象に乗った話 / 選考委員 荒俣宏
Bunkamuraドゥマゴ文学賞とは、つくづく罪つくりな賞であると、選考委員を経験し初めて思い知らされた。とにかく選出の責任を選考委員が負わねばならないからだ。その場合、周囲に有無を言わせぬ力と気合のようなものがないと、悲惨な目に会う。ぼくも、最後は開き直りだった。
そもそも悪いのは、本家パリのドゥマゴ賞なんだ。フランス最大の権威を誇るゴンクール賞が、これまた権威ある文化人のアンドレ・マルローに与えられたとき、これに反発した若い作家たちが、カフェ ドゥ マゴに集まって、無名だが革新的な才能を有する威勢のよい若手に、独自の賞を与えたことが始まりだった。つまり、権威に口を出させぬ独自の価値観を押し立てた賞だった。
でも、フランス文学がいちばん勢いのよかった1930年代だから、そんな蛮勇をふるうこともできたのだ。今の日本で、堂々と権威を打ち負かせる新派なんか、見つけだせるのか? この優柔不断が、一年間悪夢に悩まされた原因だ。だがしかし、あらゆる権威が崩壊した現状で、またゾロあたらしい権威を選ぶこと自体がおもしろくない。ぼくにできるのは、受賞しても権威にならないような見落とし領域を手堀りしている人をみつけることだ、と覚悟を決めたのは、候補選びの締め切り一か月前であった。
木下直之という人は、たとえばウィキペディアで読んでも、何をやっている人なのか、ほとんど分からない。権威の象徴たる東大名誉教授だが、権威をめざす気配もない。恐れ多いことに美術を「見世物」扱いするし、町にあふれる裸体の彫像を好んで、小便小僧をはじめとする「股間若衆」の丸い膨らみ具合に「セイキの大問題」を提起し、最近は祭に登場する張りぼての人形や山車を、美術作品にあらず「作りもの」と称して、ゴミ的美を「文化資源」として見直す仕事に取り組んでいる。
ぼくが木下さんの研究に興味を持ったのは、美術的価値のない美術への執着にあった。役に立たぬものこそ奥が深いという真理である。ところが、現代の「作りもの」というべき機械やビルは、壊れれば修理せず、おおむね廃棄解体され、古いものを残さない。しかし、昔の木造建築なら、五十年経つとようやく風格が出た。現代のスピード社会では、すべての価値観が「今」という有用性に集中するから、風格も全体像も見えるわけがない。
ありがたいことに、木下さんは本年、そうした着眼点を分かりやすく本を出版された。なんと、ゾウを材料に日本を語ったのだ。はじめ『霊獣』という架空動物だったが、木下さんの眼はさらにどんどん先へ突き進んで、最後にはゾウを食べた日本人にたどり着く。ゾウがすべて殺処分になったはずの昭和二十二年に、なぜ松竹映画『象を喰つた連中』にゾウが出演できたのか。これを調べる中で、ゾウの肉を食べた日本人を次々に見いだし、作家筒井康隆のお父さんにまで行きついたり――また、ゾウを連れて来日したチャリネという曲馬団をさすったら、彼らがキューバへ巡礼したとき、現地で放浪していた日本人、あの南方熊楠を雇い入れてゾウの世話をさせたこともわかったり。文字どおり、群盲は象を撫でる。
木下さん、ぼくもこの象に乗りました!
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