学芸大青春の3Dドラマで試される、高い演技力
細かな動作をバーチャル空間に反映する最新の機材や演出を補助するシステム、こだわりのカメラワークに編集の苦労といった制作スタッフ側の苦労だけではない。なんといっても、演技がなければドラマは成立しない。
篠田監督 『漂流兄弟』ではアニメ的な声の演技に加え、演劇的な体の演技が必要になるので、本当に演技力の試される撮影だったと思います。
演技の経験がほとんどなかった学芸大青春のメンバーたち。これまで見てきたように、ただでさえオペレーターとの連携が必要な現場だ。
最初こそ声に抑揚が出ないなど苦戦していたが、マスコット的存在(?)のくまま役・大久保ちかさんによる声優視点での演技指導を受けるなど、経験を重ねる中でぐんぐんと成長していき、最終的にはアドリブも取り入れるほどに演技を楽しむようになっていった。 「マサくんは最終的に半分くらいアドリブになってたんじゃないかな」と、その成長ぶりを頼もしく感じて、笑顔で振り返る篠田監督。脚本にない演技が作品をより良くしていくのは、ドラマならではの光景だろう。
尺的に厳しかったり、荒削りだったりしても、本人から発せられた魅力が光る演技やセリフは、極力盛り込むように編集していったという。
すべてをコントロールしてしまうと、映像としてはCGアニメと変わらなくなるかもしれない。「整った綺麗なものをつくるよりは、荒くても本人たちの魅力が伝わってファンの方々に喜んでもらえるものを」という監督の思い。
それが、リアルタイムに進行するからこそ生まれる現場の空気感や、実際に複数人で演技をしているというグルーヴ感を生み、本人たちの魅力が伝わる映像として、ドラマに確かな熱量をもたらす。
学芸大青春本人たちの演技を活かす
本人たちの演技を活かせるという利点の裏には、もちろん3Dドラマならではの苦労が存在している。篠田監督 見てもらった通り、物を掴むことも一苦労なので、最初に脚本を読んだ時、「これはスタッフの技術的にも再現できるだろうか?」という場面が結構ありました。ですが、極力カットやアングルを工夫したり、CGの開発チームにその都度新しい3Dモデルをつくってもらって対応しています。
たとえば鍋を持つシーン。先ほどの冷蔵庫を開けるシーンと同じように、実写ならば何事もなく済む撮影だが、実際に鍋を持つことができない3Dドラマの撮影の場合は、「鍋を持っている状態の3Dモデル」を新たに作成して対応している。 篠田監督 恐竜に卵を投げて咥えさせるシーンは特に苦労しました。そもそも卵が持てないのに、投げるうえに恐竜にキャッチまでさせるわけですから(笑)。 このシーンの場合は、卵を持つ3Dモデルを作成し、投げる動作を撮影。途中で宙を舞う卵のカットへ繋げ、「卵を咥えた恐竜」のモデルを映すという流れで構成されている。
実際にはできないことをカットやカメラワークで演出する特撮的なテクニックも駆使し、多少映像の質感がチープになったとしても、本人たちの演技を活かすという姿勢を貫いている。
キャラクターと役を二重に演じる学芸大青春『漂流兄弟』の特殊性
学芸大青春はその成り立ちから異質なグループだが、『漂流兄弟』では3Dアバターをまといながら、脚本に合わせた役も演じるという言わば二重に演じるような特殊な挑戦をしており、これには歴戦の映像作家である篠田監督も大いに戸惑ったそうだ。篠田監督 実写の場合は演じている本人たちを見て演技指導しますし、アニメの場合は出来上がったものをチェックするのですが、今回はどちらでもないのでどの段階で手を加えればいいかわからなかったんです。 実際に動いて演技をしているメンバーたちと、画面上に映し出されるバーチャル空間の3Dキャラクター。撮影本番中に目を向けるべきポイントが複数存在するという複雑な状況に手を焼き、最初は脳内の処理が追いつかず、すぐさま撮影をやり直したという。
声の演技と体の演技に加え、3Dキャラクターがバーチャル空間で不自然じゃないように動く3Dドラマならではのテクニックを要求されていたメンバーたちも大いに苦戦。
ただでさえ困難な撮影に挑んでいることもあって、初回の撮影は予定を大幅に越え、日をまたいで2日間かけて、1話10分の撮影だけで15時間も要した。
だが、グループ発足にあたって寮での共同生活にレッスン漬けの日々を送ってきたメンバーたちの実力は伊達ではない。制作が進むに連れ、特異な状況にも順応し始めた5人は、やがてバーチャル空間上でも映える動きを意識しだし、撮影もみるみるスムーズになっていった。
「(第1期最終話となる)6話は、初回の半分以下の5時間で撮影が終わりましたからね」。輝く才能を持った若者たちの成長を振り返る篠田監督の顔も誇らしそうに見える。
滲み出る兄弟の絆
『漂流兄弟』主題歌である学芸大青春の新曲「JUST」のMVも、篠田監督が手がけている。篠田監督 撮影環境は同じなんですが、荒さを活かしたドラマとは反対に綺麗に仕上げているので、コンセプトは大きく異なっているのがポイントです。
2次元であることを最大限に活用した高い映像表現、メンバーのダンスも幻想的な空間と調和している。主題歌と本編とで、良いコントラストを体感できる。
いよいよ2020年1月24日(金)からYouTube・Twitterで配信されている『漂流兄弟』。
3Dドラマという新時代の映像表現に挑んだ意欲的な作品の見所について、監督は「脚本がある以上作中の彼らは演技をしているわけですが、その端々には隠しきれない仲の良さや兄弟感が滲み出ています。そうした自然なままの彼らの姿を映せたので、実際に共同生活をしている彼らの仲の良さや魅力が伝われば嬉しいです」と語った。 コメディではあるものの、作品を通した大きな謎があり、仲の良い兄弟たちのドタバタ劇かと思えば、謎のキャラクターが出てきて話が大きくかき回される。
篠田監督をして「意外と深い」と言わしめる『漂流兄弟』の配信がますます楽しみになった。
学芸大青春はなぜ、“ドラマ”に挑戦したのか
取材に赴く以前に筆者が抱いていた一番の疑問は、『漂流兄弟』がなぜ“ドラマ”と名乗っているのか、ということである。3Dキャラクターを使った映像作品は近年数を増やしているが、それらはアニメにカテゴライズされるものであり、『漂流兄弟』もそれに類するものなのではないかと感じていたからだ。
だが実際に制作現場を見せていただき、監督をはじめとするスタッフの話をうかがって、これはアニメではなく純然たるドラマなのだと強く実感させられた。 複数のカメラで撮影を行う技法や、そもそもの設備や制作工程の違いもそうだが、演技をする本人たちの魅力をそのまま切り取るという制作コンセプトはアニメにはできないものであり、加えて実写にはできない見せ方をすることで唯一無二の3Dドラマが成立していたのだ。
クリエイターたちが生み出した3Dドラマ『漂流兄弟』は、いまだ厚いベールに覆われた学芸大青春のパーソナリティをうかがい知る絶好の機会となると共に、映像制作における新たな革新となるのかもしれない。
令和のこの世に繰り広げられる新時代のエンターテイメントの萌芽をその目で見届けよう。
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