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嘘をつくのは悪いこと? 人生を輝かせるために必要なもの【AV女優 戸田真琴の映画コラム】

今回紹介する映画:『ライフ・イズ・ビューティフル』(ロベルト・ベニーニ監督,1997年,イタリア)

みなさん、こんばんは。戸田真琴です。

夏も近づいてきて、とつぜんの雷雨や青空のすきまに、一年前の光の記憶を思い起こされている方も多いのではないでしょうか。

このコラムの第1回で紹介した『スタンド・バイ・ミー』をはじめ、夏を閉じ込めた名作がたくさんあるせいで、夏にはついつい美しい事象が待っているような気がしてならないのです。

蒸し暑い夜の雨降りの電車で、窓に衝突しては落ちていく光の粒たちをじっと見つめていると、時折目的地を通り過ぎて知らない場所まで運ばれています。

ああ、あの光たちは私の目には単に「うつくしい光」で、そう私が感じることにおいてはおばあちゃんの家の庭から見上げた満天の星も、単なる雨の日のネオンライトも変わりやしない。そんなふうにして雨粒に見蕩れていると、いつになく、「良いだけのことや、悪いだけのことって本当にあるのかな」というような気がしてきます。

お母さんや学校の先生は、あれをしてはいけません、ということをいくつか私たちに教えていきました。そのうちのひとつでもある、こんなテーマに今回は触れてみたいと思います。

「なぜ嘘をつくことが悪いのか?誰かを守るため、自分を守るため、時として嘘も正しい選択になるのでは?」

『嘘の色とは正直の色とは』 みなさんは今、誰かに嘘をついていますか?

ついているとしたら、それはどんな嘘ですか。そして、質問者さんを含んだみなさんは、どういったことを「正しさ」と定義付けていますか。

私はというと、もちろんですが、今現在もいくつか嘘をつきながら暮らしています。

たとえば、低い点を取ってしまったテスト用紙や、なんだか上手に彫れなかった図工の授業の版画、こっそり教科書を見ながら描いてみた男女のはだかの絵。そういった恥ずかしい秘密は、今でも勉強机の鍵付きの引き出しに眠ったままです。

『伺い、覗き見るように』 人は、恥ずかしい思いや情けない思いをしたくないとき、あるいは等身大よりも一回り自分を大きく見せたいときや、得を享受しようとするとき、自分のための嘘をつきます。

それらの嘘は、ばれればいつも大人の人たちから怒られていました。そのときの情けなさといったら、嘘で隠そうとした大元の情けない出来事よりもずっと深く、どうしようもなく。そんな思いを味わう度に嘘なんかつかなきゃよかったな、なんて後悔したりもしましたね。

一般的に、「嘘」という言葉は、ネガティヴな意味で想像されがちです。それでも「嘘」は、わたしたちの懐にいつもなにかしらの形でこっそりと隠れている、あくまで身近なものでした。

お母さんは魔法使いだった

『意思』 嘘、と聞いてもうひとつ思い出したのは、胸が甘くせつなくなるような、暖かい記憶でした。

小さなころ、女の子向けアニメの好きなキャラクターのお人形を買ってもらって遊んでいた時、すこし乱暴に扱ってしまって、腕が取れてしまったことがありました。

それを見つけたお母さんは、何も咎めずにただ「目を瞑って30秒数えなさい」と言いました。私は、ぶたれるのではないかとおそるおそる目を閉じて言われた通りにしていましたが、目を開くと、両腕がついて元通りになったお人形の姿がありました。

どうしてこんなにすぐに直ったの?と、驚きながら問いかけても、お母さんはにこにことしたまま、「ママは実は魔法使いなんだ」とだけ言うのでした。

大人になってから知ったのですが、お母さんには収集癖があって、たまたまこのお人形を気に入っていたので子供に遊ばせる用と新品で保管する用のふたつを買っていたそうです。腕は魔法で治ったのではなく、新しい人形にすりかえられていだけだったのです。

このときのことを思い出すと、一緒に思い出す映画があります。

好きな映画は?と問われる度に、何度も答えてきた、『ライフ・イズ・ビューティフル』です。

嘘つき王子の恋から始まる『ライフ・イズ・ビューティフル』

『17524の渋谷』 ロベルト・ベニーニ演じるグイドは、口が達者でユーモアセンスに溢れる男。愛する人を笑わせるためなら周りの迷惑も考えないお調子者です。そんなグイドが好きになったのは、街のお嬢さんで婚約者もいるドーラ。グイドは彼女の心を、愛とユーモアに溢れたアプローチで軽やかに奪い去ります。

グイドは、端から見れば自己中心的な人物です。トラブルで王子に間違えられればその後しばらく王子を名乗り、自分のボロ帽子とお金持ちのきれいな帽子を勝手に取り替え、ドーラに会う為にお偉いさんに成り変わって職場に潜入してはでたらめのスピーチをします。彼女を乗せる為に他人の車を借りては壊し、車に積んであったレッドカーペットはドーラと自分が歩く為に土砂降りの階段に鮮やかに敷いてしまいます。

なにより、息を吐くように嘘を吐きます。だけれど、その全てにはドーラへのひたむきで甘く爽やかな愛がありました

好きだから笑って欲しい、好きだから自分を好きになって欲しいという、素直な欲求がありました。そのために使われるには、彼の運とセンスと言葉と嘘は、あまりにも適していたのです。世界がくるりと劇場に変わってしまうほどに。

その結果、ドーラとその婚約者の晴れの舞台で、グイドは周りに大迷惑をかけながら彼女を奪い去ります。ドーラの心からの笑顔ともに。

彼のことを、狡い、卑怯だ、迷惑だ、でたらめだと感じる人々も、注視して描かれていないだけでこの映画の世界線にはたくさんいるのかもしれません。それでも、そのうちの誰も、ドーラのことを心から笑わせることは出来なかった。彼女の心を解放することはできなかったのです。

「本当」を伝えるための「嘘」

『17524の渋谷』 みなさんにとって、「悪い嘘」とはなんですか?

私は、人を故意に傷つけたり、哀しませたりする嘘は、悪い嘘のうちに含まれるのではないかと思います。

だけれども、すこし視点を変えて見ると、哀しみや傷は、突きつけられた「本当」によっても生まれるものなんです。

それが真実でも、それをそのまま伝えることによって相手やその周りの人々を傷つけてしまうかもしれない、というとき、あなたはきっと迷うでしょう。その「迷い」が、あなたの正直な気持ちです。

「君に哀しんで欲しくない。笑っていて欲しい」と願う気持ちを正直に相手に手渡しするのに必要なのは、必ずしもありのままの真実ではありません。

『17524の渋谷』 たとえば、リアルを追求する内容の映画であっても、多くの場合において撮影現場とカメラのレンズの間にいくつかの「嘘」が混ざります。

その場所の自然光だけでなく、照明さんがライトを焚いたり、カットごとにカメラの画角内の人物や小物の位置を変えたりもします。

「この映画の中のリアル」をより視聴者に伝えられるように成されている工夫です。こうした調整によって、脚本の中の世界が、画面の中で再構築されるのです。

映像というルールの中で、「そのまま撮る」ことが「ありのままを伝える」ことにイコールにはならないということです。

それは人と人との間でも同じだと思っていて、すなわち「正直さだけが正直な気持を伝えてくれるわけではない」ということもあり得るのではないかと思うのです。

正しさの秤は何で決まる?

『嘘の色とは正直の色とは』 今のお話でばれてしまったかもしれませんが、私は、「嘘=必ず悪いことである」とは、別段思ってはいません。いつも正しさはそれぞれの胸の中にあって、それを判断するための秤もあなた自身のものです。

わたしの秤は、『ライフ・イズ・ビューティフル』の主人公グイドを全肯定する気持ちに現れているように、愛とユーモアが基準になっているのだと思います。

たくさんの人がつくっている社会の中で、また地球という奇跡の自然の中で、それぞれの視点で見えない法律は無数に作られています。それらに触れたとき、予想した方向や、思わぬ方向からも、怒られてしまうことがあります。

他人のルールを知ること、脅かさないよう知識をつけることもとても大切で優しいことだと思いますが、なによりも一番に、あなたにとって一番重要な「正しさの判断基準」が何なのか、ちゃんと解ってなるべくぶれないで立っていて欲しいと願います。

怒声の飛んでくる方角が限りなく広がってしまうことと引き換えに、あなたの美学と正しさを確かめるチャンスも、今この時代では無数にひろがっているのです。確かめて解り合った「正しさ」は、この先もずっとあなたと歩いてくれるパートナーです。

愛する息子にかけられた、優しい目隠し

『意思』 グイドとドーラの間には息子のジョズエがすくすくと育ち、三人は幸せに暮らしていました。しかし、そんな三人の愉快な生活の中に、ユダヤ人迫害の手が忍び寄ります。三人は、強制収容所に入れられることになります。

人の数だけ見える世界があります。世界は一度あなたの中に情報として入り、理解されます。それを人に伝えるとき、意識的にでも無意識にでも、「自分が見た世界が、相手に伝わる時どういうふうに見えて欲しいか」ということをふまえて話すのではないでしょうか。

まだ小さなジョズエには、見えている世界のことがほとんど解りません。グイドは、見えてしまっている残酷で救いの無い現実を、まるきり変えてジョズエに説明します。

「これはゲームで、1000点を取ったら戦車に乗ってママとお家に帰れる。怖い人たちが怒鳴るのは、ゲームに勝ちたいから」

そんなふうに、まるで楽しい現実であるかのように巧妙に話して聞かせます。怖がっていたジョズエも、元気になって、戦車が欲しいと笑います。

過酷な日々を、グイドはあくまでジョズエを楽しませながら過ごしていきます。

未来のある少年にとって、絶望はなんの意味もありません。

『意思』 真実を知らせないのはエゴだ、という意見もあるでしょう。実際に映画の中でも、周りの収容された人たちは「戦車なんて嘘だ」「みんな殺されるんだ」と真実をジョズエに告げようとします。

それでもグイドは嘘を吐き続けます。かくれんぼゲームと偽ってジョズエを安全な場所に隠したまま、自分が殺されてしまう直前まで、ウインクをしてはおどけていました。

そして、彼の嘘たちがよく働いて、ジョズエやドーラは死を免れます。グイドが守った家族の命と心、そして潤いのある心のまま紡がれる明るい未来は、どんな真実よりも、現実よりも、彼の心が望んでいたことの本当の真実だったのです。

大切なのは「嘘かどうか」ではなく、想像すること

『16:54の視線』 人生は、愛とユーモアを忘れさえしなければ、かならず美しいものです。

誰かがこの世界に吐いた嘘の数だけ、「良い嘘か、悪い嘘か」の答えはあります。

優しい嘘をつくためにも、自分を守る嘘をつくためにも、また他人の嘘を咎めようとする時にも、誰かの嘘によって傷つけられた時にも、大切なのは、想像することです。

相手はどう思うだろう。ばれたとき笑ってくれるだろうか。どうしてそんな嘘をついたんだろう。相手にも事情があったんじゃないか。どうして自分は傷ついたんだろう。どうして相手はそう思うんだろう。

誰かがこの世に吐いた嘘の数だけ、その嘘が生まれた理由があります。

グイドは、どうすれば小さなジョズエの心に悪いことや哀しいことを残さないで守りきれるか、果てしなく想像し、言葉を重ねたのだと思います。

愛するひとに話すとき、言葉はいつもよりも少し、心にぴったりと添いたがります。

そのときに出てきたものが、あるいは嘘だったとしても、それがなるべく愛と笑顔を産むものであることを願って止みません。

嘘も本当も操ることの出来るあなたの想像力で、好きになれるような世界を再構築していくのなら、人生はいつも美しいに決まっているんです。

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今回紹介した映画:『ライフ・イズ・ビューティフル』(ロベルト・ベニーニ監督,1997年,イタリア)

編集:長谷川賢人 写真:飯田エリカ

戸田真琴さんの連載コラム

戸田真琴 // とだまこと

AV女優

AV女優として処女のまま2016年にデビュー。愛称はまこりん。趣味は映画鑑賞と散歩。ブログ『まこりん日和』も更新中。「ミスiD2018」エントリー中。

Twitter : @toda_makoto
Instagram : @toda_makoto

戸田真琴

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