映画『移動都市/モータル・エンジン』レビュー 世界最高峰のオタクが生んだ歪さ

(C) Universal Pictures

POPなポイントを3行で

  • 映画『移動都市/モータル・エンジン』が公開中
  • 陣頭指揮をとるのは“世界最強レベルのオタク”ピーター・ジャクソン
  • 偏執狂的なこだわりに満ちた歪な魅力
他の全てを置き去りにしてでも、内燃機関を積んだ巨大な機械を描写し尽くしたい。

3月1日から公開中の『移動都市/モータル・エンジン』は、そんな機械への欲望に満ちた、歪で愛らしい映画である。

『移動都市』の陣頭指揮は、世界最強のオタク

『移動都市』の製作・脚本を担当したピーター・ジャクソンは、世界最強レベルのオタクの一人である。

日本においてはいまだに『ロード・オブ・ザ・リング』三部作の監督として知られているピーターだが、ここ10年あまりは映画産業に関わるかたわらで第一次世界大戦への偏愛を軸にした活動を続けている。

一例を挙げれば、第一次大戦当時の複葉機(主翼が2枚以上ある飛行機)が好きすぎて2009年にはウイングナット・ウイングスというプラモデルメーカーを自分でつくり、高品質なキットを世界中どこでも買えるようにネット直販形式で販売(ここ数年は代理店がついたので日本では店頭でも買えるようになった)。

オマカ・アヴィエーション・ヘリテージ・センター展示の複葉機(写真はイメージ)

さらにプラモデルだけでは飽き足らず、ニュージーランドの博物館であるオマカ・アヴィエーション・ヘリテージ・センターには自ら保有する第一次大戦機の実機(!)を展示。同じく第一次大戦を舞台にしたスピルバーグの『戦火の馬』でもスペシャルサンクスとしてクレジットされている。

さらに言えば、ピーターは昨年第一次大戦当時のフィルムを修復の上で色と音声をつけたドキュメンタリー映画『They Shall Not Grow Old』を監督。BBCと協力してイギリスの帝国戦争博物館に所蔵されているフィルムをデジタル処理した作品だが、なんとピーターはこの仕事を無償で受けたのだという。どんだけ好きなんだよ……。 (本人的にはいろいろ苦労はあるのだろうけど)自分の好きなキングコング(2005年版の『キング・コング』)やホビットの映画をつくり、プラモ屋も経営し、100年前の飛行機の実機を何機も保有する……。

まさにオタクの夢を叶えた男、オタクの中のオタク、それがピーター・ジャクソンである。ただの体重の増減が激しいおじさんではない。

ピーター・ジャクソン/L.Aプレミアの舞台挨拶

彼らの目線は、ただ一点に向いていた

『移動都市』を見る上で重要なのは、第一次大戦が好きすぎてプラモ屋まで始めたおじさんが製作と脚本を務めているということだろう。

さらに言えば監督のクリスチャン・リヴァーズは新卒でいきなりピーターに「映画業界で働きたい!」と手紙を送りつけ、ピーターが名をあげることになったスプラッタコメディホラー『ブレインデッド』のストーリーボード担当として参加。以来25年にわたってピーターの監督作品全てにストーリーボード・アーティストとして参加している人物だ。要するに、いろんな意味で2人とも筋金入りなのだ。 第一次世界大戦当時の兵器の特徴は、やはり全てがむき出しの機械でできていることだろう。当時はガソリンを使った内燃機関が著しい発達を見せ始めたタイミングにあたり、それを制御するのはギアやワイヤーやロッドやカムを介した機械的な方法に頼っていた。現在のように、乗用車一台一台が電子制御されているような時代ではない。

兵器や機械の素材だって現在とは大きく異なる。飛行機は布と鋼管フレームと紐と木材が組み合わされた機体にエンジンを乗せただけの代物だ。要は、人間と機関銃と爆弾とを積んだ、エンジン付きの凧である。

戦車だって、車体の中にエンジンルームがない。だから10人近くのクルーがエンジンと一緒に狭い車内に放り込まれ、熱と排気と騒音にまみれながら操縦していた。第一次大戦当時の兵器は、そもそものつくりや発想が現代の兵器と大きく異なるのである。

これらの兵器の特徴は、『移動都市』のメカ描写に極めて色濃く引き継がれている。移動する巨大都市が別の都市を飲み込み、飲み込まれた都市は資源として解体され、住民は奴隷として回収される……そんな遠未来の地球の物語にも関わらず、この映画のメカは全て機械的な制御で動き回っているように演出される。都市の"脚"はガチャガチャとギアやシャフトが噛み合って動き、いちいち軋みをあげて動く。 轟音をあげて動くエンジンや、油と排気と熱にまみれた人々の姿は、ともすればスチームパンクっぽく見える。しかしこの映画を製作した人たちは、おそらく蒸気機関に対して特に愛着を持っていない。彼らが執着しているのは水蒸気でなくガソリンを燃やして動くエンジンで駆動する20世紀初頭の機械である。 「おれが考えた最強の第一次世界大戦」を必死になって映像化したような、突然変異のような映画はたまに発生する(『Sucker Punch』のことだ)が、『移動都市』もそれに連なる作品だ。 この機械たちへの欲望が、コントロールされ尽くした映像でプレゼンテーションされる。巨大な移動都市"ロンドン"の内部を行き来する乗合い型のエレベーターの座席に薄く積もった埃や、石段や壁のひび割れや、パイロットのジャケットのくたびれ具合。どこまで行ってもあらゆる箇所にディテールが盛られている。これを、目を皿のようにして眺めることは、純粋な快楽に他ならない。よくもまあここまで……とため息をついてしまう。 正直な話、映画としてものすごく出来がいいかと言われるとけっこう難しいところもある。

特に「せっかく出てきたのにあんまりちゃんと活躍せず、いつの間にかフェードアウトしてしまったキャラクターがいる」とか「キャラクターが、そこでそんな行動を取るか?という疑問を抱くような動きをする」とか、細かいところでストレスも多い作品だとは思う。 しかし、もう正直そんなことはどうでもいい。圧倒的熱量とディテールの蓄積によって組み立てられ、轟音を立てて動き回る機械たちの饗宴の前では、すべては瑣末なことである

ことほどかように、『移動都市』は偏執狂的で歪な作品だ。この映画をクサす人もいるだろう。しかしだからこそ、その歪さがおれには刺さった。おれだけはオタクとして絶対にこの映画を褒めなくてはならない……そんな義務感すら湧いてくるような作品である。

映画の魅力

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イベント情報

『移動都市/モータル・エンジン』

監督
クリスチャン・リヴァーズ
脚本
フラン・ウォルシュ、フィリッパ・ボウエン、ピーター・ジャクソン
キャスト
ヘラ・ヒルマー、ロバート・シーアン、ヒューゴ・ウィーヴィング、ジヘ、スティーヴン・ラング
原作
フィリップ・リーヴ「移動都市」(東京創元社刊)
製作
ゼイン・ワイナー、アマンダ・ウォーカー、デボラ・フォート、フラン・ウォルシュ、ピーター・ジャクソン
原題
Mortal Engines

“都市が移動し、都市を喰う世界”を舞台に、衝撃的で新しく、壮大な物語を圧倒的な映像迫力で描き出す冒険ファンタジー超大作。

たった60分で文明を荒廃させた最終戦争後の世界。残された人類は空や海、そして地を這う車輪の上に移動型の都市を創り出し、他の小さな都市を“捕食”することで資源や労働力を奪い生活している。“都市が都市を喰う”、弱肉強食の世界へと姿を変えたこの地上は、巨大移動都市“ロンドン”によって支配されようとしていた。他の都市を次々に飲み込み成長を続けるロンドンを前に、小さな都市と人々が逃げるようにして絶望的な日々を送る中、一人の少女が反撃へと動き出す―。

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しげる

Writer

1987年岐阜県生まれ。プラモデル、アメリカや日本のオモチャ、制作費がたくさんかかっている映画、忍者や殺し屋や元軍人やスパイが出てくる小説、鉄砲を撃つテレビゲームなどを愛好。好きな女優はメアリー・エリザベス・ウィンステッドとエミリー・ヴァンキャンプです。
https://twitter.com/gerusea
http://gerusea.hatenablog.com/

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