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「CINRA.NET」の編集長に、KAI-YOU編集長と元代表が1万字インタビュー

「CINRA.NET」編集長・柏井万作さん 写真はCINRAオフィスにて

CINRA.NET」編集長に「KAI-YOU.net」として取材を行う。そんな機会もなかなかない。

2003年に設立された「CINRA.NET」(外部リンク)は、いくつかのステップを経て、現在、カルチャー系ニュースサイトとして運営されている。2013年にWebメディア化した「KAI-YOU.net」にとって10年の大先輩でもあるが、言ってしまえば同業他社でもある。

しかし今回、話題の中心は、CINRAが定期イベントとして毎月無料で開催してきた「exPoP!!!!!」が、もうすぐ迎える100回記念の『exPoP!!!!! Vol.100』及び併催されるカルチャーフェス『NEWTOWN』についてだ。

相対性理論、Yogee New Waves、シャムキャッツらを迎えて日比谷野外音楽堂・日比谷公園で“無料”開催するため、クラウドファンディングサービス「CAMPFIRE」で現在、支援募集を行っている(現在達成率は90%弱)。

その責任者である「CINRA.NET」編集長・柏井万作氏に、弊社オフィスと目と鼻の先にありながら一度しか足を踏み入れたことのないCINRAオフィスでお話をうかがった。

元KAI-YOU代表で現在は「lute」及び「ROOMIE」編集長の武田俊と、「KAI-YOU.net」編集長・新見直とで、当初「exPoP!!!!!」そっちのけでCINRAについてズケズケと話を聞くつもりだった。が、人当たりの良い柏井氏を前にすっかり毒気を抜かれた我々、話も思わぬ方向に転がっていった。

CINRAの理念、メディアとイベントの在り方、そしてクラウドファンディングの可能性──彼の話には、メディアを10余年、イベントを10年続けてきたその重みが詰まっていた。

取材:武田俊・新見直 写真:山口雄太郎 構成・編集:新見直

音楽を通じて出会った中学生が、「CINRA」を始めるまで

Cinra_柏井編集長-18 ──僕らは2008年、学生時代に『界遊』という文芸誌を始めて、それを母体に2011年に法人化しました。その時もう「CINRA.NET」はあって、しかも学生時代の仲間でやっているらしいということで、当時は勝手に親近感とライバル心も抱いていて。でも、僕らは音楽サークルに所属している人間も多かったので、「exPoP!!!!!」(外部リンク)には普通に遊びに行かせてもらってました。

柏井 いやー、嬉しいですね(笑)。

──そこで、100回目を迎える「exPoP!!!!!」について、成り立ちからうかがいたいと思っています。そもそも、どんな仲間が集まってCINRAを立ち上げたんですか?

柏井 僕と代表の杉浦(太一)は、小中高が一緒だったんです。僕は彼より一個上ですがお互い音楽をやっていて、中学からつるんでいました。大学に入ってからもそれぞれバンドをやっていて、彼が「本気でバンドを頑張る」と言って1年休学したんですが、休学中にバンドが解散してしまって(笑)。

それで何か違うことをやろうとなった時に、CINRAの構想を話してくれたんです。自分たちの周りには、音楽だけじゃなくて、映画や美術、演劇をやっている人間がたくさんいたけど、紹介するメディアが全然なかった。じゃあ自分たちでつくろう、というのが始まりでした。

──「面白い文芸誌がないから自分たちでつくろう」ということで始めた僕たちとそこも一緒で。音楽をルーツに出会ったお二人ですが、今の「CINRA.NET」のように、他のカルチャーも全般的に扱っていくというのは、その時点で見据えていた?

柏井 CINRAは「森羅万象」がテーマで、最初から「いろんなカルチャーの面白さを紹介したい」という思いでしたね。

当時は大学生だったから、みんなそれぞれの分野でものづくりしていながらどこか鬱々としていたんですけど、その中でも通じ合うものが沢山あった。良いものをつくっても、それを見てもらえる場所や発表できる場所がないという課題は一緒で、ジャンルで分断されていること自体がすごくつまらない、というのが共通意識としてあったんですよね。それを自分たちで変えていくことができるんじゃないか、と。

──当時、閉塞を感じていたということですか?

柏井 閉塞感はめちゃくちゃありましたね。初代「CINRA.NET」が2003年からスタートして、法人化したのが2006年。「exPoP!!!!!」が2007年からで、スマホもない、SNSも普及してない時代だったから、同じ思いを抱えている人がいたとしてもそれをどこで共有すればいいのかわからなかった。

だから「場所をつくる」というのがすごく重要で、最初は明確に「これをやろう」というよりも、「とりあえず集まろう」という側面が強かったと思います。その上で、その時みんなが抱えていた悩みに応える形で、Webメディアやイベントをつくって、そこでみんなの作品を発表しよう、と進んでいきました。

Webメディアを宣伝するために、雑誌を出さなければいけなかった

Cinra_柏井編集長-56 ──実は、僕(武田)が最初にCINRAを知ったのは、CD-Rマガジン(『cinra magazine』、現在は廃刊)がきっかけでした(外部リンク)。なぜWebがあったのにフィジカルで配布することになったんですか?

柏井 当時、Web上にメディアをつくっても、誰も読んでくれなかったですからね。最初は「面白そうなメディアをつくったら口コミで広がるかな」と甘いことも考えましたが、実際は広大なデータベースの中に点が1つできたに過ぎなかった。それで、CD-Rに焼いて2000部ほど“フリーのCDマガジン”としてつくったのが『cinra magazine』でした。

渋谷とか若者がいるスポットに置いて、手に取って面白いと思った人だけが「CINRA.NET」を検索して着地する。Webメディアを宣伝するためにフィジカルをつくらなきゃいけないというのも、思えば面白い状況ですね(笑)。

──『cinra magazine』は、当時の「CINRA.NET」と内容はほぼ同じだったんですか?

柏井 別でした。その頃の「CINRA.NET」は、「Myspace」のように自分の作品を登録する、今で言うポートフォリオサイトに近かった。最初は知り合いだけ登録してもらっていい感じになってたんですけど、インターネットでは数が増えると玉石混交になってクオリティーも落ちてしまう。

CINRAがやりたいことは、いろんなものをただ集めてアーカイブすることじゃなかったので、自分たちでキュレーションしようという方針から、今の形になっていった。だから、CINRAは、インターネットの歩みと一緒にそのあり方が変わっていっているとも言えます。

扉を開けるのが嫌になるほどガラガラだった「exPoP!!!!!」

Cinra_柏井編集長-35 ──「exPoP!!!!!」はCINRAにとってどのような位置付けから始まったんですか?

柏井 「メディアをつくりたい」と言うより、面白いカルチャーをつくり出してそれを届けたいという気持ちが強くて、それを広めるための手段の一つとしてメディアがあったんです。そして、カルチャーをつくるためにはリアルなイベントも絶対必要だと思っていました。

──それで始まったのが「exPoP!!!!!」だったと。ちなみに、タイトルの由来は?

柏井 「exPoP!!!!!」は、今「DUM-DUM PARTY」というイベントをやっている野村(幸弘)さん、当時EMIで加茂(啓太郎)さんの下にいたディレクターと僕との3人で立ち上げたものなんです。

もっと言えば、もともと野村さんと僕で、イベント会場として認知される前の新宿・風林会館で、ブライアン・バートンルイスや□□□などに出てもらってカオティックなオールナイトパーティーをやったことがあった。「exPoP!!!!!」という名前はその時につけて、「いろんなものが見れて楽しい見本市」というコンセプトで、万国博覧会という意味でのEXPOとポップを掛け合わせています。

──そうだったんですね、「ポップを更新する」という意味だと思っていました。定例イベントになって最初の開催は覚えていますか?

柏井 もちろん。そこからのブッキングは僕一人だったから(笑)。会場は最初からO-nestで、マンスリーイベントとして始めて。実は、最初のころは有料だったんです。

まつきあゆむくんたちにライブ出演してもらったり、SPACE SHOWERの高根順次さんや当時「mF247」という音楽配信サイトを運営していた人とトークイベントをやったり。けど、全然お客さんが入らなかった……。

イベントを始めたばかりの初期は、本っ当に、nestのライブフロアの扉を開けたくなかった! スッカスカだから(笑)! でも、出ている人たちのライブはめちゃくちゃよくて、(やっていることは)絶対間違ってないという確信があったから、悔しかったですね。

その頃、「CINRA.NET」も月間5〜10万PVで全然食べていけないし、「exPoP!!!!!」のチケットも売れていない。それで、事業としてどこでマネタイズするべきなのかちゃんと考えようと。

──どういう方向性になったんですか?

柏井 結局は、ちゃんといいサービスをつくるっていうシンプルな結論なんですけど、ユーザーが喜んでくれることをやらないと何も始まらないので、「俺たちが絶対いいと思うものをつくって届けて、人が集まるようになってからマネタイズしよう」と決めました。だから、「exPoP!!!!!」もまずは無料化したし、「CINRA.NET」も、クライアントワークもしながら、そこから1年で黒字にならなかったら閉じる覚悟でメディアづくりをしましたね。

──無料化というのは思い切った方向転換に思いますが、どのように実現させていったんですか?

柏井 僕はバンドもやっていたので、19歳の頃からnestでイベントをやらせてもらっていましたが、その頃って「ライブハウスは汚くて怖い」というネガティブなイメージが根強くあって、ライブハウス側も課題を抱えていた時代だったんです。だからライブハウスの正しいイメージを広げるイベントを一緒にやりましょうというところにnestも共感してくれた。

入場無料で2ドリンク代の1,000円のみという、その後ずっと続いている「exPoP!!!!!」方式は、おそらくその当時ほとんどなかったと思いますが、200人入れば箱としても何とかなるということでnestも協力してくれたのが大きかったです。

回数を重ねる中で大きく変化したのは、責任感だった

CINRA presents 「exPoP!!!!! volume 16」

CINRA presents 「exPoP!!!!! volume 16」

──振り返って、「exPoP!!!!!」にとってターニングポイントになった回はありますか?

柏井 やっぱり無料化に踏み切った回。2007年11月の『exPoP!!!!! volume 8』からだったと思いますが、まつきくんや□□□にまた出てもらいました。今まで頑張っても100人ちょっとだったイベントが、告知して2日でnestのキャパ300人が予約で埋まったんです!

後は、2008年の年明け一発目の『exPoP!!!!! volume 10』も、相対性理論はじめ良い出演者が揃った回で、フロアがすし詰め状態でした。この辺りから、イベントに対して良い評判が聞こえてくるようになって。

──無料にして敷居を低くした結果、イベントの内容がきちんと評価されていった。当時学生だった僕たちも、1,000円握りしめて行けば気になるアーティストのライブを観れるというのがありがたかったし、定期的に開催されているのも大きかったです。「exPoP!!!!!」で交流する、音楽好きの友人と顔を合わすというコミュニティーもできていたように思います。

柏井 特に初期はそうでしたね。ライブフロア上の、バーカウンターがあるフロアに行くと、「一回も下に来てないんじゃない?」みたいなお馴染みの顔がずっと酒飲みながら語り合ってる(笑)。「CINRA.NET」もやっぱり初期はコミュニティー感が強くて、アンダーグラウンドなカルチャーを好きな東京の人たちが集まっている感覚はありましたね。

──そうした時代を経て、徐々にイベントとしてもメディアとしてもブランドが確立されて今に至ると思いますが、続けていく上で変化していったことは?

柏井 大きいのは、責任感ですかね。イベントにもメディアにも出たいと言ってきてくれる人たちも増えてきて、「CINRAがバンドを盛り上げていこう」という、今までにない責任も生まれていきました。

──「exPoP!!!!!」自体のマネタイズはどうされていたんですか?

柏井 2年ほど持ち出しでやっていましたが、2009年から毎月スポンサーがついてくださって、初めてマネタイズできました。スポンサーが外れて、しばらく3ヶ月に一回の開催という時期もありましたが、新たに支援してくださるところもあり、おかげで100回目をもうすぐ迎えることができます。そういえば、本当に偶然ですが今年は10周年でもあるんですよね。

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