165

「電子音楽」の思想

ここでは個人制作環境である「DTM」に限定せず、広く電子音楽の歴史を振り返りつつ考えてみたい。
日本の電子音楽

『日本の電子音楽 増補改訂版』(愛育社)著:川崎弘二

DTMの始発はDTMパッケージの「ミュージくん」が登場した1988年に遡るが、DTMが広まったのはPCが普及した90年代後半だと言われている。しかし、その「音楽的思想」を知るためにはもう少し時代を遡る必要がある。

電子機器で音をつくる」とは、一体どういうことなのか?

川崎弘二の著作『日本の電子音楽 増補改訂版』(愛育社、2009)は、日本の現代音楽における電子音楽の歴史を細やかに記述した大部の書である。そこでは、電子音楽の最初の歴史を1929年、作曲家の宮城道雄が八十絃(!)という巨大な箏(こと)を制作したことを起源としている。音量が小さすぎて、拡声器で音量を上げなければならなかったのがその理由だが、しかし、実際には日本における電子音楽とは、1950年代に戦後の現代音楽家・黛敏郎がミュージック・コンクレート(自然音を使った楽曲)を発表するまでほとんど痕跡もなかった、と一般的には考えられているようだ。

「電子音楽」の始発をどこにみるにせよ、その思想は、それ以前の音楽を乗り越えるためにあった。例えば、第二次世界大戦の後、カールハインツ・シュトックハウゼン(1928年 - 2007年)らによって先導された電子音楽は、通常の楽譜よりも正確に音を記述し、再現し、楽譜には載らない音をつかって音楽をつくり出すことを目標とした。その一つの成果が「数的な指定」によって緻密な音をつくり出す総音列技法(トータル・セリエル)であったり、そこからさらにポスト・セリエルへの挑戦だったり(他にもいろいろあるが全部はしょる!)。電子音楽は「かつての音楽」をこえるために様々な実験が行われる場所となったのだ。
Stockhausen - Studie 1 (1953)
シュトックハウゼンの「習作Ⅰ」。世界最初期の電子音楽の一つだ。

難しいことを抜きにすれば、電子音楽とは「新しい音」をつくるだけではなく、「新しい楽譜」をつくり出すことでもあったのだ。

では、楽譜とはなにか。

ヨーロッパに古くにはネウマ譜と呼ばれる記譜法があったが、もともと備忘録的なものであり、現在では旋律の判別が困難なものも多い(つまり、初期のネウマ譜だけ見せられても演奏できない)。しかし、時代が進み11世紀のイタリアにグイード・ダレッツォが現れ──異説もあるが──彼が四線ネウマ譜を考案するなどの活躍をしたあたりから、現在の五線譜に連なる楽譜の基礎ができてきた。でも、この時期ではまだ楽譜上での作曲は難しかったと思われる。
ネウマ譜

四線ネウマ譜 wikipedeiaより

それ以降も、楽器にあわせて様々な楽譜が登場したが(その歴史を追うことも僕の手にはあまる)、楽譜の歴史上、決定的だったのは五線譜の普及だ。小学校の音楽の授業からずっと友達であるそれを思い浮かべていただきたい。民族音楽の研究においても、レコーダーなども併用しつつ、現地で響きあう音を五線譜に書き写すことが必要とされているほどだから、西洋的な音階による五線譜が音楽(と音楽研究)においてどれほど重宝されているか想像にかたくないだろう。ところが、五線譜は「音」の、様々な側面を切り落としてしまうことも強く認識されていた。

そして、電子音楽ではその五線譜上に規定されない音楽を生み出すことができる、と信じられた。

戦後、音を生み出す波形はすべて正弦波(音の最小単位)によって構成されており、正弦波を重ねることですべての音を調整することができるというフーリエ変換理論の登場によって、より細かく音の波を数的に制御することが夢見られた。つまり、「x秒持続するyヘルツでzデシベルの音」を記すのは、紙上の楽譜では難しいので、数式による緻密な音の記譜法が求められたわけだ(これらの理論は現在においても波形処理のフィルターや波形処理などに生かされている)。
こうした試みが本格化しはじめた1950年代では、正弦波発生器にせよ録音テープにせよ、まだまだ技術的な障害が多々あり、当時できると思われたことの多くは実現しなかった。しかしながら、1950年代以降の、電子楽器による実験的な前衛音楽や、シンセサイザーなどの電子楽器の性能向上によって、楽譜では記法する方法がない「音色」すら電子的に再現できることが証明された。これらの成果は、シンセサイザーの改良や電子楽器の制作(現在に現存していないものも多い)にいかされたが、1960年代以降の現代音楽のなかで実験的に用いられ、日本ではそれらをつかった「音」がラジオドラマなどで用いられたりもしていた。ただ、ロックやポップス、テクノやブレイクビーツに展開していくには、それなりの時間が必要だった。

1960年代以降、電子音楽の実験的な音楽作品群や、シンセサイザーやサンプラー(サンプリングされた音を出力する機械)の改良によって、電子的な制御によって楽譜よりも詳細に「音」の諸パラメータを調整することができるようになった。そのひとつが「音色」だ。楽器以外の音を取り込めるようになり、さらには演奏すらも可能になった。また、電子制御された正確なリズムの登場も、電子楽器によるところが大きい。数理的に制御された音であれば、人による演奏にまさる正確なビートを刻むことができるようになったというわけだ。もちろん、正確であることだけが重要なわけではないのだけれど。

さらに、電子音の普及は同時に、たとえ楽譜が読めなくても「打ち込み」によって音がつくることができることを証明することになる。初期のころは本当に、音の種類と鳴らす時間を数字で打ち込んでいたという「電子的な楽譜」は、データさえあれば、多種類の音を同時に鳴らすことができる、という利点を作り出すことになった。これは楽譜を使って作曲する人々にも心強い味方となっている。

多数の楽器を使う楽曲をすべて人力でやろうとしたら、それだけの楽器を演奏することができるプレイヤーを揃えなくてはならない。また、楽器以外の音を使うこともできない。例えば鐘の音ならばともかく、鳥のさえずりや滝や川のせせらぎを、楽器の演奏で正確に再現するのは難しいだろう。どちらもコンサートホールに持っていくにはちと骨がおれる。もちろん、環境音をテープに録音してホール演奏に利用した例はあるけれど。

しかし、楽器以外の音を含めた無数の音を、個人で<正確に>鳴らすことができる音楽環境は、それまでの音楽制作環境においてほとんど存在しなかったのである。それを実現したのが電子音楽であり、DTMなのだ。

こうした「音」の精密な再現は、電子機器ごとの互換規格であるMIDIの登場で飛躍的に普及する。MIDIとは種類の異なる電子楽器の統一規格で、これによって様々な「音」を統一規格で鳴らすことができるようになった。キーボードで演奏したメロディをパソコンにMIDIデータとして取り込む、といったことができるようになった。

また、電子的な楽譜は、既存の五線譜とも高い互換性を保証した。ヤマハはXG worksと呼ばれるMIDIと五線譜を互換するソフトをつくっているし、いまも多くのクリエイターに愛されている「Finale」という楽譜作成ソフトもある。このような既存の楽譜との高い互換性を持ったことも電子音楽の「新しい楽譜」の有効性を証明しただろう。
「Finale」の操作画面

「Finale」の操作画面

つまり、MIDIはPC上に音符を取り込むという意味では「楽譜」であって、同時にPCやシンセサイザー内の音源を鳴らすことができるという意味では楽器との高い親和性も持っていた。MIDIがあれば、同じ楽曲でも違う楽器の音で聞くといったことも容易にできるのだ。

だから、MIDIデータを使えば別の人の曲を「アレンジ」することも容易になるし、ビートを変えたりBPMを変更したりといったことも容易にできる。特にドラムンベースなどのリズムを的確に刻んだ、人力の演奏では不可能な音をしばしば「打ち込みサウンド」というが、電子的な制御によって、このような出力のタイミングを極限まで精密に行うことができる。

その一方で、達人の演奏のような繊細さや個々人の持つ特有のゆらぎをDTMで再現するためには、膨大な情報量と作業量が必要となるといった欠点もあった。

DTMが変えたもの

上記までをまとめると、MIDIの普及とDTMによって「パソコン上での作曲」が可能になったが、その根底には「音」を「数式」で管理するという緻密な制御を求める思想があったということだ。このような緻密な管理によって、同時に多音色、多音源での作曲、正確なビートが可能になってきた。もうひとつが楽器音以外の音を鳴らすことができるようになったことも大きい。そして、機材類の進化によってさらに「生音」の取り込みが可能になったことの重要性も前に述べたとおりだ。

DTMの機材の進化の恩恵は同人音楽だけに与えられたものではないけれど、こうした電子的な楽譜の登場と、DTMの普及は現代音楽や電子音楽の実験とは異なる方向で、「音楽」の楽曲制作の可能性を開いてきた。

現在の同人音楽において、DTMがもたらした恩恵は「音色や利用可能な楽器に制限されにくい多領域にわたる音楽制作」と「電子制御により、一貫してデジタルで制作できる音楽環境」として発現した。タダとはいかないが、安価で「様々な音色の楽曲を、なんでも(は言い過ぎにせよ)、つくれるようになった」ということだ。

こうしたデジタル環境の技術的進化は、同人音楽において──と限定するが──「なんでもあり」の、制限なしの音の多様性(クラシックから効果音まで!)や音楽制作における有益な選択肢をたくさん生み出すことになる。また、デジタルデータによる制作は、動画サイトへの投稿、自サークルのWebサイトでのデモ音源の公開、PVとの高い親和性、CDへの出力といった「同人音楽の諸制度」を支える培養地になったのだ。

別の角度からみれば、各種のデジタルサウンド、例えばゲーム音楽やテクノポップ等との親和性もあるのだろう。こうした様々な要素を統合し、ラスタライズさせる磁場としてDTMは機能した、そして、同人音楽周辺に独特の「メジャーな世界とは少しテイストが異なる音楽」と、たくさんの音楽表現を生み出すきっかけにもなったのではないかと思う。

それは、けれども、それはDTMがただの音楽制作ツールだということだけではない。

やりたい音楽や、憧れていた音楽をつくるきっかけにもなったはずだ。DTMは、燃え上がるような情熱と表現を、「音楽をつくりたい!」という気持ちを励まし、勇気づけ、実際に形にしてくれる選択肢でもあったのだ。

もちろん、DTMを一切使わない人もいる。DTMでは出せない音色を模索する人たちもいる。でも、多くのクリエイターの思いを形にしてくれる「音のツール」の中で、DTMが同人音楽に与えた影響はきっとポジティブなものだったはずだ。

今回は少々遠回りをした。むつかしい話をしてしまって正直すまんかった。

では、僕たちの生きている時代の「現在の同人音楽」が、どんな音楽をつくり出していったのかについては、また次回か、次々回で楽曲を紹介しながら、みていこう。
これまでの連載記事
新世紀の音楽たちへ 第0回──同人音楽とその環境、即売会について
新世紀の音楽たちへ 第1回──なぜ、いま同人音楽なんだろう?
1
2

安倉儀たたた // あくらぎ・たたた

1984年生まれ。小劇場演劇、日本文学、同人音楽、ゲームなどを遊びながらぐうたら生きてる趣味人。文章系サークル「左隣のラスプーチン」の主宰、演劇ユニット「カトリ企画」の文芸部長などを兼任中。NETOKARUにて『音系同人道標』を連載中。



@akuragitatata

安倉儀たたた

こんな記事も読まれています

関連キーフレーズ

「同人音楽」を編集する

キーフレーズの編集には新規登録またはログインが必要です。

この記事をツイート 109

KAI-YOU.netでは、ユーザーと共に新しいカルチャーを盛り上げるため、会員登録をしていただいた皆さまに、ポップなサービスを数多く提供しています。

会員登録する > KAI-YOU.netに登録すると何ができるの?
新世紀の音楽たちへ  第8回「ボイスドラマの変化と『即売会』の役割」
連載
新世紀の音楽たちへ
全9記事

この記事へのコメント(0)

コメントを削除します。
よろしいですか?

ページトップへ