連載 | #4 2018年のポップを振り返る

安室奈美恵は祈らない 平成を象徴する“クイーンオブポップ”について

安室奈美恵は祈らない 平成を象徴する“クイーンオブポップ”について
安室奈美恵は祈らない 平成を象徴する“クイーンオブポップ”について

安室奈美恵さん/ファイナルツアーにて

POPなポイントを3行で

  • なぜ安室奈美恵は“平成の歌姫”と呼ばれるまでになったのか?
  • 安室奈美恵がファンに呼びかけ続けたメッセージ
  • 彼女の駆け抜けた軌跡から、ポップについて考える
平成の終わりに、どうしても安室奈美恵について語らなければならないと思って筆者はこの原稿を書いている。

ポップを掲げるメディアを運営する筆者にとって、安室奈美恵を考えることは、ポップを考えることだからだ。

彼女は、やはり平成を象徴する極めて特異なアーティストだった

安室奈美恵の引退 5年越しにたぐり寄せた奇跡

2017年9月、デビュー25周年の沖縄公演を成功させた直後、彼女は引退を発表した。ライブに足を運んだことのあるファンなら、驚きはあれど少なくとも納得もしたはずだ。

パフォーマンスに対してストイックであり続けた安室奈美恵のライブ公演。僅かなMCや衣装替えを除いて、激しい歌とダンスを数時間ぶっ通しでパフォーマンスするには、一線級のアスリート並みの肉体と体力が必要となるはずだ。

当たり前だが、ライブでも歌番組でも口パクはもちろん“かぶせ”(音源と生歌唱をかぶせること)もない。

特に引退までのここ数年間は、1回の公演を長距離走のように緩急をつけて完走する姿が印象的だった。今さら言うまでもないが、そもそも40歳までそのパフォーマンスを維持し続けたことこそが驚異だ。

誤解を恐れずに言えば、この5年ほどは、引き延ばしを余儀なくされた結果生まれた、アーティストとしてのある種のボーナスステージのようなものだったと一部のファンからは考えられている。

20周年の故郷凱旋という、大きな意味を持っていた沖縄公演は台風で中止となった。それから5年後、安室奈美恵にとってもファンにとっても、悲願の25周年沖縄公演だった。

特別な意味があるからこそ周年でしかチャレンジできない沖縄公演。天候の崩れやすい夏の沖縄でのリベンジは、分の悪い賭けだったに違いない。

5年前と同じく再び台風が襲った沖縄で、20周年で迎えるはずだった未来を5年越しにたぐり寄せて涙したその3日後、安室奈美恵は引退を発表した。

そこからさらに1年走り続けてくれたのは、ファンが気持ちを整理する猶予期間をくれたようなものだったと思っている。

女手一つで育てた、たった一人の息子の成人も、一つのきっかけだったのかもしれない。

いくつかの偶然が重なって、安室奈美恵というアーティストのキャリアが、平成という時代の幕引きに重なることとなった。

転向、独立。安室奈美恵の選択

平成4年の1992年からアイドルとしてそのキャリアの第一歩を踏み出した安室奈美恵は、後にシンガーとしての才能を見出され、小室哲哉全盛期を支える存在となっていった。

小室哲哉のプロデュース以降、ブラックミュージック色が如実に強まっていったが、彼女の持つグルーヴ感は違和感なくそれに共鳴していたように思う。
安室奈美恵「Don't wanna cry」
ただし、小室プロデュースの元で安室奈美恵が活動したのは、キャリアとしてはわずか5年ほど。

後年この件について直接言及することはなかったが、出産・育児を経た活動復帰直後の1999年に起きた痛ましい事件とそれを巡るあまりに醜悪なメディアスクラムもおそらくは影響して、彼女は大きく舵を切っていくことになる。

徐々にメディア露出を絞っていくと同時に、小室哲哉という補助輪を外し、自らの足で走り出す道を選んだ。

今以上に大きな影響力を誇示していた当時のマスメディアに背を向けて華々しい露出を控えるのと引き換えに安室奈美恵が守ろうとしたのは、無遠慮な好奇心に晒され続けた彼女自身と残された家族、そしてファンだった。筆者の目にはそう映った。

以降、安室奈美恵は、ファンに直接自分のパフォーマンスを届けられる唯一の場としてのライブに照準を絞っていった。

HIPHOPやR&Bのスタイルを積極的に取り入れ、一時期は迷走してるだなんだと言われたこともあった。特にバラエティ番組などには一切出演しなくなったこともあって“アーティスト気取り”と揶揄されることもなかったわけではない。

世間向けの主な露出と言えば、化粧品のCMかファッション誌のみ。

しかし、ライブに足を運ぶファンは増え続け、“平成を象徴する歌姫”とまで言われるようになっていったその後は周知の通りだ。

長年、特に安室奈美恵の支持層である女性ファンにずっと寄り添ってきたからこそ、各世代の女性にとっての憧れとして輝き続けてきた。

将来を嘱望される若い女性シンガーが、影響を受けてきたアーティストとしてこぞって安室奈美恵の名前を挙げる時代が続いた。それは、昨今世に言う“強い女性像”という指摘だけでは足りない。

なりたい自分とは何か?

インタビューで何度か公言されている通り、小室からの独立後、手探りの状況で「安室奈美恵としてどうすべきなのか」という義務感に駆られていた時期があった。

そんな中、周囲の後押しもあって、売り上げも評判も何も気にせず好きなようにやってみたところ、ZEEBRAやVERBALらとのプロジェクト「SUITE CHIC」名義で2003年にリリースしたアルバム『WHEN POP HITS THE FAN』が予想を超えて高く評価されたことで、本来最も大事にするべきだった「自分が楽しむということを忘れていた」と気付いたと振り返る。 決して平坦ではない人生の歩みとキャリアを経て、何より自分自身とファンに向き合い続けたいと彼女は願った。その結果、今に続く“安室奈美恵”というアーティスト像が具体的な輪郭を帯びていく。

自分自身とファンに向き合う

ともすれば当たり前のことに聞こえるかもしれない。しかし、自分が本当は何を望んでいるのか、何を考えどう感じているのか。それに気付くのが実は一番難しく、それを実現するのはさらに難しい。

ましてや、それを“安室奈美恵”という規模で貫くために必要だった意志や労力は、筆者には想像もつかない。

彼女の場合、新たな家族である息子の存在が、自身に価値判断の物差しを与えてくれたとも認めている。

言葉を疑い、歌とダンスに全身全霊を捧げた

不思議なことに、安室奈美恵は“言葉”というものをあまり信じていなかったように見えた。ライブに足を運ぶたび、あるいは貴重なインタビューを観るたびにそう感じた。もともとあまり口達者でもなさそうだった彼女自身の性質も大きく影響しているのかもしれない。

彼女の振る舞いには、“寡黙なアーティスト像”を選んだとかそういう指摘では説明し切れないところがあった。言葉を、根本的には疑っていたとしか思えなかった。

言葉はどこまでいっても、言葉にした瞬間に必ず自分の気持ちに遅れる/あるいは足りないという意味で自分の気持ちを裏切り、受け手に届く前にも届いた後にも歪んでしまう。自分が届けたい/届けられるものは、その場所その瞬間での歌とダンスだけ。そう心に誓っている節さえあった。

私生活を売り物にすることもない、くだらない自伝も出さない、しょうもないTwitterもやらない。

メディア露出もほとんどないのにライブでもMCがほぼなく、20周年のドームツアーでは「いつもMCがなくてごめんね」と(口にするのではなく)書いたボードを手に持って自分でネタにする始末。

生涯最後のツアーパンフレットも例年通り彼女の写真のみ。ファンに贈る一言もなく、“言葉”は徹底して排除されている。パンフレットのテーマは『NEVER LAND』。言葉のない、美しい永遠の世界をそれぞれの内に残して、彼女はステージを去った。

引退に向けたドキュメンタリーの中で、大きな契機となった前述の25周年沖縄公演の打ち上げを直撃した回がある。 ライブまでに試行錯誤を重ねても、「今本当に聴きたい曲がそれだったのかはわからない。観た人にしかわからない」と口にする安室奈美恵は、自分がどう見せたいかと同時にどう見えているかを強く意識し、自分の作品を最後には受け手の解釈に委ねてきた。

安室奈美恵が自ら作詞した曲は数少ない(彼女が手がけた「I WILL」や「Say the word」も名曲だが)。同じドキュメンタリーの中で、自分が歌詞を書かない理由について“自分で無理に書いたとしてもそれなりのものしか書けない”と語っている。

そこで、“出来上がった楽曲の中にどう飛び込んでいって、どう表現して、それをどうライブで見せていけばいいのか”だけに徹することに決めたという。その方が「より自分の理想としているものには近付ける」はずだ、と。自分が何をしたいのかを知っている人間は強く、柔軟だ。

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