インディーアニメにとって「チャンス」だった
ido
アニメーター・イラストレーター。ボカロP・作曲家のすりぃ「ヘビリンゴ」MVなどを手がけてきた。
たなかまさあき
アニメーター。商業仕事としてはテレビアニメ『進撃の巨人』や、『劇場版ポケットモンスター みんなの物語』などに関わる。個人制作として「明日につながる物語」シリーズを制作・配信している
谷口知愛
──後半では、「Project Young」にアニメーターとして参加しているidoさん、たなかまさあきさん、『花鈴のマウンド』の作画をつとめているわかさ生活の谷口知愛さんにもお話をうかがいたいと思います。たった今、絶賛制作中のidoさん、たなかさんのアニメをご覧いただきましたが、谷口さんはいかがでしたか?元はデザイナーとしてわかさ生活に入社したが、『花鈴のマウンド』制作チームに抜擢される。現在では、メイン作画をつとめる一人
私が描いているのは静止画なんですが、原作者が思い描いているスピード感を絵で表現するために、チームで連携しながらつくっています。それをidoさん、たなかさんはお一人でやられていると思うと、すごいなと。思い浮かべるだけの発想力と、それを描き出せるだけの技術力をお持ちということですから。
──参加されたお二人は、依頼を受けた時にどういう印象でしたか?
ido 最初にお話をいただいた時、すごく熱のこもった企画だと思いました。最初に打ち合わせしたとき、NOKIDの八神さんの熱量がすごくてちょっと引いちゃったくらい(笑)。でもすごく面白そうで、ぜひ参加させていただきたいなと思いました。
これまでこの界隈では、こんなに大きな企画がなかったんです。仕事に結びつけたくても結びつけられていないクリエイターも多くて、そういう人たちが表に出るチャンスを与えてくれる企画だと思いました。
それと、現状インディーアニメの作品というとMVの形が一般的なイメージですが、一人で4分とかつくるのって結構長くて大変なんですよね。今回はお題が30秒だったので、個人が参加しやすい新しいフォーマットを投げかけてくれたんじゃないかなと。 ido 30秒で3か月の制作期間をいただいたおかげで、いろいろチャレンジすることもできました。一度CGで全てのアニメーションをつくってから、それを下敷きにして上から線を描いていく、という手法を取っています。
たなか 僕は普段、会社に所属して映像関係の仕事をしているんですけど、いつもやっているような仕事の方がむしろ要件がカッチリしてるんですよ。今回はテーマと曲だけいただいて、「自由につくってください」という依頼だったので、個人的にはかなりのびのびとやらせてもらいました。
今回30秒の映像で大体24~25カットくらいあるんですけど、それをまず一枚絵で描いてみたんです。映像全体を通して、自分の理想の色味をつくり上げてみたいと思って。集団制作だと本来アニメーターが触れない部分で、つまりスペシャリストに任せられる部分なんですが、こういう機会だからこそやってみようと。
それぞれにとっての「好きなことを諦めない」
──「好きなことを諦めない」というコピーに対しては、どういったアプローチをしていきましたか?ido 私、本格的にアニメをつくり始めたのはここ1年半くらいで、もともとは医療従事者として働いていたんです。絵を描くという好きなことを一度は諦めた経験があったので、「好きなことを諦めない」を意識しつつ、同時に夢を諦めちゃった人も拾い上げていけるような作品にもしたいと思いましたね。
一度諦めてしまったとしても、その人の中の「好き」という気持ちはなくならないはず。大きな光じゃなくていいから、自分の内側にある小さい光をちょっとずつ分け与えられるように。アニメをつくり始めるとき、そんなストーリーを思い描いていました。 たなか 僕の映像はidoさんとはまた違った方向で、わかりやすいストーリーラインがあるものではないんですが、せっかくなら野球を絡めたいなと思っていました。自分の人生の中で野球に関わったことがあるとすれば、プレイ経験はないですが、高校野球しか思いつかなかったんですよね。そこから広げて、部活動というテーマを選びました。
ただ部活動って正直、映像作品のテーマとしてはかなりありふれているんです。みんなが好きである一方、個性を出すのが難しくて、もし一人でやるんだったら、わざわざ選びにはいかないテーマだと僕は思っていて。そこで逃げずに、あえてチャレンジしてみることが僕にとっての「好きなことを諦めない」ではありました。 ──谷口さんは、この「好きなことを諦めない」というコピーはどのように感じますか?
谷口 今年の初め、実家に帰ってアルバムを見返していたら、将来の夢の一つに「漫画家になりたい」って書いてあったんですよ。それで「あ、私漫画家になりたかったんだ」って思い出して。この会社にはデザイン職で入ったんですが、『花鈴のマウンド』でこんな風に作画をさせてもらっていて。どうせ叶わないと思って自分でも忘れていた夢を、掘り起こしてもらったなって思っているんです。
これもある意味「好きなことを諦めない」につながるのではないでしょうか。昔好きだったことを思い出してもう1回やってみるとか、実は叶っている夢に気づいたりとか。この企画の映像を見た人にも、そういうことが起きたらいいなと思います。 ──谷口さんの描かれたイラストが、駒大苫小牧高校のバスにも登場したとうかがいました。
谷口 はい、駒大苫小牧のユニフォームを着た花鈴たちを描かせていただきました。そのバスが北海道を走っていて、今年の春には本州に上陸したそうです。
──一度は諦めた漫画の仕事に、大人になってから思わぬ形で取り組んで、それがこうしてラッピングバスにもなって北海道や本州を走っていると考えると、ご自身の感動もひとしおだったのではないでしょうか?
谷口 描いているときは全然実感がなかったんですけど、実際に出来上がったバスの写真をいただいたときは、鳥肌が立ちましたね。「自分の絵が3Dになった…!」って(笑)。
縛りやルールのない、インディーアニメの自由さ
──今回、総勢26名のアニメーション作品をつなげて、一つの映像作品を制作します。この点でも今までにない共同制作の形かと思いますが、それはどう受け止められていますか?みんないろいろな経歴をたどってきて、それぞれに発信したいことを持って今アニメ作品をつくっている方々なので、すごいものが出てくるだろうなと思います。
たなか 参加されている人のほとんどは直接の面識がありませんが、SNSでなんとなく認知し合っているような界隈なんです。「あの人はこんな映像をつくってくるかな」と予想しつつ、自分もそれに負けないような球を投げたいと思いますね。
──普段から、ほかのアニメーターさんの存在は意識しているのでしょうか?
ido Twitterで作品を見かけて、「すごいな」と感じたり「こんな表現方法があるんだ!」って思ったら、フォローして追っかけちゃいますね。今のインディーアニメって、クリエイターそれぞれの表現や色みたいなものがたくさん出てきて、本当に面白い時期だと思うんですよ。
私は経歴的にはまったくアニメと関係ないところから来ているんですが、インディーアニメの世界って、そういう方も多いと思うんですよ。おかげでつくり方や作法に縛られていないところはあるんですけど、技術的には商業でやってらっしゃるアニメーターさんにはまだまだ追いつけないと思っています。
たなか テレビアニメに参加しているときと、インディーアニメに参加しているときで、まわりへの意識の仕方は結構違いますね。テレビアニメ業界だと、どっちの方が腹筋割れてるかみたいな勝負なんです(笑)。
全員 (笑)。
たなか 逆にインディーアニメだと、そもそも人によって土俵が違うというか、テーマ選びや手法、フォーマットもそれぞれで、土台がそもそも広いんですよね。自分はいわゆる商業アニメーターをしてきた分、型にハマっている部分もあるんですよ。まわりのクリエイターを見て、新しい手法やテーマにチャレンジしていっているところを見て、勉強させてもらっています。
BlenderやAfter Effectのように、普段アニメーターとして働いているだけでは使えない技術を、実際の作品づくりを通して試せる。そういう機会のために自主制作があると思います。
「Project Young」から始まる、クリエイティブの連鎖
26名ものインディーアニメーターが集まり、思い思いの作品を発表する「Project Young」。今回の共同制作にとどまらず、さらなる取り組みの準備も進んでいるそうだ。様々なクリエイターたちが、日々新しいことを試しているインディーアニメの世界は、良い意味で無秩序だ。だからこそ今回のような前例なきコラボレーションにも耐えうるしなやかさがあるし、あらゆる刺激を吸収しながら、それぞれにとっての「自分の作品」へと昇華させていく。
そんな世界において、『花鈴のマウンド』から始まった「Project Young」が1つの契機となることは間違いないだろう。「好きなことを諦めない」のもとに集まった自由な作品群と、そこから始まるクリエイティブの連鎖を、ぜひ目の当たりにしてほしい。
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