「事実をポジティブに書きたい」声優 悠木碧が問い続ける言葉への責任

「事実をポジティブに書きたい」声優 悠木碧が問い続ける言葉への責任
「事実をポジティブに書きたい」声優 悠木碧が問い続ける言葉への責任

初のエッセイを執筆した悠木碧さん

魔法少女まどか☆マギカ』(鹿目まどか役)や『戦姫絶唱シンフォギア』(立花響役)、10月放送開始の『薬屋のひとりごと』(猫猫役)などのアニメで主演をつとめる人気声優・悠木碧さん。彼女の半生を振り返った全20篇の書き下ろしファーストエッセイ『悠木碧のつくりかた』が9月21日、ついに発売となった。

本書は、「お仕事篇」「推しごと篇」の2パートで構成。彼女の幼少期から現在、そしてこれからが詰まった、“ここだけ”のエピソード満載の一冊になっている。

悠木碧さんといえば、X(旧Twitter)での投稿や「バーフバリ」「プリキュア」などの作品論評をはじめ、軽やかで小気味良い文体が印象的だ。当然、エッセイでもそれは健在。前向きで、暖かくて、読んでいると自分もどこかポジティブになれる。同時に、なぜこんな文章を書くことができるのだろうかと興味を抱いた。

そこで今回は、前向きな言葉選びや言葉遣いの理由、自身の考えを言葉にする力の原点など、“悠木碧の言葉はどのようにつくり上げられたのか”を軸に話を聞いた。エッセイを未読の人にとっては導入として、読んだ人には再びページをめくるきっかけになるようなインタビューをお届けする。

取材・文:阿部裕華 編集:恩田雄多 写真:米田育広

目次

悠木碧「キャラクターを汚すわけにはいかない」

悠木碧さんのエッセイ『悠木碧のつくりかた』

──初エッセイ刊行という突然の発表に驚きました。なぜ、今のタイミングでの刊行だったのか、どのような経緯で企画はスタートしたのか教えてください。

悠木碧 中央公論新社さんから「エッセイを書いてみませんか?」とお声がけいただいて、私が「やります!」と言ったのがたまたま今のタイミングだったんです。

これまで「バーフバリ」「プリキュア」「ブギーポップは笑わない」など、いろんな場所で作品にまつわるエッセイを書くことはあったけど、丸っと一冊自分について本を書くことは今後ないだろうなと思っていました。今回、機会をいただけてすごく嬉しくて、お話を受けちゃいました(笑)。

──中央公論新社さんからは「好きに書いてください」という依頼だったんですか?

悠木碧 「今月はこのテーマ」という構成のアイデア表をいただいて、それに沿う形でテーマを膨らませたり、一緒にしても問題なさそうなテーマを組み合わせたり、なんとなくバランスを見ながら好きに書きました。

いただいた構成の内容は、私のファンの人たちやこれから声優になりたい人たちが「きっとこれを聞きたいのだろうな」という的確なポイントに絞ってもらっていたんですね。なので、テーマをしっかり拾いつつ執筆を進めました。

──子役時代・学生時代の出来事や当時感じたことなど、かなり赤裸々に語られていました。パーソナリティを表に出すことに対して不安やプレッシャーはなかったのでしょうか……?

悠木碧 このエッセイを読んで100%私のことを好きになってほしいとも思っていなくて。だからといって、好きじゃなくなってほしいわけでもないのですが(笑)。

今のところ私は声優として成功しているから、成功した人の筋道を見たい人がいるかもしれない。これから声優になりたいと思っている人が、業界に入りやすくなるためのちょっとした手助けになればいい──人に好かれるかどうかよりも、そういう気持ちの方が強かったんですよね。 ──読んだ人の役に立つものに……という部分を優先したと。

悠木碧 あとは、書籍にしてしまえば、“お金を出した人しか読まない”という安心感が逆にありました。SNSやネット上のインタビューって、良くも悪くも不特定多数の人が気軽に読めるじゃないですか。そうすると、読む側のタイミングによって言葉の受け取られ方が変わってくると思うんですよ。

流し読みしている人と、一つひとつの言葉の意味を一生懸命に汲み取りながら読む人とでは、感じ方は大きく異なる。一方、エッセイなら「よし、悠木碧と向き合うぞ!」と思った人だけが手に取ってくれる。それってある種のコミュニケーションだなと思いました。

そして、人は分かり合えるととても安心する生き物です。ちょっとだけ表に出るお仕事をしているからこそ、私から一歩歩み寄ることで、読んでくださった人たちと仲良くなれたらいいなという気持ちもありました。

──一方で、お金を出してもらうからこそ、書籍の内容に対する気遣いもあったと思います。

悠木碧 それはすごくありました。お金を出してもらうからこそ、値段相応の情報量にしないといけないと思ったし、「買って良かった」と思ってほしい。さらに、いろんなキャラクターの声を担当させていただいているということは、私の行動は下手をすればキャラクターの名前まで傷つけかねないわけです。キャラクターを汚すわけにはいかないという意識もありました。 だけど、絶対に嘘はつきたくないから、事実だけを書きたい。さらにいうと、事実をポジティブに書きたい。もちろん理解してほしかったり伝えたかったりすることもあるけど、それに寄り過ぎたくもない。偏った意見ではなく、あくまで中立な立場でありたい。そういういろんな要素のバランスは、各章ごとにすごく迷いましたね。

ネガティブな思い出から“ポジティブ”を抽出する作業

「エッセイにも書いたように、私の推しって“生きるのが下手な人”なんですね」

──エッセイの中で、「特に迷ったけど、思い切って書いた」という内容を挙げるとしたら?

悠木碧 学生時代の話ですね。一番書くのが難しかったな……。学生時代は特にナイーブな時期で、悩むことがいっぱいあって、いじりのレベルだけど人から受け取った言葉でネガティブな思いもしました。それでも今はポジティブに生きられているから、その理由を書こうと思ったんです。

とはいえ、今いじめられている人がいじめられている人の話に触れるのって、ちょっとキツイじゃないですか。だから「エッセイを読んだことでしんどくならないといいな」とは考えてていました。

同時に、「状況がどうであれ、ちゃんと楽しい思いをしている記憶が残っているなら、健やかな大人になれるんだよ」と本で残しておくことも重要かもしれないと。それをどこまで書くか迷ったし、“事実を捻じ曲げず心に配慮すること”の難しさを感じました。

──実際、エッセイではそうした配慮がすごく感じられました。学生時代のお話もたしかにネガティブな感情が綴られているけど、その後に続く言葉がとてもポジティブで前向きな気持ちになれました。

悠木碧 そう言ってもらえると嬉しいです。私自身、こうやって改めて書いたからこそポジティブに捉えられる部分はすごく多かったと思います。

当時は、ネガティブな気持ちはネガティブなまま捉えていたはずですけど、「今振り返ると、あの経験ってこうだったな」と昇華させていかないと、振り返るのもしんどくなってしまうじゃないですか。

だから、あれはなぜ起こったことなのか、あの時の経験から何を見出せたのか、一つひとつ自己分析していくことによって、ポジティブな部分だけを抽出していく。それは大人になるにつれて、必要な作業だと思っています。

自分で自分のご機嫌を取る上で、自らにとって何が心地よいのかを自分で取捨選択したら、それは嘘じゃない。あえて、そうやって生きようと思っています(笑)。

──言葉の捉え方という意味では、エッセイにも出てきたSNSで悠木さんが言われた「化粧をしなくてもかわいいですよ」というコメントに対する返答が、まるで聖母のように寛大で前向きだなと……。

悠木碧 あはは(笑)。それは、私を応援してくれる人たちって、純粋な人たちがすごく多くて、一生懸命に愛してくれているのがわかるんですよ。推しが喜ぶと思って一生懸命選んだ褒め言葉が、意図とちょっとズレていると「わーかわいい!」と愛おしさを感じてしまう。エッセイにも書いたように、私の推しって“生きるのが下手な人”なんですね。なので、これはたぶん私の癖なんだと思います(笑)。

お渡し会やサイン会でも、10秒くらいしかおしゃべりができないのに、練習してきた手品を披露してくれる人とかいるんですよ。本来であれば、私と会話することで「自分はこんなことを言ってもらえた!」と思い出を持って帰れるところ、私をちょっとでも笑わせて帰ろうとしてくれる。そんな君の不器用さがかわいすぎて、愛おしい(笑)。そんな思いであのエピソードを書きました。

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