創作者が直面する絶望──アニメ映画『数分間のエールを』監督ぽぷりか×シンガー菅原圭対談

創作者が直面する「薄い絶望」

──菅原さんは織重夕というキャラクターを解釈される中で、ご自身とは似ている人物だと思いましたか?

菅原圭 似ているようで似てはいない、という印象ですね。

私は織重先生のことを、音楽で食べていきたいし、音楽のことがすごく好きだけど、誰にも引っかからないというか、音楽が振り向いてくれないように感じていると解釈していて。

本当は音楽と寄り添っているだけでよかったのに、誰かに認められなければいけないと思ってしまう。そういう点はすごく似ているような気がしています。

一度音楽の道をあきらめてしまった織重夕

菅原圭 大きく違うと思ったのは、音楽でやっていけないと思った時に、趣味でもいいから続けるのではなく、完全に諦めようと、自分の中から音楽を消去してしまおうとした点ですかね。

でも、何かを諦めた人が、その何かを身近に置くことは、精神衛生上あまり良くないことなのかもしれないとも思って。だから完全に一緒ではないけれど、似たようなところはすごくあるなぁと。

ぽぷりか 僕は仕事自体はずっと映像制作ですが、以前はHurray!は副業でした。そしてそこに100%の時間を使えないことに、自分に蓋がされているように感じていた。

自分が全力で取り組めたら世界は開けるんじゃないのかって思うけど、でもやってて結果が出てないから君はそこにいるんじゃないかっていう。

結局何者にもなれないのかなと、薄い絶望がずっと続いていく感覚がありました。

映画『数分間のエールを』本編映像

ぽぷりか 織重先生はそうした絶望を断ち切るために、音楽を全部諦める道を選んだように描きたかったんですよね。

ただ、今は細々と創作を続けているけれど、絶対どこかで何かしてやるんだと胸の中に熱い想いがある状態はすごくカッコいいとは思います。

収録時に、菅原さんも一時期アルバイトなどをしながら音楽を続けていた時期があったという話もお聞きしましたね。

菅原圭 そうですね。私は2019年にリリースした「crash」という曲を2022年にリメイクしたことがありまして。

菅原圭 - crash(2019年版)

菅原圭 2019年にリリースした当時はお休みしていて、派遣社員やネットカフェとカラオケのアルバイトを3つ掛け持ちして、貯金していたんです。

そこからある程度お金を貯めて、それを制作資金にして、これが何も繋がらなかったら音楽は趣味にしよう、と考えていました。

創作を続けるには精神的なタフさが必要ですし、その頃はぽぷりかさんの仰る”薄い絶望”はずっと感じていたなぁと思いますね。

没タイトルに秘められた「星」へのメッセージ

──映画の内容としても、創作がもたらす薄い絶望が一つのテーマであるように感じます。一方で、作中の重要なモチーフである”暗闇の中で光る星”はそうした絶望の中で持ち続ける希望の象徴であるようです。今作の星というテーマはどのように設定されたのでしょうか?

ぽぷりか 星をテーマにしたのは、実は脚本の花田さんなんです。僕の書いた最初の企画書では、夜をテーマにすることだけが決まっていて。

昼に仕事や学校がある人は、大体夜に制作を行うじゃないですか。そのしんどい思いを何度も乗り越えてきた夜を肯定してあげられるのは自分だけだから、というような内容をテーマに掲げていて。

主人公・朝屋彼方の制作シーン。夜には多くの作品が生み出される

ぽぷりか 花田さんはおそらくそこから夜空に光る星というテーマを見つけて、提案してくれたのではないかと想像しています。

──ぽぷりかさんご自身が星をテーマに提案したのだと思っていたので驚きました。それでは、お二人にとって星というのはどのようなイメージがありますか?

菅原圭 私は、星イコール夜だとは思っていなくて。早朝にバイトが終わることが多かったので、バイト明けの朝焼けの空に、うっすら星が見えている風景が強く印象に残っていて。

だから星というモチーフには、自分の中の”何かが明ける”というイメージがありますね。

夜を経て、朝になって見えるものもある

ぽぷりか 自分は元々星が好きなんですが、星の定義や解釈はかなりざっくりしていて。目指すものや憧れるもの、輝いて見えるものっていう印象で止まっていたと思います。

それで言うと、今作のタイトル案の中には『NORMAL STAR』というものがありました。昔から好きなアーティストの曲名から取っていて、かっこいいので気に入ってたんですが、分かりづらいという理由で没になりまして。

夜空には名前の付いた大きな星もありますが、ほとんどは名前の無い小さな星の集まりですよね。それぞれ名前も知られていないし単独では認知もされていないかもしれない。けれど、それが僕らで、僕らも夜空の綺麗さを担っている

そういうメッセージを込めて提案したんですが、メンバーから「それは分かりづらいわ」と言われて、それはそうだなと(笑)。

映画『数分間のエールを』本編映像

天才ではない創作者たちの、ありふれた物語

──作中でも、一個人の、かつ等身大の視点で進んでいく点がとても印象的でした。現代における創作活動というと、SNSや動画プラットフォームを使用し、世界中の人々とつながれるというイメージがある中で、この作品は非常にローカルな雰囲気があるというか。

ぽぷりか さっきの『NORMAL STAR』の話と同じく、”すごいクリエイターのすごい話”みたいにはしたくなくて、等身大の世界に収めたかったという狙いは常にありました。

それは劇伴にも表れていて。当初、最後の2人がクロスオーバーしてモノづくりをしているシーンでは、音楽担当の狐野さんから送られてきた曲がすごく壮大で盛り上がる曲だったんですよ。

でも、この作品はドキュメンタリー的というか、本当に2人だけの小さな話にしたかった。そこで、楽曲のテンションをわざと落としてもらいました。

生活の中で繰り広げられる物語

ぽぷりか キャラクターの演技でも、実は彼方役の花江さんの演技も録り直しをさせてもらっていて。最後の「それでも僕はつくりたい」というセリフは、最初はもっと強く、言い切るような演技だったんです。

それをもっと誰にも聞こえていないところで、一人ポソっと言うように変えてくれませんかとお願いして、わざわざ半年後ぐらいに録り直しをさせてもらいました。

菅原圭 今の話を聞いていて思い返すと、ひと握りの天才たちを描く物語が多い中、今作は、すごく広い世界、丸い地球の中のほんの一点の物語を描いていますよね。

この作品の主人公たちは平凡で、普通の高校生だったり普通の教師だったり、みんなが持っているだろう夢を心に秘めている人たち

でも夢が叶わなかった人たちなんて、何万人も何億人もきっといるだろうし、みんなそういうものを抱えていると思うんです。

そういう人たちの日常の、何か一つの起点になった場面を描いているんだな、と思いました。

ぽぷりか それで思い出したんですけど、教室のシーンを映すとき、何度かカメラが引きの広い絵を使ってるんですよ。その時にあまり2人だけが目立ってるように見せたくなくて。

作品の描写全体として、たくさんの人が話している中の、たまたま今回はこの2人の物語が描かれているだけ、という風に見せる意図がありました。

教室には、人の数だけ物語がある

──一方で、織重先生と彼方くんが保健室で会話する中で挿入される、教室で他の生徒が勉強しているシーンも印象的ですよね。

ぽぷりか 教室にいる他の学生たちと、誰しもがやる必要はない、ちょっと変わった物事にのめり込んでいる保健室の二人という対比ですね。

そういう意味で、教室は二重構造的なんですが、自分はその両方を描きたくて。

ある時はたくさんの中の一人に焦点をあて、またある時には他の生徒たちの生活を描いてと、それぞれを区別するものとして教室を描いています。

1
2
3
この記事どう思う?

この記事どう思う?

0件のコメント

※非ログインユーザーのコメントは編集部の承認を経て掲載されます。

※コメントの投稿前には利用規約の確認をお願いします。