連載 | #3 コミックマーケット102特集

「“コミケは戦場”と必要以上に煽らないで」代表が語る、同人誌即売会を取り巻く環境

生成AIの普及は同人誌即売会を変えるのか?

──ここからは少し周辺領域のお話もうかがいたいです。近年、イラストをはじめ創作分野においては、「Midjourney」や「Stable Diffusion」といったいわゆる生成AIの利用が賛否を呼んでいます。同人誌即売会という立場から、生成AIについてはどう捉えていますか?

市川孝一 我々が確認している範囲でも、同人誌に生成AIを活用する動きが多少はあるようです。しかし、今はそもそもいろいろな議論がなされている最中ですし、我々としても情報を集めている状況で、何か意見するような段階ではないと考えています。

これまでも創作において様々なツールが生まれてきたように、生成AIがクリエイターにとって便利なものになるなら良いでしょう。一方で、現在の劇的な広がり方やその使われ方を見て、クリエイターさんが不安になっている状況もわかります。

ただ正直なところ、生成AIが同人誌制作においてどんなメリット・デメリットをもたらすのか、まだ見当がついていません。一般的な同人誌の場合、ページ数も部数も少数で、即売会で頒布しようとなると、印刷や製本といった費用も発生します。

仮に生成AIを使って大量にイラストを制作したとして、その能力は、同人誌や即売会にあまりマッチしないのではないか──とも思ってもいます。いずれにしろ引き続き動向は注視して、必要に応じて対応していきたいと思います。 ──もう一つ創作に関連したトピックスとして、日本でもクレジットカード会社やコンビニなど、近年成人向けコンテンツが忌避され販路が狭まりつつあります。同人文化と成人向けコンテンツは切っても切れない関係もありますが、今の情勢をどう受け止めていますか?

市川孝一 いろいろなメーカーやプラットフォームから様々な話を聞いていますが、同人誌即売会においては、現金を使っての取り引きが基本です。そのため、すぐに何らかの影響が出ることはないと考えています。

そうは言っても、即売会に合わせてサークルさんがつくった同人誌のかなりの部分は、同人誌専門書店さんなどに並んだり通販されたりするわけですから、間接的には影響があるかもしれません。

コミケットとしてはどんな表現でも、フィクションとして描くのであれば基本的に許容したいと思うのですが、いろいろなところに話を聞くと、日本的な価値観と欧米的な価値観との間で、考え方に違いが生じてしまってもいるようです。

コミケットとしても法に触れるような事態を引き起こしたいわけではありません。過去には未修正の同人誌が流通し、専門書店の販売で逮捕者が出たこともあります。それでも、法に触れない限りは、作家さんのやりたい表現を尊重したいです。

サークル参加費値下げの裏に、一般のチケット・リストバンド収入

「コミックマーケット103」のサークル参加に関する費用/画像は公式サイトより

──少し気が早いかもしれませんが、次回の「コミケット103」からは、サークル参加に関する費用が値下げとなります。決定の背景には一般参加者からの収入があったとのことですが、改めて経緯を教えてください。

市川孝一 以前から参加者の負担を平準化したいとは考えていました。コミケットはたくさんの参加者が来ることもあり、コストの高い運営を行わざるをえません。それゆえ、同人誌即売会の中でもサークル申込費用が一番高いので、まずはそこを他のイベントと同レベルにしたかったんです。

コロナ禍以前、東京オリンピックによる有明地区と青海地区の分散開催に対応するため、2019年から導入したリストバンドによる一般参加者の有料化という先例があったからこそ、コロナ禍の人数制限にも対応できましたし、次回からのサークル参加費等の申込費用の値下げに踏み切ることができました。一方で、コロナ禍において各種事務作業の効率化による経費削減を図ってきたという面もあります。

ただし、一般参加を有料化するということは、会場でサークルさんの作品に払うはずのお金の一部を我々がいただいていることも意味します。サークルさんのためを思って申込費用を下げたことで、一般参加の方が購入する同人誌の数が減ってしまったら本末転倒です。

そのため、サークル・一般参加ともに参加費などのバランスは今後も試行錯誤していかないといけないと考えています。

──現状としては、サークル参加に関する費用について、値下げ後の価格で今後も継続できるということでしょうか?

市川孝一 現在の価格帯でコミケットを継続できる目途は立っています。しかし、今後のサークルと一般参加者の動向によっては、価格を調整する必要も出てくるでしょう。

ただ、それは大きく利益を上げたいわけではなく、イベントとして長く継続的に運営するために最低限の利益が必要だからです。1日当たりの来場者数の上限を撤廃する今回の夏コミ以降の結果を踏まえ、将来的にもっとサークルさんの申込費用を下げたり、一般参加者の午後入場を無料にしたりと、参加者の方々に還元していければと思います。

コミケの見どころのひとつであるコスプレ/撮影:遊馬

──そうした変化の中で、3日間や4日間と開催期間をかつての形に戻していくような構想はあるのでしょうか?

市川孝一 開催日数の変更は、サークルさんの参加数次第だと考えています。実際に2日間から3日間に変更したときは、参加サークル数が増加したからでした。

4日間開催したときは、オリンピック開催に伴う会場変更の都合があってのことだったので少し事情が異なりますが、基本的には申込サークル数によって期間は変わっていくと思います。

即売会全体を見ると、コロナ禍以後で参加サークル数はだいたい3割減になったと言われています。そうした中で、今まで参加してくれた方々に戻ってきてほしい思いがあると同時に、初めての人が参加しやすい環境づくりも考えていかなければいけません。サークル申込費用の値下げには、新規の方へのハードルを下げたいという目的もあります。

──コミックマーケット準備会の企画として、初心者ガイド(外部リンク)やX(旧Twitter)のスペース機能を使った配信など、近年は“ハードルを下げる”ための新たな情報発信も行っています。

コミケ初心者のための「サークル参加者向けガイドブック」/画像は公式サイトより

市川孝一 新しい世代の方々に向けて、我々としては、即売会そのものの魅力も伝えていきたい。即売会に参加して、同じものが好きな人たちが集まる「場」で、リアルに交流したり、実際に本をつくったりすることに付加価値があることを伝えていきたいですね。

同人誌はその内容はもちろん、装丁や表紙を考えるといった本づくりの楽しさもそうですし、それをどうやって頒布するかを考えるのは、多くの人が幼少期に楽しんだ“ごっこ遊び”にも近いと思います。それらはネットではなく、リアルな即売会という場に参加してこそ味わえる楽しさですから。“ごっこ遊び”というと揶揄されがちですが、“ごっこ遊び”は楽しいんです(笑)。

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コミックマーケット102特集

2023年8月12日(土)・13日(日)の2日間にわたって東京ビッグサイトの東・西・南展示棟(サークル・企業ブース)で開催される「コミックマーケット102」(C102)を特集。 近年はコロナ禍の影響で、来場者数の上限をはじめ様々な制限を設けてきたコミケ/コミケット。しかし、今回の夏コミではそれらを大幅に緩和。 各種のガイドラインが廃止されたことを受け、1日あたりの来場者数の上限を撤廃し、さらに当日午後からの入場が可能になるなど、かつての熱狂を取り戻す準備が整いつつある。

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