4月23日(土)より、TVアニメ『響け!ユーフォニアム』シリーズを振り返る内容となる『劇場版 響け!ユーフォニアム~北宇治高校吹奏楽部へようこそ~』が全国ロードショーされる。
『劇場版 響け!ユーフォニアム』予告
『響け!ユーフォニアム』(以下「ユーフォニアム」)は、2015年4月から7月にかけて放送された、京都アニメーション制作のTVアニメ。主人公・黄前久美子をはじめとした吹奏楽に情熱を傾ける高校生たちの青春群像をリアルに描き、多くのアニメファンの心をつかんだ人気作だ。
劇場版の公開に合わせて続編の制作も発表されており、今後の展開にさらなる注目が集まっている。
その原作『響け!ユーフォニアム 北宇治高校吹奏楽へようこそ』(宝島社文庫)の著者である武田綾乃さんは、2016年春に大学を卒業し社会人となる、弱冠23歳の若手作家。瑞々しい感性と想像力にあふれる彼女がつづる物語は、どのようにして生まれたのか?
「ユーフォニアム」が生まれるまでの経緯から、そのベースとなる武田さんご自身の吹奏楽部での経験談も交え、吹奏楽に青春をかける高校生たちのリアルな姿が描き出されるその源泉に迫ったロングインタビュー。
取材・文・撮影:かまたあつし
武田綾乃(以下、武田) きっかけというほどでもないんですが、小学4年生ぐらいの時、漫画の持ち込みが禁止だったので自分で漫画を描いていた子がいて。「あ、漫画って自分で描けるんだ、それなら私は小説を書いてみようかな?」ぐらいな感じで始めたのが最初だったかと思います。
ノートに1ページにも満たない、ただただ書き出しの文が並ぶという程度で、作品というほどではなかったですね。そうしていくうちに、徐々にちゃんとしたものを書くようになっていったんですが。
──その当時に影響を受けた作家さんはいらっしゃいましたか?
武田 小・中学生の頃は、綿矢りささんにすごく大きな影響を受けていました。あと、当時流行ってた伊坂幸太郎さんの作品も読んでましたし、森見登美彦さんや辻村深月さんも、新刊が出るたびに買ってましたね。 ──綿矢さんも若くしてデビューされた方ですよね。
武田 私自身もまさかこんなに早い段階で小説家になると思っていなかったんですが、作品をある程度形にして人に見せていくという努力を続ければ、いつかはその作品が評価されるということは、すごく実感しています。
「ユーフォニアム」の前に書いた作品(『今日、きみと息をする。』)も、やけっぱちで2週間ぐらいで書ききって勢いで出したものだったんですが、宝島社さんの「日本ラブストーリー」大賞(現:日本ラブストーリー&エンターテインメント大賞)で拾っていただいて、デビュー作になって。
小説を書いていると、自分の書いているものがすごく価値のないものに思えてきて、全部捨てたくなる時もあったりしますが、それでもその気持ちを抑えて。
やっぱり何事も動いてみないと結果はついてこないし、動いてみたら意外とチャンスが巡ってくることは本当にあるんだと思いました。
──「ユーフォニアム」のTVアニメ化が決定した時の心境はいかがでしたか?
武田 大学2年生の冬に本を出した後、3年生の春頃だったんですが、大学の帰りに電車に乗ってた時に、突然担当の方からアニメ化の連絡をいただいたんです。
最初は本当に「何言ってるんだろう」という感じで(笑)、すごく戸惑ったというか驚きが強かったですね。
でも、家に帰って一晩寝るうちに、じわじわと「ああ、アニメ化するんだ…!」という実感が湧いてきて。映像や音がついて久美子たちが動くというのがすごく楽しみでした。
──「ユーフォニアム」は、京都アニメーション(以下、京アニ)のいわゆる深夜アニメとして放送されましたが、武田さん自身もアニメは見る方だったのでしょうか?
武田 めっちゃ見てましたね。アニメは1時間ドラマとかと違って30分でさくっと見られるので、高校生の時は録画したアニメを朝に消化する、みたいな生活を送ってました(笑)。
──京アニの作品も?
武田 そうですね。私、特に『日常』(あらゐけいいちさん原作のギャグアニメ)がすごく好きで、疲れた時とかによく見てました。
だからアニメ化が決まった時は、あの京アニがまさか私の作品を!? って本当にびっくりしましたね。しかも、地元の会社だったからなおさら。
武田 小学5年生の時に金管バンド部に入って、中学生になって吹奏楽部にという流れで、小・中学生と5年くらい吹奏楽をやっていました。
──そこでの経験が作中に反映されているんですね。
武田 (主人公・久美子の担当パートである)「ユーフォニアム」という楽器そのものの知名度がない、というネタはまさにそうですね(笑)。
私も小学生の時に、ユーフォニアムって楽器の担当が余っているから入りなよって誘われて「え? ユーフォニアムって何?」みたいに思ってたんですけど、作品にも登場する似たようなくだりとか、合奏中に存在を忘れられるとかは、完全に自分自身の体験です。
あと、やっぱり先輩と後輩が揉めるという1巻(アニメ化された「北宇治高校吹奏楽部へようこそ」)のギスギス感は、中学生時代の経験が反映されているかなと思います。
──思春期ならではの経験ですね。
武田 私の部活は特に人数が多かったので、スクールカーストみたいなものができ上がってたんですよね。
そんな吹奏楽部に3年間いて、こんなにジャンルの違う人が毎週同じ場所で合奏してケンカしているのを見て、なんて面白い場所なんだろうと思って、その印象を小説にしたいと思ったんです。
作中のキャラクターにも表れているんですが、それぞれ部活にかける熱量が違うんですよね。私はどっちかと言うと、受験とかテストとかもあるから勉強したいし、どうせうちの部活は全国に行けるほどでもないし、そんなにがっつりやらなくてもいいじゃんというスタンスだったんですが、せめて関西目指すぐらいの意気込みで頑張ろうよっていう子もいて。
その温度差っていうのは、ほかの部活にはあまりないというか、個人競技では絶対にない、吹奏楽のようにみんなでつくり上げるもの特有のものだなと感じていましたね。
──1歩引いたところから、そんな人間関係を眺めていたんですね。
武田 そうですね、ちょっと嫌な中学生だったなとも思いますが(笑)。
でも、一生懸命頑張るのも「頑張るってかっこわるいよね、サボろうよ」という気持ちも根底は一緒で、自分の意思で決定したと思ったことでも、結局は場の空気に流されているだけなんじゃないかと私は思っていて。そういう「空気」というのが、1巻のテーマだったんです。 ──やはりご自身もそのような環境の中に身を置いて、何かしら苦悩はあったのでしょうか?
武田 私は小学生の頃から吹奏楽をやっていたので、中学生の時には最初からそこそこ上手いほうに入っていたんですけど、そうすると先輩より上手い後輩になってしまったりとか、私の同級生より上手い後輩が現れた時に、その子をメンバーに入れるか入れないかというのを判断しなくちゃいけなくて。
楽器にもファーストやセカンドといった順番みたいなものがあるんですけど、それを割り振る時に私が憎まれるのは嫌だなみたいな、そういったところで悩んだことはありましたね。
──なるほど。そういった人間関係や実力の差だったり、「青春」とはいえ決して美化されていない情景が「ユーフォニアム」ではまざまざと描かれていますよね。
武田 でも、そのギスギスした中でも、みんなでひとつのことをやっていると結局ぱっと見はまとまって見えるのが、吹奏楽の面白いところなんです。だから、実はそこまで一致団結しなくても演奏はできるんだよね、ぐらいな気持ちで1巻は書いてたんです。
みんな違う楽譜で違う楽器だし、隣にいる人の気持ちも分からないけれど、ひとつの指揮のもとでひとつの音楽を奏でられるという吹奏楽の楽しさを伝えられればいいな、と思って書いています。
──原作では、各パートの動きや音の流れなど、合奏のシーンが数ページにわたってすごく精密に書かれていますが、音を文章で表現するのはとても大変だったのではないでしょうか。
武田 大変でした。2巻も3巻も同じコンクールの描写なので、曲が一緒なんですよね。同じ曲を何度も書いているうちに読んでくださる方が飽きたらどうしようと思って、ちょっとずつ表現を変えようと思って、工夫をしながら書いていきました。
武田 これは私の中でも大きな経験に基づいているんですが、中学校の吹奏楽部はすごく緩い顧問の先生だったんですが、その人がすごく立派な大学の音楽の指導者を連れて来てくださるようになったんです。
それまではずっと銀賞止まりとかでみんなやる気がなかったのに、その方の指導で見違えるほど上手くなったんです。たった2、3時間の指導でも明らかにレベルが変わっていって。
──指導者の力量によって演奏のレベルも変わると。
武田 変わりますね。力量ももちろんですが、良い指導者というのは、さっきも話した「空気」を上手くまとめてひとつの方向に導ける人だと思うんですよね。
──まさに滝先生はそんなタイプですね。彼はさまざまな性格や境遇の部員をまとめているわけですが、それもやはり周りの友人をモデルにされているのでしょうか?
武田 そうですね。例えばあすかは、高校にすごく頭のいい友達がいて「はあ、この子は別次元だな。上には上がいるもんだ」とカルチャーショックを受けたことがあって、その子のイメージが投影されているかなと。
──その中でもお気に入りのキャラクターは?
武田 私は優子が1番お気に入りです。実は、優子は周りの空気を読める大人なんですよね。ただ、伝え方がまずいというかちょっと拙いんですけど。
1巻の段階では、自分の大好きな先輩を差し置いてソロに選ばれた麗奈に楯突く悪者みたいな扱いになっちゃったんですけど、優子みたいに裏でこそこそせず表立って言ってくれる子もいたらいいなって。
高校生のうちぐらいですよね、ああやって面と向かってぶつかれるのは。私はそういう関係性を書くのがすごく好きなんです。
──それぞれ性格や境遇の異なるキャラクターを動かすのは大変だったのはないでしょうか?
武田 最初はキャラをどう動かすか、本当に悩みどころでした。物語が進むにつれて勝手に動いてくれるようになったんですが、序盤は筋通りに全然動いてくれなくて……。
──1番書きにくかったキャラクターは?
武田 久美子ですね。最初に吹奏楽の話を書こうと思った時に、ユーフォニアムという楽器を吹くのはどういう子かと考えて、緩衝材じゃないですけど、ちょっと柔らかめの子が多いなと思って。
良くも悪くも普通な子というイメージがあって、だから久美子も普通な子に書きたいと思ったんですけど、じゃあ普通って何だろう……ってどんどん煮詰まっちゃって。 あと、3巻のあすかにまつわるシーンは本当に大変で、締切を伸ばしに伸ばしてもらって。エンディングも全部できあがったのにそのシーンだけどうしても書けなくて、担当の方に「あすかが戻ってこないんです」ってずっと言い続けていた気がします(笑)。
──ちなみに、久美子といえば、幼なじみの秀一とつかず離れずの恋愛チックな要素もありますよね。
武田 久美子と秀一の関係は、少女漫画を目指して書いてみましたね。少女漫画って、気になる幼馴染がいてやきもきして、みたいなのが多いじゃないですか。
「ユーフォニアム」の最初のイメージとして、少女漫画みたいなちょっと児童書チックというか、中高生の子が楽しんで読んでくれるような作品になればいいなと思っていたので、そういうイメージで書いた時に、やいのやいの言いながらも仲良いみたいな、ああいう男女の関係が生まれたという感じですね。
武田 本当に仲の良い女の子同士というのは、何か芯がつながっているというか、彼氏といるよりも居心地良いという雰囲気があって。
特に女子高生の頃はお互い依存度が高かった記憶があって、実際に私の周りでは、それこそ本当に友達以上恋人未満みたいな関係の子が多かった気はしますね。
だから普通にこんな感じでしょ? みたいな気持ちで書いてみたんですが、結構反響があって驚きましたね。確かに、アニメではちょっと距離近すぎるなとは思いましたけど(笑)。 ──先輩と後輩でぶつかったりしながらも、そうやって寄り添い合うような関係性も築かれていたんですね。
武田 1巻は「空気」が根底のテーマとなっていたんですが、2、3巻と書いていくうちにちょっと作品の方向性が変わってきて、「特別になりたい」というのが作品全体のテーマになってきたんです。
中高生の時って、勉強や部活の毎日でアイデンティティがぐらつくような子が周りに多かったんです。私自身も、「私、毎日何してるんだろう?」みたいな気持ちが強くて。
そういう時に、埋没したくない、周囲にとって無価値でありたくないという気持ちも中高生は1番強いんじゃないかと思っていて、誰かひとりでもいいから求められたい、寄り添っていたい、必要とされたいという欲を「特別になりたい」という感情ですべて包み込んで書いたのが2、3巻なんです。
──アニメでも「特別になりたい」という麗奈のセリフが印象的でしたね。アニメは劇場版だけではなく続編の制作も決定していますが、原作2巻以降の物語がどのように描かれるか楽しみです。
武田 2巻以降で新たに登場するキャラクターもいるので、その子たちが動くというだけでもう楽しみですね。優子も大活躍しますし(笑)。
武田 私が生まれ育った街なので。特に小学校の通学路だった平等院通りがすごく好きで、あそこを通るといつもお茶の香りがするんですよ。そんな自分の故郷の風景を何かしらの形に残したいというのは、漠然と思っていたんです。
そしたら、宇治川の氾濫で平等院の辺りで土砂崩れが起こって。私としてはあの街並みは絶対に不変のものだと思っていたので、すごくショックを受けました。
だから、作品の中でも宇治の街並みを形に残しておきたいと思って、「ユーフォニアム」では宇治を舞台にしようと決めたんです。
──アニメが始まってからは、宇治を訪れるファンも多くなったと思います。
武田 この前宇治で講演会があったんですが、すごく遠くから来てくださった方もいらして、「久美子ベンチ」(久美子が放課後によく座っている川原のベンチ)の話で盛り上がって。
楽器が好きな子はあそこで座って吹いたりもしてるみたいで、私も学生の頃に堤防とかでよく練習してたのを思い出しました。そうやってアニメのシーンを再現するのも素敵ですよね。
──大吉山の頂上で久美子と麗奈が合奏するシーンも、宇治の美しい夜景も相まってファンからすごく反響がありましたね。あれはアニメオリジナルの演出だったと思いますが。
武田 そうですね。特にあのシーンは本当に感動して、家で何回も見ちゃいました。オリジナルとは言っても原作を上手く活かしていただいた演出で、ありがたいなあという気持ちとともに新鮮な気持ちで見ていましたね。
武田 アニメ化というだけでもすごく嬉しかったのに、まさか映画にもなるっていうのは想像もしてなかったので、決定したときは本当に「うわ、びっくり」みたいな(笑)。
特に音楽をテーマにしたアニメなので、劇場の音響設備で演奏を聴けるというのがすごく嬉しくて、ただただ視聴者として楽しみだなという心境ですね。
──原作のほうは3巻でひとつの区切りを迎えたと思いますが、今後続編などの構想はあるのでしょうか?
武田 番外編の構想はあります。本編では座奏のシーンが多かったので、マーチングの学校について書いてみたいなとも考えていたり。
──別の学校ということですか?
武田 そうですね。
──「ユーフォニアム」以外にも書いてみたい題材はありますか?
武田 いっぱいありますね。ファンタジーとかミステリーとか、挙げればキリがないですが、今はしばらく「ユーフォニアム」シリーズを書いていきたいなと。
というのも、「ユーフォニアム」は高校生の話なので、学生時代の記憶がしっかり残っている今のうちに書いておきたいんですよね。
あの瑞々しい空気感とか、今しか書けないものってあると思うんです。何年か経った後に書いたら、もしかしたら違うものになっているかもしれない。
──武田さんにとって、「ユーフォニアム」はそれほど大切な作品なんですね。
武田 私の学生時代の思い出を、良くも悪くも、綺麗なところも汚いところも結晶化した作品だと思っています。
自分が思春期の頃に抱えていた鬱屈していた気持ちとか、友達に支えられた時のこととか……自分が何を感じていて、何を思っていたかということを上手く形にできたんじゃないかと。
これだけ続くと、やっぱりどのキャラにも思い出や印象深いところがあるので、これからほかの小説も書いていくかもしれないですが、一生忘れられない作品になったと思っています。
劇場版の公開に合わせて続編の制作も発表されており、今後の展開にさらなる注目が集まっている。
その原作『響け!ユーフォニアム 北宇治高校吹奏楽へようこそ』(宝島社文庫)の著者である武田綾乃さんは、2016年春に大学を卒業し社会人となる、弱冠23歳の若手作家。瑞々しい感性と想像力にあふれる彼女がつづる物語は、どのようにして生まれたのか?
「ユーフォニアム」が生まれるまでの経緯から、そのベースとなる武田さんご自身の吹奏楽部での経験談も交え、吹奏楽に青春をかける高校生たちのリアルな姿が描き出されるその源泉に迫ったロングインタビュー。
取材・文・撮影:かまたあつし
作家を志してからアニメ化に至るまで
──武田さんが作家を志すようになったきっかけとは何だったのでしょうか?武田綾乃(以下、武田) きっかけというほどでもないんですが、小学4年生ぐらいの時、漫画の持ち込みが禁止だったので自分で漫画を描いていた子がいて。「あ、漫画って自分で描けるんだ、それなら私は小説を書いてみようかな?」ぐらいな感じで始めたのが最初だったかと思います。
ノートに1ページにも満たない、ただただ書き出しの文が並ぶという程度で、作品というほどではなかったですね。そうしていくうちに、徐々にちゃんとしたものを書くようになっていったんですが。
──その当時に影響を受けた作家さんはいらっしゃいましたか?
武田 小・中学生の頃は、綿矢りささんにすごく大きな影響を受けていました。あと、当時流行ってた伊坂幸太郎さんの作品も読んでましたし、森見登美彦さんや辻村深月さんも、新刊が出るたびに買ってましたね。 ──綿矢さんも若くしてデビューされた方ですよね。
武田 私自身もまさかこんなに早い段階で小説家になると思っていなかったんですが、作品をある程度形にして人に見せていくという努力を続ければ、いつかはその作品が評価されるということは、すごく実感しています。
「ユーフォニアム」の前に書いた作品(『今日、きみと息をする。』)も、やけっぱちで2週間ぐらいで書ききって勢いで出したものだったんですが、宝島社さんの「日本ラブストーリー」大賞(現:日本ラブストーリー&エンターテインメント大賞)で拾っていただいて、デビュー作になって。
小説を書いていると、自分の書いているものがすごく価値のないものに思えてきて、全部捨てたくなる時もあったりしますが、それでもその気持ちを抑えて。
やっぱり何事も動いてみないと結果はついてこないし、動いてみたら意外とチャンスが巡ってくることは本当にあるんだと思いました。
──「ユーフォニアム」のTVアニメ化が決定した時の心境はいかがでしたか?
武田 大学2年生の冬に本を出した後、3年生の春頃だったんですが、大学の帰りに電車に乗ってた時に、突然担当の方からアニメ化の連絡をいただいたんです。
最初は本当に「何言ってるんだろう」という感じで(笑)、すごく戸惑ったというか驚きが強かったですね。
でも、家に帰って一晩寝るうちに、じわじわと「ああ、アニメ化するんだ…!」という実感が湧いてきて。映像や音がついて久美子たちが動くというのがすごく楽しみでした。
──「ユーフォニアム」は、京都アニメーション(以下、京アニ)のいわゆる深夜アニメとして放送されましたが、武田さん自身もアニメは見る方だったのでしょうか?
武田 めっちゃ見てましたね。アニメは1時間ドラマとかと違って30分でさくっと見られるので、高校生の時は録画したアニメを朝に消化する、みたいな生活を送ってました(笑)。
──京アニの作品も?
武田 そうですね。私、特に『日常』(あらゐけいいちさん原作のギャグアニメ)がすごく好きで、疲れた時とかによく見てました。
だからアニメ化が決まった時は、あの京アニがまさか私の作品を!? って本当にびっくりしましたね。しかも、地元の会社だったからなおさら。
場の「空気」をテーマにした原作1巻
──「ユーフォニアム」はご自身の経験や周りの方々への取材などをもとに書かれたそうですが、武田さん自身はいつ頃から吹奏楽を始められたのでしょうか?武田 小学5年生の時に金管バンド部に入って、中学生になって吹奏楽部にという流れで、小・中学生と5年くらい吹奏楽をやっていました。
──そこでの経験が作中に反映されているんですね。
武田 (主人公・久美子の担当パートである)「ユーフォニアム」という楽器そのものの知名度がない、というネタはまさにそうですね(笑)。
私も小学生の時に、ユーフォニアムって楽器の担当が余っているから入りなよって誘われて「え? ユーフォニアムって何?」みたいに思ってたんですけど、作品にも登場する似たようなくだりとか、合奏中に存在を忘れられるとかは、完全に自分自身の体験です。
あと、やっぱり先輩と後輩が揉めるという1巻(アニメ化された「北宇治高校吹奏楽部へようこそ」)のギスギス感は、中学生時代の経験が反映されているかなと思います。
──思春期ならではの経験ですね。
武田 私の部活は特に人数が多かったので、スクールカーストみたいなものができ上がってたんですよね。
そんな吹奏楽部に3年間いて、こんなにジャンルの違う人が毎週同じ場所で合奏してケンカしているのを見て、なんて面白い場所なんだろうと思って、その印象を小説にしたいと思ったんです。
作中のキャラクターにも表れているんですが、それぞれ部活にかける熱量が違うんですよね。私はどっちかと言うと、受験とかテストとかもあるから勉強したいし、どうせうちの部活は全国に行けるほどでもないし、そんなにがっつりやらなくてもいいじゃんというスタンスだったんですが、せめて関西目指すぐらいの意気込みで頑張ろうよっていう子もいて。
その温度差っていうのは、ほかの部活にはあまりないというか、個人競技では絶対にない、吹奏楽のようにみんなでつくり上げるもの特有のものだなと感じていましたね。
──1歩引いたところから、そんな人間関係を眺めていたんですね。
武田 そうですね、ちょっと嫌な中学生だったなとも思いますが(笑)。
でも、一生懸命頑張るのも「頑張るってかっこわるいよね、サボろうよ」という気持ちも根底は一緒で、自分の意思で決定したと思ったことでも、結局は場の空気に流されているだけなんじゃないかと私は思っていて。そういう「空気」というのが、1巻のテーマだったんです。 ──やはりご自身もそのような環境の中に身を置いて、何かしら苦悩はあったのでしょうか?
武田 私は小学生の頃から吹奏楽をやっていたので、中学生の時には最初からそこそこ上手いほうに入っていたんですけど、そうすると先輩より上手い後輩になってしまったりとか、私の同級生より上手い後輩が現れた時に、その子をメンバーに入れるか入れないかというのを判断しなくちゃいけなくて。
楽器にもファーストやセカンドといった順番みたいなものがあるんですけど、それを割り振る時に私が憎まれるのは嫌だなみたいな、そういったところで悩んだことはありましたね。
──なるほど。そういった人間関係や実力の差だったり、「青春」とはいえ決して美化されていない情景が「ユーフォニアム」ではまざまざと描かれていますよね。
武田 でも、そのギスギスした中でも、みんなでひとつのことをやっていると結局ぱっと見はまとまって見えるのが、吹奏楽の面白いところなんです。だから、実はそこまで一致団結しなくても演奏はできるんだよね、ぐらいな気持ちで1巻は書いてたんです。
みんな違う楽譜で違う楽器だし、隣にいる人の気持ちも分からないけれど、ひとつの指揮のもとでひとつの音楽を奏でられるという吹奏楽の楽しさを伝えられればいいな、と思って書いています。
──原作では、各パートの動きや音の流れなど、合奏のシーンが数ページにわたってすごく精密に書かれていますが、音を文章で表現するのはとても大変だったのではないでしょうか。
武田 大変でした。2巻も3巻も同じコンクールの描写なので、曲が一緒なんですよね。同じ曲を何度も書いているうちに読んでくださる方が飽きたらどうしようと思って、ちょっとずつ表現を変えようと思って、工夫をしながら書いていきました。
1番お気に入りのキャラクターは優子
──「ユーフォニアム」では、そんな吹奏楽部をまとめる存在として顧問の滝先生が活躍しますよね。武田 これは私の中でも大きな経験に基づいているんですが、中学校の吹奏楽部はすごく緩い顧問の先生だったんですが、その人がすごく立派な大学の音楽の指導者を連れて来てくださるようになったんです。
それまではずっと銀賞止まりとかでみんなやる気がなかったのに、その方の指導で見違えるほど上手くなったんです。たった2、3時間の指導でも明らかにレベルが変わっていって。
──指導者の力量によって演奏のレベルも変わると。
武田 変わりますね。力量ももちろんですが、良い指導者というのは、さっきも話した「空気」を上手くまとめてひとつの方向に導ける人だと思うんですよね。
──まさに滝先生はそんなタイプですね。彼はさまざまな性格や境遇の部員をまとめているわけですが、それもやはり周りの友人をモデルにされているのでしょうか?
武田 そうですね。例えばあすかは、高校にすごく頭のいい友達がいて「はあ、この子は別次元だな。上には上がいるもんだ」とカルチャーショックを受けたことがあって、その子のイメージが投影されているかなと。
──その中でもお気に入りのキャラクターは?
武田 私は優子が1番お気に入りです。実は、優子は周りの空気を読める大人なんですよね。ただ、伝え方がまずいというかちょっと拙いんですけど。
1巻の段階では、自分の大好きな先輩を差し置いてソロに選ばれた麗奈に楯突く悪者みたいな扱いになっちゃったんですけど、優子みたいに裏でこそこそせず表立って言ってくれる子もいたらいいなって。
高校生のうちぐらいですよね、ああやって面と向かってぶつかれるのは。私はそういう関係性を書くのがすごく好きなんです。
──それぞれ性格や境遇の異なるキャラクターを動かすのは大変だったのはないでしょうか?
武田 最初はキャラをどう動かすか、本当に悩みどころでした。物語が進むにつれて勝手に動いてくれるようになったんですが、序盤は筋通りに全然動いてくれなくて……。
──1番書きにくかったキャラクターは?
武田 久美子ですね。最初に吹奏楽の話を書こうと思った時に、ユーフォニアムという楽器を吹くのはどういう子かと考えて、緩衝材じゃないですけど、ちょっと柔らかめの子が多いなと思って。
良くも悪くも普通な子というイメージがあって、だから久美子も普通な子に書きたいと思ったんですけど、じゃあ普通って何だろう……ってどんどん煮詰まっちゃって。 あと、3巻のあすかにまつわるシーンは本当に大変で、締切を伸ばしに伸ばしてもらって。エンディングも全部できあがったのにそのシーンだけどうしても書けなくて、担当の方に「あすかが戻ってこないんです」ってずっと言い続けていた気がします(笑)。
──ちなみに、久美子といえば、幼なじみの秀一とつかず離れずの恋愛チックな要素もありますよね。
武田 久美子と秀一の関係は、少女漫画を目指して書いてみましたね。少女漫画って、気になる幼馴染がいてやきもきして、みたいなのが多いじゃないですか。
「ユーフォニアム」の最初のイメージとして、少女漫画みたいなちょっと児童書チックというか、中高生の子が楽しんで読んでくれるような作品になればいいなと思っていたので、そういうイメージで書いた時に、やいのやいの言いながらも仲良いみたいな、ああいう男女の関係が生まれたという感じですね。
「特別になりたい」ということ
──そんな秀一との掛け合いもそうですが、久美子と麗奈のような女性同士の友達以上恋人未満的な関係が、原作でもアニメでも印象的でした。武田 本当に仲の良い女の子同士というのは、何か芯がつながっているというか、彼氏といるよりも居心地良いという雰囲気があって。
特に女子高生の頃はお互い依存度が高かった記憶があって、実際に私の周りでは、それこそ本当に友達以上恋人未満みたいな関係の子が多かった気はしますね。
だから普通にこんな感じでしょ? みたいな気持ちで書いてみたんですが、結構反響があって驚きましたね。確かに、アニメではちょっと距離近すぎるなとは思いましたけど(笑)。 ──先輩と後輩でぶつかったりしながらも、そうやって寄り添い合うような関係性も築かれていたんですね。
武田 1巻は「空気」が根底のテーマとなっていたんですが、2、3巻と書いていくうちにちょっと作品の方向性が変わってきて、「特別になりたい」というのが作品全体のテーマになってきたんです。
中高生の時って、勉強や部活の毎日でアイデンティティがぐらつくような子が周りに多かったんです。私自身も、「私、毎日何してるんだろう?」みたいな気持ちが強くて。
そういう時に、埋没したくない、周囲にとって無価値でありたくないという気持ちも中高生は1番強いんじゃないかと思っていて、誰かひとりでもいいから求められたい、寄り添っていたい、必要とされたいという欲を「特別になりたい」という感情ですべて包み込んで書いたのが2、3巻なんです。
──アニメでも「特別になりたい」という麗奈のセリフが印象的でしたね。アニメは劇場版だけではなく続編の制作も決定していますが、原作2巻以降の物語がどのように描かれるか楽しみです。
武田 2巻以降で新たに登場するキャラクターもいるので、その子たちが動くというだけでもう楽しみですね。優子も大活躍しますし(笑)。
作中で描かれる宇治の街並み
──「ユーフォニアム」では、舞台となる京都・宇治の街並みも細かに描かれていますよね。武田 私が生まれ育った街なので。特に小学校の通学路だった平等院通りがすごく好きで、あそこを通るといつもお茶の香りがするんですよ。そんな自分の故郷の風景を何かしらの形に残したいというのは、漠然と思っていたんです。
そしたら、宇治川の氾濫で平等院の辺りで土砂崩れが起こって。私としてはあの街並みは絶対に不変のものだと思っていたので、すごくショックを受けました。
だから、作品の中でも宇治の街並みを形に残しておきたいと思って、「ユーフォニアム」では宇治を舞台にしようと決めたんです。
──アニメが始まってからは、宇治を訪れるファンも多くなったと思います。
武田 この前宇治で講演会があったんですが、すごく遠くから来てくださった方もいらして、「久美子ベンチ」(久美子が放課後によく座っている川原のベンチ)の話で盛り上がって。
楽器が好きな子はあそこで座って吹いたりもしてるみたいで、私も学生の頃に堤防とかでよく練習してたのを思い出しました。そうやってアニメのシーンを再現するのも素敵ですよね。
──大吉山の頂上で久美子と麗奈が合奏するシーンも、宇治の美しい夜景も相まってファンからすごく反響がありましたね。あれはアニメオリジナルの演出だったと思いますが。
武田 そうですね。特にあのシーンは本当に感動して、家で何回も見ちゃいました。オリジナルとは言っても原作を上手く活かしていただいた演出で、ありがたいなあという気持ちとともに新鮮な気持ちで見ていましたね。
一生忘れられない作品になった『響け!ユーフォニアム』
──4月からはついに劇場版アニメが公開ですね。武田 アニメ化というだけでもすごく嬉しかったのに、まさか映画にもなるっていうのは想像もしてなかったので、決定したときは本当に「うわ、びっくり」みたいな(笑)。
特に音楽をテーマにしたアニメなので、劇場の音響設備で演奏を聴けるというのがすごく嬉しくて、ただただ視聴者として楽しみだなという心境ですね。
──原作のほうは3巻でひとつの区切りを迎えたと思いますが、今後続編などの構想はあるのでしょうか?
武田 番外編の構想はあります。本編では座奏のシーンが多かったので、マーチングの学校について書いてみたいなとも考えていたり。
──別の学校ということですか?
武田 そうですね。
──「ユーフォニアム」以外にも書いてみたい題材はありますか?
武田 いっぱいありますね。ファンタジーとかミステリーとか、挙げればキリがないですが、今はしばらく「ユーフォニアム」シリーズを書いていきたいなと。
というのも、「ユーフォニアム」は高校生の話なので、学生時代の記憶がしっかり残っている今のうちに書いておきたいんですよね。
あの瑞々しい空気感とか、今しか書けないものってあると思うんです。何年か経った後に書いたら、もしかしたら違うものになっているかもしれない。
──武田さんにとって、「ユーフォニアム」はそれほど大切な作品なんですね。
武田 私の学生時代の思い出を、良くも悪くも、綺麗なところも汚いところも結晶化した作品だと思っています。
自分が思春期の頃に抱えていた鬱屈していた気持ちとか、友達に支えられた時のこととか……自分が何を感じていて、何を思っていたかということを上手く形にできたんじゃないかと。
これだけ続くと、やっぱりどのキャラにも思い出や印象深いところがあるので、これからほかの小説も書いていくかもしれないですが、一生忘れられない作品になったと思っています。
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関連リンク
武田綾乃
小説家
1992年、京都府生まれ。京都府在住。
2013年、宝島社第8回「日本ラブストーリー大賞」
隠し玉作品『今日、きみと息をする。』でデビュー。
他の著書に『響け! ユーフォニアム 北宇治高校吹奏楽部へようこそ』
『響け! ユーフォニアム 2 北宇治高校吹奏楽部のいちばん熱い夏』
『響け! ユーフォニアム 3 北宇治高校吹奏楽部、最大の危機』(以上、すべて宝島社文庫)などがある。
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