「ポリアモリー」や「オープンマリッジ」は、日本人にはむしろ馴染みのある関係だった?

──近年、日本でも、関係者全員の合意を得たうえで、複数の人と恋愛関係を結ぶ恋愛スタイルである「ポリアモリー」や、相互の合意の下に夫婦間以外の恋愛的・性的な関係が開かれている結婚の形「オープンマリッジ」といったライフスタイルが知られてきており、少しずつコミュニティも形成されてきていると思います。

今回、記事のテーマでもあるマッチングアプリ「Cuddle」における既婚男性と既婚女性の出会いも、「一夫一婦制としての結婚制度の中のみで人間関係を閉じる」ことに対するアンチテーゼという意味では、そうした価値観に連続する側面があると思います。佐伯さんは、こうした事象についてどのように考えていらっしゃいますか。現代の規範的な恋愛観・結婚観を攪乱する可能性はあるでしょうか?


佐伯順子 これまでお話したような、家父長制的な結婚のあり方から逃れたいけど逃れられないという人たちがいるとすると、それに対して、あくまでも当事者・関係者の合意を得た上で、離婚するほど配偶者を嫌っているわけではないが、結婚後には配偶者との関係にコミュニケーションが閉じる傾向もあって、開かれたコミュニケーション、人間関係の可能性を模索するという選択肢が出てきたのかと思います。

私自身はあまり多くの人と一度に関わるのは得意ではないので、あくまでも客観的に社会現象としてみた見解ですが、男女関係というよりも、人間関係の多様性の模索として、そういうものが求められてきているのかなと

そして、このことは必ずしも現代特有の現象ではなく、歴史的には、配偶者間の合意を得たうえで、婚姻関係をこえて親密な関係をもつ点では、日本の『万葉集』の時代の「嬥歌(かがい)」が近いのかなという気がします。

──「嬥歌」ですか。

佐伯順子  「嬥歌」は、「人妻に  我も交らむ  我が妻に  人も言問へ  この山を  うしはく神の  昔より  禁めぬわざぞ」と『万葉集』にもうたわれているように、特定の祭礼的な時にだけ、一種の無礼講のような関係があったことが示唆されているのですが、近代的な概念でいうと、一種の一時的な性的「自由」のようなものをかいま見ることができます

前述の落語の『いいえ』が語られるような時代や、明治以降になっても、そうした一種の性的「自由」さが、森鴎外『ヴィタ・セクスアリス』でもふれられているように、地域社会において盆踊りの機会などに残っていたようですが、明治以降に禁欲的な性道徳が日本で強調され、それが特に女性に対して縛りになってしまって。戦後の日本でも、女子高生の男女交際は、性的関係がなくても、会話するだけで不道徳であるという映画『青い山脈』に描かれるような矛盾した状況がありました。

それに対して潜在的に違和感を抱いてきた女性もあると覆いますので、恋愛ということではなくても、既婚者同士でしかわかちあえない子育てなどの悩みを、別の視点から相談しあい、開かれた友人関係をもって人間関係を豊かにしたいという希望が出てきても、不思議ではないのかなと思います。

「嬥歌」に関しては、しょっちゅうやってしまうと社会生活の秩序の維持が難しくなってしまうこともあって、祭礼の時とか非日常的な機会に限定的にという点が重要であったと思います。

ただ、今の日本社会においては、村祭りや地域の集まりは衰退していってしまっているので、むしろ社会的な機会として、夫婦間のコミュニケーションに加えて、開かれた人間関係を公明正大にもつということは、お互いにコミュニケーションがうまくいかなくなって不満を抱えながら配偶者に隠れて交際したり、「旦那デスノート」などに不満をつづって我慢したりするよりも、多様な人間関係のなかで幸せに生きられるのかなという気がします ──そうですね。私としては、「嬥歌」は祭礼の時などに複数人で「その場を楽しむ」ものというイメージが強く、ポリアモリーやオープンマリッジのように丁寧な合意形成プロセスを経て、継続的な関係性を形作る営みとはやや性質が異なるのではないかと感じますが、夫婦間の外に関係を持つという意味では共通点もあるのかもしれません。

では最後に改めて、現代において「既婚者同士で交友関係をつくる」ことの必要性と、それに関して既婚者マッチングアプリ「Cuddle」はどのような役割を持ち得ると思われますか?


佐伯順子 基本的に職場は男性と女性が一緒に働いていますから、一生何らかの形で仕事をしている人生であれば、必ずしもサービスを利用しなくても、仕事上の相談などで、異性同性を問わず、恋愛関係とは別の次元で、家庭の日常生活以外にも、開かれたコミュニケーションが自然にできる環境にあると思います。

ですが日本の場合、専業主婦の方は長期的には減っていますが皆無ではないですし、一度家庭に入ると、友達同士での女子会はあっても、それ以外の外部での人間関係をもつ機会は減ってしまうこともあると思います。そう考えると、自然な形で女性とも男性とも話す機会が必ずしも多くの方に開かれている状況ではない。

そうした時に、既婚者同士がお互い了解の上で、既婚者でしかわからない悩みを相談しあったり、友達になったりして、配偶者以外の視点から客観的な意見をきいて視野を広げることは、人生の選択肢として、人間関係の多様性の一つとしてあるのかなと思います。

一度結んだ婚姻関係を尊重することは、せっかく結婚するわけですから、当事者の幸福感が持続するのであれば大事だと思うのですが、社会的な対面を保つためだけに無理やり形式的な夫婦関係を維持するとなると、へたをすれば「結婚は人生の墓場」という言い回しどおりに、人生の多くの時間を不本意な人間関係のなかで悩みながらすごすことになり、しんどいと思います。

ですので、今ある人間関係を全否定するわけではないが、閉そく性があるという場合には、それに対して開かれたコミュニケーションを提供することで、人生をより豊かに生きる機会を提供するという意味では、可能性のひとつかもしれませんね。あくまでも当事者が納得してトラブルを回避するのが前提ですが。

逆に中村さんは、若い世代としてどう思われますか?

──うーん、そもそも私は同性愛者なので異性と結婚することは多分ないんですが。

一般論として、結婚をしている際に他の人と関係性を築くということは、佐伯さんもお話されていたように、配偶者の合意があった上では制限されるべきではないとは思います。その上で、他者との関係性に関する細かい部分、例えば「この人と一対一で会うのはいいけど、やっぱりキスはしないでほしいな」とか、むしろ「私たちは性的な関係をお互い別の人と持つようにしましょう」といった細部に関しては、合意の形成を積み重ねる必要があると思います。

その合意の擦り合わせは、実際にやるのはなかなか大変な苦労があるだろうと思いますが、一方で丁寧に合意形成をするために互いに向き合いきちんと話をするプロセスは、夫婦関係にとっても価値があることだと思います。

オープンマリッジ的な使い方をするユーザーは増えている、だけど──「Cuddle」担当者の胸中

──ここまでは、日本の色恋と結婚制度が、どのように変遷してきたかの歴史を踏まえつつ、この日本社会で現在「模範的」と考えられている関係性とは異なるあり方の可能性についてもうかがってきました。最後に、既婚者マッチングアプリ「Cuddle」について、コンセプトを担当された渡辺祐介さんにいくつかおうかがいさせてください。まず「Cuddle」の基本的なコンセプトはどういったものでしょうか?

渡辺祐介 基本的なコンセプトとしては、「既婚者」という共通のつながりの中で交友関係をつくることです。ただし、恋愛や「一線を超える」ことはやはり社会通念上OKとはしていません。規約上にも、恋愛や「一線を超える」ことを推奨するサービスではないこと、あくまでも交友関係を広げるためのサービスですと明記しており、ユーザーにはそれを了承した上で使っていただいています。

ご利用されている方は、結婚生活がとても辛く、他の交友関係に逃げ出したいという方は意外と少ないです。どちらかというと、結婚生活としてはすでに充実しているけれど、結婚後はどうしても同じコミュニティ、例えば仕事場や子どもの学校など似たような環境にいる人としか会話をする機会がなく、新しい出会いが少ない。そこで、それ以外のコミュニティの人、かつ「既婚者」や(人によっては)「子どもがいる」という点によって共通の話題や価値観が出てくるので、そうした共通項を持っている人との出会いを求めている方が非常に多いです。

──そもそも「Cuddle」はなぜ異性との出会いにフォーカスをされているのでしょうか? 既婚者に新しい出会いを、ということであれば、サービスの機能として、異性に限定しないマッチングもあるとよりユーザー層が広がりそうだとは思いました。

渡辺祐介 元々のコンセプトとして、同性とのマッチング機能も想定していました。ただ、まず入口としては、世の中の(異性愛で既婚者のうちの)多くの人たちが求めるものという観点から、異性とのマッチング機能から始めました。やはりマッチング対象を異性だけにしていることによって社会的に「不倫を斡旋しているサービス」という目で見られがちな部分もありますが。

実は、同性マッチング機能はすでに来年(時期は未定)実装する予定が決まっています。例えば、育児への参加の仕方に悩む男性同士がつながるといったことも一定のニーズがあるのかなと考えています。

──そうだったのですね。「Cuddle」は不倫を推奨するサービスではないとのことですが、逆に「オープンマリッジ」のような、夫婦間で合意を形成した上で互いに別のパートナーをつくることに関しては、どのように考えていますか?

渡辺祐介 まだまだ少ないですが、実際にご利用いただいている方々でも、オープンマリッジを公言して配偶者の同意のもとでこのサービスを使っている方は一定数いて、徐々に増えてきている印象があります

ただ、先ほどのお話の中でもあったと思うんですが、運営側としてはもちろん配偶者の同意を得てほしいですし、それを推奨はしているものの、(夫婦間以外の異性との関係性について)配偶者に伝えて納得してもらうことはまだまだハードルが高いのかなと思っていて。オープンマリッジを公言している方がこのアプリを使うケースはまだ少ないのかなと思っています。

しかし、最近社会的にも、「オープンマリッジ」や「セカンドパートナー」、またドラマの影響などで「2つの夫婦がいて、お互いの配偶者を交換しましょう、そういう恋愛をしましょう」といった少しカジュアルな婚外恋愛の形も社会的に認知されつつあると思います。現時点においてはまだマイノリティですが、こうした関係性の認知が推進されると、そうした方の利用も増えるのかなと思います。 ──そうした関係性の認知も含め、「Cuddle」が今まで日本にはあまりなかった多様な価値観の実現のために貢献する側面はあると思いますか?

渡辺祐介 「Cuddle」はサービスを開始してまだ1年半ぐらいなのですが、利用者の方々が我々の想像以上に非常に増えています。そこから考えると、既婚者同士の交友関係を求めている人がとても多かったんだろうなと思います。

結婚する前は出会いを強く推奨されるのに、結婚した後は出会いに関するサービスも含めて一気に何もなくなってしまう。新たな出会いにワクワクするような場がなくて、(特に異性同士が)会っているとすぐに「不倫」だと叩かれてしまう。そこに対して皆さんモヤモヤしていたのかなと。

既婚者同士だからこそ話し合える共通の話題もあると思うので、この切り口で機会を提供することによって皆さんがハッピーになるのであれば、「Cuddle」としてやりたいなと思っています。
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