リアルな生活感と生々しい暴力。
相反する2つの要素が、不思議なリズム感で調和している、今絶好調の漫画がある。
南勝久が『週刊ヤングマガジン』で連載中の、『ザ・ファブル』がそれだ。先日、第41回 講談社漫画賞 一般部門を受賞したことでも知られる話題作である。
文:しげる、編集:ねりまちゃん
とにかく圧倒的に強い彼は、「殺しすぎたから一旦潜れ」という組織のボスの命令で、補佐役の女とともに大阪の暴力団・真黒組(マグロぐみ)の世話になりつつ、1年の間誰も殺さずに一般人として生活することになる。佐藤明と佐藤洋子の兄妹という設定で、真黒組の用意した部屋に住むことになった彼らの日常を追う、という話である。 しかしファブルはもともと裏社会の人間であり、幼少期から訓練を重ねてきた伝説的な殺し屋だ。その暴力の匂いに惹かれてか、身の回りで様々なトラブルが発生する。
ファブルの存在を疑う真黒組の若頭、出所したての跳ねっ返りなヤクザ、伝説の殺し屋に憧れる若手ヤクザ、同業者の殺し屋、興信所を騙った組織犯罪者、野生のクマなどなどが繰り広げるトラブルを避けたり介入したりしながら、果たしてファブルは1年間誰も殺さず無事に生活することができるのか。
ファブルはボンヤリした風貌ながら劇中最強の人物であり、間違いなく作品内に登場する誰よりも強い“プロ”である。しかし彼は殺し屋業の上司であるボスから「絶対に誰も殺さず、平穏無事に過ごせ。武器も携帯するな」と言われている。また同時にストーリー上の様々な制約から、作中でフルパワーを発揮することはできない。 この「実際には作中最強だけど、その能力を絶対に完全発揮することができない」というリミッターによるバランスの取り方が、絶妙にうまい。
暴力描写に関して言えば、南の描く素手の喧嘩は非常に魅力的(という言い方もおかしいが)だ。いわゆるヤンキー漫画的なファンタジックな殴り合いではなく、「いいところに数発入ると人間は動くことができなくなる」という生々しさがある。
前作『ナニワトモアレ』シリーズでは、ゼンちゃんの「ハリ手」(※)という形でそれをギャグにもしていたけど、『ザ・ファブル』では急所に向かって瞬時に何発も打撃を加えることで人間を無力化したり、はたまたファブルが自分よりずっと格下の相手の蹴りを適当に受けて素人に見せかけたりと、見せ方のバリエーションがかなり増えた。
※ゼンちゃんの「ハリ手」…南勝久『ナニワトモアレ』の作中最強キャラクターであるゼンちゃんの必殺技。1発か2発で敵を倒してしまう。
南は『ナニワトモアレ』シリーズでも、死人が出るような大阪環状線での暴走行為や生々しい喧嘩を描いた直後に、登場人物たちがひたすら下ネタの冗談を言っているだけの回を挟むというトリッキーな構成で「暴走も喧嘩も下ネタも全て日常」という環状族のリアルな生態を描き出していた。
『ザ・ファブル』でもその手腕は健在。一発屋っぽいお笑い芸人に爆笑するファブルや、つつがなく生活するためにバイトを始めたファブルの勤務先の人々、ホームセンターや住宅街などの何気ない風景にギャグを交えつつ丁寧に描写することで、それらを背景に繰り広げられる犯罪や暴力描写の“日常からの地続き感”を増している。 日常と地続きの暴力は、怖いけどやっぱり面白い。
……というように色々書いてはみたものの、基本的には『ザ・ファブル』は風変わりなヒーローが市井の人々を助ける、王道の娯楽作品。小難しいことを考えながら読むというよりは、ラーメン屋の本棚に置いてあるのが似合うような風情のヤンマガらしい漫画だ。
何より南勝久作品は異常にリーダビリティが高いのも大きな特徴。読み始めたら11巻まで一気なので、ぜひトライしてみてほしい。
相反する2つの要素が、不思議なリズム感で調和している、今絶好調の漫画がある。
南勝久が『週刊ヤングマガジン』で連載中の、『ザ・ファブル』がそれだ。先日、第41回 講談社漫画賞 一般部門を受賞したことでも知られる話題作である。
文:しげる、編集:ねりまちゃん
殺しの天才は、一般人として生きられるのか?
主人公は「ファブル(寓話)」の異名で知られる天才的な殺し屋。とにかく圧倒的に強い彼は、「殺しすぎたから一旦潜れ」という組織のボスの命令で、補佐役の女とともに大阪の暴力団・真黒組(マグロぐみ)の世話になりつつ、1年の間誰も殺さずに一般人として生活することになる。佐藤明と佐藤洋子の兄妹という設定で、真黒組の用意した部屋に住むことになった彼らの日常を追う、という話である。 しかしファブルはもともと裏社会の人間であり、幼少期から訓練を重ねてきた伝説的な殺し屋だ。その暴力の匂いに惹かれてか、身の回りで様々なトラブルが発生する。
ファブルの存在を疑う真黒組の若頭、出所したての跳ねっ返りなヤクザ、伝説の殺し屋に憧れる若手ヤクザ、同業者の殺し屋、興信所を騙った組織犯罪者、野生のクマなどなどが繰り広げるトラブルを避けたり介入したりしながら、果たしてファブルは1年間誰も殺さず無事に生活することができるのか。
魅力的な暴力描写
『ザ・ファブル』で決定的にうまいのは、主人公ファブルのキャラクター造形、そしてそれに対するリミッターの掛け方だ。ファブルはボンヤリした風貌ながら劇中最強の人物であり、間違いなく作品内に登場する誰よりも強い“プロ”である。しかし彼は殺し屋業の上司であるボスから「絶対に誰も殺さず、平穏無事に過ごせ。武器も携帯するな」と言われている。また同時にストーリー上の様々な制約から、作中でフルパワーを発揮することはできない。 この「実際には作中最強だけど、その能力を絶対に完全発揮することができない」というリミッターによるバランスの取り方が、絶妙にうまい。
暴力描写に関して言えば、南の描く素手の喧嘩は非常に魅力的(という言い方もおかしいが)だ。いわゆるヤンキー漫画的なファンタジックな殴り合いではなく、「いいところに数発入ると人間は動くことができなくなる」という生々しさがある。
前作『ナニワトモアレ』シリーズでは、ゼンちゃんの「ハリ手」(※)という形でそれをギャグにもしていたけど、『ザ・ファブル』では急所に向かって瞬時に何発も打撃を加えることで人間を無力化したり、はたまたファブルが自分よりずっと格下の相手の蹴りを適当に受けて素人に見せかけたりと、見せ方のバリエーションがかなり増えた。
※ゼンちゃんの「ハリ手」…南勝久『ナニワトモアレ』の作中最強キャラクターであるゼンちゃんの必殺技。1発か2発で敵を倒してしまう。
日常と地続きの暴力は、怖いけど面白い
加えて、南勝久ならではの絶妙に間の抜けた日常描写が冴え渡っている。南は『ナニワトモアレ』シリーズでも、死人が出るような大阪環状線での暴走行為や生々しい喧嘩を描いた直後に、登場人物たちがひたすら下ネタの冗談を言っているだけの回を挟むというトリッキーな構成で「暴走も喧嘩も下ネタも全て日常」という環状族のリアルな生態を描き出していた。
『ザ・ファブル』でもその手腕は健在。一発屋っぽいお笑い芸人に爆笑するファブルや、つつがなく生活するためにバイトを始めたファブルの勤務先の人々、ホームセンターや住宅街などの何気ない風景にギャグを交えつつ丁寧に描写することで、それらを背景に繰り広げられる犯罪や暴力描写の“日常からの地続き感”を増している。 日常と地続きの暴力は、怖いけどやっぱり面白い。
……というように色々書いてはみたものの、基本的には『ザ・ファブル』は風変わりなヒーローが市井の人々を助ける、王道の娯楽作品。小難しいことを考えながら読むというよりは、ラーメン屋の本棚に置いてあるのが似合うような風情のヤンマガらしい漫画だ。
何より南勝久作品は異常にリーダビリティが高いのも大きな特徴。読み始めたら11巻まで一気なので、ぜひトライしてみてほしい。
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しげる
Writer
1987年岐阜県生まれ。プラモデル、アメリカや日本のオモチャ、制作費がたくさんかかっている映画、忍者や殺し屋や元軍人やスパイが出てくる小説、鉄砲を撃つテレビゲームなどを愛好。好きな女優はメアリー・エリザベス・ウィンステッドとエミリー・ヴァンキャンプです。
https://twitter.com/gerusea
http://gerusea.hatenablog.com/
1件のコメント
匿名ハッコウくん(ID:4548)
22巻まであるのに、記事の最後なぜ11巻??