T.M.Revolution

てぃーえむれぼりゅーしょん

T.M.Revolutionは、西川貴教さんのソロプロジェクト。略称はT.M.R。逆に略さなければ「貴教が革命を起こす」という意味が込められたTakanori Makes Revolutionである。メイン画像は、2004年10月発売の20thシングル「ignited」のジャケットを模写したもの。

T.M.Revolution

概要

一部、西川貴教個人のページと記述が重なるところもあるが、大まかに歴史を記載。

プリデビュー~ブレイクまで

1995年春に、それまで参加していたaccessを封印した浅倉大介が、バンド「Luis-Mary」を解散した西川をゲストボーカルに迎えて、“浅倉大介 expanded 西川貴教”として、シングル「BLACK OR WHITE?」を制作、発売する。その後、浅倉のライブイベントに西川がゲスト出演したり、2人でライブハウスに出向いたりと、貴水博之に代わる新しい浅倉の相方という認知を進め、1996年5月13日に、浅倉プロデュースの下でT.M.Revolutionとしての1stシングル「独裁 -monopolize-」をリリースし、正式にプロジェクトが発足する。TMの語感は、浅倉がサポートを務めていたTM NETWORKに起因している。

1996年11月発売の3rdシングル「HEART OF SWORD ~夜明け前」が『るろうに剣心』アニメシリーズのエンディングに起用されてスマッシュヒットを記録。翌1997年7月発売の5thシングル「HIGH PRESSURE」は、アイスのCMに起用されたこともありオリコン最高4位と躍進。大学の夏休みが終わる9月後半になってもチャート上位に残るロングヒットとなった。
続く「WHITE BREATH」では、素肌にピンク系の迷彩柄で揃えたスーツとネクタイという、スタジオで再現したとはいえ雪景色にそぐわない衣装で撮ったMVが話題となり、浅倉にとっても初めてのオリコン週間チャート1位獲得、累計売上100万枚超えという大ヒットになり、この曲でNHK紅白歌合戦初出場を果たす。

1998年には、HIGH PRESSUREとWHITE BREATHを収録した3rdアルバム『triple joker』で、オリコンチャート1位、売上165万枚を記録。6月発売の8thシングル「HOT LIMIT」は、全身にマジックテープを巻き付けた様とも言われる独特すぎる衣装で話題を呼び、シングル2枚目のオリコン週間1位を獲得。テレビに出れば大物芸人とも対等に渡り合えるトークセンスを発揮するなど、飛ぶ鳥を落とす勢いが止まらなかった。

Revolution封印とevolution始動、封印解除

1999年3月に東京ドームでのライブを成功させた直後、西川がレギュラー出演していたオールナイトニッポンにて、TMRを“封印”して新しい形での活動を宣言。プロジェクト開始時に交わしていた約束、

  • シングルチャート週間1位
  • オリジナルアルバム売上100万枚到達
  • 東京ドームでのライブ開催

がすべて達成された、西川がPUFFYの吉村由美と(1回目の)結婚を公表した(その後2002年7月に離婚、2020年8月に2回目の結婚を公表)といったタイミングの妙もあった。その後、新プロジェクトの名称は「the end of genesis T.M.R. evolution turbo type D」、略して“TMR-e”となり、それまで定番と化していた奇抜な衣装と、四つ打ち主体の軽快でカラオケ受けもいい曲調は鳴りを潜め、曲調は荘厳さを感じさせるバラード風で統一、evolution名義で開催したライブは着席必須にするなど、歌い手として「進化」を模索する時期に入った。
ちなみに、名義を長くしたのは、TM NETWORKがTMNと名称を縮めて活動していた時期があり、その逆を行こうとした背景もある。

6月に「陽炎 -KAGEROH-」、9月に「月虹 -GEKKOH-」、11月に「雪幻 -winter dust-」とシングル3枚を発売したのち、2000年2月にアルバム『suite season』を発売して、evolutionとしての活動に区切りを付けRevolution再開を宣言。2000年4月発売の、Revolutionでは12枚目にあたるシングル「BLACK OR WHITE? version3」を再開の“狼煙”と表現しており、翌月発売の「HEAT CAPACITY」を正式な復帰作と位置付けている。

余談だが、BLACK OR WHITE?のversion2は、1stアルバム『MAKES REVOLUTION』収録の「BLACK OR WHITE? ESPECIAL “MATT” Mix」を指している。

体制変更後

2001年2月のシングル「BOARDING」から、次作「Out of Orbit ~Triple Zero」まで1年ほど新曲発売まで期間が空き、その間に西川がトータルプロデューサー、浅倉がサウンドプロデューサーへと関係性が変わる。
2002年10月には、『機動戦士ガンダムSEED』第1クールのオープニング主題歌「INVOKE」をリリース。SEEDの監督を務めた福田巳津夫直々の依頼で作られた。

2003年3月に6thアルバム『coorddinate』を発売後、プロジェクト開始以来所属していたアンティノスレコードから、ソニーグループの再編に伴ってエピックレコードジャパンへ移籍。

2006年のTMR発足10周年に向けて、セルフカバーアルバム発売を告知。2005年8月発売のシングル「vestige」に封入した専用サイトへのパスワードを使って、1人1曲だけの制限付で投票してもらった結果を基に、2006年元日に『UNDER:COVER』を発売。ジャケットで西川が女装を披露したり、正式な発売日に先駆けて2005年のNHK紅白歌合戦でUC版WHITE BREATHを披露するなどしていた。その後はサポートバンドを母体に立ち上げたバンド「abingdon boys school」での活動も挟みながら、2016年の20周年記念全都道府県ツアー開催と、8月のシングル「RAIMEI」発売以降、TMRの名義はライブ出演時にしか使われず、2017年以降は西川本名名義での活動が中心になっている。

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