“プロのイラストレーター”に求められるレベルとは?

──先ほど「プレッシャー」という言葉が出てきました。redjuiceさんのようにキャリアがあるクリエイターでも、仕事に対して緊張感を強く持つ場面はあるんですね。むしろ“慣れ”が出てくるものだと思っていました。

redjuice いろんな経験をさせてもらっているけど、自分自身のキャパシティはデビュー時からあまり変わっていないんですよ。むしろ、年々臆病になっていくような気もする。仕事の大きさと自分のキャパシティは常に拮抗する。

例えば、この「プロジェクトセカイ」のイラストは描き出す前に工程を細かく想定できるものじゃないんですよね。 redjuice 3DCGも使っているし、個別にグラフィック素材もデザインしている。ここ5~6年で一番時間を費やした気がします。確実に100時間以上かけてますね。

NaBaBa それでもこの完成度を100時間で済むなら凄いですよ。僕は妙心寺の案件で350時間以上掛けちゃってますからね。あの時は線画+アニメ塗りに初挑戦だったから、その基礎研究時間も含めてではありますが……。 redjuice それはすごい。僕は超時間の作品に取り組むと、見積もりがしづらくなって後半からスケジュールが立てられなくなることも多いです。

NaBaBa イラストレーターに対するクオリティも速さも、要求レベルが年々上がってきていますからね。若い人でも完成度の高い絵を、毎日のように投稿している人もいる。

彼らを見ていると、より効率化しなきゃと思わせられるんですが、いかんせん僕はオールドタイプですから。足りない分は余暇時間を削りに削って強引にでも描いていかないと、ついていくことすらできないんですよ(笑)。

デビュー時の自分が、現代に転生したらどうなる?

──お二人に今のイラストを取り巻く環境についてもうかがいたいです。少し思考実験のような質問なのですが──仮に今、2人が20代前半の、ネットにイラストを投稿しはじめたばかりの頃の状態に戻ったとします。画力と知名度が当時の状態に戻ったとして、今の時代にどこまで商業クリエイターとして戦えると思いますか? redjuice なるほど、難しい(笑)。

当時と比べると、現在は海外の若いクリエイターが本当に強い。同じ仕事を日本人と外国人で奪い合っている状況です。国境に関係なく、同じフィールドで戦わないといけない

僕は2000年頃から3DCGソフトのSoftimageを使用していました。非常に学習コストの高いソフトでしたが、最近はプロ、アマチュア問わずBlenderが普及していて、自分も今はBlenderユーザーです。無料で使えて、ハイエンドソフトに迫る機能があります。入門者向け書籍も多くて、参考になるテキストや動画がネット上にいくらでもある。20年前とは雲泥の学びやすい環境が揃っています。

学習の難度や敷居が下がっていて、クオリティは遥かに上がっている。少なくとも当時の自分のペースで学習するだけでは、絶対勝てないと思ってしまう。

NaBaBa それは2000年代前半、ライバルが少ない状態だったからredjuiceさんがキャリアを積めた、という意味ですか?

redjuice そうです。僕の場合はそもそも遅咲きで、絵が仕事になるまで10年はかかった。練習したり、本を買ったり、SNSを頑張ったり──今は10年も待ってくれない。

NaBaBa 早い人は1年でぐんぐん伸びますからね。

redjuice 海外クリエイターの話でいうと、彼らはとにかく勉強量がすごいと思うんです。アカデミックな領域から、しっかりと地力を固めている。むしろそれが当たり前。

そういった“学習”に対してのモチベーションが、残念ながら日本人は低い。実際に、アカデミックな知識やスキルがなくても、なんとなくプロとして仕事ができるじゃないですか。

NaBaBa そこについては状況が変わってきていると思っていて。「勉強しなくてもプロになれていた」──過去形だと思ってます。

redjuiceさんは「絶対勝てない」と仰ってましたが、だとしたらどうしますか。

redjuice 当時は会社に勤めながら絵の勉強をしてたんです。一日、せいぜい2〜3時間くらい描ければ良いほう。今だとそのペースでは絶対勝てないから、仕事も辞めて、没頭することになるはず。でも、生活の安定を考えると踏み出せなかったと思います。

当時から考えても、それで今こうしてイラストレーターをやっていることは、巡り合わせとか、ムーブメント、奇跡の積み重ねだと思ってます。

その上で、今は求められる技術のボーダーラインが当時と比にならないくらいに高い。そうなると、さらなる時間や犠牲が必要。

NaBaBa イラスト投稿プラットフォームが発達して、海外コンテンツやアーティストに誰でもリーチしやすくなっているのも、全体が効率化している要因でしょう。

とはいえ、その恩恵はredjuiceさんも受けられる筈だから、そう悲観的にならないで良いと思いますが。

──NaBaBaさんは同じ状況だとどう考えますか? NaBaBa この思考実験って画力以外の部分、脳年齢の設定ってどうなんですかね?(笑)

モチベーションとかやる気、マインドについて──もしそれも戻るとしたら、自分が20代の頃は何も知らないが故の、向こう見ずな状態だったから、変わらず絵描きとして戦う道を選ぶでしょうね。

まず、そもそも僕は今も昔も根本ではお金や生活ではなく、単純に好きで絵を描いてるから。そういった意味でも描かない選択肢を取る筈がない。加えて、現代は学習コストが下がって、技術がコモディティ化している分、20代の自分だったらよりウハウハしてるんじゃないですかね? 何でも吸収し放題じゃー、みたいな。

redjuiceさんの仰る通り、たしかに厳しい環境ではありますが、僕はその中にもワクワクを見出すんじゃないかな。

──具体的にはどういうキャリアを歩むと思いますか?

NaBaBa 一転してクレバーな意見になりますが、現実と同じで、先ずはゲーム会社に就職するはず。ゲーム業界に入るのも今は中々厳しいけど、僕は実際10歳の頃にはゲームクリエイターになると決めていましたから。そこも変わらないでしょう。

それで技術とお金、社会人としてのスキルを習得しながら、創作イラストも描いて発表し続けるでしょうね。

──あまり変わらないということは、今の時代でイラストレーターとして生き残っていくことも、そこまで難しくないという所感でしょうか。

NaBaBa 当時と比べると学習効率やSNSが普及した反面、競争も激化しているから、プラスマイナスでちょいマイナス。つまりやや難しい、ぐらいの分析をするでしょうね。今、僕が20代であれば。

ただ、暗い話になりますが、イラストの市場規模は今後シュリンクしていくと思ってるんです。これまでの10年はソーシャルゲームのバブルがあったから、その波に乗れた僕らは本当に運が良い世代だった

今はソシャゲが厳しくなった分、VTuberの仕事が増えてきましたが、とは言えイラストレーターみんなが潤うような規模感ではない。それにイラストの単価も、年々下がっている印象です。

redjuice それは僕も感じるところですね。

NaBaBa ゲーム業界の知人から聞いた話でもありますが、イラストレーターに限らず、フリーランス全般の外注単価は減少傾向になっているようようです。

物価高で大企業の正社員の平均年収は上がって来ていますが、そのしわ寄せは下請けや孫請け、業務委託に来る。トリクルダウン理論で言えば、我々はやはり末端に位置していると思うんです。

今勢いのあるVTuber業界は、僕に限っては幸い良い仕事もいただけていますが、全体を見るとファン心理でクリエイティブが成り立っているところがある。例えば、動画のサムネイルだと、ファンアートを無償で使用することが多い文化です。

ファン的には、採用されて嬉しいって気持ちになると思うけど、その文化圏で持続的に食べていくのは、なかなか厳しい……。

なので30代半ばの中年NaBaBaは、20代の青年NaBaBaに「お前の見積もりは甘すぎる」と説教するでしょうね。でも絵描くのはどうしても止めれない。

NaBaBa/緑仙のメジャーソロアルバム「パラグラム」のキービジュアル ©ANYCOLOR, Inc.

redjuice 最終的に「生き抜く強さ」があれば、なんでもできるとは思ってます。

ビジネスと技術を学び、アーティストとして真摯に活動していけば芽は出るだろうと。ただ、NaBaBaさんのやり方や考え方は、「かなりストロングスタイルだな」とは思います(笑)。思想と行動力が強い。誰でも真似できることではないと思う。

僕は趣味の延長で、pixivやネットの掲示板でコツコツと草の根で活動してきた人間。特にプロを目標とせず、同人活動の延長で気づいたらプロになっていたという。堕落した、なりゆきまかせの絵描き人生です。今、自分みたいなスタイルで絵を描き続けている人がいるとすれば、それだけで大成するのは難しい。

NaBaBa そうですか? 大成するには環境や時の運も作用するものですが、こうして話していてredjuiceさんから感じる芯の強さは、ビジネスライクではなく、作家としての情熱と劣等感が動力源になっているところだと思うんですよ。

そういう人は仮に金銭的な危機にさらされても、簡単に「辞めた」とはならないんじゃないかな。

一方で、今の若いクリエイターの一部はすごくクレバーで、過去の人たちの成功体験を分析していますよね。むしろ、そういうタイプの人ほど市場が低迷すると、損切りという意味でもすぱっとやめてしまうこともあり得そうだと思っています。生き方としてどちらがいいとかはないですけど。

ただ、究極的に絵を長続きさせるエネルギーというのは、ドライな損得勘定ではなく、湿りに湿った嫉妬やコンプレックス等の負の情念と、一匙の成功体験。それが苦しくても止められない、人を絵に依存させる最高の精神的アヘンになるんですよ。

redjuiceさんと僕は、成分の配分量は違えど、互いに”イラストジャンキー”になっているんじゃないでしょうか。

──イラストだけでなく、様々な業界で作品やプロダクトのクオリティは上がっていると思います。クオリティ面だけではなく、時代による表現の変化について考えていることはありますか?

NaBaBa 先程のコンプレックスが動力源という話にも絡めると、特に僕が思うのは、良くも悪くも「欧米コンプレックスがなくなった」ことですかね。

2000年代以前は、特にメジャークラスの作品では、明確に欧米ナイズされたものが多かった。そうでなくともクリエイターの脳裏には、常に仮想敵としての欧米がチラついていたと思う。でも2010年以降徐々に距離を取り、日本らしい文化に回帰していった印象です。

それは映画の興行収入など、数字にも反映されてますよね。かつてのように「日本スゴい!」とわざわざ自分たちで言うまでもなく、国産文化に対する自然な安心感をクリエイターも消費者も持つようになった。

昨今は多くの先進国が政治的に内向き志向になっていますから、これも大きな潮流の中での一現象なのかもしれない。ただ殊更、日本のポップカルチャーは内向き志向が良い形で作用した側面もある、と分析しています。

redjuice たしかに、日本人はもともと欧米文化へのコンプレックスや憧れはありますよね。

僕自身もそれはあって、20年ぐらい前から海外のCGアーティストに強く影響を受けてはリアリスティックな表現を勉強していた。pixivより海外のDeviantArtやArtStationを観ることが多かった(笑)。

2010年前後は『グランブルーファンタジー』が登場してセミリアルな表現が流行って、今は『アークナイツ』や『原神』『ブルーアーカイブ』など、アジア発のフラットな表現がエンターテイメント分野を席巻している印象です。リアリスティックな表現はむしろ、ネガティブ要素になりつつある。

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プロフィール

redjuice

redjuice

イラストレーター/デザイナー

高知県土佐清水市出身のイラストレーター/デザイナー。2011年放送のTVアニメ『ギルティクラウン』のキャラクター原案に抜擢されたことで脚光を浴びると同時に、いわゆる絵師というものから、コンセプト策定・デザイン・キャラクター原案といった分野まで活動範囲を広げる。「ギルティクラウン」中に登場した架空のアーティスト『EGOIST』のビジュアルを担当。以後、2015年公開映画『Project Itoh』全作品(『虐殺器官』『ハーモニー』『屍者の帝国』)のキャラクター原案、小説/TVアニメ「BEATLESS」のキャラクター・コンセプトデザイン等、様々な分野で活躍している。そのイラストが持つ独特の雰囲気と既存の枠にとらわれない表現が、国内外を問わず高い評価を得ている。

NaBaBa

NaBaBa

イラストレーター

イラストレーター。多摩美術大学油画専攻卒。京都芸術大学イラストレーションコース教員。大手ゲーム開発会社に入社後、フリーのイラストレーターに。2012年にKaikai Kiki Galleryで開催されたグループ展「A Nightmare Is A Dream Come True: Anime Expressionist Painting AKA:悪夢のドリカム」に参加。ネオンカラーを取り入れたキャラクターイラストと、西洋美術の手法を横断した作風で様々なクライアントワークを手がける。代表作に『ゼノブレイド2』(モノリスソフト)コンセプトアートなど。

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