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紗倉まな×戸田真琴に問う、変わりゆくAV女優の在りかた──ファンタジーを提供する「AV女優の本音」

POPなポイントを3行で

  • AV女優 紗倉まな&戸田真琴ダブルインタビュー
  • 「文筆という共通項」。二人はなぜ文字を書く?
  • 「究極のエロ」は二次元?二人が語るAVの役割
AV女優。アダルトビデオでセックスを演じる職業。

今回インタビューを行なったのは、そのAV女優という仕事に携わる、紗倉まなさん戸田真琴さんだ。

デビューから6年、トップ女優として活躍する紗倉さんと、2016年のデビューから瞬く間に人気女優となった戸田さん。紗倉さんは『最低。』『凹凸』などの小説を出版し、戸田さんは多くの媒体でコラムやエッセイを寄稿するなど、AV女優以外に「文筆業」を行なっている共通点がある。

二人は作品でも共演しているが、こうしてAVの仕事以外の場所で顔を合わせるときも、AVの仕事のときも、あまり気持ちの距離感なく自然体で接することができるという。

そんな肩の力の抜けた二人にインタビューをして感じたことは、誤解を恐れずに言えば、彼女たちが想像以上に「普通の女性」だったということだ。しかし一方で、自身で言うように「普通ではないと言われる職業」に身を置き、社会と自身の内部を見つめ続けた彼女たちから発せられる言葉は、受け売りなどではない、鋭いものだった。

AV女優という職業を知らないという人はいないだろう。世間一般でもアダルト業界の健全化は注目を集め、“セクシー女優”としてテレビ番組をはじめ、マスメディアへの進出も相次いでいる。また、アダルト以外のジャンルでも活躍するAV女優が数多く現れるなど、これまでにない変化も起きている。

しかし、AV女優という職業全体を通して見てみると、いまだ特殊なカテゴリとして、また無意識のフィルター越しに語られることも多い。

AV女優という職業は、いまどのようなありかたをしているのか? そんな疑問を、「現代のAV女優」を象徴する存在といっていい紗倉さんと戸田さんにぶつけた。

取材・序文・編集:和田拓也 構成:長谷川賢人 写真:高橋勇人 取材協力:BOOK AND BED TOKYO SHINJUKU

AV女優も「個人事業主化」が進む? 

戸田真琴さん(左)と紗倉まなさん(右)

戸田真琴さん(左)と紗倉まなさん(右)

──この業界に入られて「外から見ていたAV女優」と「中から見るAV女優」でギャップはありましたか。

紗倉 そこまでギャップはなかったです。ただ、デビューしてからの6年間で業界の変化は感じますね。AV女優も各々が自分の気質にあったコンテンツを使って、セルフプロデュースに長けてないと生き残れない業界になってきました。まさに個人事業主なんだなって。 紗倉まなさん 戸田 みんながそう考えながら活動していると、私も感じます。

紗倉 まこちゃんもセルフプロデュースが長けているから、今はそういう女優さんほど人気が出るのかなと、客観的に見ても思いますね。

戸田 でも、自分ではあまりセルフプロデュースのことは意識していなくて。デビューした頃から「自分の売り方をわかってるね」とか言ってもらえることが多いんですけど……。 戸田真琴さん 戸田 あと、これはAV女優の偏見をなくすためにあえて言っているのではなく、業界に入ってみたら「クラスメイトにもこんな子がいたよね」みたいな感覚で、普通の女の子が多いと感じたんです。だけど、世の中からすると「普通」といわれる職業ではないので、みんな平気な顔はしていても、どこかで歪みや風当たりの強さを感じるだろうし、葛藤もあると思う。

それでも自分の精神も肉体も潰さずに、バランス良く飛躍している方は本当に尊敬しますし、すごく勇気をもらえます。それこそ、まなちゃんは本当にそうですよね!

紗倉 やめてよ〜!(笑)

戸田 身内で褒め合っちゃった(笑)。 戸田真琴さん(左)と紗倉まなさん(右) 戸田 私自身は、入れ替わりの激しい業界だとは察していましたし、AV業界で1秒ごとに自分で舵を切っていくしかないと思っていたんです。それは、危機感かもしれません。大人たちが言っていることをやっているだけだと、淘汰されていってしまうかもしれないから。

紗倉 直感型でアーティストタイプのまこちゃんだから、それがうまく成り立っている感じがする。まこちゃんみたいにAV業界のサイクルに自覚的な女優さんですら、自己プロデュース以外の部分でユーザーを飽きさせない術が少ないのは、むしろ業界全体の課題かもしれません。

「セクシー女優」と呼ばれ、文章を書く二人の「副業観」

戸田真琴さん(左)と紗倉まなさん(右) ──業界の変化としては「呼ばれ方」もその一つで、「AV女優」や「アダルト女優」、「セクシー女優」など、様々です。中には当事者が意図しないものもあると思います。ご自身の職業をどう呼びたい、またはどう呼ばれたいですか。

紗倉 昔は頑なに「AV女優と呼んでほしい!」って言ってました。ヌードルなんて呼ばれ方もあったし(笑)、今はセクシー女優もありますけど……AVって「セクシー」という域は軽く超えてるじゃないですか。

戸田 うんうん。私はセクシーという言葉に「ぬるさ」を感じてしまうかも。

紗倉 逆にセクシーと名乗る自分が恥ずかしくなってしまって(笑)。

戸田 「性行為を見せているから私はセクシーです」とは言えない(笑)。ちょっとニュアンスが違ってきますよね。私は「AV女優」が的確で気に入ってます。

紗倉 言葉やエロが制限によって変換されてしまうのは、現代の価値観のなかではAVが常識として認定されたからだと思うんです。そう気づいてから、私はどう呼ばれても気にしなくなりました。むしろ、呼び方を迷わせてしまう仕事に就いていることに申し訳なさもあるし、気を遣って呼べない事情もあるんだと汲み取ってくるしかないところもあって。結局はコンプライアンスの問題でしかないですから。

戸田 私もそれぞれのメディアに触れる人たちに合わせて、剣山をぬいぐるみで包んで出しているような気持ちです。「臭いものに蓋をする」という精神は、私はあまり賛同できないんですけれど、弱きものを守るのは大切だと思います。小さなお子さんとか、まだ知らなくてもいいことを知ってしまう人を増やさないようにするには必要ですし。だから、呼ばれ方で不愉快になることはないですね。

紗倉 たしかに! もともとはAVって「18歳以上で分別がつく大人のための娯楽」だったのに、誰もが触れられる場所で「AV」と言ってしまうと、今はすぐに検索できちゃう。

とはいえ、セクシー女優がダメというわけではなく、「セクシー」という言葉の範囲は相手の想像次第で決まるから、私たちにとっては一番のオブラートになっている気もする。 紗倉まなさん(左)と戸田真琴さん(右) ──「セクシー女優」は、テレビや雑誌の登場時によく使われるイメージです。テレビや雑誌などは、本業であるAV女優以外の仕事という意味で「副業」といえますが、お二人も活動分野は多岐に渡っています。AV女優の副業には「私そのもの」を表現したい、知ってほしいという意図もあるのでしょうか。

紗倉 私は副業をすごく価値のあることだと思っています。置かれた状況で役割が変わることは誰にでもありますよね。たとえば、家庭ではお父さんでも、会社では部下を抱えた上司でもある、みたいに。AVとは違う表現をすることで、その世界でまた違う自分の役割を見つけられるんです。

それに、いろんな表現ができるということは、いろんな世界の人に自分を見てもらえるということだと思う。自分という更地にいろんな種類の種を蒔くと、いろんなものが育って楽しいですしね。自分の人生を豊かにしてくれるんですよ。

私にとっては「ものを書く」ということが良い発信方法でした。今なら誰もがネットで発信できるから、使わない方がもったいないくらいで。

ふたりはどうして「文字」を書く?

──紗倉さんが書いた小説『最低。』や『凹凸』は「性愛」がテーマですよね。自作にAV女優という生き方がポジティブに生きている部分はありますか。

紗倉 あります。もちろん、ネガティブな部分も。

その時々に言いたかったこと、他人の悪意に揉まれて病んだこと、好意に触れて気分が上がったこと、昔なら難しかったのに許せるようになったこと……そういう波を繰り返して、心に変化がある中で、性愛や家族は絶対に「まとわりついてくるもの」だから書きたくなったんです。 紗倉まなさん 戸田 それは「AV女優だから」というより、まなちゃんの人生において、大きなテーマだったのかなぁと、私は思っていて。「紗倉まな」という人間を知っていくうえで、もしくは知ろうとすることそのものを許してくれる重要な作品です。

それに、エッセイと小説では文体がすごく違いますよね。エッセイはサービス精神が旺盛で頭の回転が早い「みんなの知ってる紗倉まなさん」に会えている気がします。文章である分、わかる人に向けて本音も織り交ぜてくれているんだろうな、とは思うんですけど。

紗倉 そこまで読み解いてくれると、めっちゃ嬉しい!(笑) 紗倉 まこちゃんのコラムも、「AV女優・戸田真琴」という軸もあるし、AVとは関連がないことも題材にしていて、両方がないと物事は立体的に見えてこないんだな、と思わせます。読むほどに「こういう視点の子がAV女優をしているんだ」と、ひとりの人間を深掘りできた気になれるんです。文体とかはもちろん違えど、私たちにとってものを書くことは「自分の気質に合っていて深掘れるもの」で、それがあるのは素敵なことだよね。

まこちゃんって、昔から文章を書くのが得意だったの? それに、まこちゃんの文体って唯一無二というか、似ている作家さんが浮かばない。 戸田真琴さん 戸田 文体は、日記ばかり書いていて、自分自身と会話していたことが影響している気がします。

紗倉 そうかぁ! だからこそ模倣ではない文章が生まれるんだ。

戸田 書くのは得意というほどではなかったんですけど……小論文を書くのは好きだったかも。でも、好きというよりは、やっていて一番苦にならないことでした。

私はしゃべりもうまくないし、コミュニケーションも苦手だと思っているんです。たとえば、「一度家に帰ってからメールを送る」とか「ゆっくり手紙を書く」とかのほうが自分の気持ちをうまく伝えられるし、その行為に自分の何かを託しているところもあって。

私は実際に会った人へ、自分の気持ちを誤解なくちゃんと伝えたいという思いがあるんです。そう思う反面、伝えるのが得意ではないし、思うこともいっぱいあるから、書くんでしょうね。「日常で取りこぼしたもの」を拾いにいってる、みたいな感覚。

紗倉 なるほど。会話で一回投げた言葉って、補足したり訂正したりしても戻ってこないけど、書き物なら出す前に何回も推敲できる。まこちゃんはそういった言葉の精査をする作業が好きなのかなって思っていたけど、腑に落ちたかも。 戸田真琴さん ──文章の他に、戸田さんはクラウドファンディングを活用した写真集制作なども行なっていますね。被写体としての活動に、意識の違いはありますか?

戸田 グラビアやヌード写真集にはセオリーがありますよね。全て明るく見せ、体のかたちやサイズ感、顔のつくりなどがわかって、お尻や胸が強調されてないとだめだとか。

でも、私は写真という表現に対して、物のかたちを伝えるためだけに使うのは、あまりにもったいないと思っていたんです。

AV女優としてセオリーに特化した写真を出す一方で、私を好きでいてくれる人たちに対してだけ、もっと見せられることがあると考えました。たとえば、「本気で笑った顔」って綺麗ではないけれど、それこそを見たいという人もいるんだと、ファンの方たちとコミュニケーションするなかで知りました。 戸田真琴さん(左)と紗倉まなさん(右) 戸田 クラウドファンディングの写真集は、私を好きでいてくれる人たちに個人的なラブレターを返したい、という気持ちでした。これがビジネスなら広く届けることを考えなければいけないのですが、その人たちにさえ届けばいいと思えるものをつくりたかったんです。

紗倉 素敵……!

戸田 こんなふうに「やりたいこと」や「見せたい自分」を、どこか一方的にでも、みなさんに見せられる方法が、たまには取れるといいなって思います。

紗倉 私も写真展、観に行ったんです。綺麗に見せることに意識を向けるようなことから離れた、表現者としての思考にあふれた展示でしたよね。自分のことを本当に好きな人たちに向けたラブレターというのは、私も本当はやりたい。でも、なかなか勇気が持てない晒け出し方でもあるので、憧れる人は多いと思います。

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