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映画では、義姉にとっての“すず”がどう変化していくかを柱にした

『この世界の片隅に』場面写4(C)こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会

『この世界の片隅に』場面写4(C)こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会

──『この世界の片隅に』の内容にも踏み込んでお話をうかがっていきます。色のついた爆煙が空を包む空襲のシーンは印象的でした。

片渕 軍艦が撃つ高角砲の弾には、何発かに一発、どの艦が撃ったかを識別しやすくするための着色弾が混ざっていたんです。「あの日の対空砲艦の爆煙が色とりどりだった」ということはこうのさんもご存知でしたが、マンガは白黒なので白黒で描いてらっしゃった。アニメではカラーで表現が出来るので、その先にちょっと発展を考えたということです。

──色とりどりの爆煙から、アニメーション的な演出にもつなげていらっしゃいましたね。

片渕 アニメーション的な演出というよりも…。普通に日常を暮らしている中で非日常が訪れた時、人間は非日常をどういうふうに捉えるのだろうか? と思ったんです。いきなり恐れるのではなく、一瞬、まじまじとそれを見てしまうのではないか。実際に空襲される立場でB29を見た人も「すごいキレイな飛行機で、銀色でキラキラ輝いていた」と記憶しているんです。

──ある種、壮絶な光景に惹かれてしまう部分もある?

片渕 純粋にキレイだったんだと思いますよ。壮絶かどうかは、まだ意識してないからわからないんじゃないですかね。

──原作と映画の違いとして、遊郭の女性であるリンさんのエピソードがかなり割愛されています。その理由は?

片渕 原作からストーリーを構成し直す時に、一番の柱だと思っていたのは、すずさんと義姉である径子さんとの関係でした。はじめは自分を認めてくれない径子さんが、どういうふうにすずさんを自分と対等のものとして見ていくか。その過程を映画にしようと考えていたわけです。

今回の映画の中でリンさんは、すずさんと等しい気質の人として出てきて、すずさんを一時的に支える人としての役割を持ってもらっています。

──過去のインタビューでは、「場合によっては、当初考えていたよりも映画自体を短く作らなければならなくなってしまうのかもしれない」(外部リンク)とお話しされています。リンさんのエピソードを削るということは、当初から想定されていましたか?

片渕 最初はそこ(リンさんのエピソード)まで含めて120分で語れるかな、と思っていたんですけど、やっぱりリンさんが大きな分量になっていった(そのため、削ることとなった)。ただ、もしみんなの「リンさんを見たい」という声が、後から高まれば…。

同席していたクラウドファンディング「Makuake」代表の中山さん また、「Makuake」でお金を集めてください。

片渕 そういうこと(クラウドファンディング)も可能になるかもしれないな、って思ったんですよね。リンさんは少し登場するけど、「なんでリンさんのエピソードがないんですか?」となった時に、「そこは絶対見たい」という声が今後高まってくるかもしれない。もうすでに、そんな声もありますけど。

でも、端折っても良さそうなエピソードを大量に端折って、すずさんの生活感をなくしてリンさんのエピソードを入れた場合、後々に「もっとすずさんの生活感を充実させましょう」という話にはなりにくいんです。もちろん公開4日目【注:取材日は11月15日】だから、そんな話まではいってないけれど、いずれそんなことになってきたら、本当にまた「Makuake」さんにお願いするかもしれないです。ただ、(リンさんのエピソードを入れて)映画をまたつくったからといって、新たにロードショーできるわけでもないので、そんなにやすやすとした話ではないですが。

“すず”を託せる女優・のんという存在

『この世界の片隅に』場面写5(C)こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会

『この世界の片隅に』場面写5(C)こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会

──映画『この世界の片隅に』では、「20年7月24日」など、仔細な日時が描かれています。一方で、広島に原爆が落とされる昭和20年8月6日を迎える際には、「その9日後」という表記がされていました。原作では、その回は「20年8月」というタイトルがついているだけでした。この意図をお教えください。

片渕 「8月6日である」ということを過度に意識されても困るなと。すずさんたちの視点では、その日の朝は「原爆の落ちる日」じゃない。そこでいきなり「8月6日」と書いて、お客さんに構えられても困るな、という気持ちだったんです。

──ほかにも、片渕監督の考えで原作から変更を加えているシーンはありますか?

片渕 この時点でのすずさん、つまり当時の普通の日本の生活者は「こう感じないだろうな」ということで変えたところはあります。あくまで、劇中の時点でのリアリティに立つべきだと思ったわけです。

──例えば、原作では、玉音放送の後、街中に朝鮮旗が掲揚され、「この国から正義が飛び去ってゆく」「暴力で従えとったいう事か」というすずさんの独白があります。しかし、映画ではこの独白は別のセリフに替わっていました。

片渕 ここで使われている「暴力」とか「正義」というのを、当時の人は意識してないんですよ。終戦直後に米国の進駐軍が行った当時の意識調査がちゃんとある。むしろ、庶民がそれ(「暴力」や「正義」といった意識)を抱いていないことに、進駐軍のほうがビックリしているくらい。

庶民の側には、普通に国が戦争をやってるからくっついていっただけ、みたいな感じがある。庶民は「アメリカのほうが科学力や物量に優れていて、単純にそれで負けた」と思っていて、実は「正義」とかっていう言葉は入ってきようがない。まだ、きちんとした認識が生まれていないんです。なので、すずさんが生活者視点でそういった意識に近いことを気づくとしたら、どういった言葉になるのか? と考えて、セリフを変えています。

──マンガ執筆にあたってのこうのさんの取材があり、その上に片渕監督が取材を重ねた結果のリアリティを反映しているということですね。

また、『この世界の片隅に』では、のんさんの声優起用も話題となりました。制作の時から、のんさんをイメージしつつすずさんを描いていたということですが、改めて起用の理由をお教えください。


片渕 自分としては、主人公の「すずさん」っていう存在にものすごい入れ込んでいた。『この世界の片隅に』では、原爆で無くなってしまった広島の街を再現したり、「緻密」と言われている調べ物をして背景を描き出したり…あるいはアニメーションの動きのつくり方からもう一度考え直して、どうすればナチュラルに存在感のある動きがつくれるのか、といったことをやってきた。極論すると、それらすべては「すずさんという人が目の前にいるかのように浮かび上がってくる映像をつくりたい」と思っていたからなんです

自分個人として、すずさんという人にものすごい魅力を感じていた。なぜなら、すずさんは普通の人でありつつ、あんなに魅力を放っているから。そこまで思い入れのあるすずさんに対して、誰かが突然やってきて「私がすずさんの声の主で、私がすずさんです」と言われた時に、信用できるのか? という問題があった。僕は偶然にも、知人を介してのんさんの人となりも知っていて、応援できる人だとかねてから思っていたので、彼女なら「自分はすずさんです」と名乗ってもいいな、と思ったんです。

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上映情報

「この世界の片隅に」

声の出演 のん 細谷佳正 稲葉菜月 尾身美詞 小野大輔 潘めぐみ 岩井七世 / 澁谷天外
監督・脚本 片渕須直
原作 こうの史代「この世界の片隅に」(双葉社刊)
企画 丸山正雄 
監督補・画面構成 浦谷千恵
キャラクターデザイン・作画監督 松原秀典
音楽 コトリンゴ
プロデューサー 真木太郎
製作統括 GENCO
アニメーション制作 MAPPA
配給 東京テアトル

<ストーリー>
どこにでもある 毎日の くらし。昭和20年、広島・呉。わたしは ここで 生きている。

すずは、広島市江波で生まれた絵が得意な少女。昭和19(1944)年、20キロ離れた町・呉に嫁ぎ18歳で一家の主婦となったすずは、あらゆるものが欠乏していく中で、日々の食卓を作り出すために工夫を凝らす。 だが、戦争は進み、日本海軍の根拠地だった呉は、何度もの空襲に襲われる。庭先から毎日眺めていた軍艦たちが炎を上げ、市街が灰燼に帰してゆく。すずが大事に思っていた身近なものが奪われてゆく。それでもなお、毎日を築くすずの営みは終わらない。そして、昭和20(1945)年の夏がやってきた――。

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