「ワンマンのチケットが売れない」結成3年目のヒゲドライVANが晒け出す悩みとは?

「ワンマンのチケットが売れない」結成3年目のヒゲドライVANが晒け出す悩みとは?
「ワンマンのチケットが売れない」結成3年目のヒゲドライVANが晒け出す悩みとは?

ヒゲドライVANのボーカル・ヒゲドライバーことシンゴさん/2015年5月、渋谷La.mamaにて撮影

自分がやりたかったことってなんだったっけ?

例えば、作曲家として大ヒット曲を出しても、どんな大舞台に立っても、ソロ名義でメジャーレーベルからアルバムを出しても、本当にやりたかったことをできていなければ、どんなに傍目からは成功しているように見えても、当人にとっては意味がないのかもしれません。

そんな思いからなのかどうなのかわかりませんが、自分の原点を見つめ直してバンドを組んだ、とあるアーティストがいます。

それは、KAI-YOU.netで今年初めに「30代童貞だけど上京して音楽で成功した話」という特集を組ませてもらったヒゲドライバーさんです。 上記の特集は超特大の旅行記になっているので、興味がある人は是非時間がある時に読んでください。3行で説明すると

・モテたいと思って音楽を始めた
・いろんなことがあって人生のドン底も味わった
・それでもいろんな人と出会って、今も音楽を楽しめてる

となります。

ヒゲドライバーさん/2015年末、山口にて

一応解説すると、ヒゲドライバーさんは、2000年代に自分でつくった音楽をネット上に投稿し続けて、山あり谷ありの紆余曲折を経て、のし上がっていった作曲家・ミュージシャンです。

回レ!雪月花」やアニメ版『艦これ』EDの「吹雪」といった曲は、アニメ好きなら一度は耳にしたことがあるだろう、2010年初頭を代表するアニソンとなっています。

ゲスの勘繰りをすれば、すでにひと財産築いたであろうヒゲドライバーさんが、2014年からその名も「ヒゲドライVAN」を結成させたと聞いた時、筆者が不思議でならなかったのは、「なぜ今になってバンドを?」ということです。

ヒゲドライVAN

そこで、バンドメンバーを直撃することにしました。

「ヒゲドライVAN」メンバー紹介

ヒゲドライバー(後に「シンゴ」に改名)
ボーカル・ギター。「ヒゲドライバー」としても活躍中。作曲家としては売れっ子に。そんな中、バンドに憧れてメンバーを招集した張本人。元ホストだけど30代で童貞

プロ(後に「カズマ」に改名)
ベース。メンバーの中で唯一、プロのミュージシャンとして活動。他のバンドにも加入していて(現在は離れた)、ミュージシャンとしての経歴は一番長いことから「プロ」の称号を得る。

ハードスタイル(後に「絢人」に改名)
ドラム。普段は「Massive New Krew」というユニットとして活動中。そちらのユニットで主に手がけるクラブミュージックのジャンルの一つ「ハードスタイル」から名前を取っている。ドラムは昔、少しだけやってたことがある。

社長
ヒゲドライバーさんらが所属する事務所の社長。元バンドマンで、プロさんは高校時代の後輩。他にも、アイドルグループ・BABYMETALへの楽曲提供などで人気を得たゆよゆっぺさんを抱える超少数精鋭の事務所を切り盛りしている。歯に衣着せないタイプ。

にいみ(筆者)
ヒゲドライバーさんには何度も取材をさせてもらい、去年末は図々しくも実家までお邪魔しました。自分だけカメラ目線

2014.3.バンド感を模索し始めた4人

練習中のメンバー/2014年、都内のスタジオにて

実は、本格的にバンド活動が始まる直前、結成初期のレコーディングにもお邪魔したことがあります。 こちらは一言で言うと、「それぞれ本業がある中で集まったバンドメンバーが、バンドという形自体を探り探りながらも奮闘する」様子をレポートしました。ちょうど、1stミニアルバム『Kiss me EP』がリリースされる目前。結成直後ならではの、前向きな意味で浮わついた熱っぽい空気感の漂う現場でした。
そして筆者はさらに、それから1年後の2015年にも、「ヒゲドライVAN」の取材をしたことがあります。

1年前とは打って変わって、やや神妙な面持ちの面々から、開口一番「ついこのあいだ解散について話し合ったところです」という爆弾発言が投下されて取材は始まりました。

2014.5.ネットのノリは、バンドシーンでは通用しなかった

ヴィレッジヴァンガード限定シングル『忘れてしまった』がリリースされた直後、2015年5月某日。
渋谷La.mamaというライブハウスでの共同企画イベントのライブが1時間後に迫る中で行った取材は、「今岐路に立ってます」というヘビーな話題からスタートしました。

「1年の間に何があったんですか?」

「ついこの間、バンドがたくさん出るサーキットイベントに出演したんですよ。それまで、対バン相手はアイドルさんが多くて、本当にいわゆる「バンド」と共演したことはなかったんですよね」

「ちゃんとしたバンドの中で混じってライブした結果、僕らの至らなさが露見したんですよね……。バンドシーンの中で活動していくのだとしたら、このままじゃ全然ダメだよねっていうのを全員で真剣に話し合いました」

「僕はそのライブにはうかがえなかったのですが、具体的には何がダメだったんですか?」

「他のバンドと、ステージとして見せられるものが圧倒的に違ったんです。ステージに上がる前の練習量や技術、情報発信への力のいれ方、すべてにおけるストイックさがステージには表れるもので、僕らはそのどれも足りてなかった」

「やっぱり、生演奏というのが大きくて。僕もDJをずっとやっているので自虐も込めてですけど、DJは最悪前日に(MIXの)仕込みをすれば何とかなるっていう世界です。出来合いの曲を流して繋いで、どう煽るかという生の側面も多少はあるけど、バンドは一音一音が生で、それに向けて事前にどれだけ準備して技術を磨くか、それがすべてなんです」

※別の仕事で出張だったため、そのサーキットイベントにはハードスタイルさんは不参加だったが、その危機感自体は共有していたという

「僕はずっと一人で打ち込み音楽をやっていた人間だったので、いまいちバンドってものがわかってなかったんですよね。乱暴な言い方だけど、ネットでは、クリック一つで世界を変えることができる。DJも同じです。でもバンドは、歌って演奏してようやく伝わる、ある意味体育会系な、土臭い世界なんですよね」

「ネットのイベントのお客さんは、パーティーを楽しみにきてるんだけど、ライブのお客さんは、特定のバンドを観に来てますよね。じゃあ、いかに他のバンドのファンの目を惹きつけるか、いかに伝えられるかという勝負です。僕らはそもそも、そこの熱量で負けていた。会社とか社長とか、そういう立場も忘れて、いちバンドマンとしてめちゃくちゃ悔しかったですね」

バンドを続けるかどうか、この日のライブですべて決まる

「練習量も技術も覚悟も、ほかのバンドには敵わなかったということですね」

「バンド自体、もともと企画臭が強くて。名前からしてヒゲドライバーのバンドという意味での『ヒゲドライVAN』だし、ヒゲドライバーの曲を生バンドでやるっていうくらいのコンセプトだったので、甘かったですね」

「来てくれるお客さんも、ほとんどがヒゲドライバーファンなんですよ。ヒゲドライVANの新規ファンじゃない。そこからどう脱却するかを話し合ってます」

「ヒゲドライバーを知らない人でも、ライブを見たら「いいな」って思ってもらえないと続かないからね」

「それが出来ないなら、本当にヒゲドライバーの企画物バンドでいい。その代わり、ずっとやる意味もなくなる。それを、今日この後のライブで占うんです。ちゃんとバンドとして立てるかどうか、お客さんを惹きつけられるかどうか。今日、できる限り、その準備はしてきたつもりです」

「あとは、その結果、自分たちがどう思うかですね。サーキットの時は、全員が「これじゃダメだ」って思ったけど、「よし、やろう」となるかどうか、今日を終えてみないとわからない」

「今、そんな重要なライブの直前にノコノコお邪魔して本当に申し訳なさでいっぱいです…。でも一つだけ、それでも聞きたいんですが、そもそもヒゲさんはなんでそんなにバンドをやりたいんですか?

「やっぱり憧れだから。特集の取材でも言った通り、バンドを組めなかったから一人でやってみようというのがヒゲドライバーの発端だったので、原点に立ち返ろうという意味も込めて、みんなでバンドを組みたいって思って始めたんです。

バンドがどういうものなのか、ようやくつかみかけている段階だから、正直まだわかってないことだらけです……。ただ、明確にDJやソロとは違うのは、ライブで揃った時の“圧”。それは他にない凄みだと思います」

2015年5月、渋谷La.mama「ヒゲドライVAN&GANGLION主催【ヒゲのオニ退治!?】」にて

それぞれ出自も楽器の経験も、てんでバラバラ。課題は山積みで背水の陣という覚悟のもと、4人は、「ヒゲドライVAN」としての方向性を決定づけるステージに上がりました。 ここで多くを語ることはしませんが、直前に彼らの葛藤と覚悟を聞いていたという点を差し引いても、筆者には、その日のライブは、決してヒゲドライVANを観に来たわけではないお客さんをも沸かせる熱のこもったパフォーマンスに映りました。

ライブ直後のヒゲドライVAN

事実、彼らはその後も精力的に活動を続け、一つの決意表明として、ヒゲドライバーさんは「シンゴ」に、プロさんは「カズマ」に、ハードスタイルさんは「絢人」に、それぞれ活動名義を本名に変え、「ヒゲドライバーが率いるバンド」ではなく「4人組バンド・ヒゲドライVAN」としての再スタートを切りました

しかし、話はここで終わりません。

2016年6月には、初の全国流通版ミニアルバム『インターネット・ノイローゼ』をリリースし、この7月15日(金)には下北沢ERAでバンド単体としては初となるワンマンライブ(以前のワンマンはヒゲドライバー/ヒゲドライVAN名義)を行うという直前のタイミングで、またも問題が起こったと聞いて、筆者は3度目のインタビューをさせてもらったのでした。



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イベント情報

ヒゲドライVANの助手席空いてますよ? Vol2

会場
下北沢ERA
日時
7月15日(金)
OPEN / START
19:00 / 19:30
TICKET(ADV / DOOR)
¥2400 / ¥2800
発売
e+

現在までに発表された20曲前後の楽曲群をすべて演奏するバンドとしては初の1時間超のライブとなります。
2年前、初ライブを踏んだライブハウスで、今までの2年間の集大成を発表します。
2年前に居た方々も、この2年間で知り合いになれた皆さんも、是非足をお運びくださいませ!

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