黄瀬和哉×冲方丁 対談──新しい「攻殻機動隊」を描く/描かれた必然性

現実のリアリティがフィクションを浸食する時

© 士郎正宗・Production I.G / 講談社・「攻殻機動隊ARISE」製作委員会

──『攻殻機動隊ARISE』の時代設定において、電脳化はどのくらい普及しているのでしょうか?

黄瀬 全人口の7〜8割は進んでいないと、電脳を介したネットワークが意味や価値を持たないだろうと思います。成人した途端、ほぼ電脳化されているような世界。経済的、あるいは肉体的な理由で電脳化できない人を除けば、かなり浸透しているイメージですね。電脳の普及と同じ感覚で考えると、パソコンを持っていないとインターネットができない時代から、いつの間にかモバイル端末でも繋がる時代になった。しかも、今はどこにいてもWi-Fiが飛んでいるのは、すごいことですよね。

冲方 作中における「電脳」は、それこそ現実でのスマートフォンのようなものですもんね。これまでは「ネットって何?」という議論からはじめないといけなかったけれど、この「電脳」というフレーズも、昨今では本当に説明する必要がなくなってきました。ある技術や文化が当たり前になって、ようやく生まれてくるリアリティがあるとするならば、今はじめて『攻殻機動隊』が「エッジの効いた作品」ではなく「スタンダードな作品」として認められる気がする。ぶっとんだものが大好きな人たちの愛好品ではなく、もっと一般的な作品になってくると僕は感じています。

──時代が作品に追いつくというか、時代が作品の在り方を変えるという話ですね。

冲方 それは原作者の士郎正宗さんと、そしてSF業界全体のテーマでもあります。今まで想像していたものが着実に実現していけば、フィクションではもっとすごい発想をしなければいけないという命題が生まれる。そして空想だと思っていたものが現実になったときには、実際何が起きているのかをしっかり分析し、それを作品に取り込まなきゃいけない。今はそんな時代だと思っています。

黄瀬 分析しようとせずに、下手に安易な未来感を出そうとすると、だいたいもう人類がいないとか、そんな方向に向かってしまいますよね。人類が地球を去った後を描いたディズニーの『ウォーリー』や、今度公開されるトム・クルーズ主演のSF作品『オブリビオン』なんかもそうですけど、物語がディストピア的な未来しか描けなくなってきているという不安があります。

冲方 今は、月に建物を建てるとか、そういうのは未来ではなく現実ですからね。

黄瀬 夢ではなくて、目標になったということかもしれませんね。

冲方 僕の興味として、今はネット上の総データ量がゼタバイトの時代に入ったと言われています。しかしこの世界はその何億倍のデータ量を持っているわけです。そこで、「現代には欠かせないものであるデータとは何か?」という話は、今描くテーマとしておもしろいと思う。人でも物でもない、第3の何かが現実の世界に生まれようとしていて、「攻殻機動隊」では、それを活用する人間の筆頭として、草薙素子を新しく描いていけると思います。

──外部記憶装置として捉えられるスマートフォンや、技術が進化しインフラが整備されて生まれる「集合知」といった、現代の新しい考え方やテクノロジーと照らし合わせると、逆説的に「自分って何なんだろう」という普遍的・根源的なテーマも浮かび上がってくるのかもしれません。素子も、今作で「自分とは何か?」と苦悩する姿が印象的でした。

冲方 テクノロジーを含め、新しい何かにコミットするというのは、自我を前へ前へと、未知に対して投げ出していくことだから、自己一貫性に対する危機は、現代では当然のように発生するでしょう。ただ、ハーメルンの笛吹きではないですが、気がつくと社会全体がどこに向かっているのかよくわからない状態になりがちなので、どこかで警告を発して欲しいというニーズは感じます。でも、「電脳は危険だ」と言うのも正しいとは思えない。複雑な社会が成長する過程なんて、誰にも分からないんだから、時には見守って、自分自身も成長するしかないとは思いますね。

黄瀬 メディアでも一時期、インターネットが危ない、携帯が危ない、スマホが危ないと喧伝されていましたが、万が一そうなのだとしても、もう実在して、普遍化しているのだから、僕らは折り合いをつけてそれらを活用していくしかない。たぶんそういうせめぎ合いの中で、これまでも何とか社会は保たれてきた。だけど、やっぱり穴はいくらでもあるので、そこに事件性や物語が生まれてくるのは必然だと思います。

冲方 悪用するのも人間ですからね。便利なものが増えれば増えるほど、ろくでもないことをする人間も増える。

黄瀬 いくら「こう使ってください」と教えても、あえて好奇心や利己的な考えから、本来の用途とは違う使い方を探してしまうのが人間なので、それはもう仕方ない。

冲方 そうやって新しく発生する悪性に対するアンチウイルスになろうとしているのが、素子なのかもしれません。世界が進化していくことは、素子にとって気持ちいいことなのだと思う。だから、事件を起こしてその正当な進化を阻害するような電脳テロリストが現れると、「これからおもしろくなるところなんだから、余計なことをするな」とイラっとくるんでしょうね(笑)。僕が原作ですごいと思ったのは、「この世が嫌いなら二度とあの世から出てくるな」という台詞です。「私はこの世が大好きだ」と宣言しているのと同じですからね。素子は決して楽しんでばかりではないけれど、実は彼女は人生をエンジョイしている。そこが、視聴者にとっても、自分もこんな風に楽しみたいと思わせるのかもしれないですね。

黄瀬 でも人生なんて、楽しいことばかりじゃないですよ(笑)。

冲方 それ、作品のことじゃなくてご自分のグチになっていませんか(笑)!

素子は素子でいてくれた

© 士郎正宗・Production I.G / 講談社・「攻殻機動隊ARISE」製作委員会

──黄瀬さんは、今作では総監督として、どのように動かれているんですか?

黄瀬 『攻殻機動隊ARISE』は各話でそれぞれ違う監督を立てるという試みを行っています。僕は今回、各話の監督さんの横について「それは駄目」とか「それはおもしろい」とか、意見やアイディアを出したりする太鼓持ち的な役割を担っています。

──「攻殻機動隊」という作品は、その公安9課を通して、「組織とはどうあるべきか」というテーマを常に描いてきました。新シリーズで、総監督として全体の制作をオペレーションする中で、チームや組織について感じることはありますか?

黄瀬 僕には、きっちりした上下関係のいわゆる組織がよくわからないので、あまりそこは感じていません(笑)。今でこそ会社勤めで、Production I.Gの役員でもありますが、作品をつくっていく規模感としての組織、チームという感じでしか実感を持てないんですよね。

冲方 視聴者が投影するものとしての組織──実際に経営戦略を学べるかというと、絶対そういうわけではないんですけど(笑)。草薙素子が公安9課を独立するからこそ、結果的に組織やチームというものが浮かび上がって見えるという構造を持つのが「攻殻機動隊」という作品だと思っています。最終的に、僕を含めて、視聴者は「草薙素子になりたい!」と思うんですけど、とは言えみんなが素子になったら、社会というものがなくなってしまう。

黄瀬 絶対まとまらないよね……。

冲方 そうですよね(笑)。だから、例えば公安9課の面々が、最後まで素子の後を追っていくような話は、新しくつくる作品にはそぐわないと思った。バトーが素子を追って電脳世界に消えていくとか、それはやりません。

黄瀬 公安9課という組織自体がなくなって、みんな人形使いと融合して消えてしまえば、つまりは人が要らない話になってしまう。

冲方 素子というキャラクターは、究極性を提示しています。そして、究極とそうではないものの狭間の中に人間は生きている。素子がいることによって、組織論や個人プレーが描きやすいのは確かです。素子のように自由になれない人物の方が多いので、素子を邪魔したり支えたり、そういう人物が出てくることで、組織に属している我々としては、胸疼くものがあったり、素子に対しても色んな感情が渦巻く。やっぱり、「攻殻機動隊」という作品には、素子っていう1つの柱がある。だから、素子がどこを向いているかによってガラッと印象が変わる作品です。新シリーズで言うと、1話1話、監督も違えばテーマも違うので、そこで表現できることはまた変わっていくのでしょうね。

黄瀬 本当は、自分で監督をやろうとしていた回もあったんですが、今回は他にやらなければならないことも増えてしまって、僕はトータルとして全体を見るから、最終的にはそれも別の人に任せました。あ、オープニングアニメーションだけは自分でつくらせていただきました。

冲方 オープニングは、全部おひとりでやっちゃいましたよね(笑)。

黄瀬 「border:1」の本編制作に関しては、むらた雅彦さんと西尾鉄也くんを信頼して、完全に任せきりでしたから(笑)。僕は今後のエピソードをどうするかという打ち合わせばかりしていましたし、オープニングくらいはと思ってやってしまいました。はじめて「攻殻機動隊」を観る人にもわかるように、オープニングでは昔ながらのキャラ紹介としての機能を果たしました。

──オープニングを除いて、「border:1」には公安9課のメンバー全員は出てきませんでしたね。

黄瀬 これからメンツを集めていく、というストーリーになるので。キャラクターのひとり一人を掘り下げて、丁寧に描きたいとも考えているんですが、4話では全然時間が足りません。せめて7話は欲しいかな(笑)。

冲方 話数としては欲しいけれど、僕らの体力が心配です(笑)。

黄瀬 確かに、現場が保たないでしょうね(笑)。でも、マンガでやっているように、スピンオフ企画があってもおもしろいのかもしれませんよ。

冲方 9課以外の、8課や6課、あるいは海外の精鋭部隊をメインにするスピンオフは考えやすいですね。もちろん、今は『攻殻機動隊ARISE』全4話に心血を注いでいます。チームとして結束する前の彼らをきっちりと描く。公安9課の面々に関しては、若さ、くすぶっている感じを描きたい。「boder:1」でも、みんなどこかグレていますよね(笑)。

黄瀬 組織とか枠組みが嫌いなはぐれ者というイメージですよね。特にパズなんかは別に組織にいたいわけじゃないし、もっと自由に動きたいんだけど、自由に動くだけの才能も力もない。そんなことを1話でぼそっと語らせた──おいしいところはパズが持っていきましたね。

冲方 そういえば、プロデューサー陣がパズに感情移入すること甚だしい。

黄瀬 「俺もあんなセリフが言いたい」とか嘆いてましたっけ(笑)。

──ちなみに、現在、全4部作のうち、作業はどのくらい進んでいるのでしょうか?

冲方 実は、脚本はもう4話分できています。でも、各監督が何をやりたいかによってだいぶ変更を加えなければいけなくなってくるかもしれませんね。

黄瀬 主筋だけは崩さないでくれと言っています(笑)。けれど、僕自身は、もっとやってもいいのかもしれない、とも思っているんです。僕らがあまり心配しないでも、素子は素子でいてくれた。それを感じた「border:1」でした。
黄瀬和哉(きせ・かずちか) // KAZUCHIKA KISE
1965年(昭和40年)3月6日生まれ。大阪府出身。高校卒業後、「アニメ・アール」に入社し村中博美に師事。その後『機動警察パトレイバー 劇場版』を契機にProduction I.Gへ移籍。「攻殻機動隊」シリーズや「機動警察パトレイバー」シリーズ、『新世紀エヴァンゲリオン劇場版』、『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』といった作品に原画、作画監督として参加。株式会社プロダクション・アイジー取締役。『攻殻機動隊ARISE』では初の総監督を務める。
冲方丁(うぶかた・とう) // TOW UBUKATA
1977年生まれ。岐阜県出身。小説家、脚本家。4歳から9歳までシンガポール、10歳から14歳までネパールで過ごす。早稲田大学在学中の'96年に『黒い季節』でスニーカー大賞金賞受賞。『マルドゥック・スクランブル』で第24回日本SF大賞受賞。他にもコミック原作、『蒼穹のファフナー』はアニメの小説版とその活躍は多岐にわたっている。『天地明察』で第31回吉川英治文学新人賞、第7回本屋大賞を受賞し、第143回直木賞の候補となる。
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