戸田真琴インタビュー 自分の価値を認められた「書く」と「撮る」をめぐる6年間

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戸田真琴インタビュー 自分の価値を認められた「書く」と「撮る」をめぐる6年間
戸田真琴インタビュー 自分の価値を認められた「書く」と「撮る」をめぐる6年間

戸田真琴『永遠が通り過ぎていく』インタビュー

4月1日より、映画『永遠が通り過ぎていく』が、東京・アップリンク吉祥寺のほか全国の劇場でロードショーされています。監督・脚本・編集を務めたのは戸田真琴さんです。

現役AV女優でありながら、ブログに綴った『シン・ゴジラ』などの映画評、KAI-YOU.netで連載した映画コラムも話題を呼び、文筆家としての活動をスタート。現在までに『あなたの孤独は美しい』などのエッセイ集を上梓し、文芸誌で短編小説『海はほんとうにあった』も発表しました。

さらに、戸田さんは映画制作にも取り組みました。2019年に「戸田真琴実験映画集プロジェクト」と称し、クラウドファンディングで支援を募って制作を開始。生まれたのは「自伝的な3本の短編」からなる映画『永遠が通り過ぎていく』でした。

戸田真琴さんの映画監督作『永遠が通り過ぎていく』。植物園で互いの宿命を解析し合う少女たちの物語「アリアとマリア」、キャンピングカーで旅に出る男女の刹那の交流を描いた「Blue Through」、監督自身の送った手紙をもとに大森靖子氏が書き下ろした楽曲を使用した喪失と祈りを描く賛美歌「M」の3本からなる/公式サイトより

2019年の先行上映会を経て、2022年春の劇場公開が決まるまでに、戸田さん自身は2023年1月でのAV女優引退も発表。本作の公開に際し、数々の映画関連メディアで作品にまつわるインタビューが掲載されるなか、KAI-YOU.netでは「書く」と「撮る」をめぐって、戸田真琴さん自身に起きた変化について話を聞きました。

そこには「自分を無価値だと思っていた少女」が、AV、文筆、写真、映画、小説と、さまざまな表現と向き合うなかで照らし出せた、人生の萌芽があったのです。

取材・文:長谷川賢人 写真:飯田エリカ 編集:恩田雄多

目次

諦めたとき、芸術は立ち上がる

──およそ3年をかけ、劇場公開を控えた率直な気持ちから伺いたいです。本作のドキュメンタリー映像では「言葉を書いてるときの、伝わらなくて、言葉を重ねてしまう悲しみ」がなかったともお話されていました。

戸田真琴 それこそKAI-YOU.netさんでの連載コラムは「読者のお悩みに映画で応える」という企画でしたね。いま、文筆業として執筆するものも、何かしらのテーマに対して私なりに応えるものが多いのですが、伝えたいことが誤解なく伝わるようにいつも全力を注いでいます。

頭から最後までたどって読んでくれたのなら、きっと私の伝えたいことが伝わるはず、と願いながら書いていて。それは私なりの誠実さで、自分の内から他者へ向ける「光」だとも感じます。あるいは「やさしさ」であり、「諦めない」という意志でもあります。

でも、芸術はそういうものではないと思うんです。言葉で伝えること、分かり合うこと、孤独でなくなることを諦めたときに、初めて立ち上がってくる。そう考えるのは、私が芸術の領域にあるものに触れようと試みるときに、その心理状態にあることがほとんどだからです。

「自分は真っ暗な宇宙に浮いている、たった一つの魂なのだ」と深く自覚して、寂しい気持ちを抱えながらも、見て、聞いて、向かおうとする場所。もしくは、誠実に伝えようとするだけでは掬いきれない一滴の水、一粒の砂。それが、芸術です。 戸田真琴 私という人間は、他者へ説明するための「言葉」と芸術の両方がそろって出来上がっているのだろうと感じますが、今回の映画では前者のような「伝えよう」という気持ちは、ひとまず置いておくことにしました。言い換えると、サービス精神とも呼ぶべき要素を意図して諦めたわけです

確かに『永遠が通り過ぎていく』は、数々のご縁や協力が重なって生まれました。私にとっても大きな意味のある作品にもなりました。ただ、支援者の中には「戸田真琴」のプロジェクトであるからこそ応援してくださった方もいて、作品を見て落胆し、きっと離れていった人もいるでしょう。そこへの葛藤も含めて、物づくりの苦しさも感じています。

クラウドファンディングで協力をいただいてつくるものとしては相性が悪かったのではないか、と反省したのも素直なところです。

私のことを描く映画なら、書き言葉であるほうが必然

──むしろ、サービス精神を諦めたことで、概念的や抽象的に見えるシーンであったり、セリフのやり取りが文語的だったりするようなこだわりにも、臆せず踏み込めているのが本作の特徴のように映りました。特に言葉の部分への注力は強く感じられました。

戸田真琴 私が「書き言葉」の人間だから、セリフもそういった言葉遣いになるのでしょう。子どもの頃から対人コミュニケーションが極端に苦手で、本心や感情を伝えるよりも「相手は疲れていないかな」「私の話し方は気味悪くないかな」「距離感は大丈夫かな」と、あらゆることが気にかかって、頭が大忙しになってしまうんです。

だから、私の中にある「本当のこと」は結局、全てを書き言葉にしてきたように思います。それを他者へ伝えるのなら手紙を出すこともあれど、多くの場合、私の書く言葉は「自分宛」でした。書き手も私、聞き手も私である対話ですね。

これは映画制作の3年間を振り返ったインタビューでもお話をしたことですが、『永遠が通り過ぎていく』は一本の「私」という物語とは違って、『アリアとマリア』『Blue Through』『M』という三篇構成の全てが揃って、ようやく「私」が立ち上がる、という作品です。

この映画は「AV女優の戸田真琴」と「本来的な自分」がアンバランスになってしまっていた状態から、「私が、私を取り戻すため」という極めて個人的な理由のもとにつくりました。自分のことを描く映画だから、そこで描かれるものは全て「自分にとっての言葉」であるべき。そうなると、劇中のセリフも必然的に書き言葉になっていったのでしょう。

──それが三篇で最も表れているのは『アリアとマリア』といえますね。

『アリアとマリア』

戸田真琴 確かに『アリアとマリア』は顕著で、意識して書き言葉を崩さないように決めています。よくある映画なら、これほど長いセリフを役者へ渡すことはないかもしれません。実際に、制作陣から「もっと言葉を崩しましょう」という意見も出ました。

ただ、演じてくださった中尾有伽さんと竹内ももこさんに、それぞれ脚本を読んでもらうと、言葉の長さに焦るわけでもなく、聞き続けられる声で発してくれて、きちんと伝わるように語ってくださったんです。これなら成り立つと感じて、そのままいくことにしました。

自分の中身を見せすぎて、「もう書くことがない」

──本作が公開される過程では、戸田さんご自身の文筆活動も広がりました。映画関連以外のコラムや、2冊のエッセイ集の発売、小説『海はほんとうにあった』の発表も。

戸田真琴 小説を書くことは幾度かお声がけをいただいて、そのたびにお断りしたり、はぐらかしたりしていて(笑)。一部の波長が合う作品を除いては、私が小説をほとんど読んでこなかったこともありますし、「小説とは何か」をどう定義していいのかわからなかったんです。ただ、自分なりに何かを掴もうと、最近のヒット作と言われるものを幾つか手にとってみたのですが、私はそこから面白さを得られなくて。

面白さがわからないのは、きっと私が小説に興味が持てないせいで、おそらく私は私のことしか語れないのではないか」とも感じました。でも、自分で自分を語るとノンフィクションになりますし、私という人間の大半は思考で出来ているので、それを書き留めても「小説」になりません。

実は、ある出版社の求めに応じて、思考を書いてお見せしたら、「情景描写がないと小説として成り立たない」と返答がきて、やっぱり私には書けないものなんだろうなぁって……。今からすれば、小説に対する理解が不自由だったのも一因ではありますけれど。

──そこから、どうしてまた向き合うことができたのですか?

戸田真琴 私が小説を書き始めたのは、映画の撮影が終わった1年後、2020年夏頃からでした。

まず、2019年から2020年にかけて、私は「自分のことを語る本」として2冊のエッセイ集(『あなたの孤独は美しい』『人を心から愛したことがないのだと気づいてしまっても』)に取り掛かっていました。

2019年から2020年は、AV女優としての生き方を見つめざるを得ない時期でした。「このままでは生きていかれない」という焦りがありましたし、むしろAV女優として生き続けることは、物理的にも、精神のあり方としても難しさを覚えていて。特に、AV女優でも「文化系」といったくくりに含まれることへのプレッシャーが、すごく大きくなっていました

──なるほど、「AV女優でありながら、別の表現活動もする」という活躍を見せるような方が出てきていた。それこそ2020年といえば、紗倉まなさんの小説『春、死なん』が、第42回野間文芸新人賞の候補作になった、という話題もありました。

戸田真琴 「ポスト紗倉まな」と呼ばれることの良し悪しと向き合いながら、それでもうまく利用しながら頑張っていくことも、一つのやり方だとは思うんです。私も確実にそういった目線に晒されてきました。

彼女はすばらしく、とても尊敬していますが、私には私のすべきことと主張があって、誰かになりたいわけでも誰かを目指しているわけでもない。でも、戸田真琴としての言葉や活動はそこと結びつきやすく、いつからか「映画を撮ること」や「本を出版すること」への周囲の期待も高まっていって……。

しかも、忙しない毎日で、自分について深く振り返るような時間さえもない。新たな調査や研究もできず、想像を広げる旅をすることもできない。自分の生き方としての焦りと、「早く何かを形にしなければ」という思いも掛け合わさると、今持っている経験を切り売りするしか、その頃の私には手段がないと考えたのです。「自分の人生を全て売り出して、もうおしまいにしてしまおう」という感情が、とても高まっていた頃です。 戸田真琴 そうしてつくられたエッセイ集は「自分がどう考え、どう生きてきたかの記録」になっているので、響かないひとには響かないことも承知していますが、少なくとも私にとっては価値があり、また私と心に通じるものを持つ方にも価値があるはずです。なので、出版できたことはとても良かったです。

ただ、自分の中身を見せすぎなくらい見せてしまったから、「もう書くことがない」とも思いました。本を読まれた人から誤解を受けるようなことがあっても、誰かの手に渡ってしまった「私の情報」を一つひとつは助けてやれないのも、心苦しいことでした。

そこへ本格的にやってきたのが、新型コロナウイルス感染症です。映画の配給もうまく進まず、映画をご覧いただいた方からの芳しくない評価も目にして、私にとって2020年は自信を喪失していくような時間が多かったんです。コロナでファンの方と会えるイベントもなくなり、自分に好意や興味を向けてくれる人が、まだ本当にいてくださるのかもわからなくなって。

「物をつくる」ということ自体に、かなり疲弊してしまっていました。それで、私自身が文章を書くことや映画を撮ることからは、全て一度離れようとしたんです。

小説を読まない私が、小説を書けるようになった転換点

──その間に進んだのが、少女写真家の飯田エリカさんと「グラビア写真」のあり方を再定義する『I'm a Lover, not a Fighter.』や、Podcastの『戸田真琴と飯田エリカの保健室』といった自主的なプロジェクトですね。

戸田真琴 それらに触れてくれた方からポジティブな反応をいただけたのは、落ち込んでいた自分の健康にとっても良かったです。ちゃんと自分にとっての場所がある、という視点が生まれたのもプラスでした。

コロナ禍で一人でいる時間が長くなり、ようやく自分を振り返れたのも良かったです。2021年の7月に自律神経を崩して入院したとき、病院のベッドで「勢いだけでもいいから、無理やりにでも何かしらの表現をしなくてはならない」と思えたんです。退院して、当て所もない散歩へ出続けるうちに、「小説なら、まだまだ書けることがある」ような気がして。

──どういった転換がそこにはあったのですか?

戸田真琴 私にとって表現することとは、自分の中に住まう17歳や19歳といった「当時の私」が持つ感覚や感情を、物語の形へ変換する術でもある、と見えたことです。

最も近いのは漫画のようなイメージなのですが、たとえば美しい見開きのページが頭に浮かぶ。それを描写することに素直になって、見えている景色をなるべく過不足なく文字に起こしていく。それができたとき、小説という形に落とし込むことができました。

そこで、どのような心象風景を私は見たのか。その見せたい部分を伝えるために、物語という補助線を引いていく。そうすると、感覚や感情をそのまま言うより、もっと適切に伝えたいことを伝えられるような気がしたんです。

今回の『永遠が通り過ぎていく』の劇場公開に併せてつくったパンフレットでも、『Blue Through』で撮りきれなかったシーンを短編小説にして収めることができました。そういう補完を後からしてあげられたのは、公開まで3年かかってしまったけれど、この映画にとってはよかったことだと思っています。

パンフレットは、劇作家の根本宗子さんによるコラム、映画監督の長久允さんとの対談、漫画『青野くんに触りたいから死にたい』の椎名うみさんのイラストなど、たくさんの方々が参加してくださっているので、ぜひご覧いただきたいです。

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