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連載 | #2 ギャルが生きた30年史

今井夏帆が魅せる2000年代ギャル ハードボイルド化した彼女たち

「闇(病み)」と「盛り」が共存したギャル文化

首には小さめのハートのチャーム。手首には「G-SHOCK」の妹ブランド・BABY-Gを付けていた

2000年代のギャル文化は、浜崎あゆみを経由することで90年代のそれから大きく変化した。2000年代のギャルは、ネガティブな部分を隠さないようになった。“病み(闇)”もまたギャルカルチャーの1つの側面となった。

浜崎あゆみは、過去に両親が離婚し、父親不在という自身が育った環境について、インタビューや自作の歌詞で“赤裸々に”語るキャラクターを背負っていた。歌詞も自分で詞を書いていた。

ライターの松谷創一郎は「自らの辛い過去を引き受け、それをストレートに歌詞に書き歌う」(『ギャルと不思議ちゃん論』参照)という彼女のスタイルが、ギャルたちの共感を集めた「要因のひとつ」と指摘する。大スターでありながらも、等身大の自分を見せたことで彼女は教祖と呼ばれるようになったのだ。

小顔効果がある裏ピースは定番ポーズ

2000年には飯島愛の『プラトニック・セックス』が刊行されてベストセラーに。その中で彼女は、14歳の頃から彼氏と同棲を始め、強姦未遂にもあい、のちにディスコに通い始め、売春を繰り返すようになった過去を告白した。飯島愛が10代の頃(80年代後半)は、まだいわゆるギャルの時代ではなかった。

飯島愛は半分ヤンキーで半分ギャルといった半人半獣的存在だった。そんな彼女を支持したのは、明らかに10代のギャルたちだった。自分のことを“赤裸々にさらけだす”ことに寛容、いや積極的に評価するのが、ギャル特有の文化なのだ。

カメラ付きケータイの利用が広がる一方、2000年に発売されたインスタントカメラ「チェキ」の需要も高かった

闇(病み)と同時に“盛り”も2000年代ギャル文化の重要なキーワードである。「盛り」と聞いて思い起こすのは“盛り髪”、つまり髪型を派手に盛り付けること。だけど「盛り」は、単に髪型のことだけを指すものではない。メイクのときでも、プリクラで加工を施すときにも「盛り」「盛る」という表現は使われる。

「盛り」の研究者(専門はメディア環境学)である久保友香は「盛り」について、著書『「盛り」の誕生』の中で「化粧とストロボの効果を用いて、プリクラ写真の上で実際よりも派手になる行動」も“盛り”と呼ばれているとしている。プリクラ上の加工も「盛り」の一部なのだ。

プリクラの登場は、前回も触れたように90年代だが、加工の技術が進化したのは、2000年代になってから。2001年にストロボによりコントラストを高める「美写」シリーズが登場。2002年に登場した『美肌惑星』は、背景(壁紙)を“盛る”機能が充実した。

2000年代のプリ帳。盛りたい精神は落書きにも反映されている

その翌年に登場した『花鳥風月』が“デカ目”機能を初めて搭載された機種とされる。興味深いことだが、この機種では、目は縦方向のみ拡大された。2007年の『美人-プレミアム-』でようやく目が横方向に拡大されたという(前出『「盛り」の誕生』参照)。

ギャルの“盛り”が目をデカくする方向に向かったのも、やはり浜崎あゆみの影響だろうという気がする。あゆのルックスの特徴は、顔における目の占有率である。あの時代、やっぱり皆あゆになりたかったのだ。

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