必要となります。
ただ、これらのログは未来永劫にわたって残されているものではありません。たとえ、請求が認められたとしても、ログが消えた後では情報の開示をする方法がありませんから、急いで対応する必要があるわけです。
IPアドレスの入手方法については、各サービス次第としかいいようがありません。IPアドレスがそのまま掲示板に書かれるタイプのものもありますが、一般的には表には出していないことが多いので、サービス提供会社に対し、投稿者のIPアドレスの開示を求める必要があるでしょう。ここでも、時間がかかることになります。
次に、プロバイダから個人情報を得ることになりますが、憲法上、通信の秘密が保障されていることから(憲法21条2項)、そう簡単に通信したことそれ自体を明かすわけにはいきません。クソリプで人の気持ちを害しておきながら「自分は憲法を盾にするとは何事か!」という気持ちはわかります。
しかし、開示を求められているプロバイダからすると、自分たちが悪意のある書き込みをしたわけでもないのに、その表現の当否を判断しろと言われるわけですから、慎重な判断をせざるを得ないことになります。
そこで、法律では、権利侵害が明らかであり、かつ、損害賠償請求権の行使などのために、「必要な場合に限って発信者情報(住所・氏名等)の開示を求めることができる」と定めています(※2)。
(※2:特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律4条1項)
逆に言えば、「明らかといえるかどうか微妙」となると、プロバイダ相手に正式な裁判を起こして情報開示を求めることになります。これに勝訴してようやく本人にたどり着くことができるというわけです。
本人にたどりついても「損害賠償」しかない問題
なお、最近は、マンションタイプのネットサービスなどがあり、大本のルーターがマンションに1個あり、そこから先は各戸に分配しているだけというものもあります。このとき、各戸の通信と紐付けをする機能があるルータを設置している会社であれば良いのですが、そうでない会社の場合、相手方が住んでいるマンションまでは特定できても、そこから先がわからない可能性もあります。
さらにさらに言うと、本人がわかっても、その本人に求められるのはお金による賠償しかないという問題があります。
つまり、ネットの世界は本人が意図しないところでまとめサイトに転載されるなどして拡散されていきますから、書き込んだ本人としてできることはせいぜい損害賠償程度ということになります。
しかし、損害賠償を支払うお金がなかったらどうしようもありません(強制執行は、払えるのに払わない人に対しては功を奏しますが、もともとお金がないと言われると、手が出せませんし、財産隠し対策もなかなか難しいところがあります)。
このあたりは、被害者救済という観点からすると問題があるとは思います。しかし、プロバイダとしては自分が書き込んだわけではないですから立替払いをして、本人に求償するということもできないでしょう(プロバイダが、書き込んだ本人の資本力が無いことへのリスクを負うことになってしまいます)。
……それならば、一定の確率で悪意あるユーザーがいるのだと仮定して、保険制度でもつくったらどうかという考え方も出るかもしれませんが、明らかな悪意の者を前提とする保険は組みようがないと思います。
「じゃあ、クソリプ被害を受けた人たちが救われないじゃないか!」と言われると大変つらいのですが、現状、ネットの書き込みの被害者救済がなかなかうまくいっていないというのも事実です。
また、先ほど述べたように本人に対する請求は、行き着くところは「お金だけの問題」でしかありませんから、性的クソリプで傷ついた精神などが完全に回復されるわけではありません。
現状の法制度は、基本的に、お互いの顔がわかっている当事者同士の紛争処理を前提にしていますから、不特定多数の者が現れては消え、コピペで拡散していくネット社会に対応しているとは言えないように思います。
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