もう過ぎたことだから笑えるけど、この時の距離感はお互いに内心穏やかじゃなかったと思う。人と目を合わせて話すのが苦手な気持ち悪い風貌のラッパーと、現役女子高生ラップアイドルが2人きりでスタジオに入るのはどう考えてもおかしかった。最初の1時間は空気が重かった。
「ライムベリーって名前なのに韻が踏めない! ってディスられたらどうする?」と意地悪なラインをぶっこんで困らせたりして、途切れ途切れのフリースタイルが続いた。MIRIちゃんがチラチラ時計を見ている顔を、僕もチラチラ見ながら、なんだか申し訳ないなぁと感じていた。
何がスイッチになるのかなんて、誰も計算できない。スタジオ入りして1時間が過ぎた頃だ。
話の流れで出身地についてラップするターンがやってきて、僕が自分の地元が青森県なんだと話をすると、それまで溺れかけた魚みたいだったMIRIちゃんが、急に「私は東京、と見せかけてじつは地元は静岡、富士山が見える~」みたいな感じで円滑にビートの上を泳ぎ出した。そのとき、彼女の中にある扉が開いた気がして、自分の子どもが初めて自転車に乗れた瞬間ってのは、こういう気持ちなのかなと思った。
そこからの1時間はほとんど止まることなく、決壊したダムのようにラップをし続けた。地元がスイッチになるなんて、まるで本当にヒップホップみたいじゃないか……僕はそう思った。
それからコンスタントに彼女とスタジオに入ったわけではない。だが、ライムベリーがライブ中にフリースタイルをすることが増えたし、それが可能になったのが嬉しかった。
Alaska Jam/Creepy Nuts R-指定/ライムベリー MIRI フリースタイルセッション Alaska Jam pre. 「clubasiaからこんにちは vol.4」
MIRIちゃんからアイドル特有の「やらされてる感」が徐々に消えていったのは言うまでもない。実戦以上の練習方法はないとはよく言ったものだ。
その頃から、ライムベリーのファンの方に物販の後に話しかけられることが増えた。
「フリースタイルのことは正直、よくわからないんですが、韻を踏まないとただ喋ってるだけにも見えちゃいますし、韻を踏むことが説得力になるんじゃないですか?」といったことを何人かに言われた。
僕は「そうですよねぇ」と言葉を濁らせた。韻を踏むことに特化して練習させると、MIRIちゃんの生まれ持ったものが希薄になってしまうんじゃないかと、心配したり悩んだりもしたが、答えはすぐに向こうの方からやってきた。
[LIVE] GOMESS feat. MIRI(ライムベリー), まお(せのしすたぁ) / フリースタイルセッション
そのライブでのMIRIちゃんは、小節に収まりきらないくらいに早口で鬱憤を吐き、腹の中の化け物がチラチラと顔を見せるようなエモーショナルなフリースタイルを披露した。
こんな凄い子に韻の踏み方を教えるなんて、サッカーで言うならFWにGKグローブを渡すようなものだ。それじゃ点が入らなくなるに決まってる。僕が期待していた彼女の生まれ持ったものはこれだったんだと確信した。
危機感すら覚えるほどスキルを磨くMC MIRI
そして、「戦極MCBATTLE 第13章 全国統一編」の出演者にMIRIちゃんの名前が載る。じつは「高校生ラップ選手権」を目標にしていたため、彼女が「戦極」に出る予定はなかった。どうやら僕の知らない所で出場が決まったらしかった。「戦極13章」のエントリーMCの濃度は、もはやクジ運という言葉が存在しないくらいツワモノ揃いで、「たまたま相手が下手だったから1回戦勝てちゃいましたよー」なんてことは有り得ないメンツだった。
これまでMIRIちゃんと何回かスタジオに入ってきたが、「戦極」の直前あたりにきてこの子の特性に気付かされる。
「君は17歳? 17歳と言えば宇多田ヒカルがFirst Loveを出した時の歳だよね」と僕がバースを蹴れば、「宇多田ヒカルを例えに出してくるあたり、ジェネレーションギャップを感じる」と彼女はアンサーを返してきたりした。
僕は、これがバトルだったら負けてたなぁと思った。機転の効いた切り返しが明らかに上手くなっていたし、本当にジェネレーションギャップがあるせいなのか、これだっていうアンサーを僕が思い付けないという状況が生まれた。
これは僕がMIRIちゃんに手加減しているとかではなくて、身の丈にあった言葉しか言わない実直さにたじろいでしまったからだ。
「渋谷O-EASTは確かに大きいけど、私はそこでライブしたことがある」とか、自分の経験に基づいたラインが多いから、こっちも韻を踏んではぐらかすわけにはいかない状況に追い詰められるというわけだ。
例えば、「俺は“櫻井翔”より“危ないぞ”」という韻の踏み方をしたとしても、実際に櫻井翔より自分が危ないかどうかなんてどうでもいい。しかも、これに対してMIRIちゃんは「櫻井翔? 私の本名は櫻井未莉、私が本物の櫻井」と返してくる。なんか、普通に強くね?と実は内心、危機感すらあった。
「戦極」で僕の方が先に負けたら、本当に退部届を書かなきゃいけないな、くらいのプレッシャーもあった。
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