エロマンガ業界が示す、違法アップロード問題への回答
──デジタル時代に付きまとう問題として、「違法アップロード」があります。一般誌の世界でも「漫画村」のブロッキングが話題になりましたが、こういった「違法アップロードとの攻防」のような構図は、エロマンガの世界にもあるのでしょうか?稀見 ありますね。たとえば、ワニマガジン社が提携している米国のポータルサイト「FAKKU」は、もともと海賊版エロマンガの配布サイトでしたが、現在はワニマガジン社の出版物をオフィシャルで翻訳・配信しています(※4)。
※4:「FAKKU」は2006年の立ち上げ当初、作品をネット上に無許可でアップロードする海賊版サイトであった。2014年に日本の出版社からの警告を受け、その後話し合いによって正式なビジネスパートナーとなる。現在はライセンス契約のもと出版事業をおこなっている。
これによって他の海賊版を締め出すことに一定の成果がありました。「手順を減らして実利を取る」という点で、僕はこの方法が一番いいと思うんです。しかも「FAKKU」の人材はとても優秀で、日本のエロマンガが大好きだということも後押ししましたね。
海外には日本のエロマンガファンがたくさんいますが、彼らが増えたのは、海賊版のおかげでもあるんです。海外のファンたちには、そもそも正規版にアクセスする手段がなかったわけで、彼らに対して正規のサービスを提供すれば、ちゃんとお金を払って読んでくれるんです。
現在、日本の多くの出版社はブロッキングなどによって海賊版を排除する方向に注視しています。もちろん海賊版サイト自体は多くの問題をはらんでいますが、それをうまく利用して次の段階に進むほうがスマートだと思います。 ──いち早いCG技術の導入や海賊版サイトへの対応など、先鋭的な取り組みが多数あるのは、柔軟な対応を求められ続けてきた業界ならではですね。
智弘 本当に、フットワークの軽さが大事な業界なんです。成人向けコンテンツは規制のライン自体が日々更新されていくので、そのつど対処するしかない。
稀見 規制を含めたいろいろなものと戦ってきた歴史があるから、トラブル対応にも慣れている(笑)。
智弘 だから編集者も常にアンテナを張っているし、他社との関わりの中でも良くも悪くも足並みをそろえて業界全体で動いている印象です。潰し合いなんてしてる場合じゃないですからね。
「常に過渡期」変容を迫られ続けるエロマンガ業界
──今のエロマンガ業界は、時流としてどのような地点にあると思いますか?稀見 10年後振り返ったらよくわかる思うんですけど(笑)、エロマンガ業界は常に過渡期なので、10年後には業界の姿はまったく変わっていると思います。加えて今は出版業界にも過渡期がきている。2重の過渡期を迎えていると思います。
智弘 いち読者として感じるのは、2010年以降に見られた「絵柄も可愛く、エロも濃く、豪華に描く」というような表現はピークを過ぎていて、最近はリリカルな作風が復権しつつあるのかなと思います。それに付随して、描く女の子も「美少女じゃなくてもOK」になってきたというか。それだけ言うと誤解を招きそうな表現ですが……。
というのも、少し前は「女の子は持てる全ての力を出し切ってマックスに可愛く描く」ことを求められていたんですが、最近はマンガ的なデフォルメを効かせつつ地味な娘・垢抜けない娘を描いてもOKになってきました。
作家の表現技術が向上したことや、読者にも多様な表現を受け入れる土壌が培われたこと、もともと需要のあったものが媒体の多様化に伴って可視化されたことなど、さまざまな理由からそういった描写が受け入れられてきているように感じます。
稀見 「右に習え」で同じ絵柄の美少女を目指す必要はなくて、多様な美少女像・女性像を描くことが作家にも読者にも受け入れられてきているんだと思います。
智弘 今、「流行りの絵柄」ってあんまりないんですよね。一昔前なら「この人風」みたいな捉え方もあったんですけど、最近はなかなか「トレンドの絵柄はこの人!」っていう作家名が出てこない状態なんです。作家にも読者にも、多様化が一層進んできたのかな、と思います。
──たしかに一昔前なら「みつみ風(※4)」や「ブリキ風(※5)」などの絵柄の流行をよく耳にしましたが、近頃はそういった特定の作風の流行もあまり起きていないように感じます。
稀見 「いま一番流行っているジャンルはなんですか?」とよく聞かれるんですが、正直ないんですよ。エロマンガは新陳代謝が速いので、5年後を見るというよりは、1年後を見て動いていくんです。元気がいいというのであれば「男の娘」ですかね。
2重の過渡期を迎えながら、それでもなお変化し続けなければいけない業界で、時流はもちろん、絵柄・流行・なおかつ目まぐるしく変わる規制や最新技術に、今後も対応し続ける必要があります。
※4 みつみ:原画家・みつみ美里のこと。その絵柄は90年代から人気を集め時の美少女イラストレーションに多大な影響を与えた。原画家として携わった作品には『こみっくパーティ』『ToHeart2』などがある
※5 ブリキ:イラストレーター。2000年代後半からライトノベルの表紙・挿絵などを担当しており、手がけた作品にはヒット作が多数存在する。代表的なものに『僕は友達が少ない』(MF文庫J)などがある。また、成人向けノベルスの表紙も担当している
革新を生み続ける最速の風
表現論から修正まで、さまざまな見解の飛び交う盛りだくさんのインタビューとなった。かつてのエロマンガには粗悪な作品も多数あり、またそれを嗜好する読者の「変態性」が過度に誇張され、日陰に追いやられてきた時代もあった。
しかし、振り返れば常にエロマンガは「革新」とともにあったのだ。日々変化する局部修正の基準や、時流とともに変質を余儀なくされた作品のあり方は、捉え方を変えれば「常に時代の最先端をリードしてきた表現」だったとも言えるだろう。今回のインタビューではそんなエロマンガの持つ力を立体的に捉えることができたと思う。
90年代以降、その画力向上に伴って拡大を続けたエロマンガというジャンルは、その力を一般誌の世界にも波及し、人々はその壁を自ら取り払ってマンガ業界に革新をもたらした。違法アップロードへのアプローチなどは特に先進的で、見習うべき部分も多いだろう。願わくばこの力が、業界にさらなる革新を生む風として吹き続けて欲しい。
このインタビューに感銘を受けた方はぜひエロマンガを買ってみてほしい。それだけで、革新は続いていく。
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