2017年から『週刊スピリッツ』で連載中の“百合×ラップ”を題材にした『キャッチャー・イン・ザ・ライム』。
監修に般若さんとR-指定さんがクレジットされていることで話題を呼んだ本作だが、実は漫画好きの2人の監修はラップ部分にとどまらず、漫画家の背川昇さんを交えた打ち合わせでは、登場人物のキャラクターや作品全体の方向性についても白熱した議論が繰り広げられていたらしい。
本稿は、『キャッチャー・イン・ザ・ライム』の立ち上げに深く関わり、2人への監修オファーを行った編集・ライターの山田文大さんからの持ち込みという形で実現した。
山田さんは現在フリーの編集・ライターをつとめているが、かつて実話誌の編集者時代に日本人ラッパーのツールを求めて、全国のラッパーの地元を巡り取材してきた。その彼がどのように作品に関わってきたのか。そして、『キャッチャー・イン・ザ・ライム』はどのように進んできたのか。
その始まりを山田文大さんに振り返っていただきながら、本作が連載デビュー作となった漫画家の背川昇さん、そして般若さんとR-指定さんによる座談会の司会もつとめていただいた(編集部)。
取材・文:山田文大 撮影:小倉雄一郎 編集:新見直
『キャッチャー・イン・ザ・ライム』の担当編集と筆者が最初にそんな話をしたのは、2010年頃のことだ。
そして、『週刊スピリッツ』で『キャッチャー・イン・ザ・ライム』の連載が始まったのは2017年。
そのアイデアが生まれたのが『高校生RAP選手権』の始まる2012年より前だったことを考えると、当時なかなか実現が叶わなかったのも頷けるのだが──世間一般でラップは誰にでも楽しめるものだと認知されるまでに、それだけの年月を要したということなのだろう──それも今となればの話だ。
「MCバトル漫画」という発想自体に先見の明があったとは思わない。なぜなら、筆者がMCバトルの漫画を読みたいと思ったのは、2007年と2008年の「Ultimate MC Battle」を見てのことだったのだが、この時も現場はガンガン盛り上がっていて、あのドラマを生で目撃したことがあれば、誰でも似たようなことを考えるに違いないからだ(だから今ではたくさんのラップ漫画がある)。
特に2008年の同大会は、今では『フリースタイルダンジョン』のラスボスとして有名な般若が優勝した大会だった。このDVDを担当編集に見せたことが、『キャッチャー・イン・ザ・ライム』誕生の遠いきっかけと言って良いと思う。
とはいえ、それは背川昇氏が漫画家になるよりも、まだ随分と前の話だ。当時は「ラップ、ひいては言葉の魅力をどのように漫画で伝えるか」という課題がぼんやり宙に浮いたまま、具体的に何か話が進んだわけではなかった。
やはりムーブメントはまず現場から起こるもので、MCバトルをテーマにした漫画の誕生を待つより先にテレビで『高校生RAP選手権』や『フリースタイルダンジョン』が始まった。背川氏と担当編集との邂逅はちょうどこの頃だったと記憶している。
聞けば背川氏は、大学に通いながら漫画を描き、ラップも好きだという。それだけで相当珍しい存在に思えるが、ともあれ棚上げになっていたラップ漫画はこうして、絵(特にかわいい女子)が上手く、ラップに関心があった背川氏の登場というラッキーのおかげで動き出したのだった。
そこから作品化に向け、ラッパーに監修を依頼しようという話が出るまでには、それほど時間はかからなかった。
筆者の監修の第一希望は、般若一択だった。前述の通り、MCバトル漫画が読みたいと思ったきっかけが般若で、もちろん『フリースタイルダンジョン』のラスボスというのも申し分ない。ここにR-指定(Creepy Nuts)が加わったのは、「鬼に金棒」という単純でわかりやすい理由だ。
『キャッチャー・イン・ザ・ライム』の打ち合わせは通常月一回、何話分かのネームを前に、読んだ感想や思いついたアイデアを口々に言っていく。それを後日、背川氏が原稿にフィードバックするという作業だ。筆者も毎回、その現場に立ち会ってきた。
単行本第2集の発売を6月12日(火)に控えるこのタイミングで、それぞれ大の漫画好きでもある般若とR-指定、そして漫画家の背川氏を交えて語り明かすレア座談会をここに収録する。
般若 引き受けるかどうか、R(-指定)とは最初にちょっと話したよね。
R–指定 そうですね。般若さんから電話で「漫画の監修を頼まれていて…」と聞いた時は「え?」ってなりました。ラップを漫画にするんや、って。その当時はラップが流行り始めたくらいの時で、それこそいろんな企画の話が来ていたから。
般若 声をかけられたのが、ちょうど『フリースタイルダンジョン』が走ってた(放送が始まった)時期だったんだよね。
R–指定 きな臭い話もいっぱいあったから、みんなも慎重になっていた時期でした。一回話を聞いてみないとなんとも言えない状況だったんですが、最終的に「どうせ他の人がやるなら俺らがやるほうがいい」と般若さんに言っていただいて。
──登場人物が女子高生ということに関してはいかがでしたか? 最近はさすがにフィメールラッパーも増えてきましたが、それでもヒップホップシーン全体を見渡すと結構“男社会”という側面が傾向としてはあると思います。
般若 (ヒップホップが)男社会みたいなイメージはあるけど、俺はこの漫画に関しては、キャラが男じゃないところが良いと思った。最初に読んだ時、(テンション)上がったもん。 R–指定 そうですよね。俺も結構上がりました。個人的な感覚でもあるんですけど……女の人がラップしてるというだけで、ちょっとグッとくる部分があるんですよね。個人的にはもっと女性にラップしてほしいと思ってます。女性の口汚い罵りを色々聞きたいじゃないですか(笑)。
般若 それ、性癖でしょ(笑)。
R–指定 いやでも、ヒップホップは男社会ではあるけど、おそらく全ラッパーに共通する部分として、彼女や奥さんに口喧嘩で勝つことなんてないと思うんですよ。俺の知ってる限り、先輩でも後輩でも、ラッパーが女性に口喧嘩で勝ってるところを見たことがない(笑)。
般若 俺も悪いことしてなくても(妻に)謝るもん。
R–指定 そうなんですよね。俺もすぐ謝ってしまいます(笑)。『キャッチャー・イン・ザ・ライム』にも謝るシーンが出てきますけど、あそこもすごい良かったです。
般若 「流行っちゃった」というのが一つある。
俺もこないだ「少年ジャンプ+」のCM動画でラップをやらせてもらったけど、みんながやっと「言葉には凄いインパクトがある」って気づいたんじゃないんですかね。
変な話、「今までなんでラップを起用しなかったんだろう?」って言っちゃってもいいくらいなところはある。
けど、Rも言ってた通り「舐めてんだろ?」っていうのもゴマンとあるから。
R–指定 ラップを起用したものが増えてるのは間違いなく良いことなんですけど、特にCMで「とりあえずでラップやってるなー」って思うものも多いですよね。
CMでちゃんとラップが聞こえた時は、安心しますもん。
──ラップが広がっていったことで、『キャッチャー・イン・ザ・ライム』のような漫画も生まれました。それこそ、ラップをやってきたお2人にとって漫画の監修というのは珍しい仕事だと思いますが、刺激を受けたりされますか?
R–指定 もちろん『キャッチャー・イン・ザ・ライム』も刺激になっているんですが、今、全部の仕事が刺激になってる状態で。
ここ2、3年でやったことない仕事を死ぬほどいただくようになったから、何がどこにフィードバックされているのか自分でもわからないんです。 般若 やったことない仕事は増えたよ。ライブとか俳優業もやらせてもらってて思うのは、言葉やセリフって大事じゃないですか。
でも、漫画とか文章って動いてるものじゃなくて、書かれたものとして、人の想像力を掻き立てなきゃいけない。それぞれ違いがあるし、俺もそういう意味では、漫画含めてすべてに感化されてるような気もする。
背川 そうですね。
般若 最初に(背川)先生と顔合わせをしてから、いざ連載が始まるところまでは少し時間がかかったよね。
R–指定 かなり……1年ぐらいありました。
般若 今思えば、返ってそれが良かったんじゃないかな。
そもそも、この作品はラップについてしっかりした理解がないと描けないと思う。
最初に読ませてもらった段階でも、“俺知ってるぜレベル”の人が描いてるんじゃないというのはわかった。そういうのって読めばわかるものなんですよ。
だからこそ小生意気にも、こっちから口出させてもらった部分もあったし。
──その結果さらに磨かれていった、ということですよね。
R–指定 俺も最初の原稿を見せてもらって、「めっちゃラップ好きです」「聴いてます」というのを感じることができた。ラップを題材にして漫画家の人が描いてるというより、「ラップそのものを漫画で描いてる!」みたいな。それにびっくりしましたね。相当マニアックな突き詰め方をしてるなと思いました。
般若 ホントだよね。
──その背川さんが実はまだ学生で、いざ『ビッグコミックスピリッツ』の連載のために現在休学して漫画を描いているという……。
般若 頭おかしいんじゃねーかって(笑)。ただ、そこまでの覚悟があってこの人もやってるんだなって気持ちは伝わった。 ──背川さんが、監修の2人とのやりとりの中で印象に残っていることはありますか?
背川 一番最初のアドバイスは、第1話についての打ち合わせで、最後のシーンで“主人公のラップができ過ぎている”という指摘をもらいました。
この時点ではもっとラップをできていないように描く方が、今後の成長を描きやすいんじゃないかって。ラップのことだけじゃなくストーリー展開に関してもアドバイスもらったりして。すごく参考になっています。
──確かに。1話のアドバイス以降、作品が劇的に変わった瞬間はありましたよね。
背川 大きく変わったと思います。
般若 1話目でのラップを基準に考えてしまうと、その後の成長段階で、中だるみしそうな予感があった(笑)。最初は荒削りであるほど、2話3話と読んだときに「あいつヤバくない?」みたいになっていくと思うって言ったんですよね。
R–指定 リアルなラップの世界でも、最初っからキレキレ過ぎるより、荒削りなやつがどんどん上手くなっていく方がグッと来ることはありますよね。
言い換えれば、最初から先生のラップスキルが高すぎた。(韻)踏みまくりやった! それで、もうちょっとセーブしようという話をしましたよね。
──連載開始にあたって『週刊スピリッツ』に掲載した3人の座談会でも、背川さんが目に映るものでなんでも韻を踏もうとする「あの病気」にかかってるという話が出ましたもんね(笑)。
般若 (単行本のカバーを外し)これはその確たる証拠だよね(笑)。 R–指定 これは、マジで俺には他人事じゃなかったですね。学生時代の俺は、これにかなり近いほうだったと思います。ラップをやり始めた頃は、理屈でラップを理解していたので。
こういう文章を見ると、これもイケる(韻を踏める)し、これもイケる……って。ノートの上の方に何か言葉を書いて、その下にず~っと母音が一緒の言葉を並べていくという。今となってはすごい気持ち悪いことをしていましたからね(笑)。それと通ずる初期衝動を感じました。
背川 うーん、描いていて韻を踏むのが楽しいみたいな感覚はあるんですけど……。
この前、『フリースタイルダンジョン』でFORKさんが「韻を踏むためにラップするんじゃなくて、言いたいことをラップに乗せるんだ」と言っていて。
ライムへのこだわりを経た上で、韻にとらわれすぎないというところまで辿り着けるのは重要なことなのかなと感じました。
R–指定 FORKさんの場合、韻がすごいとかじゃなくて、あの人自身が韻ですから(笑)。
般若 つーか、韻がマニアック過ぎて誰もついてけねえから(笑)。変態だよ。
R–指定 あそこまで韻を突き詰めてきたFORKさんが言うからこそ、逆に説得力がありますよね。あれだけ韻を踏める人じゃないと「韻のためにラップをするな」とはなかなか言えない。
背川 ヒップホップの精神性の部分というか……他の人と違う自分だけの武器みたいなものをまだ自分自身ちょっとわかってない部分があるので、そういうものを探していきたいと思ってます。
──背川さんの話を聞いていると、本当にラッパーをインタビューしているような気持ちになります(笑)。人間性や個性がスキルを凌駕するといった話は確かによく聞く話ですよね。
R–指定 さっきもちょっと言いましたけど、俺もずっと、ひとつ覚えみたいに見るもの全部で韻を踏むみたいなことをやっていた時期が高校生の時にあった。
それを経て、今みたいに人前に立つことが多くなっていった時に、一旦距離を置いたんですよね。
いざ自分自身の感覚から出てくるものは、ノートに書き溜めたものとはまったく別物だってことを意識するようになったというか。
韻を踏むことにとらわれ出すと、ほんまに良くも悪くも病気なんで、言葉中心でしか考えられなくなってくるんですよ。
般若 それはわかる。音楽の部分が説明や理屈に支配されていくような感覚。
R–指定 そう、感情が出なくなってくるというか。確かに言葉や文章に支配されている部分がないとおもしろくないんですけど、それだけでもダメなんですよね。個人的にはその両方の振り幅を持っている人がすごいと思うんですよ。
背川 音源で好きで最近聞いているのは呂布カルマさん。ワードセンスも独特で、意外とちゃんと踏んでいて上手いなと思って。聴いていて楽しいです。
R–指定 このまま行くとラッパーになるんちゃいます? ほんま正しい病期の進行の仕方というか(笑)。ライムの楽しさに取り憑かれて、今度はライム以外の言葉の面白さに目覚めて……これは多分もう戻れない、治療不可のところまで来てると思う(笑)。
般若 先生はもう確実に頭の中ではラップしてるからね。あとはそれを今後どう出していくか。次の展開になってくるわけだから、先生にはさらにもう一線を超えて欲しいよね。
R–指定 そうですね。その一線って何なんでしょうね? ラッパーにもそういう超えるべき一線ってあると思いますけど。
──ちなみに、ラッパーの一線というのは例えばどういうものなんですか?
R–指定 例えば……今は普通なんですけど、一時期だったらラップにメロディをつけるのって、一線じゃなかったですか?
般若 ああ。それに関しては俺も昔モメたことあるよ。ここで誰とは言わないし、俺は別に普通にやってるつもりだったんだけど。やっぱりそういうことに対して、昔のほうが考えが堅かったから。
R–指定 一昔前、ラップってやっぱりメロディーを使うのはちょっとご法度って雰囲気ありましたよね。それでも、俺は中学校の頃から般若さんを聴いてましたけど、その当時から般若さんは自由に、急に歌ったりサビにメロディーが付いているイメージがありましたけどね。ただ、風潮としてはラッパーが歌うことに関しては、一線ありましたよね。
──言われてみればそうかもしれないですね。歌うこと=ポップみたいな風潮はあったかもしれません。今となっては随分不思議な頑なさですね。背川さんはこれから超えたい一線と考えた時、何か思い浮かびますか?
背川 漫画の展開に限った話じゃなくて、自分のこれからについて考えても、ラップを聴いたり、バトルを観たりしていくなかで、心に残る言葉とかそういうものってすごい重要だなって思っていて。セリフに関してもっと印象に残るような言葉を描いていけたら良いなと思ったりとか。 般若 そういえば、(連載中の本編に)とうとう男が出てきたじゃないですか。
背川 そうですね。
般若 俺はベッドシーンがあるのかなと。
R–指定 どうなんですかね……確かに絶妙なところですもんね。登場するキャラクターはシモネタは言うけど、フィジカルな部分でのエロいことはまだ……どうなんでしょう?
般若 それは先生の頭の中だけに。
R–指定 (笑)。
般若 ベッドシーンで韻とか踏み出したらもう、賛否両論でしょうね。
R–指定 ただ、大阪の先輩でKBDってラッパーがおるんですけど、その人はセックスしてる時が一番ライムが浮かぶって言ってました(笑)。大阪の至宝、最後の核弾頭です。
背川 そこまでその……深い過激なシーンじゃないまでも、恋愛は普遍的なテーマでもあるから感情を繊細に描かなきゃいけないので、本格的な恋愛を描けるようになったら、作家として一線を超えたというか、成熟するのかなと思ったりはします。
──『キャッチャー・イン・ザ・ライム』の中で今後それは起こりうる?
背川 そこまでは……今のところはないですね。
──ヒロインの皐月はラップを武器に、今後どこに向かっていくのですか?
背川 例えば家庭だったら親との和解、普通に話せるようになるとかそういうところだし、例えば学校でも普通に友達と喋ったりとか、人前で話せるようになるということが大きな目標としてはあるのかもしれません。そういう部分を今後は描きたいと、今はそう思ってますね。
──それは一つの見せ場となりそうですね。今後も楽しみにしています。今日はありがとうございました。
監修に般若さんとR-指定さんがクレジットされていることで話題を呼んだ本作だが、実は漫画好きの2人の監修はラップ部分にとどまらず、漫画家の背川昇さんを交えた打ち合わせでは、登場人物のキャラクターや作品全体の方向性についても白熱した議論が繰り広げられていたらしい。
本稿は、『キャッチャー・イン・ザ・ライム』の立ち上げに深く関わり、2人への監修オファーを行った編集・ライターの山田文大さんからの持ち込みという形で実現した。
山田さんは現在フリーの編集・ライターをつとめているが、かつて実話誌の編集者時代に日本人ラッパーのツールを求めて、全国のラッパーの地元を巡り取材してきた。その彼がどのように作品に関わってきたのか。そして、『キャッチャー・イン・ザ・ライム』はどのように進んできたのか。
その始まりを山田文大さんに振り返っていただきながら、本作が連載デビュー作となった漫画家の背川昇さん、そして般若さんとR-指定さんによる座談会の司会もつとめていただいた(編集部)。
取材・文:山田文大 撮影:小倉雄一郎 編集:新見直
山田文大が振り返る、始まり
「フリースタイルMCバトルの漫画をつくりたい」『キャッチャー・イン・ザ・ライム』の担当編集と筆者が最初にそんな話をしたのは、2010年頃のことだ。
そして、『週刊スピリッツ』で『キャッチャー・イン・ザ・ライム』の連載が始まったのは2017年。
そのアイデアが生まれたのが『高校生RAP選手権』の始まる2012年より前だったことを考えると、当時なかなか実現が叶わなかったのも頷けるのだが──世間一般でラップは誰にでも楽しめるものだと認知されるまでに、それだけの年月を要したということなのだろう──それも今となればの話だ。
「MCバトル漫画」という発想自体に先見の明があったとは思わない。なぜなら、筆者がMCバトルの漫画を読みたいと思ったのは、2007年と2008年の「Ultimate MC Battle」を見てのことだったのだが、この時も現場はガンガン盛り上がっていて、あのドラマを生で目撃したことがあれば、誰でも似たようなことを考えるに違いないからだ(だから今ではたくさんのラップ漫画がある)。
特に2008年の同大会は、今では『フリースタイルダンジョン』のラスボスとして有名な般若が優勝した大会だった。このDVDを担当編集に見せたことが、『キャッチャー・イン・ザ・ライム』誕生の遠いきっかけと言って良いと思う。
とはいえ、それは背川昇氏が漫画家になるよりも、まだ随分と前の話だ。当時は「ラップ、ひいては言葉の魅力をどのように漫画で伝えるか」という課題がぼんやり宙に浮いたまま、具体的に何か話が進んだわけではなかった。
やはりムーブメントはまず現場から起こるもので、MCバトルをテーマにした漫画の誕生を待つより先にテレビで『高校生RAP選手権』や『フリースタイルダンジョン』が始まった。背川氏と担当編集との邂逅はちょうどこの頃だったと記憶している。
聞けば背川氏は、大学に通いながら漫画を描き、ラップも好きだという。それだけで相当珍しい存在に思えるが、ともあれ棚上げになっていたラップ漫画はこうして、絵(特にかわいい女子)が上手く、ラップに関心があった背川氏の登場というラッキーのおかげで動き出したのだった。
そこから作品化に向け、ラッパーに監修を依頼しようという話が出るまでには、それほど時間はかからなかった。
筆者の監修の第一希望は、般若一択だった。前述の通り、MCバトル漫画が読みたいと思ったきっかけが般若で、もちろん『フリースタイルダンジョン』のラスボスというのも申し分ない。ここにR-指定(Creepy Nuts)が加わったのは、「鬼に金棒」という単純でわかりやすい理由だ。
『キャッチャー・イン・ザ・ライム』の打ち合わせは通常月一回、何話分かのネームを前に、読んだ感想や思いついたアイデアを口々に言っていく。それを後日、背川氏が原稿にフィードバックするという作業だ。筆者も毎回、その現場に立ち会ってきた。
単行本第2集の発売を6月12日(火)に控えるこのタイミングで、それぞれ大の漫画好きでもある般若とR-指定、そして漫画家の背川氏を交えて語り明かすレア座談会をここに収録する。
ラップする女性にはグッとくる!
──根暗な女子高生がラップを通して成長していく漫画……『キャッチャー・イン・ザ・ライム』という作品監修のオファーがあった時、お2人はまずどういう風に受け止めたのでしょうか?般若 引き受けるかどうか、R(-指定)とは最初にちょっと話したよね。
R–指定 そうですね。般若さんから電話で「漫画の監修を頼まれていて…」と聞いた時は「え?」ってなりました。ラップを漫画にするんや、って。その当時はラップが流行り始めたくらいの時で、それこそいろんな企画の話が来ていたから。
般若 声をかけられたのが、ちょうど『フリースタイルダンジョン』が走ってた(放送が始まった)時期だったんだよね。
R–指定 きな臭い話もいっぱいあったから、みんなも慎重になっていた時期でした。一回話を聞いてみないとなんとも言えない状況だったんですが、最終的に「どうせ他の人がやるなら俺らがやるほうがいい」と般若さんに言っていただいて。
──登場人物が女子高生ということに関してはいかがでしたか? 最近はさすがにフィメールラッパーも増えてきましたが、それでもヒップホップシーン全体を見渡すと結構“男社会”という側面が傾向としてはあると思います。
般若 (ヒップホップが)男社会みたいなイメージはあるけど、俺はこの漫画に関しては、キャラが男じゃないところが良いと思った。最初に読んだ時、(テンション)上がったもん。 R–指定 そうですよね。俺も結構上がりました。個人的な感覚でもあるんですけど……女の人がラップしてるというだけで、ちょっとグッとくる部分があるんですよね。個人的にはもっと女性にラップしてほしいと思ってます。女性の口汚い罵りを色々聞きたいじゃないですか(笑)。
般若 それ、性癖でしょ(笑)。
R–指定 いやでも、ヒップホップは男社会ではあるけど、おそらく全ラッパーに共通する部分として、彼女や奥さんに口喧嘩で勝つことなんてないと思うんですよ。俺の知ってる限り、先輩でも後輩でも、ラッパーが女性に口喧嘩で勝ってるところを見たことがない(笑)。
般若 俺も悪いことしてなくても(妻に)謝るもん。
R–指定 そうなんですよね。俺もすぐ謝ってしまいます(笑)。『キャッチャー・イン・ザ・ライム』にも謝るシーンが出てきますけど、あそこもすごい良かったです。
言葉にはインパクトがあると世間が気付いた
──「きな臭い話も増えた」という発言もありました。漫画でもアニメでも、CMでも、ラップを扱ったものが増えていますが、『フリースタイルダンジョン』の存在が大きいのでしょうか? どう思われてますか?般若 「流行っちゃった」というのが一つある。
俺もこないだ「少年ジャンプ+」のCM動画でラップをやらせてもらったけど、みんながやっと「言葉には凄いインパクトがある」って気づいたんじゃないんですかね。
変な話、「今までなんでラップを起用しなかったんだろう?」って言っちゃってもいいくらいなところはある。
けど、Rも言ってた通り「舐めてんだろ?」っていうのもゴマンとあるから。
R–指定 ラップを起用したものが増えてるのは間違いなく良いことなんですけど、特にCMで「とりあえずでラップやってるなー」って思うものも多いですよね。
CMでちゃんとラップが聞こえた時は、安心しますもん。
──ラップが広がっていったことで、『キャッチャー・イン・ザ・ライム』のような漫画も生まれました。それこそ、ラップをやってきたお2人にとって漫画の監修というのは珍しい仕事だと思いますが、刺激を受けたりされますか?
R–指定 もちろん『キャッチャー・イン・ザ・ライム』も刺激になっているんですが、今、全部の仕事が刺激になってる状態で。
ここ2、3年でやったことない仕事を死ぬほどいただくようになったから、何がどこにフィードバックされているのか自分でもわからないんです。 般若 やったことない仕事は増えたよ。ライブとか俳優業もやらせてもらってて思うのは、言葉やセリフって大事じゃないですか。
でも、漫画とか文章って動いてるものじゃなくて、書かれたものとして、人の想像力を掻き立てなきゃいけない。それぞれ違いがあるし、俺もそういう意味では、漫画含めてすべてに感化されてるような気もする。
ラップそのものを描いた漫画
──『キャッチャー・イン・ザ・ライム』もまさに世間で『フリースタイルダンジョン』が流行り始めた頃にお2人に監修をオファーさせてもらいましたが、そのタイミングで連載が始まったわけではなかったですよね。背川 そうですね。
般若 最初に(背川)先生と顔合わせをしてから、いざ連載が始まるところまでは少し時間がかかったよね。
R–指定 かなり……1年ぐらいありました。
般若 今思えば、返ってそれが良かったんじゃないかな。
そもそも、この作品はラップについてしっかりした理解がないと描けないと思う。
最初に読ませてもらった段階でも、“俺知ってるぜレベル”の人が描いてるんじゃないというのはわかった。そういうのって読めばわかるものなんですよ。
だからこそ小生意気にも、こっちから口出させてもらった部分もあったし。
──その結果さらに磨かれていった、ということですよね。
R–指定 俺も最初の原稿を見せてもらって、「めっちゃラップ好きです」「聴いてます」というのを感じることができた。ラップを題材にして漫画家の人が描いてるというより、「ラップそのものを漫画で描いてる!」みたいな。それにびっくりしましたね。相当マニアックな突き詰め方をしてるなと思いました。
般若 ホントだよね。
──その背川さんが実はまだ学生で、いざ『ビッグコミックスピリッツ』の連載のために現在休学して漫画を描いているという……。
般若 頭おかしいんじゃねーかって(笑)。ただ、そこまでの覚悟があってこの人もやってるんだなって気持ちは伝わった。 ──背川さんが、監修の2人とのやりとりの中で印象に残っていることはありますか?
背川 一番最初のアドバイスは、第1話についての打ち合わせで、最後のシーンで“主人公のラップができ過ぎている”という指摘をもらいました。
この時点ではもっとラップをできていないように描く方が、今後の成長を描きやすいんじゃないかって。ラップのことだけじゃなくストーリー展開に関してもアドバイスもらったりして。すごく参考になっています。
──確かに。1話のアドバイス以降、作品が劇的に変わった瞬間はありましたよね。
背川 大きく変わったと思います。
般若 1話目でのラップを基準に考えてしまうと、その後の成長段階で、中だるみしそうな予感があった(笑)。最初は荒削りであるほど、2話3話と読んだときに「あいつヤバくない?」みたいになっていくと思うって言ったんですよね。
R–指定 リアルなラップの世界でも、最初っからキレキレ過ぎるより、荒削りなやつがどんどん上手くなっていく方がグッと来ることはありますよね。
言い換えれば、最初から先生のラップスキルが高すぎた。(韻)踏みまくりやった! それで、もうちょっとセーブしようという話をしましたよね。
──連載開始にあたって『週刊スピリッツ』に掲載した3人の座談会でも、背川さんが目に映るものでなんでも韻を踏もうとする「あの病気」にかかってるという話が出ましたもんね(笑)。
般若 (単行本のカバーを外し)これはその確たる証拠だよね(笑)。 R–指定 これは、マジで俺には他人事じゃなかったですね。学生時代の俺は、これにかなり近いほうだったと思います。ラップをやり始めた頃は、理屈でラップを理解していたので。
こういう文章を見ると、これもイケる(韻を踏める)し、これもイケる……って。ノートの上の方に何か言葉を書いて、その下にず~っと母音が一緒の言葉を並べていくという。今となってはすごい気持ち悪いことをしていましたからね(笑)。それと通ずる初期衝動を感じました。
「韻を踏む」ことにとらわれすぎるな
──連載している中で、自分の「ラップ観」の変化みたいなものを感じることって何かありましたか?背川 うーん、描いていて韻を踏むのが楽しいみたいな感覚はあるんですけど……。
この前、『フリースタイルダンジョン』でFORKさんが「韻を踏むためにラップするんじゃなくて、言いたいことをラップに乗せるんだ」と言っていて。
ライムへのこだわりを経た上で、韻にとらわれすぎないというところまで辿り着けるのは重要なことなのかなと感じました。
R–指定 FORKさんの場合、韻がすごいとかじゃなくて、あの人自身が韻ですから(笑)。
般若 つーか、韻がマニアック過ぎて誰もついてけねえから(笑)。変態だよ。
R–指定 あそこまで韻を突き詰めてきたFORKさんが言うからこそ、逆に説得力がありますよね。あれだけ韻を踏める人じゃないと「韻のためにラップをするな」とはなかなか言えない。
背川 ヒップホップの精神性の部分というか……他の人と違う自分だけの武器みたいなものをまだ自分自身ちょっとわかってない部分があるので、そういうものを探していきたいと思ってます。
──背川さんの話を聞いていると、本当にラッパーをインタビューしているような気持ちになります(笑)。人間性や個性がスキルを凌駕するといった話は確かによく聞く話ですよね。
R–指定 さっきもちょっと言いましたけど、俺もずっと、ひとつ覚えみたいに見るもの全部で韻を踏むみたいなことをやっていた時期が高校生の時にあった。
それを経て、今みたいに人前に立つことが多くなっていった時に、一旦距離を置いたんですよね。
いざ自分自身の感覚から出てくるものは、ノートに書き溜めたものとはまったく別物だってことを意識するようになったというか。
韻を踏むことにとらわれ出すと、ほんまに良くも悪くも病気なんで、言葉中心でしか考えられなくなってくるんですよ。
般若 それはわかる。音楽の部分が説明や理屈に支配されていくような感覚。
R–指定 そう、感情が出なくなってくるというか。確かに言葉や文章に支配されている部分がないとおもしろくないんですけど、それだけでもダメなんですよね。個人的にはその両方の振り幅を持っている人がすごいと思うんですよ。
漫画家の一線、ラッパーの一線
──連載を続ける中で意識が少しづつ変わっているということですが、その中で背川さんが最近よく聴くアーティストっていますか?背川 音源で好きで最近聞いているのは呂布カルマさん。ワードセンスも独特で、意外とちゃんと踏んでいて上手いなと思って。聴いていて楽しいです。
R–指定 このまま行くとラッパーになるんちゃいます? ほんま正しい病期の進行の仕方というか(笑)。ライムの楽しさに取り憑かれて、今度はライム以外の言葉の面白さに目覚めて……これは多分もう戻れない、治療不可のところまで来てると思う(笑)。
般若 先生はもう確実に頭の中ではラップしてるからね。あとはそれを今後どう出していくか。次の展開になってくるわけだから、先生にはさらにもう一線を超えて欲しいよね。
R–指定 そうですね。その一線って何なんでしょうね? ラッパーにもそういう超えるべき一線ってあると思いますけど。
──ちなみに、ラッパーの一線というのは例えばどういうものなんですか?
R–指定 例えば……今は普通なんですけど、一時期だったらラップにメロディをつけるのって、一線じゃなかったですか?
般若 ああ。それに関しては俺も昔モメたことあるよ。ここで誰とは言わないし、俺は別に普通にやってるつもりだったんだけど。やっぱりそういうことに対して、昔のほうが考えが堅かったから。
R–指定 一昔前、ラップってやっぱりメロディーを使うのはちょっとご法度って雰囲気ありましたよね。それでも、俺は中学校の頃から般若さんを聴いてましたけど、その当時から般若さんは自由に、急に歌ったりサビにメロディーが付いているイメージがありましたけどね。ただ、風潮としてはラッパーが歌うことに関しては、一線ありましたよね。
──言われてみればそうかもしれないですね。歌うこと=ポップみたいな風潮はあったかもしれません。今となっては随分不思議な頑なさですね。背川さんはこれから超えたい一線と考えた時、何か思い浮かびますか?
背川 漫画の展開に限った話じゃなくて、自分のこれからについて考えても、ラップを聴いたり、バトルを観たりしていくなかで、心に残る言葉とかそういうものってすごい重要だなって思っていて。セリフに関してもっと印象に残るような言葉を描いていけたら良いなと思ったりとか。 般若 そういえば、(連載中の本編に)とうとう男が出てきたじゃないですか。
背川 そうですね。
般若 俺はベッドシーンがあるのかなと。
R–指定 どうなんですかね……確かに絶妙なところですもんね。登場するキャラクターはシモネタは言うけど、フィジカルな部分でのエロいことはまだ……どうなんでしょう?
般若 それは先生の頭の中だけに。
R–指定 (笑)。
般若 ベッドシーンで韻とか踏み出したらもう、賛否両論でしょうね。
R–指定 ただ、大阪の先輩でKBDってラッパーがおるんですけど、その人はセックスしてる時が一番ライムが浮かぶって言ってました(笑)。大阪の至宝、最後の核弾頭です。
背川 そこまでその……深い過激なシーンじゃないまでも、恋愛は普遍的なテーマでもあるから感情を繊細に描かなきゃいけないので、本格的な恋愛を描けるようになったら、作家として一線を超えたというか、成熟するのかなと思ったりはします。
──『キャッチャー・イン・ザ・ライム』の中で今後それは起こりうる?
背川 そこまでは……今のところはないですね。
──ヒロインの皐月はラップを武器に、今後どこに向かっていくのですか?
背川 例えば家庭だったら親との和解、普通に話せるようになるとかそういうところだし、例えば学校でも普通に友達と喋ったりとか、人前で話せるようになるということが大きな目標としてはあるのかもしれません。そういう部分を今後は描きたいと、今はそう思ってますね。
──それは一つの見せ場となりそうですね。今後も楽しみにしています。今日はありがとうございました。
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匿名ハッコウくん(ID:2045)
般若エミネムみたい