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今期にはゲーム制作会社の日常を描いた『NEW GAME!』や2016年冬アニメで人気を博した作品の続編『アクティヴレイド−機動強襲室第八係 2nd』といった「お仕事系アニメ」も放映されています。
特にアニメ制作会社を舞台としたアニメ『SHIROBAKO』以降、この「お仕事系アニメ」は増えてきましたが、昨今のアニメ視聴者で一番多くを占めるのが20代[1][2]であることを考慮すると、働きはじめの方も多く、職場を舞台とした作品が多くの視聴者の共感を得られるというのは自然なことかもしれません。
ただ、ここでちょっと立ち止まってみましょう。
1995年の『新世紀エヴァンゲリオン』の放映以来、質・量ともに激動の時期にある日本アニメ作品群で、この「お仕事系アニメ」とはどのように位置づけられるのでしょうか?
批評家の東浩紀や宇野常寛を筆頭に多くのことが議論されてきましたが、ここでは「どうして今『お仕事系アニメ』なのか?」ということを振り返ってみます。
少し堅い内容も含みますが、これからの「お仕事系アニメ」だけでなく、これからのアニメをより深く楽しむきっかけになれば幸いです。
[1] http://www.stat.go.jp/data/jinsui/pdf/201607.pdf
[2] http://smartanswer.colopl-research.jp/reports/d67f1fee-3c25-4526-b132-112547e5c560
文:若布酒まちゃひこ
目次
1. 社会や成長が描かれなかった「セカイ系」2. ユートピアに終わりをもたらした「空気系アニメ」
3. 『SHIROBAKO』をはじめとした「お仕事系アニメ」とは何なのか?
4. 今期のお仕事系アニメ『NEW GAME!』と『アクティヴレイド』
5. セカイ系→空気系→お仕事系という流れは、アニメ視聴者の歴史?
社会や成長が描かれなかった「セカイ系」

『NEON GENESIS EVANGELION』vol.01 DVDジャケット
とされています。『主人公と恋愛相手の小さく感情的な人間関係(きみとぼく)を、社会や国家のような中間項の描写を挟むことなく、「世界の危機」「この世の終わり」といった大きな存在論的な問題に直結させる想像力』出典:東浩紀,「ゲーム的リアリズムの誕生 動物化するポストモダン2」,講談社,(2007年),p96-97より引用
もう少し簡単に言えば、「主人公の小規模な世界の問題が、そのまま世界全体の持つ大規模な問題と同じ強さの意味を持つ」といった特色を持つ作品のことで、作品例としては『最終兵器彼女』『ほしのこえ』『涼宮ハルヒの憂鬱』が挙げられています。
セカイ系作品群では主人公を取り巻く環境を具体的に描写されることがほとんどないため、世界を救うことが社会的な自己実現と一致しないことになります。ありていに言えば、自分の知らない誰かのために世界を救うことを目的にしておらず、社会的に承認されるということを求めていません。
かわりに特定の誰か(親族や恋愛感情を抱く身近な人)に無条件で愛されることをひたすら求めていて、宇野常寛はこれを「引きこもり/心理主義」と呼びました[3]。それは同時に、セカイ系作品群には「成長」が描かれない、という指摘にもなります。皆一様に未成年である主人公たちは、無条件に守られた存在でありながら、終末に直面するのです。
[4] 宇野常寛,「ゼロ年代の想像力」,早川書房,(2011年),該当箇所多数
ユートピアに終わりをもたらした「空気系アニメ」

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「空気系作品」では、「セカイ系作品」からさらに「世界全体の持つ大規模な問題」が取り除かれており、そこには「個人の切実な問題」も「小さく感情的な人間関係」も「物語」もなく、同じ学校の友人とのゆるやかな日常しか残っていません。
毎回のように、日常のささいな出来事や疑問から生じる、明日には話したことさえ忘れてしまうようなやりとりが繰り返され、それはサザエさんのように終わりなく続く幸福そのものに見えます。
しかし、これらの作品で登場人物たちは学校を卒業していきます※。
※「らき☆すた」「けいおん!」のアニメ放送分で登場人物たちの卒業のシーンはないが、原作では卒業が描かれている
空気系作品群の優れた点は、この卒業が描かれることで、セカイ系作品群がなしえなかった登場人物の「成長」が途端に想起されるという点にあります。卒業することにより、それまで当たり前のものであったはずの「学校」という社会の存在が突如として具体的になります。
クラスメイトや部活といったその社会でつくり上げてきた人間関係、卒業後の進路など、それまで生活のワンシーンとして物語以前のものだった個々のエピソードが、学校に通っていた時間の終わりが示されることで、自発的に成長物語の形成を始めていきます。
このような物語の立場を宇野常寛は「新教養主義」と名付け、
と定義しています。【子供はオリジナルの家族に対する期待を断念し、自らの試行錯誤で擬似家族的共同体を獲得する。そして、大人は子供を導くのではなく、その試行錯誤のための環境を整備する】出典:宇野常寛,「ゼロ年代の想像力」,早川書房,(2011年),p277より引用
ただ、やはりセカイ系作品群と同様に登場人物たちは無条件に守られているという点を克服できていません。宇野常寛は「新教養主義」の限界を、
であると指摘しています。「あくまで自らの決断の(孕む暴力と、その行為に自ら傷つくことの)責任を負わずにすむ子供たちのセカイにしか通用しない態度」出典:宇野常寛,「ゼロ年代の想像力」,早川書房,(2011年),p281より引用
『SHIROBAKO』をはじめとした「お仕事系アニメ」とは何なのか?

『SHIROBAKO』1巻ジャケット
「お仕事系アニメ」の火付け役となった作品は、2014年に放映されたアニメ制作会社を舞台とした『SHIROBAKO』が挙げられます。この作品では、高校のアニメーション同好会のメンバーが「一緒にアニメをつくる」という夢を持ってそれぞれの道を進んで行くという、空気系作品群の終わりを象徴する卒業のシーンが時系列的な物語の始まりとなります。
宇野常寛の言葉を借りれば「新教養主義」の態度をとる「空気系作品群」では、登場人物が責任を負わない場所での成長物語という特徴がありました。
「お仕事系作品群」はいうまでもなく、登場人物の置かれる環境が「学校」から「会社」へ変わり、社会人として彼女ら自身の行動に責任を負わねばならなくなりました。そのため、登場人物たちはセカイ系や空気系作品群では描かれなかった「社会とのつながり」や、「自発的な成長」を求められるようになります。
また、『SHIROBAKO』においては、空気系作品群では「卒業」に該当していた物語の終わりが、「納品」に置き換えられていることも興味深いです。「卒業」という終わりが示されることで、それまでの雑多なエピソードが自己組織化的に物語を形成するという性質を持った空気系作品群でしたが、お仕事系作品群では「仕事の終わり」が「物語の終わり」を意味します。つまり、仕事を終わらせることを目標としている登場人物たちは、当然ながら、常に物語の終わりに自覚的です。
実際に『SHIROBAKO』では全24話のうち、前半12話(「えくそだすっ!」編)と後半12話(「第3飛行少女隊」編)の主題が異なる2つの物語が描かれ、ともに担当作品の完結をもって閉じられました。
プロジェクトという物語に自覚的であるからこそ、統一性を持ったひとつのテーマについて登場人物が悩み、苦闘するからこそ、登場人物の成長が空気系作品群にはなかったスケールで描かれるのです。
今期のお仕事系アニメ『NEW GAME!』と『アクティヴレイド』
最後に、2016年夏クールのお仕事系アニメを2作紹介したいと思います。ゲーム制作会社の日常を描いた『NEW GAME!』

『NEW GAME!』Lv.1 DVDジャケット
主人公の涼風青葉は高校を卒業後、新卒としてゲーム制作会社「イーグルジャンプ」に入社し、個性的で優しい先輩たちに見守られながら社会人としての基本を学んでいくという、まさに空気系→お仕事系の王道を行く作品です。
「社員証がなくて中に入れない」「社会人のホウレンソウ「休憩はしっかりとりなさい」……などなど、新入社員あるあるが小さな笑いとして散りばめられています。
ちなみに原作の青葉のセリフ、「今日も一日がんばるぞい!」はネット界隈であまりにも有名で(!?)、これが元ネタとなって青葉は「ゾイちゃん」というあだ名がつけられていたりもします。
SF色がある異色のお仕事系アニメ『アクティヴレイド』

『アクティヴレイド-機動強襲室第八係-』ディレクターズカット版 DVD Vol.1ジャケット
物語の舞台は西暦2035年の東京(1期開始時)。パワードスーツ「ウィルウェア」の普及に伴いそれを悪用した犯罪が増加するなか、同じくウィルウェアの使用でもって対処することを任務として創設された「警視庁警備局第五特別公安課第三機動強襲室第八係」、通称「ダイハチ」。
どことなく懐かしい感じがするアニメでもあり、ダイハチは『攻殻機動隊』の「公安9課」を、『機動警察パトレイバー』の「特車2課」を連想させ、そしてその流れを正当に引き継いでいる作品でもあります。
SFと戦隊モノのカラーが強く押し出された作品ですが、この作品の特徴は出動許可を得るために稟議を通さなくてはいけないというシーンがきっちり描写されているため、主要人物たちが公務員であることが強調されて描かれています。そして今期から放映が始まった「2nd」では、1期で活躍したメンバーの「転勤」「転職」「出向」も描かれています。
それぞれが「業務として悪(違法行為)の取り締まり」を前提に向き合っているため、「個人としての正義」でなく「警察という組織の正義」が行動の意思決定を握っているということになり、自らの行動に社会性を求められてしまうのです。
このような構造はほとんど『機動警察パトレイバー』にとてもよく似ています。しかし「セカイ系」や「空気系」をくぐり抜けた今、再発見された物語のかたちなのかもしれません。
以上のような文脈に置かれたとき、『アクティヴレイド』は正義の意味や質を「業務」というキーワードで塗り替え、セカイ系や空気系では曖昧模糊としていた社会像を具体化しました。そしてその社会に対して『SHIROBAKO』に代表されるお仕事系作品群よりも大きな規模でコミットできるという構造を持っていた点で、筆者は本作をおもしろいと思っています。
セカイ系→空気系→お仕事系という流れは、アニメ視聴者の歴史?
振り返ってみるとセカイ系→空気系→お仕事系という流れは、(筆者がアラサーなのかもしれませんが)アニメ視聴者の成長の歴史そのもののようにも感じられます。段階を経て、社会とのつながりを持つようになり、責任を持ち、なによりも成長しているのです。以上のような文脈の最先端にあるのが今期。これからもたくさんの良作が生まれることを期待しつつ、アニメを楽しみたいものです。
それではみなさん、「今日も一日がんばるぞい!」
若布酒まちゃひこ // わかめざけまちゃひこ
フリーライター
1986年生まれ。物理と数学に魅了され科学者を志し大学院博士課程に進学したものの単位取得中退。その後コミュ障なのに広告代理店(リクルート系)で営業となり、田舎の個人事業主のおっちゃんが漏らす「この世の理不尽」を一身に受け止める。現在は退職し、フリーライター。文芸批評や科学解説が中心。
運営ブログ:カプリスのかたちをしたアラベスク
Twitter: @macha_hiko

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