日本のカルチャー史上に打ち立てられた金字塔として、後続の作家や作品に絶大な影響を与えてきた『デビルマン』。新たにアニメ化されることを記念して、その血脈を継ぐ作品群を一望する「系譜図」が製作された。これは1月1日付の朝日新聞に掲載された新聞広告、ならびに公式サイトでも見ることができる。
「DEVILMAN crybaby | 公式サイト デビルマンの系譜」 かつて庵野秀明氏は、自身が監督した『新世紀エヴァンゲリオン』を解題する上で最も影響を受けた作品の一つとして挙げたように、1972年に発表されて以来、日本のサブカルチャーにおいて特異な存在であり続けている『デビルマン』。後続への影響がいかに強大なものだったか、その一端がうかがい知れる図だ。
この系譜図の監修をつとめた、連続テレビ小説『ゲゲゲの女房』や『ひよっこ』のアドバイザーなど幅広く活躍する海老原優氏に、『デビルマン』とはいかなる作品なのか、そしてそれがもたらした影響についてうかがった。
取材・文:しげる 撮影:市村岬 編集:新見直
ギャグ漫画家としてデビューした永井豪が、『デビルマン』を生み出した理由
海老原氏は現在、イラストレーター/漫画家としての活動の傍ら、特撮評論やアイドルの研究も行う人物。 また、特撮映画の着ぐるみデザインや長岡造形大学・嵯峨美術大学の非常勤講師、さらにNHKの連続テレビ小説『ゲゲゲの女房』では漫画指導およびアドバイス、小道具の執筆だけでなく、漫画家"えびおそうじ"として出演(!)までこなす。2017年の連続テレビ小説『ひよっこ』でも劇中漫画の作画および漫画指導を務めている、多芸多才な方だ。「永井豪先生の作品はデビュー作から読んでいます。『ぼくら』という月刊誌に掲載された『目明しポリ吉』(1967年)という作品が永井先生のデビュー作なのですが、小学2年生当時にリアルタイムで読んだ記憶がありますね」
永井豪作品は当時の多くの漫画の中でも特異な輝きを放って、子供心にも強烈なインパクトを残したという。
「永井先生は『週刊少年ジャンプ』では『ハレンチ学園』、『週刊少年マガジン』では『オモライくん』や『キッカイくん』といった、エロティックコメディー路線の連載作品が中心でした。ただ、当時そうとう多くの少年漫画雑誌を読んでいた私の中でも、やはり永井先生の漫画は印象が随分違いました。『鉄腕アトム』や『鉄人28号』、『ゴジラ』などギャグ以外の作品からの影響を非常に強く受けておられ、そういったものを表現したいという思いがあったそうです」
わかりやすい一例を挙げると、お色気ギャグ要素の強い『ハレンチ学園』でも、第1部のラストでは教育委員会的な存在(当時『ハレンチ学園』はPTAからの大バッシングが繰り広げられ社会現象化していた)との戦争、大虐殺が起こるという凄惨なバイオレンスシーンが描かれている。『デビルマン』以前から、永井豪作品には人間の根幹にある暴力衝動の表現が登場していた。
海老原氏によれば、その中でも、永井豪がダークな作風に舵を切るきっかけとなった印象的な作品があるという。
「永井先生によるシリアス路線の最初の作品群の一つが、劇画ブームの頃の『マガジン』に掲載された『鬼 ―2889年の反乱―』と言う中編(1970年)。発達した科学によってつくられた合成人間と人類の戦いを描いたSFです。合成人間は本来の人類と区別するため頭にツノが付けられ、差別され虐げられています。そこで反乱を企てたが、その時代の人類が相手では勝ち目が薄いため、彼らが過去に行って人類を根絶やしにしようとするストーリーです。
すでにこの時点で、善悪の転換といった、永井豪作品の特徴である"価値観の逆転"が見られます。この作品の丸1年後、1971年の『週刊ぼくらマガジン』にて『魔王ダンテ』が始まり、そのまま『デビルマン』へとつながっていきます。もともと永井先生は、そちら方面のSF的な作品を描きたい気持ちがあったと」
『デビルマン』はいきなり世に出た作品ではなく、『鬼』に始まる永井豪による一連の作品群の一つに位置付けられるものだった。さらに言えば、その着想は少年時代の永井豪の、ある体験に端を発している。
「永井豪先生は子供の頃、ダンテの『神曲』を読まれています。地獄篇のラストで、ダンテが地獄の底に降りていくと、氷漬けになった巨大な魔王が佇んでいるというイラストが掲載されていたそうです。それが永井先生にはとても印象に残られたんですね。そのイメージの反映が『魔王ダンテ』であり『デビルマン』なんです」 神話的世界観、神と悪魔の対立といった要素が含まれている『魔王ダンテ』は、『デビルマン』の前身と言っても過言ではなかった。
そして、『デビルマン』のような作品が少年漫画誌に掲載されていること自体が当時としては異例だったが、それを実現できた背景には、掲載誌である『マガジン』が直面していた事情があった。
「昭和40年代前半当時の『マガジン』は、『巨人の星』や『あしたのジョー』など劇画路線の作品によって読者の年齢がどんどん高くなり、150万部という大部数を売り上げていた時期だったんです」
ところが1971年、これらの人気作が終了・休載した途端、『マガジン』の発行部数はガクッと落ち込むことになる。子供が離れてしまった結果だ。
「そこから『マガジン』は少年向け作品への揺り戻しを図った。『デビルマン』が連載された1972年(昭和47年)というのは、ちょうどそんな時期でした。子供向けのヒーローものの要素と、高年齢の読者層から支持を得られるハルマゲドン物の要素を盛り込むことができたのは、この時期の『マガジン』に連載されていたからだと思います」
永井豪作品の路線変更と、1970年代初期のマガジンが抱えていた事情とが絡まりあい、奇跡的なタイミングで登場した『デビルマン』。単行本5巻分の連載を終えたところで一旦完結したが、その衝撃的な内容は数多くのフォロワーを生み出すことになる。
『デビルマン』が後続に影響を与えた3つの要素とは
ダンテの『神曲』をイメージソースに、SF的な肉付けを施すことで形になった『魔王ダンテ』、そして『デビルマン』。そこから発生した様々な作品を一枚の表に系譜図としてまとめる作業において、海老原氏が考えたことはなんだったのか。「私がやったのはあくまで監修です。『デビルマン』に影響を受けているであろう作品を片っ端からリストアップしていき、それを大きな3つのパターンに分類した図をつくって、それぞれについて理由を追加していきました」 系譜図を見てみると、デビルマンの手を模した図のうち、親指は『デビルマン』シリーズの正当な続編、小指は永井豪のアシスタントもつとめた石川賢はじめ本人から大きな影響を受けたと想定される作家の作品が連なっている。これらの作品は、もっとも強い『デビルマン』の影響下にあるタイトルと言えるだろう。
海老原氏がその他3つのパターンに分けて分析していったのは、主に人差し指、中指、薬指に配置されている作品たちだ。それぞれ、薬指が"聖書や神話をベースにした作品"、人差し指が"全くの異世界を舞台にしたファンタジー色が強い作品"、中指が"現実世界の延長的異常世界を舞台にした作品"に分かれている。この分類にも、『デビルマン』に起因する意図があった。
「『デビルマン』がなぜ日本の漫画史においてエポックと言えるのか、その大きな理由が神話や聖書から引用した要素を大胆に翻案して盛り込んだ点です。悪魔というのはキャラクターとしてわかりやすいですから、『デビルマン』以前にも様々な作品に登場していましたが、悪魔という存在をSF的にしっかり設定して、その上で世界の宗教や神話、歴史の流れに組み込んだのは初めてでした。
もう一つ重要なのがファンタジー的な側面です。それまでにもこのような題材の作品は存在していましたが、悪魔や天使の世界というものは漠然としていました。『デビルマン』におけるファンタジー的な要素は設定の密度が高く、考証がほの見えるような形でそれらの要素を配置しています」
さらにもっとも後世の作品に大きな影響を与えたのが、『デビルマン』が現実世界の延長に異能の存在を配した作品だった点だと、海老原氏は語る。
「当時の漫画の主な読者は子供達でしたから、世界観について細かい説明が必要ない、身近な現実世界を描くことが多くなります。そこに、異界の要素をそのまま持ち込んでくるのは当時としては非常に斬新でした。これは、藤子不二雄(両)先生の作品はじめ、ギャグ漫画などではそれ以前から見られたギミックですが、オカルトや疑似科学的な側面を強調してシリアスかつ暴力的な描写とともに現実世界の延長を描いたのは『デビルマン』が初めてだと思います」 この三本柱に基づいて、『デビルマン』の影を感じる作品が整理されていく。例えば永井豪がアシスタントを務めていた石ノ森章太郎による『アクマイザー3』や、聖書などから引用された要素が多く盛り込まれた『新世紀エヴァンゲリオン』などは聖書・神話的なカテゴリー。ファンタジー的な世界観ながら異形の者との戦いとバイオレンスが数多く盛り込まれた『ベルセルク』や『進撃の巨人』などはファンタジー的なカテゴリー。現実世界と異形の者たちの関係を扱った『寄生獣』や『亜人』『東京喰種』などは現実世界の延長的カテゴリーへ……という感じで、ピックアップした作品を配置していく。
「もちろんそれぞれの作品をはっきり分別できるわけではなく、いくつかの作品は3つの分類にまたがった要素もあるのですが、それらを散らばらせて配置しています」 特に、異界からやってきた存在や人間と合体する生物という要素を引き継ぎ、命そのもののテーマを掘り下げる『寄生獣』や、異形の者へ変貌を遂げたり、“対怪物”の単純な物語ではなく人類史を構築しつつある『進撃の巨人』といった作品は、意識されているかは定かではないが、『デビルマン』からの色濃い影響を見て取ることができるという。 他に、系譜図に入れようか迷った作品などはなかったのだろうか?
「入れるか迷った作品まで、全部入れてしまっています。だから、この図が絶対の正解というわけではありません」
『デビルマン』こそ、『サイボーグ009』の結末を変えた原因?
もちろん、後続に影響を与えた、というだけではない。『デビルマン』自体が当時先行していた作品から影響を受けた側面もあるという。 「石ノ森章太郎『サイボーグ009』の一編である、天使編からの影響は大きいと思います。この天使編は人間の造物主である神が、全人類を滅ぼしてまた1からやり直すことを決定、それに対して009たちが抵抗するか否か悩むという内容です。神と地球の原住民であるデーモンの対立や、それに伴う人間の価値観の転換といった、『デビルマン』に通じるテーマが描かれています」 もともと石ノ森章太郎のアシスタントを務めていた永井豪。『冒険王』という低年齢向けの少年雑誌に掲載されあえなく未完となったこの「天使編」を、当時の永井豪が読んでいたことはほぼ確実であるという。しかし、「天使編」は掲載誌の読者年齢層と内容面のシビアさがかみ合わず挫折、打ち切りに近い形で終わる。その後石ノ森は手塚治虫が創刊した雑誌『COM』にて「天使編」のテーマを引き継いだ「神々との戦い編」を掲載するが、これはストーリーが飛び飛びに掲載された上に内容が難解だったことからまたしても挫折。『デビルマン』に影響を与えたという「天使編」が完結するまでには、石ノ森の死後に遺されたプロットのノートを元に、彼の長男である小野寺丈が執筆した小説版(『2012 009 conclusion GOD'S WAR』)を待たねばならなかった。
「これは想像なのですが、師匠としての石ノ森先生は弟子である永井先生に究極のハルマゲドンものとして『デビルマン』を描かれてしまったので、ストレートに天使編の続きを描けなくなってしまったのではないかと思うんです。やむを得ず全く違う形での語り直しをしなければならなかった。その後小説や、石森プロ制作の漫画作品という形で出版された完結編では、当初のプロットからかなり変化している節が見られます」
『デビルマン』に影響を与えた作品が、のちに『デビルマン』の影響を受けた形で完結する。このように『デビルマン』をめぐる相互の作品の血脈は、現代まで極めて複雑な形でつながっている。
『エヴァ』庵野秀明をして「人生の根底」と言わしめた作品
さらに、作品内容だけではなくビジュアル的な面でも、『デビルマン』が後世に与えた影響は大きい。「ビジュアル面での影響でいうと、直接的なところだとまず桂正和の『ZETMAN』。あと『東京喰種』や『亜人』などにもデザイン面での影響を感じられます」
"悪魔"や“ダークヒーロー”というものをキャラクター化する際のアレンジを決定づけたという意味でも、『デビルマン』が後世に与えた影響は非常に大きい。
「あとは、『エヴァンゲリオン』に登場するエヴァも、デザイン面での影響はあると思います。庵野秀明監督自身も、作品に対するデビルマンからの影響を公言しています。聖書系の神話が大きく絡むという意味でも、『エヴァ』への影響は大きいでしょう」 事実、庵野秀明氏は1997年(エヴァブームのど真ん中である)に刊行された伝説的著作『庵野秀明 スキゾ・エヴァンゲリオン』の中で、度々『デビルマン』と永井豪作品について触れている。その触れ方も通り一遍のものではなく、「(編注:『エヴァンゲリオン』に)永井豪テイストはもう完全に入っているでしょう」「『デビルマン』のインパクトが否定できなくなっている。それを否定してしまえば、自分の人生が根底からひっくり返ってしまう」というような、強い思い入れをうかがわせるものだ。デザイン面に関するものだけではなく、内容や劇場版まで含めたあのラストに関しても、『デビルマン』と永井豪からの影響は色濃い。
そして、その正当なリミックスにして、「2018年に公開される作品」であることを考えに考え抜いた翻案であり、それ自体もまた"『デビルマン』の子"である作品が、湯浅監督版『DEVILMAN crybaby』なのである。
鬼才・湯浅政明と傑物・永井豪に産み落とされた鬼子としての『DEVILMAN crybaby』
『DEVILMAN crybaby』は、原作『デビルマン』の見事な翻案である。ディテールや道具立を現代的に変換しつつ、ストーリーや戦闘場面のキーとなる部分は原作の通り。松本大洋氏の代表的作品を見事アニメにしてみせた『ピンポン THE ANIMATION』でも、原作からどのような情報を抜き取り、どのような要素を足すかという緻密な計算を見せた湯浅監督の手腕が光ったが、それは今作も同様だ。 この、「どの要素が足され、どの要素がそのまま残ったか」という部分に注目することで、『デビルマン』の本質が立体的に立ち上がってくるのが『DEVILMAN crybaby』の大きな特徴だ。原作漫画の持ち味であった強烈な暴力描写や、わけのわからないことが立て続けに発生するドライブ感。日常的な風景や感情が、超常の力によって世界の終わりへダイレクトに接続されるストーリーの規模感。そういった要素は『DEVILMAN crybaby』ではさらにブーストされ、「『デビルマン』とはこういう話だったのか」という驚きに満ちたものとなって視聴者に迫る。
加えて、アニメならではの「絵が動く」ことの原初的な快感にも満ちている。デーモンたちと戦うデビルマンの動きは極限までデフォルメされ、躍動感とインパクトを強く感じさせるものに。また、暴力描写とならぶ永井豪作品の魅力であるエロティシズムに関しても、アニメとして説得力のある描写が行われている。デフォルメされ、効果が最大化された性と暴力を存分に描写できたのは、ネット配信のアニメーション作品ならではの美点だろう。とにかく、『DEVILMAN crybaby』は全ての描写に対して腰の引けていない、強烈な作品となっている。 取材の時点では全話を鑑賞できていなかった海老原氏だが、原作の要素を間引いていない点には注目している。
「今までのアニメはすべて原作の途中まででぶった切られているので、今回の湯浅監督版では原作を最後まで描き切るという事はもっと知れ渡った方がいいかもしれませんね。デーモンとデビルマンたちの最終決戦がアニメ化されるのは初めてなんですよ。やはりアルマゲドンがどのように描かれているかは気になります」 海老原氏が言うように、壮大な原作漫画版に詰め込まれた要素を取りこぼすことなく映像化できた作品は今までに存在していない。そこに挑んだ『DEVILMAN crybaby』は、新時代の『デビルマン』と呼ぶにふさわしい内容となっている。 永井豪本人も、自身が受けた影響と与えた影響について、そういった積み重ねが今日の作品を生み、進化につながっているということを常々公言している。
重層的に他作品からの影響を受け継ぎ進化するサブカルチャーの流れは、さながら合体することで他の生物の力を受け継ぎ、進化してきたデーモンを思わせる。その進化の系統樹に生まれた特異点である『デビルマン』は、後世に絶大な影響を与えた。まさに悪魔的作品と言えるだろう。
そして『デビルマン』から生まれた作品の影響すら取り込み、大いなる原点回帰と誰も見たことのない表現の両立を果たした『DEVILMAN crybaby』も、また現代の日本のアニメーションが産んだ鬼子である。その咆哮を、是非見届けてほしい。
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