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別れた恋人が忘れられない…哀しみのただしい受け入れ方って?【AV女優 戸田真琴の映画コラム】

戸田真琴さん(撮影:飯田エリカ)

今回紹介する映画 『そこのみにて光り輝く』

先日、新しいネックレスを買いました。

気に入っていつも付けていた小さな金色のネックレスを、どこかで落としてしまってからひと月が経ったからです。願掛けのようなもので、胸に光っていると安心したのです。小さなウニのような形をしている、とげとげのある金色の星を、瞳に映していたいと願っていました。

みなさんは、大切なものを失くしたことはありますか。また、昔に失くしたものを今でも思い返すことはありますか。

夏は喪失と追憶の季節だと、いつからか思うようになりました。色も匂いも濃く、きっと必要以上に記憶が焼き付いて心のほうまで痕を残してしまうのでしょう。そんな今月は、こんなお悩みについてお話ししていきたいと思います。

別れて5年経つのに元カレが忘れられません…新しい人と出会っても心から好きになれないんです。どうすれば吹っ切れるでしょうか?

戸田真琴さん 別れというのは、その作法をきちんとこなすことが出来たら、本来とても美しいものです。

大事に使っていた物や道具が、修理を重ねてもようやく力尽きる予感がした頃に、感謝をしながらそっと休ませてやること。恩を受けた先生や同僚にきちんと挨拶をしてから、前向きにその場を離れること。過ごしてきた時を思い出しながら、自分がつけてきた傷をなぞりながら、ぴかぴかに部屋を掃除して引っ越しをすること。

別れは出会いの唯一の対義語で、何かに出会った時に星が弾けるような心持ちがしたならば、それと別れるときも同じくらいの重要度で胸に刻まれることでしょう。

だけれど大抵の場合、人は何かと別れるとき、上手に品よく悔いもなく済ませるなんてことは出来ません。心で生きているひとは尚更です。システムじゃないこの身体は、作法の外にある「さみしい」や「虚しい」「苦しい」といった感情の言うことを、いつも無視しきることができないのです。

失恋から立ち直る映画も、新しい出会いからハッピーエンドへ導かれていく映画もこの世界には溢れているのだと思いますが、今回はその幸福感には甘えずに、この映画を紹介したいと思います。

何かを失ったことのある人には、きっと響くと思います。

失い続けた人生の果てで

戸田真琴さん 『そこのみにて光り輝く』は、綾野剛さん主演の日本映画です。

過去にトラウマを背負い無職で暮らしていた達夫(綾野剛)が、パチンコ屋で演じる拓児(菅田将暉)と出会うところから物語が始まります。

拓児は喧嘩っ早いけど人懐っこい性格で、すぐに達夫に懐きます。連れて行かれた拓児の家で、達夫は拓児の姉の千夏(池脇千鶴)と出会います。

拓児の家には、脳梗塞で寝たきりの父親がいます。母親は、日夜うめき声を上げては性処理を求める父親の世話に疲れ果てています。千夏は、昼は工場で働き、夜は身体を売り、拓児の上司にも抱かれ、地を這うように生きていました。

登場する人々は皆、なにかを失い続けた人生の果てで、疲れきっています。達夫は職場でのトラウマを、何度も夢に見ては汗だくで飛び起きます。

日々襲い来る苦痛と哀しみが、寄る辺のないかれらを真綿で首を絞めるようにじわじわと、追いつめていくのです。ずっと、追いつめられ続けているのです。

戸田真琴さん 哀しみや後悔、巨大な喪失は、本来とてもとても長い時間をかけてあなたに染み渡るはずのものです。

達夫の夢に何度も何度もその記憶が出て来るように、その時についた、あるいはつけてしまった胸の傷が深ければ深いほど、ずるずるとその痛みを引きずって当たり前なのです。

傷つけあった記憶だけでなく、別れの作法を踏みそこねたり、気持ちの整頓が拗れたりすると、後悔となって後々に残ります。

平和なときが眩しければ眩しいほどに、「どうして最後のシーンを美しく飾れなかっただろう」という自責の念も強くなります。別れというのは、あなたひとりの人生のシーンではなく、別れてゆく誰かにとっての人生のワンシーンでもあります。

生きてきて、出会って、何かがあって、そして別れたのだから、その記憶がひとりで見た景色よりも重たくあなたにのしかかるのは、当たり前のことなのです。

「愛」と死に別れる苦しみ

戸田真琴さん 相談者さんがくりかえし昔の恋人を思い出してしまうのは、そのぶん哀しかったからなのだと思います。あなたの好みが染まってしまうような人と、出会えたことも、知り合ったことも、一緒に過ごしたことも、想いを贈りあったことも、全部がほんとうに嬉しかったのだと思います。

ほんとうに嬉しい季節の終わりは、どんな形をとっても、どんな作法を用いても、哀しいと感じるに決まっています。自分たちの間に生まれた「愛」と、死に別れるような苦しみなのだと思います。

それは、さようならの手続きを済ませて、新しい出会いを受け入れようとしても、尚も何度もあなたのもとへ舞い戻って来たとしても、仕方がないくらいなのです。

あなたがまだ哀しいからです。あなたの傷がまだ、傷のままだからです。

戸田真琴さん 愛するのなら、ずっと一緒に居たいと願わずにはいられません。人というのは、さみしがりな生き物です。

そんな願いが打ち砕かれ続けるたびに、「ずっと」を望む心は麻痺していき、人はみんな、何かとはぐれることに慣れていきます。一人でも大丈夫だと思えるようになります。出会っても、どうせまたひとりになると悟るようになります。

だけど、その悟りこそが、傷が癒えていない証拠なんです。

「さようなら」はとても美しく、哀しいことです。長い人は十年、二十年経ってからやっと光が射すこともあるくらいの、大きな、大きな暗闇の合図です。

時間は解決なんてしてくれない

戸田真琴さん あなたの心が哀しみに暮れているという理由ではぜんぜん休ませてくれない仕事を、毎日こなしているうちに、時間は自動で進んでいきますが、そのベルトコンベヤーに乗っていない場所にあなたの哀しみはあるのです。

哀しみは自動で消えていったりはせず、あなたの足がみずから歩む歩幅にだけ合わせて、あなたの身体に溶けて染み込んでゆきます。

時間が解決してくれるさ、という無責任な言葉で決して傷が癒えないのは、それが、時間が運んでくる様々な人生のタスクがあなたの目を逸らしてくれるというだけの表面的な解決法だからに他なりません。
 
哀しみや別れを笑い飛ばす明るい歌や大袈裟なハッピーエンドの物語で現実を遠ざけても、あなたの、あなただけの哀しみはいつもぴくりとも動かずあなたを見ています。目を逸らしたあなたに忘れられていくのを、生傷のまま見ています。

戸田真琴さん 千夏は、どん底の日常を疲れ果てながら、それでも生きていました。達夫は千夏を愛し、「家族を持ちたい」と言い、少しずつ、少しずつ、過去のトラウマと向き合い、仕事に復帰する道を選びます。山で道路に使う石を爆破して割る仕事をしていましたが、事故で後輩を死なせてしまっていたのです。それでも、千夏のために新しく人生をはじめようと決めました。

失ってばかりのかれらを再生に導いたのは、だらだらと続く日常ではなく、愛でした。愛を持って、改めてこの日々は苦しく、この状況は歪んでいて、逃げ出したい、逃がしてやりたいと感じなおした二人は、呪縛から解放された新しい日々を夢みはじめます。

何も映そうとしない真っ黒い目をしていた達夫は、いつからか愛を称えた目で生きています。そのことの美しさが、それまでの哀しみがあったすべての理由なのかもしれないと思えるほどに。

何一つ現状は解決せず、むしろ悪化したまま物語はエンディングを迎えますが、ラストシーンの朝日と、そこに佇む達夫の姿にはどんなハッピーエンドにも存在しない哀しみの幸福がありました。傷を負ったまま、見つめあう二人がいました。

どうしようもなくずたずたに傷ついたふたりにしか見えない、本当の切実な光がありました。

「ありがとう」まで辿り着けたなら

戸田真琴さん 失った人にしか見えない眩しさがあるのなら、あなたの人生で過去が現在の邪魔をしてくるとしても、絶対に大丈夫です。これから、少しずつ、その忘れられない恋を、忘れないままで人生を進んでいけば良いんです。あなたは、過去に負った傷を、忘れないままでいいんです。

終わってしまった恋を全部「思い出したくないもの」にするのなら、経験することは不幸ということになります。宝箱は、胸の中にせっかくあるのだから、開けちゃいけない悪魔の箱にはしないようにしたいものです。

「終わり悪ければぜんぶダメ」的な思考を、とくに若い女の子たちはしてしまいがちな現代ですが(女の子同士で失敗談を語るとついつい全部を愚痴にしてしまいそうになるのも解ります)、あなたが誰かを愛した記憶、あなたが誰かに愛して貰った記憶は、どんな終わり方をしていたとしてもあなたの人生の宝物です。

戸田真琴さん 映画は、全部が美しくなくても、気に入らない台詞があっても、心の針が震えるようなシーンがひとつでもあったなら、胸に焼き付いてしまうようなカットがひとつでもあったなら、あなたにとって「出会えてよかった」ものになるでしょう。

それと同じで、あなたの出会いにも、交際にも、季節にも、ワンカットでもあなたの人生を美しく彩る何かがあったのなら、そこをあなたも愛し返して欲しいのです。

笑いあったこと、情を交わしあったこと、見つめあったこと、一緒に何かを見たこと。そういうものが一つ一つ星になって浮かぶ夜空は、これからもあなたの歩く道を必ず祝福してくれます。

それらがもう触れられる場所にはなくなってしまったという、「さようなら」の哀しみが夜の闇になったとして、闇と、星とで、あなたの道は今日も程よく歩きづらく、程よくやさしいものになるはずです。

そしていつか、「どうして」よりも「さみしい」よりも、ずっと先に輝く「ありがとう」まで辿り着けたのなら、あなたはその「忘れられない恋」を知る前のあなたよりも、ずっとずっと魅力的な人になっているはずです。そのときに、新しい恋をするのでも、ぜんぜん遅くないのだと思います。

哀しみは、大切にしてください。

あなたが誰かをうんと好きになった証拠です。あなたの愛が、もうそのままではいられなくなって、凍り付いてしまっただけの姿です。溶けて水になって世界に還っていく日まで、あなたが大事にして下さい。あなただけが持つことの出来る、あなたの哀しみです。

達夫と千夏のように、深い哀しみを負った人どうしでしか交わすことのできない情が、あなたにとって何かを失う前の光よりも価値のある色に輝くことを、私も願っています。

哀しみは哀しみのままで

戸田真琴さん 夏は、哀しいことがたくさん起こった季節です。

広島・長崎では今年も追悼の儀式が行われ、日常的にも、このうだるような熱さを越えきれなかった人たちが多く、命を空に返していきました。

花火は本来、亡くなった人たちへの慰霊の意味で行われたものだったと聞き、毎年はしゃいでいた自分のことが恥ずかしく思えたのも、いつの夏のことだったでしょうか。

人は、生きているというだけでも、日々何かを当然のように失っていきます。遊んでいたおもちゃは壊れ、愛していたペットは動かなくなり、頭をなでてくれたおじいちゃんもこの世から離れていきました。

あなたの好きなロックスターも、物書きも、プロレスラーも、あなたが好きでいるままで、合図もなしに居なくなってしまいましたね。

それに対して、どれだけの人がSNSで深刻そうな顔をして呟いていても、真似をする必要はありません。「あんなに素敵なひとがいなくなってしまったなんて」「これからも忘れずに生きていきます」、ましてや「R.I.P.」なんて、ネットに書いたって、亡くなった人には届きません。

フォロワーやFacebook上の「友達」に、「私は追悼しています」という姿勢を見せるだけのことに、追悼の本質があるとは、私は思えないのです。

戸田真琴さん 誰かがこの世界からすっぽりと居なくなってしまったことの哀しみは、言葉になんかできなくていいんです。言葉にはめたところで、一番大切なところをただ置いてきぼりにしてしまいます。言葉はいつも、想いや思い出に届きやしないから。

簡単じゃなくていいんです。哀しみはただ哀しみのままで。

「故人を想っている」姿勢をみせびらかすよりも、あなただけの心の世界で、あなたと、もうここにはいない人との間に、本当にもう伝える術のないあなたの想いをただ手向けてください。

そこには、SNSのフォロワーも、街を流れる報道も、無関係です。あなたの心が、もう居ない人に、いつか貰った彩りで育てた、本当のお花を手向けてください。仏花じゃなくていいんです。心の中だから。

そしてまた、少しずつ、少しずつ、長い長い時間をかけて哀しみはいつか星になって輝くまでの道を辿ります。

どうしても、どうしても辛い時には、笑いあったことを思い出して。そのシーンも、星になって永遠に消えずに在るはずですから。

失うということは、夜空に星がひとつ増えることの、せつない合図のようなものなんです。

その鈴の音が、あなたの耳にどうか純粋に響きますように。

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今回紹介した映画:『そこのみにて光り輝く』(呉美保監督,2014年,日本)

編集:長谷川賢人 写真:飯田エリカ
撮影協力:さんさき坂カフェ

これまでの連載コラム

戸田真琴 // とだまこと

AV女優

AV女優として処女のまま2016年にデビュー。愛称はまこりん。趣味は映画鑑賞と散歩。ブログ『まこりん日和』も更新中。「ミスiD2018」エントリー中。

Twitter : @toda_makoto
Instagram : @toda_makoto

戸田真琴

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