Amazon Prime Videoがオリジナルコンテンツに注力する中、最もその期待を浴びているのはダウンタウン・松本人志という芸人だ。笑いとはすなわち反抗精神である。 チャールズ・チャップリン
参加費100万円を持った10人の芸人を集め、密室で6時間ひたすら笑わせあい、最後まで笑わずに他の芸人を笑わせ続けた者が1000万円を総取りするという「HITOSHI MATSUMOTO presents ドキュメンタル」は、およそ地上波では実施できないような尖った内容によってお笑いファンを中心に大きな話題を呼んだ。
テレビではなく、ネット番組でしかできない笑い、「実験」とは何か。そんな気概を感じることができるのが、「ドキュメンタル」だった。
そんな松本人志が、再びAmazon Prime Videoで仕掛ける新番組『HITOSHI MATSUMOTO presents FREEZE(フリーズ)』についても、その発表前から噂が立った。
次に彼がなにをしでかすのか? そんな期待の中、公開されたのは「まつもと犬」という謎のキャラクターだったわけだが、それもSNSで話題となり、その番組内容を予測するファンらも散見されたが、発表された新番組はまったく関係のないものだった。
9月19日より配信がスタートした『FREEZE』は、そんな視聴者と特殊な距離感を持った松本という人間のイズムがふんだんに盛り込まれた内容となっていた。
「ドキュメンタル」と「FREEZE」の差異とアプローチ
『FREEZE』のルールは簡単だ。密室に集められた参加者たち(岩尾望、クロちゃん、山崎静代、鈴木奈々、ダイアモンド✡︎ユカイ、藤本敏史、ボビー・オロゴン、諸星和己の8人)は松本の「FREEZE!」の掛け声で、動くことを禁止され、様々なトラップが仕掛けられる。 ここでいうトラップというのは、沈黙した密室に持ち込まれる爆発物や拳銃、さらにねこじゃらしまで、多岐に渡る。参加者に恐怖や驚きを煽り、身体的に反射せざるを得ないものが多い。変わったところだと、ドローンが包丁を運んできたりもする(これが画面に登場しただけで僕は笑ってしまった)。そんな過酷な状況下で、最後まで微動だにしなかった参加者が100万円を獲得できる、という内容だ。
『ドキュメンタル』では、参加者がすべて芸人で「笑わせたものが勝つ」が、『FREEZE』では芸人以外の参加者も多く、またお互いのコミュニケーションはほぼ発生しない。あくまで参加者は完全な受け身となり、「FREEZE」中は笑うどころか喋ることもできず、完全に何もしないことが求められるし、「何もしないものが勝つ」のだ。
「何もしない奴が、実は一番面白いんじゃないか?」
参加者の半分以上がお笑い芸人ではなく、いわゆるタレントであることも特徴的だ。松本は、それについて「最弱こそ最強」「普段ならギャラ泥棒と言われる奴が優勝できる」と語っている。
一般的なTVのバラエティ番組では、とにかく喋ることが求められる。お笑い芸人とはいわばトークのプロであり、多くのバラエティ番組はそんな芸人たちのトーク力が誘発する笑いに頼ってつくられている。
しかし、Amazon Prime Videoというメディアにおいては、テレビで長年培われてきたバラエティのフォーマットを覆すことができる。喋らないことで笑いを生む、そんな番組をつくることができるのが、ネット番組における最大の特徴だ。
CMが一切ない、何が起こるかわからない、何分にも及ぶ沈黙が何度も流れる──それがテレビ番組では味わえない緊張感を生み出し、視聴者にも参加者と同じような負荷を強いる。そして、松本や参加者たちと一緒になって笑ってしまう。これもAmazon Prime Videoの特性を活かした没入感だろう。
緊張感と解放 反抗精神としての笑い
人はなぜ、どんな時に笑うのか。松本が今回、そんな問いに対して実験と言いながら提案したのは「緊張からの解放」だ。長い沈黙中、様々な試練が与えられた参加者たちは、一同に大笑いする。ある者は過酷な恐怖装置について大声で愚痴をもらす。それが面白い。
そして、沈黙の間も、緊張から逃れようと咄嗟に笑ってしまったり、堪えたりする。そんな様子を見るのが、面白い。 番組の中で特に目をひくのが、ダイアモンド✡︎ユカイの存在だろう。テレビタレントとして活動もする彼だが、本業はミュージシャンだ。笑いのプロではない。しかし、圧倒的な「動かなさ」と真剣な表情、我慢している姿に、どうしようもなく笑ってしまう。
そんな彼をみて松本も、どうにかして彼を驚かし、笑わそうと、執拗に彼をトラップで責め立てるようとスタッフに指示する(いわゆる、おいしい役という奴だ)。
そして、何もしないダイアモンド✡︎ユカイが一番面白いという状況を作り出してしまったことこそ、松本自身がこれまでテレビを舞台にしてつくってきたお笑い番組の否定、あるいは刷新のように思える。
かつて、喜劇の王様・チャップリンは、「笑いとはすなわち反抗精神である」と断言している。ストレスやルール、体制、沈黙や緊張といった様々な負荷に打ち勝つための手段こそが「笑い」の正体であるとしたら。それは言語や文化を越え、世界中の人に届きうる「笑い」の根源だともいえる。
「FREEZE」において、松本人志は実験や悪だくみと称しながら、そんな笑いの本質に限りなく接近している。マッチョな勢いやリアクション芸、トークスキルの高さだけが笑いを生むのではない。何かに我慢し続け、気づいたらなぜか笑ってしまう、笑いを堪えて涙目になってしまう。そんな体験ができる「FREEZE」を是非、観て欲しい。
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