円周率すらイヤガラセ　謎の理数系サークル「暗黒通信団」突撃インタビュー

ネット上でたびたび話題になる「円周率100万桁表」という本をご存知でしょうか？

3.14から始まる、小数点以下の数字が延々と並んでいるだけの奇書です。なにこれ……？

本を開くと、奥付には「暗黒通信団」の5文字。どうやらこの集団が発行しているようです。目撃談によると、たまに書店でフェアもやっているらしい。

気になって調べてみたところ、最近では渡辺麻友さん主演ドラマ「戦う！書店ガール」で取り上げられるなど露出も増えてきており、朝日新聞が『新宿紀伊国屋に平積みされているらしい』と報じたところ、お店に購入希望者が殺到。一時的に在庫切れを起こすなど、密かなムーブメントとなりつつあるようです。

普段はコミケを中心に出展しているようですが、秋葉原の同人誌即売会で発見することができたので、突撃インタビューを実行！ 官僚や教授をはじめとした高学歴の団員もいるという「暗黒通信団」。彼らの目的は一体なんなのでしょうか？

取材・文：馬原雲母

円周率詠唱割ってなに？

こんな格好の売り子がいていいのでしょうか。 数字の本ばかりでなく、可愛い表紙の同人誌も！？ 同人誌を買う人は、なにやら数字を呟いていますが……？

──どうして先ほどからみなさん数字を読み上げていらっしゃるんでしょうか？

暗黒通信団　円周率の割引をやっています。同人誌購入者に円周率を暗唱してもらって、小数点以下の数字をひとつ唱えるごとに1円割引になります。毎回恒例なんです。はい、答えてください。

──え、3.1415……くらいしか分かりません。

暗黒通信団　1415だと4ケタなんで、4円引き。中には2,000桁暗唱してくる人もいますね。そのために、たくさん1円玉のお釣りを用意してます。

──即売会で1円単位の釣り銭なんて聞いたことないです・・・。ちなみに団員のみなさんは何桁くらい唱えられるんですか？

暗黒通信団　その日次第みたいなところがあって、唱えてみないとわかりませんが、30桁くらいの人もいれば100桁くらいの人もいます。ただ、暗唱された数字が合っているかどうかは、最低限判断できるようにしています。

──円周率詠唱割引は誰が思いついたんですか？

暗黒通信団　誰だろう？ かなり昔からやっているのでよくわかりません。

──暗黒通信団はどのくらい前から存在しているんでしょうか？

暗黒通信団　ここにsinceって書いてあるよ。 ──……未来ですね。

暗黒通信団　いや、※皇紀なので660を引くんですよ。だから1996年？ 実際、コミケに出たのは1996年からと言われています。

※「皇紀」とは、古事記や日本書紀で日本の初代天皇とされる神武天皇が即位した紀元前660年を元年とした、神武天皇即位紀元のこと。一般的には史実であるとは認められていない

「我々はテロリストだ」

暗黒通信団　『大腸菌O157のすべて』のフォントサイズは1.5ポイントくらいでしょうか。ページ数を無駄に割きたくないのでこの大きさにしています。

──ひとつひとつの目的がサッパリ理解できない。なぜこんな変なことばかりするんですか？

暗黒通信団　我々はテロリストなんですよ。

──？？？？？ヤバい匂いがプンプンします。（この時点で筆者が「この記事はお蔵入りかもしれない」と覚悟したのは言うまでもありません。）

詳しく話を聞くために、団員のお2方にお話をうかがいました！ インタビューに応じてくれたのはこの方。 黒子さん（写真左） イベントなどでしゃべることを専門にしているスポークスマン。団長ではないそうです。ご本人によると「このスタイルが正装」とのこと。

ひだまいさん（写真右） 団員の中では比較的若いそうですが、「神聖大総統」という肩書きを持つ幹部です。

全力で遊ぶという方針

暗黒通信団界隈の方々が行きつけにしている喫茶店（というかメイド喫茶）に移動しました。

黒子　今日はこういうものも持っています。 ──グッズですか？

黒子／ひ　違います。

黒子　これはイベントごとに発行しているクーポン券です。ホームページにクーポン画像を出して「印刷して持参すれば100円引き」というのをやっています。紙にプリントしろとは一言も書いていないので、皆さん変なものにプリントしてきます。 黒子　例えばこれ（帽子キャップ）は刺繍で手縫いしてますね。他にも手をかけてプリントしているものばかりで、100円引きのために一体いくらかけてプリントしてるんだっていう問題はあるんですけど。しかもクーポンなので我々が回収しています。

ひ　産業用の機械使ってるクーポンも来ますからね。

黒子　あとスペシャル努力賞としてゴム版にクーボンを掘ってきてくれたり。これを持参した人がクーポンをその場で量産して、いた人全員に配りはじめて（笑）。あれは大変でしたね。あとは門松にプリントしてきた人もいるし、でっかい魚を持ってきて開けるとクーポンが入っていたり、大量のフォーチュンクッキーの当たりにクーポンが入ってたりとか……

──お得にしてくれるクーポンなのに、その概念が崩れています。

黒子　そういう遊びなんです。参加者が遊びやすいようにデザインもシンプルなモノクロにしています。過去のクーポン券はすべてホームページに晒していて（外部リンク）、今日持っているのも何十種類とあるうちのほんの一部です。

──みんなホームページのクーポンを見て、「今回はこれで暗黒団に挑もう」と考えてくるわけですね。

黒子　我々に挑もうっていうより、他のクーポン使用者と競い合ってる感じですね。「あいつはあんな変なことやってきた、俺はもっと変なのやるぞ」と。

全国各地に実在する!? 団員の実態

──今現在、どのくらい団員がいるんですか？

黒子　わかんないくらい大量にいます。お互い本名も知らないし、それどころかTwitterアカウントしか知らないような人もいて、メーリングリストだけで管理しています。「円周率100万桁表」が有名なので理数系サークルのように思われていますが、実際には理数系は現在、団員の半分くらいです。連絡用のメーリスは理数系と文系に分けて連絡を取り合っています。分けないと、ケンカしちゃうんで。

──ケンカ？

黒子　お互い言語が通じないんですね。5、6年前かな？ もともと大量の団員でメーリス上で会話をしていたのですが、一度ケンカになってしまいまして。全体の会話量が減ったんです。議論が成り立たないから新刊もつくれなくなっちゃって、何を言っても反応がなくなりました。それで「このままじゃ自然消滅するわ」ということで、分けました。

──いろんな人が所属しているそうですが、みなさんどういった職業の方なんでしょうか？

黒子　「円周率100万桁表」著者の牧野さんは今は大手IT企業でエンジニアをしています。あとは言えないものばかりだな……医者や公務員から学生まで。生活保護受給者もいます。

暗黒通信団創世の逸話

──96年から活動されていたということは、今年でちょうど20年くらいになりますね。

黒子　来年が20周年かな。記念になんかやろうか？成人式？（笑）

──黒子さんは団長ではないとのことですが、団長はどなたなんですか？

黒子　団長は星野香奈さんという方ですが、最近はみんなの合議で決めています。

──団長さんは今どのように暗黒通信団に関わっていらっしゃいますか？

黒子　分かんない。

ひ　知らない。

──（えっ、団長なのに……？）接触もないんですか？ 団長であれば、なにかしら物申したいこともあると思うのですが。

黒子　ずいぶん昔、成人向け……いわゆるエロ本を売ろうとしたら星野さんからクレームがついたらしいです。サークルとしてどんなに利益が出るとしても、団長の命令は絶対。ダメって言ったらダメだと。だから、今でもどこかから監視されている可能性は高いです。僕らも初期メンバーではないので、イマイチ分かんない人たちも多いです。もちろん元老院（初期メンバーのことを暗黒通信団ではこう呼ぶそうだ）の中には、今でも顔を出してくれる人もいますが。

──そもそもの暗黒通信団結成の経緯はご存知ですか？

黒子　一番最初にメーリスができたときが、事実上の結成だと言われています。僕より古参の人の情報によると、過去には世界大戦みたいなバトルがあったらしいです。

──世界大戦・・・？

黒子　昔まだサークルという形態ではなかった時代にヨソといざこざがあったらしくて。詳しくは言えません。とりあえず残された我々が「混沌の時代」とか「アクエリアンエイジ」と呼んでいる大戦があって、その大戦の際に、一方の極に集まったのが暗黒通信団であると言われています。

──なぜ、どこと対立したんでしょうか？

黒子　さすがにそれは言えません。ただ、暗黒通信団がホームページで公開している「嫌な奴の研究」（外部リンク）というファイルは、文章としては妙にリアリティがあります。混沌の時代だからよくわからないけど、とにかく何かがあったらしい。それによって、何かの理念をもとに結成されたと。

「イヤガラセ」という理念

──暗黒通信団が受け継いでいる「理念」とは何なんでしょうか？

黒子　その理念は、いろんな解釈と形があって、時によって違ってくるんですけれども、今では「イヤガラセ」って5文字に集約されています。

──どういうことですか？？

黒子　「嫌がらせ」って漢字で書くんじゃなくて、カタカナでイヤガラセって書くんです。それは、普通の人が言うところの苦笑いに近い感覚。

イヤガラセっていって、本当に道行く人にトラップをしかけるような奴はダメなんです。転校生や先生に足をかけたりドアの上に黒板消しを仕掛けたりするのはイヤガラセではありません。イヤガラセはもっと、知性がなきゃ。

ひ　たとえばあからさまに黒板消しが仕掛けられているんだけど、それが落ちてこないとか。

黒子　よく見たら黒板消しが両面テープで貼られていたとか、それは非常にイヤガラセですね！ 逆をついてるから。

──「イヤガラセには知性が必要」というところに強いこだわりを感じます。今までに出している本も「イヤガラセ」の理念に基づいているんでしょうか？

黒子　ひたすら数字が羅列されているπや素数の本は、読者にダメージを与えるイヤガラセの最たるものです。

円周率を100万桁書いた本も、実用価値はまったくないわけです。データなんかインターネットにゴロゴロ落ちてますしね。そもそも100万桁も必要ないし（笑）。そういうまったく無意味で、けれども読んだ人が「こいつバカだ」と思って苦笑いせざるを得ないようなものをつくるのが暗黒通信団であると……これは僕流の解釈ですけど。先人たちはまた別のことを言っていたかもしれないんだけれど、今に受け継がれてる教義としてはそんなところかな。

暗黒通信団流「奇書」の出し方

──暗黒通信団として本を出すまでの流れをお聞かせください。

黒子　たとえば今度出す本で、円周率100万桁表を漢数字に変換し、ポイント数を小さくしたものなんですが、100万桁だけでもイヤガラセなのにわざわざ旧漢字にして（笑）。「お前ら読めないだろ」って挑戦心あふれる本ですね。もうテロ以外なんでもない。 これは印刷会社「ねこのしっぽ」専務で印刷機オタクのねこ専務と僕のアイデアです。あとは元の本である100万桁表を書いた牧野さんに意見を聞いたり、他の団員もこうしたほうがいいと言ってきたり。いろんな人のアイデアが入ってますね。

──漢字をこんなに小さいポイント数で印刷したものははじめて見ました。

黒子　専務は「本気ならやるよ」と言ってました。

──例えば、ほかにも新刊を出す場合、出したい人が自分でつくっていくんですか？ 出してもいいという決定は誰が下すんでしょうか？

黒子　審査はないんですけど、基本的に最近は僕が見てます。絶対ペイしないような企画でも、面白けりゃGOは出します。

ひ　今回計画中の本は最低でも5万円の赤字になります。

黒子　定価が-1円の本をつくっていて。原価が400円なのに定価が-1円、1冊売った時に401円の赤字になります。「eのiπ乗100万桁表」という本をつくるんですが、「eのiπ乗」って計算すると-1なんです。理系なら常識なんですけど。式によると答えは-1なんで、価格も-1にしないといけないなと。だからペイするわけないですよね。

──円周率詠唱割引といい、そういうことを繰り返していたら赤字になりませんか？

黒子　なります。収支が立たないのは分かりきっているんだけど、面白いからやるんですよ。もちろん内部で寄付が募られて、いけそうな額になったからこそ正式にGOが出せたんですが。

──他にも計画中の本があればおしえてください。

黒子　「腐った濡れ本」というのを出そうと思っています。腐女子って「腐る」って書きますよね。「濡れ本」は一種の隠語で、18禁的な意味。だから「腐った濡れ本」って18禁の女性向けの同人誌を意味するんですよね。でも、文字どおり受け取ると、濡れて菌が繁殖して腐っている本ということですよね。それを実際にやってやろうと。

──・・・腐女子の人にケンカを売っていませんか？

黒子　単に揶揄するわけではなく、ちゃんと腐女子に中身を描いてもらって成立させます。エロはないかもしれないけど。

──頒布許可はおりるんでしょうか？ コミケではNGじゃないですか？

黒子　ジップロックに入れてやろうかと。昔も似たようなことをやっていて「魚くさい本」っていうのをつくったことがあります。

ひ　「魚」って文字が使われている大量の文章をつくって、それを魚で燻した本です。

黒子　本当に人んちの庭で燻したんですよ。あれは本当に臭くて、でもけっこうおいしかったです。くさやとイカと、いろいろ使用しました。類書で「イカ臭い本」っていうのも計画したんですけど、すぐ取りやめになりました。さすがにまずいだろうと。

求む団員！ただしケンカできるやつに限る

──これから人を入れるとしたらどういった人に来てほしいですか？

黒子　一言で言うと暗黒通信団のイヤガラセが何かを感覚的に分かってくれる方がいいですね。あとはやっぱり正しくケンカできる人が必要ですね。ケンカって言い方はアレなんですけど、言うならば議論できる人。

今、団員にもちゃんと議論できる人があんまりいない気がする。みんな大人で、あなたはあなた、俺は俺って言って終わっちゃうんですよね。乱暴に言うと、若い人はみんなそうなんだけど、今は中年も覇気がないですね。ケンカ慣れしすぎてて「まあいつものパターンだよね」って言って終わっちゃう。

今でこそ平和なんですけど、昔はどうでもいい話でもわざわざケンカ腰につっかかって、つまり煽って、すぐ議論をふっかけてた。

ひ　2ちゃんみたいな？

黒子　2ちゃんが生ぬるく感じた。当時は、一晩で何十通ものケンカ越しの長文メールの応酬がありました。今はそういう意味で平和だから入りやすくなったけど、平和がいいかどうかはわからない。その頃の方が、活力はありました。具体的なアウトプットがあったかどうかは不明ですが（笑）。でも活力があるというのは重要で、その時代は議論が生まれていたということです。

───今はみんなに煽り耐性がついて議論が生まれなくなっている、ということでしょうか？

黒子　耐性がつきすぎてるんですかね。そういう点では、尖った人間がほしいと思うんですよね。1000通レベルのケンカを延々とメールでやり続けて、でも全然折れない人もいるんです。これも団長が言い出したことだと言われているんですが、「暗黒通信団の議論においては、たったひとつ善なるものがある」と。

───それは？

黒子　「メールの数が多い方が善だ」と。

───そんなん殴り合うしかないじゃないですか！

黒子　好意的に解釈すれば、いいものを1つくるには、悪いものが9なきゃいけないっていう思想に基づいてるんですね。クズがいっぱいあってこそいいものができると。だから「みんな何でもいいからたくさん書け」っていうのが基本的なスタンスとしてあったんです。で、どうなったかって言ったら、ケンカの応酬なわけなんですが（笑）。

ただそれは正しくて、本質的に新しいものがケンカの中から出てきたのは確かなんですよ。

───昔は弁証法的に議論をつくして何かを生み出していた、ということですね。

黒子　そうです。今の暗黒通信団の、個人が書きたいものを書いてるという状況を否定しているわけではありません。ただケンカするとぶつかり合って、信じられない方向へ話がいくんですよね。みんなケンカの話に疲れてもういいや、聞きたくもないって話になって、違う話をしようって思うんですよね。そのときに真の創造が……起きるかもしれないんですよ（笑）。

───お話を聞いていると、利益を追求しているわけではない、本来の意味での同人サークルとしての楽しさや意気込みを感じます。

黒子　暗黒通信団も今や本屋に売るなど、だからこそ、ある意味ですごく商業サークルに近くなっちゃってる。サークルのアイデンティティの最後の砦として、利益は無視するというスタンスは続けていきます。

暗黒通信団のすべてがわかるイベントが開催！

そして、筆者の暗黒通信団への飽くなき好奇心が昂じて、3月14日（円周率の日）、暗黒通信団初の公式イベントを開催することに！

貴重な過去の絶版本を多数用意。もちろんイベント恒例「円周率詠唱割引」も実施。

暗黒通信団と仲良し（？）の珍書プロデューサー・ハマザキカクさん、同人誌印刷大手「ねこのしっぽ」の専務もゲストとして登壇。

当日は筆者もインタビュアーとして、ここでは聞けなかったことを質問攻めにします！

「円周率100万桁表読書感想文コンクール」「円周率を斉唱」など、やばすぎる企画満載です。

イベント会場で正式に団員を募集するそうなので、入団を希望する方は駆けつけてみてはいかがでしょうか！

『暗黒通信団を吊し上げる会──謎の過去を勝手に造る夜──』