アニメで蘇るヒーローの物語──湯浅政明が語る松本大洋の『ピンポン』

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アニメで蘇るヒーローの物語──湯浅政明が語る松本大洋の『ピンポン』
アニメで蘇るヒーローの物語──湯浅政明が語る松本大洋の『ピンポン』

(c) 松本大洋・小学館/アニメ「ピンポン」製作委員会

1996年、『週刊ビックコミックスピリッツ』にて連載された、松本大洋さんのマンガ『ピンポン』。松本さん特有の、大胆な構図に緻密な描き込み、心に刺さるセリフ回しによって描かれる、卓球に青春をささげる高校生たちの姿を描いた人気作品だ。

2002年には曽利文彦さんが監督、宮藤官九郎さんが脚本をつとめた実写映画も公開。窪塚洋介さん、ARATA(現在:井浦新)さん、中村獅童さん、大倉孝二さんら個性派俳優の共演も話題を集め、当時日本のロックシーンにおいて最先端を走っていたバンド・SUPERCARによる音楽もまた、多くのファンの心を掴んだ。

そして2014年4月、ついにアニメとなって『ピンポン』が現代に蘇ることとなる。

監督は湯浅政明さん。『マインド・ゲーム』や『ケモノヅメ』、『四畳半神話大系』など、唯一無二のデザインセンスと色彩感覚を持ち、異彩を放ち続けるクリエイターだ。

約18年の時が経った今、湯浅監督は『ピンポン』に何を感じ、どのように『ピンポン』を描くのかを語っていただいた。

(取材・構成/高橋里美)
TVアニメ『ピンポン』CM

現代のドラマとして描く

湯浅政明さん

──『ピンポン』をアニメ化するにあたり、湯浅監督にオファーがあったとうかがいました。初めてこのお話を聞かれた時、どう思われましたか?

湯浅 正直に言うと、最初は戸惑いがありました。原作のマンガは18年前の作品だし、一度実写映画化もされているので、「またやるのか」と思ったんです。

でも、大きいタイトルはやりたいと思っていたし、やっていくうちに、今つくるということに後から納得していった感じです。

──1番最初に原作を読まれたのはいつ頃だったのでしょうか。

湯浅 確か連載時から読んでいたと思いますよ。元々僕は松本大洋さんのファンだったんです。『花男』がすごく好きで、その後に始まった『鉄コン筋クリート』も、「ああ、いいな」と思いながら読んでいました。

それから『ピンポン』の連載が始まって、それまでの作品には絵の中に遊びが結構入っていたけれど、『ピンポン』ではリアリスティックに、一コマ一コマがかっこいいレイアウトで描かれている印象を受けました。それに、『ピンポン』までくると絵のクオリティーも高すぎて、アニメ化することをあまり考えたくないというのもあって、「『ピンポン』なのかー」と思うところもありましたね(笑)。

──リアルタイムに追いかけていらっしゃったんですね。

湯浅 最初は「あ、自分の絵に似てるな」、似たタイプの人が活躍してるな、みたいな感じだったんです(笑)。でも、『ピンポン』まで行くとちょっと太刀打ちできないなと思って、逆に影響される感じがしました。改めて読み直してみると、自分はこれに影響されているのかなと思うコマがいっぱいあるんです。

──そういう意味では、松本さんの作品をアニメに落としこんでいく時に、それほど苦労されなかったですか?

湯浅 むしろ、あまりに原作が良くできているので、そんなに変えない方がいいんじゃないかと思っています。

それでもやっぱり今風というか、今のドラマとしてやらないと意味がないと思うところもあるんですよね。原作は18年前にピタリと合うつくり方をしているので、そこが結構難しいです。

例えば、卓球の環境も18年前と今では全然違います。原作で描いている時代はペンホルダーの人はみんなペン片面しか使わない中、主人公が裏面打法を使って勝つ、という当時は斬新なスタイルだったんですけども、今はシェークハンドが主流で、ペンを使っている人が全然いないんです。裏面打法も、使っている人は使っていますし。

だから、今卓球をやっている方が見ても「これ、昔の話だよね」で終わらないように、今の卓球で使われている技みたいなものも、どんどん盛り込んでいきます。

(c) 松本大洋・小学館/アニメ「ピンポン」製作委員会

──ちなみに、湯浅監督ご自身の卓球のご経験は?

湯浅 中学の卓球部があまり厳しくない部で、友達もいたので2ヶ月ほど遊びに行っていました。ラケットを貰って、毎日素振りしていました(笑)。

──素振り、ですか(笑)。試合に出たりはされなかったんですか?

湯浅 試し打ちみたいなことはしましたが、基本的に素振り一筋でしたね。いい素振りをすると褒められていました(笑)。

それからもまともに卓球をやったことがなかったので、まずは卓球について調べていく必要がありました。

僕がアニメをつくる時は、参考になるものがあれば何でも生で見に行くんです。今回も、舞台である江の島に行ったり、高校の卓球部を見学したり、プロの試合を見たり、プロ選手にお話を聞いたりと、時間をかけて色々と取材して勉強しました。

これで卓球のすべてが理解できたとはとても言えませんが、色々とわかってくると、やっぱり卓球って楽しいですね。

──試合も生で見ると結構違うものですか?

湯浅 一度見に行くと、打ち方や戦い方などでその人のキャラクターが見えてきたりして、おもしろいんですよ。そこから『ピンポン』のキャラクターのことがわかるようにもなります。

例えばペンホルダー型の選手を見ていると、打たれた球に対してフォアハンド(ラケットを持った手の側に来た球を打つこと)で打てるまで移動してから打つことになるんですが、遅れると後ろに下がってしまうんです。ペコがラケットに貼っている表ソフトというラバーは、瞬発力に長けて前で打つ戦型(前陣速攻)にあったラバーなんですけど、後ろに下がってしまうと球速が落ちてしまうんです。だから、ペコも負ける時は後ろに下がらされるんだろうな、とか。だったらドライブをかけて遠くても強い球を飛ばせるラバーを貼っていないとダメだな……と、だんだん符合してくるんですね。

最初はラケットの違いもわかりませんでしたが、実際に見て、触っていくうちにわかってきましたね。

──私から見ても、ラケットの表面がどう違っているのか、よくわからないです。

湯浅 粒の高さとか、表ラバー・裏ラバーの違いで球の跳ね方が変わったりして、おもしろいんですよ。そういうところがわからないと、何をやっているかわかりにくいシーンも結構あるんです。原作でもそのあたりのことは描かれているんですが、比較的ドラマの方を中心にしていて、試合のシーンですぐに他の人の話に切り替わっているように見えるんですよね。

そこをアニメでもう少し焦点を当ててわかりやすく見せることができれば、それもまたアニメとしてのおもしろさになるのかな、と思っています。ラバーの違いを作画で描き分けたりしたいですね。毎回は難しいかもしれませんが(笑)。

キャラクター設定のラフスケッチ

──卓球以外の部分、ストーリーやキャラクターの設定なども今に合わせてアレンジしていくのでしょうか?

湯浅 基本的には原作に沿いながら、そこに自分なりの解釈を加えて描いていこうと思っています。

連載当時から原作を読んでいましたが、すんなり理解できなかったり、気になる部分もあったんです。「ドラゴンがなんでそんなに一生懸命なのか」とか、「なんでスマイルはペコを待っているんだろう」とか、「ペコはなんでまわりに才能を見出されていないんだろう」とか。

それでも原作をじっくり一コマずつ読み込んでいくうちにわかってきて、原作が体の中に入ってくるんです。そうやってできた僕なりの解釈を加えていったのが、アニメの『ピンポン』になると思います。

原作のキャラクターって、みんなすごくストイックなんですよね。男の子しか出てこないし、エロ本見たりする描写も全くない。でも、今それを焼き直しても原作よりも薄いものになってしまいそうな気がしたんです。

松本さんも「卓球以外のことが描けなかったのが少し残念」とも仰っていたので、自分なりに掘り下げて、原作の骨格を崩さない範囲で、高校生としての人間味を描くと言うか、恋愛要素や少し家庭的な感じも入れられたらおもしろいかなと思っています。

──物語の大枠は残しながらも、ご自身が疑問に思ったことへの解釈が、アニメ『ピンポン』のオリジナリティや湯浅監督らしさになる、ということでしょうか?

湯浅 「きっとこういうことなんだろう」、「松本さんはこう考えていたんだろう」という自分なりの感想文みたいなものでしょうか。

『ピンポン』をつくることになって初めて松本さんにお会いしたんですが、最初に「僕は湯浅さんのファンなので、湯浅さんらしく、好きにつくってください」って言ってくれたんです。それを聞いて、自分らしさも出してもいいのかなと思いました。

──内容面でご相談されたりすることはあるのでしょうか?

湯浅 そうですね、させてもらっています。ただ、松本さんに「これってこういうことですか?」「こうしてみようと思いますが、どうですか?」などと聞いても、「それは全く考えてなかったのでびっくりしたけど、それで良いと思います」なんて言われたりするんですよ。「いや、本当はどうなのかな!?」と思うんですが。
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