窪之内英策による初アニメができるまで 鉛筆で一発描き、原画51枚制作の舞台裏

窪之内英策による初アニメができるまで 鉛筆で一発描き、原画51枚制作の舞台裏
窪之内英策による初アニメができるまで 鉛筆で一発描き、原画51枚制作の舞台裏
30〜40代には『ツルモク独身寮』『ショコラ』といった漫画作品で、10代〜20代には「NOKKO sings REBECCA tunes 2015」といったジャケットイラストや1700万再生を突破したVine動画『80年のダイジェスト』をはじめ、可愛らしい女の子のイラストなどで知られる漫画家・窪之内英策さん。
今月25日、そんな窪之内さん“初”となるアニメーション映像作品『サヨとコウの出発』が公開された。
【手描きアニメ】「サヨとコウの出発」 駅すぱあと
本作は、経路検索サービス「駅すぱあと」とのコラボ作品で、将来に思い悩む高校生が未来に向かって一歩踏み出す姿がみずみずしく描かれている。

鉛筆で描かれたモノクロ原画を中心としたコマ撮りのアニメーション作品である『サヨとコウの出発』では、紙の上にキャラクターが生まれていく様が映し出される。

今回、「KAI-YOU.net」では、この作品の制作現場を密着取材。2日間にわたるライブドローイング撮影の裏側や制作秘話、『サヨとコウの出発』に込められた思いに迫った。 取材・文/須賀原みち 撮影/市村岬・編集部

「どう見られるか?」を意識した細やかな調整

4月初頭、都内某マンションの一室に物々しい机のセットが用意されていた。窪之内さんのライブドローイングを記録するため、4Kのカメラ1台、机上の様子は計4台のモニターに映しだされている。 また、絵を描く手と紙面がキレイに見え、かつ自然な感じの光を再現するため、前日に2時間ほどかけてセッティングされた照明が光っている。

こうした準備が終わった頃、窪之内さんが現場に入ると、まず監督やスタッフとの打ち合わせが行われた。当然これまでに何度も行われてきたはずだが、撮影初日でも窪之内さんは積極的に監督を中心としたスタッフらと議論を重ねる。 スマートフォンで見られることを想定して、画面構成を修正すること、事前のテストを経て本番は主線を濃くすることのほか、場面変換のタイミングやプロップ(小物)の大きさなど、「見る人によりよく伝えるため」のアイディアを、手振りも混じえて熱っぽく話す窪之内さん。監督はそれを受けて、窪之内さんと最終的な方向性を共有していく。

細やかな指示は、「どう見られるか?」を誰よりも意識しているように映る。自分を「機械オンチ」だと語る窪之内さんだが、自らの意志でSNSを活用して発信し、世界的にファンを増やし続けている経験に裏打ちされてのことだろう。

企画を一度は断ったものの、最終的に引き受けた理由とは?

決定版に近い絵コンテ

窪之内さんの創作に対するこうした熱意は、今回の制作経緯からも伝わってくる。「実は、この企画は一回断った」と、窪之内さんは明かす。というのも、企画が持ち込まれた時点の絵コンテからして膨大な作画枚数が必要で、スケジュール的に厳しいものだったからだ。

「でも、“インパクト重視の広告”っていう最近の潮流に迎合せず、しっかりとしたストーリー性のある脚本が非常に良かったから、自分の中でひっかかっていたんだよね。それに、この話を持ってきてくれた広告会社の人が去り際に『諦めません』って言ったのも印象に残ってた。そうしたら後日、納期に間に合うように枚数を少なくした絵コンテを持ってきて。

『話題性がある人だったら誰でもいい』とかじゃなくて『僕と仕事したい』っていう、その気持ちに感動して引き受けました」

窪之内さんが手を加える前の絵コンテ

「ただ、枚数を減らした絵コンテだと伝えたいことが伝わらなくなってたから、『これじゃダメだ!』って言って、すぐに僕が絵コンテを描き直しました。そしたら、作画枚数がすごく増えちゃった(笑)。結局、自分の首が絞まってるんだけど、作品としてベストならそれも構わない。時間がある限り120%を出し切る。そうしないと、後で後悔すると思うし」と語ってくれた。こうして、プロジェクトはスタートした。

「子供は失敗しても大丈夫だ」って背中を押してあげたい

特に窪之内さんが共感したのは、作中でモチーフとして何度も登場する“シャボン玉”だった。いわく、本作におけるシャボン玉は“未来への希望”や“夢”を象徴的に表している。だから、窪之内さんの言う「このシャボン玉(希望)をなんとかして主人公のサヨに届けたい」という言葉は、本作の「将来に不安を抱える高校生の背中をそっと押してあげる」というコンセプトと共鳴している。

今、ネットにはネガティブなことが多くて、子どもが臆病になっちゃってると思う。でも、『ちゃんとした大人は見守っているから、子どもは失敗しても大丈夫だ』って言ってあげたい」と、窪之内さんは続ける。

葛藤するサヨの心を感じとり、言葉ではなく行動で示してくれる兄・コウの姿は、まっすぐな目でそう語る窪之内さんの思いをそのまま表している。

その思いが伝わるように、窪之内さんは「(シャボン玉を)“吹く”という行為にこだわりたい」と何度も口にした。そうして生まれたのが、幼少期にサヨと兄・コウが一緒にシャボン玉を吹くシーンや、 コウが仕草だけでサヨにシャボン玉を贈るクライマックスのシーン。 もともとの脚本から、窪之内さんが特に手を加えた部分でもある。そうして2人の過去や絆が描かれることで、物語はどんどん豊かになっていった。

一筆入魂のライブドローイング開始

そして、いよいよライブドローイングの撮影が始まった。ライブドローイングの最初のカットとなるのは、サヨの家の窓からシャボン玉が飛んでいくシーンだ。自ら持参したブルーがかったグリーンの色鉛筆を手に、色の濃さや位置、筆先の太さを確認しながら、ひとつひとつシャボン玉を描き入れていく。 無事にシャボン玉を描き終えて紙面を撮影……しようとしたところで、窪之内さんから「ちょっと待って!」の一声。改めて紙面を見てから、シャボン玉を一つ描き加えた。ひとつのカットに対するこだわりが伝わってくる。

一発描きのプレッシャーと難しさ

最初のカットを描き終えると、窪之内さんは「お酒入れていいですか?(笑)」と、日本酒をグイッとあおる。また、お気に入りのハードロックをかけると、再び机と向き合う。 実は窪之内さん、自宅で酒はほとんど飲まない。だが今回、「普段とまったく違った作業環境で一発描きをしなくてはならない」ということにプレッシャーを感じ、自分の中でスイッチを入れるために酒を入れたそうだ。「アル中に間違われるんだけどね(笑)」という軽口とは裏腹に、より良いものをつくろうとする意欲がみなぎっている様子が見て取れる。

このほかにも、撮影ではいつもと違う困難が待ち受けていた。サヨの顔のアップを描きながら、「ちきしょー! 寄れない(苦笑)」と思わず声が上がった。

普段は顔を原稿に近づけて執筆する窪之内さんだが、なにせ今回はライブドローイング。手元のみを映像に収めるため、頭が映り込まないように、原稿に近づきたくても近づけないことに頭を悩ませた それでも線を重ね、ペン消しゴムなどを使って線を整えていくと、見る間に生き生きとしたキャラクターが存在感を持って紙面に現れる。それでも「いつもの2倍くらい時間がかかってしまった」とのことで、余計に驚きだ。

絵のことを考え続ける窪之内英策ならではのクセ

前述の通り、窪之内さんは慎重に線を重ね、ときに探るように消しゴムで線を削り、主線をひいていく。この描き方について尋ねると「描きたい理想の絵は、紙の上にはもう見えてるんだよね。でも、自分が若かった時、1970〜80年代の人の絵に強い影響を受けて、絵のクセがついちゃった。本当は一発で理想の絵を描ければいいんだけど、そういう絵のクセを消しつつ描いてる」という返答。

描きたい理想の絵はもう見えている」。この話を聞いた時、筆者はある光景を思い返した。休憩中スタッフと談笑しながらも、何かを描くように絶えず人差し指で空を切る窪之内さん。 「日常的にやってるクセで、手を動かして頭の中のキャンバスに絵を描いてる。“絵の上手さ”って、見たものをどれだけ記憶のストックに入れられるかってことだから、雰囲気だけでも記憶できるようにしてるんだよね」。常に描くことについて考え続けている窪之内さんの真摯な姿勢がにじみ出ている。

完璧ではない鉛筆の筆致に人間味を感じてもらえたら

また、本作では、鉛筆のタッチ筆致にもこだわった。

自分のスタイルを突き詰めていくと、鉛筆だと思う。鉛筆のかすれに温かみみたいなものを感じてほしくて、あえて迷い線も残したんだよね。人間だって表情や顔が変わるんだから、迷い線が入ることで、キャラクターの二面性だったり、表情の向こう側みたいな余韻を感じてもらえるといい。そういう意味で、完璧なものは描いていない。だって、僕、完璧なものにあまり興味がないから。

それに鉛筆で描くと、見ている人が『もしかしたら自分もこれを描けるかもしれない』って、自分に近いものを感じるんだと思う。鉛筆にはそういうリアリティがあって、そこに心を動かすものがあるのかもしれない。」 こうして昼夜をかけて、2日間のライブドローイングが続いた。この2日間、現場に入る昼から作業を終える夜まで、窪之内さんは一度も食べ物を口にしなかった

「満腹になってしまうと集中が途切れてしまうからだ」と言うが、端から見ていても疲労の色は隠せない。それでも、納得がいかないところはとことん追求し、より良い作品を目指す。

驚いたのは、1日目の終わり。前段階で描き上がっていた、サヨからプリントを渡される女子高生の見た目を急きょ変更することになると、窪之内さんは原稿を持ち帰り、睡眠時間を削って修正を施した。限られた時間の中で、身を粉にして作品を仕上げていく。

「見ている人に楽しんでほしい」という哲学はあの人の影響

ここまで自分を追い詰めながら作品をつくる、その原動力は?

窪之内さんは言う。「つくっている時は“見ている人に楽しんでほしい”以外、考えてないです! 自分で言うのもなんだけど、すごくピュア(笑)。金銭とかの対価は、結果として出てくるだろうから」。

Vineに投稿したのも、“6秒の映像で勝負する”というのが面白そうだったから。だから、『サヨとコウの出発』でも、面白い作品をつくるために採算度外視で、作業量が膨大に増えてしまった。「アイデアをいっぱい出した後、頭を抱えるんだよね(笑)。でも、今、つくりたいって気持ちがあるから。クリエイターはみんな、自分の喉元に常にナイフを突きつけるような感覚がないと、物をつくれないと思う」。 “見ている人に楽しんでほしい”。この哲学は、「僕にとっての神様」だという漫画家の藤子・F・不二雄さんの影響が大きいという。

『ドラえもん』をはじめとした「日常に根付いたSF(すこし不思議)」が好きで、漫画家を目指した窪之内さん。『サヨとコウの出発』でも、日常と非日常を地続きに、リアリティとキャラクター描写の両立に心血を注いだ。

監督と二人三脚でつくり上げた初めてのアニメーション

そして2日目の日が変わる少し前、窪之内さんは最後のカットを描き切った。最終的に、2日間で描いた原画枚数は51枚にものぼる。

すでに全力を出し切っていた窪之内さんだが、その帰り際、これから編集作業に入る監督に向かって「気になってるのは、シャボン玉がサヨにブワってなるシーン。ここがいかにドラマチックになるかが大事……だから、後は任せた!」と言って、作業部屋を後にした。 本人によれば、このシーンは初めてサヨの心が揺れ動く場面で、“一番見てもらいたいシーン”だという。そのシーンを託していく後ろ姿に、監督との信頼関係が垣間見えた。

今回の制作を手がけたのは、様々な映像制作を行う太陽企画。監督の三島わかなさんは、窪之内さんを「……イケメンですね(笑)。それは外見だけじゃなくて、家をひとつ描くにしても一本の線を引くにしても、窪之内さんの深いバックグランドが見えるんです」と評する。 例えば、『サヨとコウの出発』に合う音楽のイメージとして、映画音楽の大家ビル・コンティが手がけた映画『トーマス・クラウン・アフェアー』のテーマを挙げたり、大きな影響を受けた監督であるスティーブン・スピルバーグが手がけた映画『未知との遭遇』を引き合いにシャボン玉を使った小ネタを提案したりと、窪之内さんの深い知識がスタッフ間でのイメージの共有を助けることもあったという。

「辛かったけど漫画連載より全然マシ」

後日、窪之内さんに今回の制作を振り返って辛かったことを聞くと、「いや、楽しかったです! 辛かったのは、睡眠時間が取れなかったくらいで、漫画連載の時より全然マシ。あれは狂気の沙汰だから(笑)」と、あっけらかんと笑った。 二人三脚で作品をつくり上げた監督も「苦労したところはなかったです」とさらりと答える。というのも今回、スタッフの全員が「“いかにこの作品を良いものにするか”という目的を共有して、同じ方向を見ている」と口を揃えて話していた。

「漫画とはっきり違ったのは、まず最初にあるのが、僕の発想じゃないということ。先に素晴らしい脚本があって、それをどうやってベストな表現にするか。僕は“良いものづくりをしたい”という人に対して、100%で応えるだけです」と、窪之内さんは言う。

こうして映像作品『サヨとコウの出発』が出来上がった。

筆者が「やはりこの作品は、最近SNSを通じて窪之内さんのファンになった若い子に見てもらいたいですか?」と質問すると、窪之内さんは「いや、この作品はどの層に見てほしいというのは全然ない」と答える。

その理由を問うと、「だって、この作品には誰が見ても感じてもらえる普遍的なものがあると思うから。文脈なんていらなくて、僕はそういうすべての人に共通している“ツボ”みたいなものを押していきたい」。

自分のスタンスを崩さずに普遍的なことを描けるクリエイターを尊敬していて、そういったクリエイターに自分もなりたい。それが目標だと語ってくれた。

新しい一歩を踏み出す、すべての人に

実際、窪之内さんは今回のプロジェクト以外にも、障害者スポーツ普及啓発映像『Be The HERO』への参加など、活躍の場を広げ、その作品は多くの人の目に触れている。これからもメディアを問わず、さまざまな作品をつくっていくことだろう。それでもやはり、漫画家としての窪之内さんの活動も気になってしまうところ。

最後に、今後の漫画執筆について水を向けると、「漫画家を25年ずっとやってきて、連載中はアウトプットばかりだったから、4・5年くらい前に心身ともに疲れきってしまった。でも、今回の企画もそうだけど、異業種の人がプロとして戦う姿を見ると、自分が成長する糧にもなって、描きたいモチベーションが出てくる。だから、いつになるかはまだわからないけど、もちろん漫画は描くつもりですよ!」と嬉しい答えが返ってきた。

今回の映像作品『サヨとコウの出発』によって、初めて窪之内さんのことを知る人も増えるだろう。新しい一歩を踏み出す背中をそっと後押ししてくれる本作は、きっと老若男女問わず、多くの人の心に響くはずだ。窪之内さんらの誠心誠意が込められた本作が、よりたくさんの人に届いてくれればいいと思う。
窪之内英策 × 駅すぱあと アニメ『サヨとコウの出発』 イラスト制作&撮影風景
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