今年も様々なイベントが開催されるなか、注目したいのが未来のモビリティを体験しながら考えていく参加型プログラム「TOKYO CONNECTED LAB 2017」。 自動運転を中心に、近い将来激変するであろう我々と自動車との関わり方。その未来をVRやドーム型のインタラクティブ展示などで体験できるが、プログラムの一環としてある興味深いトークセッションも行われる。 「THE MEET UP」と題したこのセッションでは「MOTOR×〇〇」という形で日替わりのトークテーマを設け、変容していく自動車との関わりの先にある未来像について語りつくす。
今回、KAI-YOUではその補助線を企画した。「MOTOR×CULTURE」をテーマに、「マクロス」シリーズをはじめ多数のアニメーション作品を監督し、日本を代表するメカデザイナーでもある河森正治氏に話をうかがった。
自身も大の車好きであり、また先日発表された最新監督作『重神機パンドーラ』では装甲車型の主役メカを登場させる河森監督は、現代の自動車とそれを巡る状況をどのように捉え、そこから見える未来や課題をどう考えているのだろうか。
取材・文:しげる 編集・撮影:長谷川賢人
117クーペで、クルマの魅力に覚醒した
──まずお聞きしたいのは、現在河森さんが乗っていらっしゃる車はなんですか?河森 屋根が開く(シトロエンの)DS3カブリオです。ほんとはちゃんとしたフルオープンの車にしたいけど、子供も大きくなったのでそうも言っていられず(笑)。ちっちゃくて屋根の開く車が好きで、前は206ccだったんですけどねえ。
──初めてそういった車のデザインを意識したのは、どのようなきっかけからでしょうか?
河森 自分の父親がいすゞ自動車の下請け会社に居たんです。小学2年生くらいの時、その会社に行った帰りにたまたま登場したばかりの117クーペを見た。自分たちが乗っている車のライトにテール周りが照らされて浮かび上がって、それを見た父親が「これはイタリア人がデザインした車なんだ」って教えてくれて。
それを聞いた瞬間に「デザイン」という言葉と車が結びついてしまったんです。これが原体験です。
──そこからずっと車への興味が続いているんですね。
河森 そうですね。中学のころ横浜に住んでたんですけど、自分の家の近くを自転車で走っていたらすごくかっこいい車が追い抜いて行ったんです。それを追いかけていったら、シーサイドモーター(かつて存在した輸入車ディーラー)の工場に入っていったんですよ。
で、そこに止まってたのがデ・トマソ・マングスタだったんです。その頃ってスーパーカーブームが始まる直前で、車を見学に来る中学生なんて珍しかった。だから(ランボルギーニ・)ミウラが展示してあったら車内に入れてもらったりとか、マセラッティのメラクが入荷したら「一緒に乗りに行くか」って横浜の港から走ったりとか、そんなことばっかりしてました。
──当時は工場側もゆるい感じだったと。
河森 ゆるかったですね~(笑)。工場に行けばさっきのマングスタとか、イソのグリフォとか、アストンマーチンのDB5とか、いくらでも見られた。宝の山でしたね。
──パブリックイメージとしては、河森さんって飛行機の印象が強いと思うんですけど、飛行機と車だったらどっちに対して早く憧れを持ったんでしょうか?
河森 身近だったのはやっぱり車でしたけど、基本は乗り物全般に興味がありましたね。あとは宇宙開発とかアポロ計画とか。
ただ、日本にNASAがなかったせいもあって宇宙開発と飛行機は(進路としては)挫折し、車のデザインはなんとかなるかと思ったんですけど、中学の友達で自分よりも車の絵が上手い奴がいて、それでそっちも諦めたんですよ。
バルキリーに応用された、カーデザインの文法
──河森さんといえば、可変戦闘機のデザインワークと同時に、タカラの『カーロボット』などで早くから「変形する車」に取り組んでいらっしゃった印象があります。変形する車と変形する飛行機の、デザイン上で共通する点と異なる点はありますか?河森 『トランスフォーマー』の初期型である『カーロボット』のデザインをやっている時に、変形した後に運転席は無くなっちゃうし、エンジンはどっかいっちゃうし、駆動系はつながってないし……というのがすごく気になってて。
対して『マクロス』にはオーバーテクノロジーで素材の重量が軽くなっているという前提と、反応エンジンを積んでいて大気圏内なら空気を推進剤にできるから燃料をほとんど積まなくていいっていう設定があるから、燃料タンクのスペースに変形機構を入れることができる。
飛行機も空力を整えるには制限があって難しいんですけど、トラックはともかく乗用車の方がスペース効率の面で難しいんですね。
──作品内のルールから逆算してデザインされるんですね。実際の車からデザインに関して影響を受けることはありますか?
河森 直接的な影響とは違う話になるんですけど、車のデザインというのは「工学的な部分」と「キャラクター的な部分」が両方含まれている、ちょっと珍しいジャンルだと思うんですよね。ライトが目に見えるとか、グリルが口に見えるとか、そういう部分も含めて、車のキャラクター性って強いですよね。
車はスタイリングとデザインがミックスされるという点が魅力的です。いわゆる文系的な要素と理系的な要素が現実世界でクロスしている。そこがデザイナーとして興味深い。
──たしかに工業的な部分だけでは測れないところがあります。
河森 これが飛行機になると、今度はほとんど理詰めのみになってキャラクター性が立ちにくい。まあ、それなのにあれだけキャラクターが出るのが不思議なところなんですが(笑)。
ただ、だからといって「キャラクター性を与えるアレンジを加えよう」という作業が許されるものではないですよね。
──今おっしゃられたような部分って、ご自身のお仕事に盛り込んだことはありますか?
河森 バルキリーをはじめとする『マクロス』の機体では可変機構を盛り込むと同時に、現実の戦闘機よりキャラクター性をちょっと強めてますね。
本物の飛行機を設計する文法と同時に、車のスタイリングをする時の発想法を取り入れている。
──じゃあVF(マクロスの可変戦闘機)シリーズというのも、完全に飛行機の設計だけを手本にしているというよりは、ちょっと車っぽいやり方をしているということですか。
河森 そうですね。キャラクター性をある程度以上に強めてしまうと急にファンシーなメカになってしまうんで、その線引きの部分で車は大きなヒントになります。
特定の部分で影響を受けたというよりは、自分の場合は文法を知りたくなるというか、そのデザインが構築されている「文法のようなもの」を見つけたい。それが見つかれば応用することができるし、それだとパクりにはならない。そういう気持ちが強いです。
アニメ制作に起きた変化が、自動車にも訪れる?
──今後、車はこうなっていくんじゃないか、という河森さんのご意見を聞かせてください。河森 これはねえ~……すごく難しい時代になっちゃいましたねえ!(笑)
どんなスポーツカーをつくろうが、乗っているのはオヤジたちばっかりという。ここがやっぱり決定的に難しい。電気自動車がメインになるという動きが従来の趣味性を剥奪していってますから。
オートマになってみんなが運転できるようになった反面、車に趣味性を求めている人がのめり込まなくなっていく……みたいなね。自動運転の技術がそれに拍車をかけるのは間違いないですし。
カーシェアリングが基本になれば「車を所有する」という概念が消えていくから、その時に個性的なデザインって求められるのかなという疑問もあります。スタイリング、デザインを含めて、この先は何が求められるんだろうと見通すのが難しくなっていますよね。
──単に速ければいい、便利ならいいっていうところとは問題がずれてきている。
河森 完全にずれていますよね。これだけ電気自動車が取りざたされてくると、エンジン開発をやっている人たちは今何を思っていらっしゃるのだろうか……というのがじわじわと胸に刺さってきますね。
変化でいえば、アニメーション業界も、ちょっと前に「手描きからデジタルへ」というのを食らっていますし。
──河森さんはかなり早い段階からデジタルを取り入れたと思うのですが。
河森 『マクロスプラス』をつくっている時に色々なところを取材したんですけど、その時にアメリカの映画スタジオへ行ったんですよ。サンフランシスコの湾岸にある巨大な倉庫で、中にプレハブが何個も立ってるところで。
「これが『ライトスタッフ』の時に使ったモーションコントロールカメラだよ! もう使ってないけど!」とか言われて(笑)。20年以上前の話ですよ? その時点で「これからはデジタルだから!」って。 ──はあ~~! 早いですね!
河森 そこでは3DCGもやっていた。当時のCGって日本だと「1分つくるのに1億円」って言われていた時代ですよ。その時に「なんでデジタル化するんだ」って聞いたら「安いから」と言われて倒れそうになりましたね。
そこで自分は手描きが好きだし、こだわりもあるけど「これは嫌がってても仕方ないな」と悟りました。だったら先にやろうと。
──元には戻らないですからね。
河森 そういう意味では、日本でデジタルが普及するちょっと前に現場を見られたのは運が良かったです。日本に戻ってテレビシリーズで使うって言った時には周りから白い目で見られて(笑)。
「なんでそんな無駄なことを……」って言われたんだけど、でも向こうではとっくに「安いから」っていう理由で使っている技術なんだからって。
で、同じようなことが今は自動車で起きている。自動運転とか電気自動車とか、普及するのはもう時間の問題ですよね。エンジンは好きだけど、電気自動車からは逃れられない。
──日本の自動車がこの変化に対応する場合、どういう手が考えられますか?
河森 まず制度の方をなんとかしないとダメでしょうね。とにかくまずいのは日本の市場の国際的な競争力が落ちていることだと思うんですが、それも規制がうるさくてなかなか新しいチャレンジが出来にくいことにも原因があるのではと。
それだったらということでメーカーの関心が(より規制がゆるく市場の大きな)中国へ向いてしまうのはしょうがない。だからまず全体の枠組みの部分を変更するべきですよね。個々の車についてというより、まずはそちらが先決だと思います。
中国自動車市場の衝撃と、最新作『重神機パンドーラ』
──中国のお話が出ましたが、最新作も中国を舞台にしたものになるそうですね。河森 ええ。この2年くらいの間に何回も現地に行けたんですけど、かなりの衝撃があったんです。
32年前にも中国へ行ってるんですが、そこからの変化がものすごくて。昔の天安門前の大通りは夜はもう真っ暗闇で、そこをライトをつけていない自転車が8車線ぶん埋め尽くして走ってました。でも、今ではそんなの全く見ないです。
それが2008年の北京オリンピックに向けてそこらじゅう更地にしまくって、さらに去年行ったらどこの国に来たのかわかんないくらい、なにひとつ見覚えがないんですよ。その勢いは恐ろしかったです。
──そうか、オリンピックを挟んでるんですね。
河森 あと、自動車の関税が高くて値段は日本の倍って話なのに、高級車がバンバン走ってるんです。ようやく今年上海モーターショーに行けたんですが、衝撃でした。日本では撤退した海外メーカーがみんないるんですよ。
アメリカのメーカーがガンガンでかいブースを出していて、日本に来なくなったイタリアのメーカーも来てるし、全く自分が知らないスーパーカータイプの車がいるんです。日本のメディアだとまず「今回のパクリカーは……」みたいな記事が出ちゃうけど、「そんなこと言ってる場合じゃない!」っていう。 ──すごい状況です……。
河森 もちろんまだ、いろんなところに細かいクオリティや精度の問題はあるにしても、勢いが半端じゃない。規制がゆるいから自動車に限らず何につけてもトライが早いんです。観光地のお寺の上でドローンが平気で飛んでますからね。
日本が高度成長をしている時に、アメリカやヨーロッパはこういう脅威を感じたんじゃないかなとも思います。
──そういう発達速度が限界まで早まって、人工知能が人間を超える「シンギュラリティ」に到達した次の時代の話、というのが次回作の『重神機パンドーラ』なのかなと勝手に思っていたのですが。
河森 AIそのものを題材にしようとすると、考えてから発表できるまでに時間がかかりすぎてオリジナルアニメーションは不利なんです。
なので、『パンドーラ』ではAIだけじゃなくてバイオテクノロジーや材料工学とか、すべてがある臨界線を超えて別のモンスターが出たみたいな、SF的ハッタリを加えています。 河森 このままでは人間が地球生態系の頂点ではなくなる時代が来そうだ、もう間もなくか、もうすでにそういう時代が来ているのか……という話ですね。自動車にしても、車を運転して乗りこなしていた時代から、車に乗せられていく時代になるじゃないですか。
──今回の『パンドーラ』の主役メカが車型であるそうですが、どういった意図でしょうか。
河森 車といっても相当大きくて、戦車サイズです。飛行機ばっかりやってると『マクロス』と路線が被っちゃいますから(笑)。 河森 あと車にしても自分は「小さくて薄くて軽い車」が好きなんだけど、最近はSUV(スポーティーな印象をまとうワゴンスタイルの自動車)の人気が高いですよね。ただ、ちょっと前のSUVって重心の位置の問題とかがあって、デザイン的にこなれてなかったんですよ。
それが工学的な進歩でカバーできるようになった時に、SUVというジャンルは多くのデザイナーが挑戦していなかった未開の地だったんだなと思ったんです。で、そういうテイストを取り入れたら新しい変形のベースになって面白いんじゃないかなと。
SUVというジャンルも進化は早いですよね。SUVでスポーツカー的なものをつくったら面白いだろうなと数年前に思っていたら、実際にどんどんそういう車が増えていますから。 ──『パンドーラ』はちょっと「怪獣映画っぽい」ということですが。
河森 生物と戦うっていうことで言えば、前に『マクロスF』でバジュラを出してるんですけど、今回はもうちょっと怪獣映画っぽいというか。舞台が地上なんで、巨大なモンスターとそこそこの大きさのメカが戦うという、ロボットものとヒーローものの間くらいを狙ったものになります。
アニメというよりも特撮的なテイストにちょっと近いかな。主人公の年齢も高めですね。これくらいの年齢のキャラクターは『マクロスプラス』以来です。まあ、基本的にはエンターテイメントにしようと思ってます。ワールドワイドに、だれが見ても楽しめるものにしようと。 河森氏が抱える、モビリティに関する強い問題意識がうかがえた今回のインタビュー。また、激変する中国への興味とSUVのデザイン性が盛り込まれた最新作『重神機パンドーラ』も興味が尽きない。
河森氏も「非常に難しい」と語ってくれた自動運転や電気自動車といった新たな要素は、私たちの生活にどのように入り込んでくるのだろうか。その回答の一端を、第45回東京モーターショー2017で見つけてほしい。
©2017 Shoji Kawamori, Satelight / Xiamen Skyloong Media
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