連載 | #2 2018年のポップを振り返る

平成最後に現れた2人の若きシンガーソングライターと、インターネットの光と影

平成最後に現れた2人の若きシンガーソングライターと、インターネットの光と影
平成最後に現れた2人の若きシンガーソングライターと、インターネットの光と影

崎山蒼志『いつかみた国』・長谷川白紙『草木萌動』

POPなポイントを3行で

  • 平成最後に現れた二人の現役学生シンガーソングライターの活躍を分析
  • 現役高校生・現在16歳の崎山蒼志のデビュー
  • 現役音大生・現在20歳の長谷川白紙のCDデビュー
平成も終わりに近付いた2018年の音楽界は、とにかく若いシンガーソングライターの活躍が目覚しかった。

決して楽天できることだけではなかった、その光と影について個人的にふりかえりたいと思う。

まず、光──共にその音楽的才能から、SNSを中心にネットで話題となり、2018年にCDデビューを遂げた現役学生シンガーソングライターについて。

現役高校生シンガーソングライターである崎山蒼志(さきやま・そうし)さんと現役音大生シンガーソングライターである長谷川白紙(はせがわ・はくし)さんだ。

現役高校生シンガーソングライター崎山蒼志

簡単にその来歴から振り返ろう。 崎山蒼志さんは2002年生まれ、現役高校生の現在16歳。4歳でギターを弾き、小6で作曲を始め、2015年頃からストリートやイベントを中心に音楽活動を開始。
崎山蒼志が一躍注目を浴びたネット番組
2018年5月9日にAbemaTV「日村がゆく」の高校生フォークソングGPに出演すると、そのギターテクニックや当時15歳にしてすでに完成された楽曲に話題騒然となり、瞬く間にSNSやメディアで取り上げられるようになる。
崎山蒼志「五月雨」(MV)
その2か月後には、番組で話題となった『五月雨』を含む『夏至/五月雨』を急きょ配信リリース。MVは公開3週間で100万回再生を越えた。
2か月ごとにシングル配信リリースを繰り返し、2018年12月ついに初のメジャー1stアルバム『いつかみた国』をリリースした。

「見つかるべくして見つかった当時15歳の少年」という希望

ずっと崎山さんのような、若く一目で見て取れる圧倒的な才能を待ちわびていたんだと思わせるくらい、アコースティックギターを掻き鳴らして世に現れた彼は光っていた。

声の震え、抑揚、叫び、巻き舌、わざとすぼますように歌うその出来上がった歌唱法は、あたかも日本語詞を届けるために何十年もかけて開発されたようで…その歌い方を15歳の男の子がもう身につけている。

それでいて現代詩に近い作詞技法は、私たちが「何か最近の音楽…」と口を揃えて言っていた平凡な常套句を打ち破ってくれた。

平成の終わりが聞こえる2018年に「見つかるべくして見つかった15歳の少年」を、TVでもなくネット番組で皆が目撃し、SNSで広まったことは事件だった。

15歳の未来あるアーティストにどこまで大人の希望を押し付けていいのか、ただただ感動する自分に戸惑いも感じるが、彼の完成度は15歳のそれではなく、彼が普段見ている教室や暮らしから何センチか浮いたもので構成されており、少年少女を卒業した大人でも共感できるものだったのは大きい。

現役音大生シンガーソングライター長谷川白紙

1998年生まれ、現役音大生の現在20歳。

10代である2016年頃からSoundCloudといったインターネットのプラットフォーム上で作品を発表し、そのクオリティの高さと早熟した才能でSNSを中心に大きな話題を呼ぶ。
老舗ネットレーベル・Maltine Recordsが2017年に始めた定期イベント「MALTINE SEED STAGE」やトラックメイカー/ヨーヨープレイヤー・Yackleさん主宰の「超合法」などに出演し、恬然とした佇まいと絡み合う音の妙で来場者を唸らせた。 同年11月にはMaltine Recordsより、「iPhoneに関する叙事詩」をテーマとしたフリーEP作品『アイフォーン・シックス・プラス』を発表。
そして、20歳を目前に控えた2018年12月、ULTRA-VYBEレーベルより『草木萌動』で待望のCDデビューを果たす。

当時19才の生命の音を聴かせきることに成功したデビューEP

訳が分からなくなるほどの洪水のような打ち込みの音数と、その隙間をすくい取って奏でられるシンセサイザーでの和音は脳を痺れさせる。そして、とんでもないリズムに乗った散文調の日本語詞は長谷川白紙の柔らかい歌声と共に、さらに脳を甘く溶かしていく。

物凄い勢いで音数が走り去っていくのに、一音も雑音とならずに、身体にすべてが吸収されていく。

現代音楽やジャズベースのアレンジメントは、長谷川白紙の奏でる楽曲のエネルギーそのままに、リスナーの生命を揺さぶるような高揚感へと繋がっていく。

『草木萌動』に収録されているYMOのカバー「キュー」は、長谷川白紙の持ち味であるシンセサイザーの和音が光り輝くアレンジとなっており、若き音楽家の溢れ出る才能と、これまでの音楽家から受け継いだもの、そして、これからの希望を感じさせるアルバム内でのフックとなっている。(関連記事

怒涛のように奏でられるキーボードの音色もどこか懐かしく、どうして言葉がこんなに一音一音と一体化しているのだろうと思えるポロポロとした音の散文詩は、彼の柔らかく中性的な歌声から溢れ出ており、その音は美しかった。

2人の共通点である、作詞の力

2人の共通点として、誰もがほっておけない音楽的才能を持ち合わせていることはもちろん、筆者は言葉を扱う「作詞」の存在が大きいと思っている。両者の音楽はそれぞれ独特のリズムと共に現代詩のような「日本語詞」が断片的に、しかし強く耳に降ってくる。

崎山さんは詩人・吉増剛造の詩集に触れていることをインタビューで語っている(外部リンク)。

また、アルバム『いつかみた国』に収録されている『時計でもない』という楽曲の「レモンかじって朝を迎えた/君は笑っていた」というフレーズは、高村光太郎の「レモン哀歌」を彷彿とさせる。

対して、読書が趣味だという長谷川さんは、好きな詩人として蜂飼耳と北園克衛を挙げており(外部リンク)、ライブイベントではDJの合間に小笠原鳥類の詩をポエトリーリーディングしたこともあった。 音と共に強く削られ研ぎ澄まされた言葉は時代を越える、というのを体現した音楽ではないかと筆者は感じている。

同じく若き才能である、ぼくりりの辞職

2018年はもう一つ、大きな出来事があった。

奇しくも長谷川白紙さんと同じ1998年生まれ、現在20歳のぼくのりりっくのぼうよみ(ぼくりり)さんが2019年1月をもって音楽活動を終了すると宣言したことだ。

自他共に認める天才として活動してきた彼が、「(自分に対して)できあがった偶像に自分が支配されることが耐えられない」と、ぼくりりを「辞職」することを決意(関連記事)。

Twitterでもその胸中を赤裸々に述べており、「結局のところ、他人からどう思われているのかに執着し続けた3年間でした」という言葉を残している。 ぼくりりさんもまた当時現役高校生としてデビューし、テレビなどでも取り上げられ“早熟”ともてはやされ、3年間を駆け抜け続けた中での突然の辞職宣言だった。

現在、ぼくりりさんはTwitterでこんな言葉を発信している。 「こういう支持をされるように仕向けたのは半ば自分でもあるんだが、どうしてこんな地獄にきてしまったのだろう?と最近は思う なんとなく売れたい程度の生ぬるい気持ちで通れる場所ではない 凄まじい硬度の目標と意思がないと、とてもじゃないけど居続けられない 心に負荷がかかりすぎて」 インターネットの普及が、あらゆる技術や才能が世界中に瞬時に届くようになったことで、これまで以上に、若い才能を汲み上げる、あるいは才能を若いうちから押し上げることを可能にした。

これは、音楽業界に限らず、あらゆるジャンルで指摘され、その仮説は時代が証明してきた。

今回挙げた3人の若き才能も、もちろんそれだけではないが、インターネットがあったからこそ早くから才能が開花し、世に発掘されたのは確かだ。

しかし早くに活躍できるチャンスが増えたがゆえに、才能あるいはその人自身が消費され、心無い言葉に晒され、自分のやりたいことを見失ってしまうリスクもまた増えた。ライターである筆者がそれに加担していない、と断言することもできない。

ただ、筆者はそれを悲観しているわけではないし、この3人を並べるのもあくまで同時代性をそこに見たからで、この先それぞれがどう活躍していくのかを規定する意図はない。

また、ネットを最大限活用して活躍の場を広げ、今ではメジャーの第一線で活躍しながらも自分の軸をぶらさないできたtofubeatsさんのような例もある。

大人が若き才能に期待を寄せるのもまた暴力であることからは逃れられないが、自分の道を自分で切り拓くアーティストに対して、せめて発信者である己として敬意と賞賛を伝えていきたい。

そして、崎山蒼志と長谷川白紙のCDが世に出たからには、今すぐ元号が変わっても大丈夫だと、そう信じてこの文章を「平成」に残します。

若きシンガーソングライターの才能

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