連載 | #4 戸田真琴のコラム『悩みをひらく、映画と、言葉と』

働くのは何のため? 仕事のやる気が出ない時にしたいこと【AV女優 戸田真琴の映画コラム】

働くのは何のため? 仕事のやる気が出ない時にしたいこと【AV女優 戸田真琴の映画コラム】
働くのは何のため? 仕事のやる気が出ない時にしたいこと【AV女優 戸田真琴の映画コラム】

戸田真琴さん

今回の映画:『ナイト・オン・ザ・プラネット』(ジム・ジャームッシュ監督,1991年)

こんばんは。戸田真琴です。

ゴールデンウィークも終わって、朝の電車もまたいつも通りにぎゅうぎゅう詰めになりました。当たり前に今日も憂鬱がしっとりと絡み付いては、きっと次には梅雨を連れて来るのだろうなと思わせられます。

気圧も不安定で、心持ちにもゆらぎの多い季節になりますが、どうかみなさんの毎日に少しでもカラッとした幸福がありますように。

今回のお悩み「仕事のモチベーションが上がりません…」

私もありがたいことにぱたぱたと忙しく、やろうと思って買った妖怪ウォッチのゲームソフトも、読み返そうと思って枕元に置いたサン・テグジュペリの『夜間飛行』にも手を付けられないまま、ひと月以上がすいすいと自動で進んでいってしまう日々の中にいます。

『夜間飛行』も、とても眩しく美しい景色の中を生きている一冊ですが、そのディティールを掘り出すのは緻密すぎるほどに緻密な、飛行士たちとその監督の「仕事」の在り方でした。

今回は、そんなふうに誰もの生活を浮かび上がらせる、「お仕事」についてのこんなお悩みを一緒に考えてみたいと思います。

新卒で入社して間もなく6年が経つのですが、ここ最近急にモチベーションが湧かなくなり尽きてしまいました。精神的に疲弊し、身体にストレスと疲れがこびり付いている感じです。顧客からお金をもらっている以上、今の自分の姿勢ではいけないことは頭で分かっていても身体と心がついてこれないのです。

まこりんを見ていると、仕事に対してとても誠実で、常にいきいきと取り組んでいるように見えます。ただただ羨ましく、自分が情けないです…。

私には会社に所属して毎日働いた経験はありません。偉そうなことや、信頼していただけるようなことをお話し出来る自信は一切ございませんが、なんとか20歳の小娘なりに光を探っていきたいと思いますので、お付き合い頂けたら嬉しいです。

働くのはなんのため?

お仕事って、何の為にするのだと思いますか?

もちろん自身や家族の生活のため、世の中のため、心の安定のため、はたまた趣味がいつのまにかお仕事になっていたという人まで…それぞれの理由があって働いていることと思います。

どんなお仕事をしている人にも言えるのは、その日々の働きが、その業種や取引先を支えている以前に、あなた自身の生活に安寧をもたらしているということです。

相談者さんは、6年間働いてきた今、このお悩みを抱えていらっしゃるようですが、私のような子供からしてみると、その間ほとんど毎日きちんと出社し働き、真剣にお仕事と向き合い、自分あるいはその周りの人たちの生活の安定を守ってきたということが、純粋にとてもとてもかっこいいと思います。

お金を稼いで、自分もしくは自分の守りたいと思う誰かや何かに使えることは、あなたがあなたという小さな国に平穏をもたらしているヒーローだということを裏付けます。

それが退屈に感じるようになったのは、あなたがそのお仕事に慣れたから、言うなればヒーローのお仕事を飼い馴らすことに成功してしまったからなのだと思います。

ドラマが終わっても日常は続く

何にでも言えることなのかもしれませんが、出会ったときのときめきや驚き、慣れていくまでにぱちぱちと弾けるたくさんの小さな事件たち、いわゆる映画やドラマに描かれるような起承転結よりも、実際のところはその先の特別なことのほとんど起こらない日々のほうが、人生のうちでは圧倒的に長いものです。

それは哀しいことでもなんでもない、普通の人生の在りかたです。

「始まり」の衝撃は、いずれ必ず薄まって日々に溶けていくもので、繰り返した行為はあなたに必ず「慣れ」を授けます。だんだん、転んだくらいでは泣かなくなっていくように。だんだん、同じコントでは笑えなくなっていくように。

私もかつて、大袈裟な物語にばかり憧れる子供でした。今でも、毎日あたらしく好きな香りの風が自動的に吹いてきてくれるならどんなにいいものだろう。と、わがままに想像したりもします。誰に話しても物語として成立するような毎日だったら素敵だな、って。

だけれど、誰かに「こういう素敵なものがあったんだよ」と伝えようとしても言葉ではうまく伝わらない、ほんとうにしみじみとした良さを持ち続けている映画があります。

今回紹介するのは、ジム・ジャームッシュ監督の、「ナイト・オン・ザ・プラネット(英題『Night on Earth』)」です。

この映画では、ある夜に5つの都市で起こった出来事をオムニバス形式で描いています。共通しているのは、すべてタクシードライバーとその乗客の会話で物語が展開されていくこと。

ロサンゼルス、ニューヨーク、パリ、ローマ、ヘルシンキと舞台が変わっていき、各地で毛色の違うそれぞれのエピソードが描かれます。

「共有」できない愛おしさが日々を照らすとき

登場するドライバーたちは、ガムを噛みながら運転する口の悪い女性に、運転もろくにできない自称・道化師のロシア人。一方通行の道を逆走してハイスピードで乗り回すイタリア人。お客さんのほうも、個性的でどこか愛おしいキャラクターを持った人物ばかりが描かれています。

同じ業種の人々を描いているのに、そこに浮かび上がる人生観は多様です。それぞれがシニカルでありながらも、どこか愛嬌のある生き方をしています。

そこでは、何も特別な事件は起こりません。

会話と空間の妙で、声を出して笑ってしまうような展開もありますし、スリリングな映像も、夜の都市を切り取った美しい映像もあります。化粧っけのないウィノナ・ライダーは美しく、ベアトリス・ダルは神秘に。ロベルト・ベニーニの振る舞いは見ているだけでも生きていることが喜劇に変わっていくような気さえしますが、あくまで物語としては、言語化できるわかりやすい魅力になり得るものがほとんど描かれていないのです。

言語化して共有して、こんな凄いことがあったんだよ!といってたくさんの反応を求めることが当たり前になっているSNS主流の時代の中で、「その場にいなかった人には伝え難いほんのりとした小さな事件」というのは、ないがしろにされがちのような気がします。

そこで生きているあなただったからこそ、くすりと笑った。そんな瞬間が、本当は日常というものの愛おしさとして、タイムラインに流れていってしまわない普遍的な美しさとして、もっと心を照らしだせるはずだと私は思っています。

あなたの中に眠るエネルギーを配分しなおしてみる

しかし、この映画を見た時に感じるような、「何も起こらないけどなんとなく愛おしい」という感覚すら、まったく現れないこともあります。

日常のすべてのルーチンに慣れてしまった先の世界では、何かしらの夢や目標やゆるぎない愛を胸に灯していない限り、ほとんど灯台の無い夜の海を泳ぎ続けるようなものかもしれません。次に目指すべき光はあるのか。いつまで脚をばたつかせていくのだろうか。前後感も分からず泳ぎ続けるのは辛いものがあるでしょう。

相談者さんの文章からお見受けするに、責任感が強く理性的であればあるほど、「泳ぎ続けなければならない」と思う頭と、日々つらさが蓄積していく身体が、乖離していってしまうのではないかと心配になります。

頭と身体の両方が悲鳴をあげた時ではなく、どちらかが「なんとなく」動かしづらくなった時点で、一旦心の窓の換気を試みることを約束して下さい。

社会が求めている限界よりも、私たちの身体や心に設定された限界のほうがはるかに近いところにある、ということも当たり前に多くあって、それは繊細さであったり、真摯さであったりもします。それはあなたの個性ですから、無理をして引き延ばすというのはなんにしても身体に毒なんです。 どうして私はいまこの仕事をしているんだろう?と思う瞬間はきっと多かれ少なかれ誰にでも来るものだと思います。

それについて考える時間があまりに多くなった時は、あなたの中に眠るエネルギーの使用配分を、あなたが新しく自分で決めなおしてみて欲しいのです。

仕事、趣味、日常生活、恋愛、友情、家族サービス…すべてのことに全力を注ぐということだけが、真摯な生き方であるとは限りません。

自分が、何に、どのくらいエネルギーを振り分けたいか。もちろん、命と最低限の生活を維持する為に、大抵の場合は「働くこと」にもいくらか時間とエネルギーを支払わなければならないわけですが、それを含めても、あなたがあなたの命をより楽しめるよう、最適なエネルギー配分を考えてみるのも面白いかもしれません。

たとえば、この映画に出てくる自称道化師のロシア人ドライバーは、「金をちゃんと数えろ」と言われて、こう語ります。

「金は必要だが重要じゃない」

お金に限らず、「人生には必要だけれど、魂にとって重要というわけではない」という事柄が少なからず存在するのです。

最適な配分を考えた時、すでに情熱が鎮火してしまった「お仕事」に振り分けるエネルギーをなるべく少なくしたいと感じたとしても大丈夫。

相談者さんにはすでに6年分の経験と余裕がありますから、あのどきどきしていた新卒の頃よりは、少しずるいことも出来てしまうかもしれないのです。どうしても嫌だった体育のマラソンで、好きな歌を口ずさみながら、こっそり近道を使ったときみたいに。

あなたは、たった一人のヒーローなんです。

中学生の頃の私は表向き真面目でしたが、本当のところはいい子ぶるのが得意だったずる賢い子供で。両親が眠った後に深夜までこっそりYouTubeで音楽をよく聴いていました。テレビを見ているだけでは聞き入る機会のない、すこし前の時代の音楽にはまっていたのです。

当然学校では教科書を読んでいるふりをしながら居眠り、仮病を使って保健室で眠ったこともありました。小心者のわたしは眠気がどんよりと襲ってくる度に怒られることを想像してにわかに怯えていましたが、その頃の私には、まだ知らない音楽を探して朝までインターネットを彷徨うことのほうが、学校の授業よりも自分の命を潤わせてくれると感じていたんです。

『BOY MEETS GIRL』を口ずさみながら明ける窓の外には、自分で喜びを探していくべき未来が、すぐそこまで昇ってきている気がしました。

「ナイト・オン・ザ・プラネット」では、最後の都市ヘルシンキでの少しダークな会話を経て、陽が昇ります。

どこにでもある一つの夜の終わりです。

あなたが自分の生きやすい場所を探して彷徨う日々の果てに、この映画みたいないつも通りの、それでもあたらしく眩しい陽が昇ってきた時、そこに当たり前に立っている自分の脚を、なんだか誇らしく思えたら。

あなたはあなたに平穏を与えた、たった一人のヒーローなんです。

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今回紹介した映画:『ナイト・オン・ザ・プラネット』(ジム・ジャームッシュ監督,1991年,アメリカ・イギリス・フランス合作)

編集:長谷川賢人 写真:戸田真琴

戸田真琴さんの連載コラム

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戸田真琴

AV女優

AV女優として処女のまま2016年にデビュー。愛称はまこりん。趣味は映画鑑賞と散歩。ブログ『まこりん日和』も更新中。「ミスiD2018」エントリー中。

Twitter : @toda_makoto
Instagram : @toda_makoto

1件のコメント

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ztetsu1009

ノブ

言葉に言葉を重ねても、思いはなかなか伝わらないものだと思っていましたが、まぁ何でしょう、このまこりんの文章は。なかなか上手く言葉にできませんが、この、まこりんの思索をたどるような構成がとても快く、また、そっと包み込んでくる柔らかい言葉を読むことがとても嬉しく感じます。
優しい、いたわりに満ちた文章だなぁ、と思っていると、まこりんの中にある激しい渇望がキラキラとちりばめられていたり、好きな映画を説明する、力の入り具合の可愛さ❗がドンと入っていたり。つくづく、いいコラムだなぁ。
読んでて楽しくて、何度も読み返してます。

特に、たった一人のヒーロー、という言葉。
自分は社会という建物の基礎ブロック、しかも土中にあるような存在で、目立ちはしないが自分がもろく崩れたら、他のブロックが苦しむから、それでいいと思ってて、誰かに認められなくてもいい、と思ってたけど、このまこりんの言葉には、涙が出た。
本当にいいコラムだなぁ。

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