え、あの有名企業による女子野球漫画がアニメに? 地上最大のインディーアニメ作戦、謎の舞台裏を解き明かす

POPなポイントを3行で

  • 漫画『花鈴のマウンド』発のアニメ企画「Project Young」
  • 音楽はEve、インディーアニメーター総勢26名が参加
  • 仕掛け人、参加アニメーターへのインタビューを実施
この夏、女子高校野球の決勝戦が、はじめて甲子園で開催される。“女の子だって甲子園”──それは、漫画『花鈴のマウンド』の主人公・花鈴の悲願でもある。

『花鈴のマウンド』を手がけるのは、サプリメント「ブルーベリーアイ」で知られる株式会社わかさ生活。同作のプロモーションとして、インディーアニメーターを起用した「Project Young」を実施する。

「Project Young」には総勢26名のアニメーターが参加。キャッチコピー「好きなことを諦めない」をテーマに、それぞれが創意工夫したアニメ作品が一堂に会する。

若者から絶大な支持を集めるアーティスト・Eveの楽曲に合わせて、30秒ずつアニメーションを制作。それぞれが作品をSNSで発表するほか、各映像をMIXした90秒のMVが公開。
【好きなことを諦めない篇】Project Young. Compilation Video Film:A 主題歌:Eve
インディーアニメとは、個人が制作するアニメーション、いわば自主制作作品だ。

おうち時間の増加、制作ツールの進化、「Project Young」にも参加するこむぎこ2000さんによる「#indie_anime」のムーブメントによって、ここ1~2年でチャレンジするクリエイターが増えている。

とはいえまだ未成熟なシーンであり、ましてや企業主導のプロジェクトへの起用は、ほぼ前例がない。

なぜ、漫画『花鈴のマウンド』のプロモーションで、この「Project Young」という企画が立ち上がったのか? アニメーターたちは、どんなクリエイティブで応えるのか。「Project Young」の全貌を、たなかまさあきさん、idoさんという参加アニメーターをふくめ関係者へのインタビューを通して解き明かしていく。

目次

現実は無理でも、漫画でなら 女子野球への思い

角谷建耀知

わかさ生活の創業者、代表取締役社長。大の野球好き。好きが高じて2009年、日本女子プロ野球機構を創設。2016年には『花鈴のマウンド』を発表、原作を担当している(当初は「紫々丸」名義)

──事前に『花鈴のマウンド』を読ませていただいたんですが、原作を角谷建耀知社長、作画をわかさ生活の社員や、元社員の方々のチームで担当されていると聞いて驚きました。

角谷建耀知 私が書いたシナリオを作画の子たちに渡して、漫画にしてもらうような流れでつくっています。この漫画をつくるために、シナリオの学校にも通いました。

漫画は創作ですから、自由な世界を描けます。私が子どもの頃には『鉄腕アトム』という、歩いたりしゃべったり、空も飛べちゃうロボットがあったわけですが、現代ではロボットの進化がどんどん進んでいますよね。『ドラえもん』に出てくる「どこでもドア」や「タケコプター」も、いつかはつくり出す人が現れるかもしれない。

女子高校生が甲子園球場のマウンドに立つところを漫画で描いたら、必ず「実現したい」と考える人が現れてくれると思ったんです。

漫画『花鈴のマウンド』

──わかさ生活さんといえばサプリのイメージが強く、「なぜあの会社が野球の漫画、そしてインディーアニメのプロジェクトを?」と疑問に思う方も多いはず。漫画『花鈴のマウンド』が立ち上がったのはどういった経緯だったんでしょうか?

角谷 京都にある母校の福知山成美高校の理事長をしていたとき、学校再生の取り組みの1つとして力を入れていたのが野球でした。というのも私はもともと、高校野球オタクなんです。男子の試合は予選から各地を見て回ったり、気に入った試合はVHSで繰り返し見たりしていて、かなり詳しい自負があります。

一度、女子高校野球の大会を見に行ったことがあるんです。てっきり女の子用のルールがあるのかなと思ったら、(高校)男子の野球とほぼ同じルールでやってるんですよ。塁間もボールも同じものを使っていて、違いといえばイニング回数が少ないことぐらい。男子の高校野球をたくさん見てきた私からしても、相当レベルが高くて、「これはすごいぞ」と思いまして。

手に汗握る、女子高校野球 提供:わかさ生活

──それで、女子高校野球をもっと広めていこうと。

角谷 はい。でも、順調ではありませんでした。当時女子硬式野球部のある高校は全国にわずか数校のみ。そこで女子野球部を新設してもらおうとしたんですが、なかなか賛同してくれる学校は増えませんでした。

理事長や校長先生は「面白い」と言ってくれても、現場の監督さんからは「女の子には危ないんじゃないか」「着替えの場所が……」「グラウンドが……」といった声がありました。

それで考えたのが、5、6年後の小中学生世代の子が、「高校に行ったら野球をやりたい」と考えてくれるような環境をつくること。すぐには無理でも、そこに憧れて目指す子が増えたら、世の中も少しずつ変わるかもしれない

その方法の1つとして考えたのが、女子野球を描く漫画でした。

──そういうことだったんですね。

女子野球も甲子園に 現実とフィクションが交差した瞬間

──『花鈴のマウンド』は、純粋な野球漫画として楽しく読ませていただきました。ただ野球シーンばかりを描くのではなく、日常の高校生活や、登場人物の恋愛模様にも触れられていて、野球に関心が薄い人でも楽しめる作品となっています。

角谷 シナリオの学校で、「お題に沿ってシナリオを書く」という課題が出ていました。書いたシナリオに対して、先生からの添削とは別に、他の生徒からもコメントをもらえるんですよ。私は野球に紐づけた内容ばかり書いていたんですが、他の生徒はほとんど若い女性で、「面白くない」「野球に詳しくないからわからない」という感想をいただきまして。

「なるほど」と思いました。私は野球の漫画を描きたいからどうしても野球関連のシナリオばかり描いていたんですけど、こういう年齢層にはウケない。ワンパターンな展開では飽きられてしまう。そういった発見があり、いい勉強になりました。

『花鈴のマウンド』より

──女子の高校硬式野球大会は四半世紀の歴史を持ちますが、いよいよ今年、決勝戦が初めて甲子園(阪神タイガース甲子園球場)で開催されます。『花鈴のマウンド』でも、花鈴が当初から掲げていた一つの夢が、甲子園に立つことでしたよね。実際、現実とリンクするように、花鈴はじめ各校の選手たちがその発表を聞いて湧き立つ描写がありますよね。

角谷 ありがたいことに、現実の女子高校野球も順調に盛り上がってきています。実はこの決定を『花鈴のマウンド』の中でタイムリーに描けるよう、漫画の進行をしていました。開催自体は高野連(高校野球連盟)さんが決めることなので、具体的にいつになるかはわからなかったんですが。花鈴の幼馴染・頼くんにフォーカスするパートを追加したりして、発表にあわせられたらと考えながら描いていました。

──「甲子園に行く」という約束は、東東京大会決勝で敗れた頼から花鈴へと託されることとなります。「幼馴染の男の子に夢を叶えてもらう」という従来の王道展開ではなく、「男の子が叶えられなかった夢を一緒に背負って、女の子自身も叶えていく」という、現代らしいメッセージを感じるエピソードとなりました。 角谷 昔はキャッチボールの相手といえばお父さんでした。でも今はそういう時代ではありません。お母さんが野球を経験されていたら、お母さんがキャッチボールの相手をしてくれるでしょう

大それたことは言えませんが、今高校で野球をしてくれている子たちが大人になって、そんな彼女らに続く子どもが成長していって……そうして女性の野球人口がだんだん増えていったら、大好きな野球界を少しは応援できたと言えるかな、と思います。

女子高校野球もインディーアニメも、未成熟の世界だからこそ

漢那徳馬/八神颯

(左から)漢那徳馬さん、八神颯さん

「Project Young」では、企画・進行をつとめるプロデューサーの八神颯さんとマーケティング担当の漢那徳馬さん。

──「Project Young」の企画を担当した、NOKIDの漢那徳馬さんと八神颯さんにもお話をうかがいます。『花鈴のマウンド』を起点に立ち上がった「Project Young」ですが、なぜインディーアニメを起用されたんでしょうか?

漢那 『花鈴のマウンド』が放つメッセージは、野球のみにとどまらないものだと思っていました。だから野球が好きな方だけでなく、どんな人にも知ってもらえるテーマ性で、若い人にも共感していただけるような仕掛けをできないか、と考えていて。

その中で、インディーアニメというアイデアがありました。アニメというものは本来制作ハードルが高いですが、個人のクリエイターさんの技術が進化したことで、今すごく盛り上がっている界隈だと思っています。

八神 一方でインディーアニメの世界って、創ることの意味や価値が成熟しきっていない界隈なんです。作品を投稿すれば必ずバズるわけでもない。クリエイターさんたちはきっと、「自分が描きたいように描いているけど、完成したらだれか見てくれるのかな……」という不安と隣り合わせなんじゃないかなと思うんです。

このあたりが『花鈴のマウンド』とも近しいと感じました。男子と比べて不安定な立場に置かれている女子野球選手たちには、「この練習をしていて、何か身になるのだろうか」という不安がつきまとう。未成熟な世界だからこそ、そこに立っている人たちには不安があるんじゃないか、と。

「Project Young」ビジュアル

漢那 最初はフィクションだった『花鈴のマウンド』という漫画が、現実の世界が変わってきたことで、徐々にノンフィクションに向かいつつあるように、インディーアニメの界隈も、まだまだ進化の余地がたくさんあります。

──違うジャンルながら、『花鈴のマウンド』とインディーアニメに親和性を感じていらっしゃったんですね。

八神 クリエイターさん側も、すごい熱量を注いでくれています。正直言って、作品を受け取るたびに我々も若干引いてるくらいなんですよ(笑)。

彼らも「これだけの機会があって、何も残せなかったらダメでしょ」という覚悟のようなものを抱えながら、本当に良いものをつくってくれている。その一つひとつを見るたびに、「これ以上の噛み合わせってないだろうな」と確信しています。

──担当アーティストには、Eveさんを起用されていますね。

漢那 そもそもEveさんは、昔から個人クリエイターによるアニメMVを制作されていました。

漢那 こうした映像づくりも合わせて強く支持を集めているアーティストであったため、お声がけさせていただきました。Eveさんは企画のテーマ性にも共感いただいていて、アニメーターの想いを音楽で代弁してくれる存在としても、最もふさわしいと感じています。

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