踊れる曲にしたのに、お披露目の場はコロナでなくなり…
──もともとのアイディアに回帰して新章が始まったわけですが、シナリオなどは篠田さんがつくっていったんでしょうか?篠田 おおまかなプロットは僕が考えて、いま公式サイト上で公開している小説としては砂守岳央さんに仕上げてもらっています。世界観は人工知能をメインに、自分が好きなSFやサイバーパンクをどんどん盛り込んでいきました。 篠田 福井さんもこういった世界観がお好きなので、どんどん決まっていきましたね。
──今年の初めに新章第1弾「Stand up! Blaze up!」MVが公開されましたが、制作は小説が先でしょうか? 音楽でしょうか?
音楽の方向性については、クリエイターを抱えるTOKYO LOGICの村田(裕作)さんがいらっしゃるということで(参考記事)、カッコいい音楽と世界観だから、それに見合うカッコいい物語をつくっていこう!と考えたんです。時代の流れとしても、可愛いよりもカッコいいものがフューチャーされ始めたタイミングだと思います。
──そういった制作の流れだったのですね。
篠田 アイドルやタレントさんなら、自分で自分の物語をつくることができるけども、アイマリンちゃんはキャラクターであって、それこそVTuberでもない。
キャラクターを応援してもらうためには、前提がないと応援しづらいんじゃないかと思ったんです。それで、アイマリンちゃんはどういう子なのか?どういう世界のなかで生きているのか?という設定を細かく決めていった感じですね。
──今回の新章第2弾となる「The Boon!」だと、設定や世界観が先にあって、曲と映像をつくっていったんでしょうか?
篠田 そうですね。全体的なアイマリンちゃんたちの世界観があって、ここはこう、という風につくっています。ヒゲドライバーさんが制作された1曲目の「Stand up! Blaze up!」はロックでカッコいい曲でしたけども、2曲目はemonさんに踊れる曲にしてもらった。
ベースとなる世界観を崩さないようにしつつ、聴いた人がいろんな遊び方ができるように考えてます。いつかはリアルでのライブがやりたいと考えているので、村田さんと相談しながら曲の方向性を決めさせてもらってます。
emon 「夏っぽい曲」「踊れる曲」というオファーがありました。自分のなかでこれまでのアイマリンプロジェクトの曲は「元気いっぱい!」なイメージだったので、それとは違った楽曲をつくろうと。
篠田 本当は「ニコニコ超会議2020」を目処に制作を進めていたんです。だから「The Boon!」は超会議で盛り上がれる、踊れる曲にしよう!というつもりだったんです。でも、新型コロナウイルスの影響が大きくて……
──新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染拡大を受けて、「ニコニコ超会議2020」は中止になりましたね。
篠田 そうなんですよ。
emon 自分としては結果的にこのMVと曲調で良かったなと思うんです。これまでのように明るいだけではなく、MVもわかりやすい海や太陽ではなく、夜が背景になっていて。今の状況で昼間に元気いっぱい踊っていたら、「ん?」ってなってしまうんですよね。
無機性と有機性の融合
──内田さんは「The Boon!」レコーディングで意識されたことはありますか?内田 個人的には「Stand up! Blaze up!」は新章スタートということで、革命軍として戦っていく!という世界観が前に出た楽曲だったと思うんです。
「戦うぞ!」と気が張っている1曲目にたいして、「The Boon!」では世界観だけでは見えてこない内側のところ、海の中に潜り込んでいくようなイメージをもっていて、ちょっとだけ素のアイマリンちゃんの顔がみれるような、心のうちを感じてもらえるように歌えたらいいなと思ってましたね。 emon 実は、僕も「The Boon!」について「潜っていく」というイメージを持っていました。海に潜った瞬間に見ている景色が一気に変わるじゃないですか? そういう空気感にしたいと思っていたので、今のお話を聞いて本当にドキっとしました。
内田 本当ですか! 良かったです!
篠田 いいなぁ、2人は共有していて。ぼくは「The Boon!」(ザブーン)という曲だから、「洗濯機を撮ってみたいなぁ」なんて思ってましたよ…。
内田 あ! だからMVでコインランドリーを撮影していたんですか(笑)。 ──なぜコインランドリーなのかという謎が解けました…! いろんな解釈の化学反応が起きていたんですね。
曲については、聴かせていただいたときに、繊細さ、温かさがあるように感じました。歌詞もそうなのですが、「アイマリン」がAIという設定があるにせよ、非常に人間味もある。このあたりの対比性は意識して書かれたんでしょうか?
emon 伴奏となるバックトラックを無機質なものにしようという狙いがまずあったんです。ギターを使っていてもちょっと機械的な使い方をしてみて、肉声がのっかることでバランスが良くなるかなと。歌詞を書くときも、人間味を意識して、バランスを考えてつくりました。
──「あなただけのオートメーション揺らして」という部分で、内田さんの声がエフェクターの作用で揺れて聴こえるんですよね。ものすごく繊細につくられているのがわかります。
emon ありがとうございます。トラックを先につくって、要所要所のワードをどういう風に曲に生かせるかを考えました。
内田さんに主線になるメインボーカルをいくつか録らせてもらって、ボーカルのハモリ部分はそこで録ったものからつくっているんです。ハモリも肉声で録ると温かみが出すぎてしまうので、メインボーカルからデジタルに加工し、あえて冷たさが出るようにと狙ってますね。 ──コーラスの部分にボコーダーをかけてらっしゃいますか?
emon コーラスはすべてボコーダーをかけてますね。
篠田 平たい言い方ですけど、だからインターネットぽくもあり、かわいく聴こえるんですね。
emon 自分の原点が90年代のアイドルグループ・Cocoなんですけど、結果的に今回Cocoっぽくなりました。
内田 三浦理恵子さん!
emon ですです。レトロフューチャーが流行っているというのもあるし、もともとこの年代の音とか質感が好きなんですよ。 ──TM NETWORKではない、丸っこい感じですよね。「Stand up! Blaze up!」はシンセがガンガン鳴ってて、疾走感がある。でもPVを見てるとレトロな雰囲気も感じたりしていて、「The Boon!」にもどこかでつながってるなと感じました。
なぜ「フォトグラメトリー」技術が必要だったのか?
──MVは、曲ができてから仕上げていったんでしょうか?篠田 そうです。「ニコニコ超会議2020」に合わせるつもりだったのに、肝心の超会議が中止になった。MVもそれにあわせて急いでつくろうとしていたんですが、そもそもMVのロケもできなくなってしまったんですよね。
今後ライブ活動もやりたいのでその布石として現実の場所を撮りたかったので、しばらく制作は止まってしまいました…。
──そうだったんですね…。
篠田 かなり痛手でしたね。皆さんも影響あったかと思いますがどうでした?
内田 「The Boon!」のレコーディングのときが今生の別れみたいな感じでしたよね…(笑)。緊急事態宣言のちょうど直前だったので。
篠田 通常よりも人をだいぶ減らして臨みましたからね。
内田 「今後どうなるかわからないし、今日録れてよかったね」なんて話をしていて。
篠田 プロジェクトのスタッフさんとも話し合いつつ、「今月は撮影できそう?」「無理じゃないかな?」とやりとりを交わして、目処をつけていきました。
最初は日中の情景にする予定だったんですけど、昼間に元気に踊ってるMVも違うなと感じて思い切って夜にしたんですよね。
emon そういう経緯だったんですね。
篠田 ええ。撮影も夜にしたほうが動きやすいというのもあって、少人数で進めました。
このMVでは「フォトグラメトリー」という手法を使って撮影していて、簡単に言うと、写真を360度撮ってそれを合成して3D化するという手法。なので、繋ぎ目にはグリッチ(裂け目)が入っているんです。
実写映像は真正面からしか撮っていなくて、そのあとにカメラと視点が動いて、そこで見えてる絵は全部3Dなんです。
──実写だけじゃなかったんですね…!
篠田 実写のように見えますけども、映像関係の人があのMVを「実写」だと思ってみたら、どうやって撮影しているんだ?って不思議に思うカメラワークをしていると思います(笑)。 ──あの背景すらも3Dのつくりこみというのをお聞きして衝撃でした。
篠田 Psychic VR Labのgoさんに参加してもらって出来上がったんですよ。撮ったのは東京の街ですが、アイマリンプロジェクトの世界ではリアルな東京の街ではなくあくまで仮想空間の東京という設定なので、フォトグラメトリーがピッタリハマるかなと思ってました。
だからこそ、キャラは3Dで、背景は実写で制作するというのが重要なコンセプトなんです。
アイマリンプロジェクトの設定が秀でていたのは、彼女がAIだということ。コロナの影響でリアルなイベントができなければ、バーチャル空間で活動をしていけばいいじゃないか! アイマリンちゃんはVRもARにも合わせて活動ができる!ということに気づけたんです。
フォトグラメトリーもVRと相性がよくて、自室を写真で撮って3D化したものを、VR空間の自室として公開している人もいるくらいです。 内田 気になっていたんですけど、水槽がたくさんあるところで撮影したのはどうしてなんですか?
篠田 アイマリンプロジェクトには「海のような表現」は必要だけど、海そのままは今回は違うだろうと。そこで前々から写真集などで気になっていた全面水槽のペットショップを思いだして、グルグル回っている背景が水槽というのも面白いなと思ったんです。
内田 そうだったんですね!
篠田 フォトグラメトリーの撮影にあたって、その店には水と光が複雑に差し込んでいて、ボコボコな形をした水槽の感じもMVに活かしてます。暗い水槽で、沈んでいく気持ちよさみたいなのをワンシーンとして入れたかったのでよかったです。
──水槽ってある意味、自然の見立てですよね。それが仮想世界を舞台にしたアイマリンプロジェクトともコンセプトにマッチしてますね。
篠田 ありがとうございます。今後のMVでは小説の世界観を前面にした重めなものと、日常系でゆるっとしたものと、交互に出していきたいなと考えてはいますね。
内田 いいですね。今までだと、1曲撮ってそこで終わり!という感じだったんですけど、新章にはお話がしっかりあるので、1曲目と2曲目の間とか、世界観そのものに想像の余地があるんですよね。
小説もまだ序盤なので、ほかのキャラクターとの関係がどうなるかは描かれていないんですよね。アイマリンちゃんはAIなわけで、女の子っぽかったり、可愛らしかったりという部分もある。これは絶対違うと思いますけど(笑)、もしかして恋愛のような感情が生まれたり、友愛として友達ができたりとか、そういう想像が止まらないですね。
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